内視鏡の前に立ち止まれ―便潜血陽性の先に潜む腸閉塞
第120回医師国家試験 C問題 第55問
国試問題にチャレンジ
72歳の女性。下部消化管内視鏡検査を希望して来院した。6か月前の健康診断で便潜血陽性を指摘されたが,自覚症状がなく精密検査は受けていなかった。1か月前から便秘がちとなり,3日前から腹部膨満が出現した。昨日から悪心があり,食事量が減っている。今朝排ガスはあったが,排便はない。腹部は膨隆し,腸雑音は亢進している。 この患者に下部消化管内視鏡検査を検討するにあたり,適切な対応はどれか。
- a.制吐薬を処方する。
- b.便潜血検査を再検する。
- c.腸管洗浄液を内服させる。
- d.腹部エックス線撮影を行う。
- e.バリウムを用いて上部消化管造影検査を行う。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
便潜血陽性の高齢者に新たな便秘が出現し、腹部膨満・悪心・腸雑音の亢進を伴う場合は、大腸癌による機械的腸閉塞を疑います。大腸内視鏡の前処置で用いる腸管洗浄液は、腸閉塞またはその疑いがあると腸管内圧の上昇から穿孔を招くおそれがあるため禁忌であり、検査の前にまず腹部単純エックス線撮影で鏡面像、腸管拡張、遊離ガスを確認し、必要に応じてCTで閉塞部位や虚血を評価します。原因を評価しないまま制吐薬で症状を抑えることや、閉塞が疑われる状況でのバリウム造影は避けるべきで、便潜血陽性は1回でも精密検査の対象のため再検は意味がありません。閉塞性大腸癌ではイレウス管や大腸ステントによる減圧を経て待機的に手術することもあります。検査の希望があっても、その検査を安全に行える状態かをまず確かめる姿勢は、日常診療のあらゆる場面で求められる基本です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・72歳の女性。6か月前の健康診断で便潜血陽性を指摘されたが、精密検査を受けずに放置していた。 ・1か月前から便秘気味となった。排便習慣が新たに変わったことは、大腸の病変で腸の内腔が狭くなってきていることを示唆する。 ・3日前から腹部膨満、昨日から悪心と食欲低下が出た。 ・今朝、排ガスはあったが排便はない。 ・腹部は膨隆し、腸雑音は亢進している。
診断へのプロセス
高齢者の便潜血陽性に、新たに始まった便秘が加わっている。まず考えるべきは大腸癌(特に、内腔が細く便が固まりやすい左側結腸〜直腸の癌)による腸管の狭窄である。さらに、腹部膨満、悪心、腹部の膨隆、腸雑音の亢進が出ていることから、狭窄が進んで腸閉塞(機械的イレウス)になりかけている、あるいはなっていると考えられる。腸雑音の亢進は、閉塞部より口側の腸が内容物を送り出そうとして強く動いていることを示し、機械的閉塞を示唆する所見である。排ガスが残っているので、完全閉塞ではなく不完全閉塞の段階の可能性があるが、いつ完全閉塞に進んでもおかしくない。
設問の考え方
患者は精密検査として下部消化管内視鏡検査を希望しているが、通常の大腸内視鏡検査の前には、2L前後の腸管洗浄液を飲んで腸をきれいにする前処置が必要である。腸閉塞がある状態でこれを行うと、閉塞部より口側の腸に大量の液体がたまって腸管内圧が急に上がり、腸の拡張がひどくなったり、穿孔を起こしたりする危険がある。また、内視鏡で空気を送り込むこと自体も、閉塞のある腸では穿孔の危険を高める。 したがって内視鏡を検討する前に、まず腸閉塞があるかどうか、どの程度かを画像で確かめる必要がある。最初に行う簡便で迅速な検査は腹部単純エックス線撮影である。腸閉塞がはっきりすれば、腹部CTで閉塞部位や原因、腸の虚血がないかを調べ、腸の減圧(イレウス管、経肛門的イレウス管、大腸ステントなど)や手術を検討する方向に進む。
選択肢考察
- ×a. 制吐薬を処方する。
誤り。悪心は、腸閉塞で腸の内容物が口側へ逆流してたまることによる症状と考えられる。原因を評価しないまま制吐薬で症状だけを抑えると、病態の把握が遅れる。特にメトクロプラミドなどの消化管運動促進薬は、機械的腸閉塞では腸管内圧を上げて穿孔の危険があるため、使ってはいけない。内視鏡検査の準備として優先すべきなのは、閉塞の評価である。
- ×b. 便潜血検査を再検する。
誤り。便潜血検査は一度でも陽性であれば精密検査(大腸内視鏡検査)の対象となる。再検査で陰性だったとしても、大腸癌は否定できない。癌からの出血は断続的に起こるため、陰性になることもあるからである。本例はすでに陽性で、便通の変化や腸閉塞を疑う症状まで出ているので、再検査には診療方針を決めるうえでの意味がない。
- ×c. 腸管洗浄液を内服させる。
誤り。腸管洗浄液(ポリエチレングリコール製剤など)は、腸閉塞またはその疑いがある患者には禁忌である。閉塞部より口側に大量の液体がたまり、腸の拡張がひどくなったり、腸管穿孔や循環障害を起こしたりする危険がある。腸閉塞を否定するか、程度を評価する前に飲ませてはいけない。
- ○d. 腹部エックス線撮影を行う。
正しい。腹部単純エックス線撮影は、ベッドサイドでもすぐに行えて体への負担が少なく、腸閉塞を見つける最初の検査として適している。立位では、拡張した腸管の中で液体とガスの境目が水平な線として見える鏡面像(ニボー:niveau)が複数見られる。臥位では、腸管ガスの分布や腸の拡張の程度から、閉塞の有無や、小腸か大腸かといった閉塞部位の目安がわかる。また、横隔膜下の遊離ガスがあれば穿孔を疑う手がかりとなる。この評価で腸閉塞が見つかれば、通常の前処置で内視鏡を行う方針は取りやめ、CTによる精査と減圧治療を優先する。
- ×e. バリウムを用いて上部消化管造影検査を行う。
誤り。病変として疑われるのは大腸であり、食道・胃・十二指腸を調べる上部消化管造影では評価できない。さらに、大腸に閉塞がある状態で口からバリウムを飲ませると、バリウムが閉塞部の口側で水分を吸われて固まり、閉塞を悪化させる危険がある。穿孔すれば重い腹膜炎(バリウム腹膜炎)を起こす。消化管閉塞や穿孔が疑われる場合は、バリウム造影は禁忌であり、造影が必要なときは水溶性造影剤を選ぶ。
大腸癌による腸閉塞
・左側結腸(下行結腸・S状結腸)や直腸の癌は、内腔が細く便も固形になっているため、全周性に狭くなると閉塞症状が出やすい。便秘、便が細くなる、腹部膨満、腹痛などで見つかることがある。 ・右側結腸の癌は内腔が広く便も液状に近いため、閉塞症状は出にくく、貧血や腫瘤を触れることで見つかることが多い。 ・大腸閉塞でも回盲弁がしっかり閉じていると、小腸へ逆流できない閉鎖腔ができる。盲腸が極端に拡張して穿孔する危険が高い(盲腸の径が10〜12cmを超えると危険とされる)。
腸閉塞の画像評価
・腹部単純エックス線:腸管拡張、鏡面像(ニボー)、遊離ガスの有無をみる。小腸ガスはKerckring(ケルクリング)ひだが見えること、大腸ガスはハウストラ(結腸膨起)が見えることで区別する。 ・腹部CT:閉塞部位、原因(腫瘍・癒着・ヘルニアなど)、腸管の虚血・絞扼の有無、遠隔転移などを評価できる。治療方針を決めるのに重要である。
閉塞性大腸癌の治療の流れ
・まず減圧と全身管理(絶食、輸液、電解質の補正)を行う。減圧の方法には経肛門的イレウス管、大腸ステント、人工肛門造設などがある。減圧してから待機的に原発巣を切除する方針(bridge to surgery)がとられることもある。 ・減圧後に、前処置を工夫しながら内視鏡で病変を確認し、生検を行う。
腸管洗浄液(前処置薬)の禁忌
・腸閉塞やその疑い、腸管穿孔、中毒性巨大結腸症など。 ・高齢者や腎機能障害のある人では、脱水や電解質異常にも注意する。
便潜血検査
・ヒトヘモグロビンに対する免疫法(免疫学的便潜血検査:2日法)が大腸がん検診の標準である。陽性なら、1回だけでも全大腸内視鏡検査で精密検査を行う。再検査は推奨されない。
POINT
・便潜血陽性+新たに始まった便秘+腹部膨満・悪心・腸雑音の亢進 → 大腸癌による機械的腸閉塞を疑う。 ・大腸内視鏡の前処置(腸管洗浄液)は、腸閉塞またはその疑いがあれば禁忌である(穿孔の危険)。 ・内視鏡の前に、まず腹部単純エックス線(鏡面像・腸管拡張・遊離ガス)で閉塞の有無を評価し、必要に応じてCTを追加する。 ・閉塞や穿孔が疑われるときは、バリウム造影は禁忌である(閉塞の悪化、バリウム腹膜炎)。 ・便潜血陽性は1回でも精密検査の対象であり、再検査はしない。
