降圧薬も禁煙もどきも違う―「病気になる前」を見抜く一次予防の判定術
第120回医師国家試験 C問題 第56問
国試問題にチャレンジ
64歳の男性。定期受診で来院した。10年前から高血圧症で①降圧薬を内服している。5年前から不眠症で②睡眠不足改善のためのカウンセリングを受けている。1年前の退職後から,体力維持のために週に1回の頻度で市町村による③体操教室に参加している。喫煙(20本/日)は紙巻たばこから④加熱式たばこに変更した。飲酒は⑤機会飲酒(日本酒3合(アルコール濃度15%)/回)。意識は清明。身長172cm,体重63kg。脈拍72/分,整。血圧124/74mmHg。心音と呼吸音とに異常を認めない。下腿に浮腫は認めない。 下線部のうち,この患者で一次予防に該当するのはどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
予防は、発病前の健康増進・特異的予防を行う一次予防、早期発見・早期治療の二次予防、重症化防止やリハビリテーションの三次予防に分けられます。降圧薬内服や不眠症へのカウンセリングは既存疾患への治療であり一次予防ではなく、体力維持を目的とした体操教室への参加こそが一次予防の健康増進に当たります。加熱式たばこへの切り替えは禁煙ではなく、1回に純アルコール約65gを飲む機会飲酒も一時多量飲酒であって、いずれも予防行動とはいえません。同じ行動でも対象者の病期によって分類が変わるため、「既存疾患の有無」と「行動の目的」を確認することが判定の鍵です。この視点は、臨床で患者の段階に応じた生活指導を行ううえでも土台となります。
解答・解説
正解はcです
患者の状況の整理
64歳男性が定期受診している。既往として高血圧症(10年来、降圧薬内服中、現在の血圧124/74mmHgで良好にコントロール)と不眠症(5年来、カウンセリング中)があり、すでに疾病を持って継続的に医療を受けている。生活面では、退職後に体力維持目的で市町村の体操教室に週1回参加し、喫煙は紙巻たばこから加熱式たばこへ切り替えたが本数(20本/日)は変わっていない。飲酒は機会飲酒だが1回に日本酒3合を飲む。身長172cm・体重63kgからBMI(体格指数)は約21.3で標準範囲である。
予防の三段階の考え方
予防医学では、疾病の自然史のどの段階に働きかけるかで予防を3つに分ける。 ・一次予防:病気にかかる前の健康な段階で、発症そのものを防ぐ。健康増進(運動、栄養、休養、禁煙など生活習慣の改善、健康教育)と特異的予防(予防接種、事故防止、職業病対策など)からなる。 ・二次予防:すでに始まっている病気を早期に発見し、早期に治療して進行を食い止める(がん検診、健康診断、早期治療)。 ・三次予防:病気が進んだ後の重症化・合併症・再発の防止や、機能回復のためのリハビリテーション、社会復帰支援。
設問の考え方
各下線部について、「すでにある疾患に対する医療行為か」「疾患のない段階での健康づくりか」「そもそも健康リスクを下げる行動変容になっているか」を順に判定すればよい。①②は既存疾患に対する治療であり一次予防ではない。④⑤は健康リスクを減らす行動になっておらず、予防行動とはいえない。疾患の有無と無関係に、体力維持・健康増進を目的として運動に取り組んでいる③のみが一次予防に該当する。
選択肢考察
- ×a. ①
高血圧症という疾患がすでに診断されており、降圧薬の内服はその疾患に対する治療である。早期に治療して血圧をコントロールし、病態の進行や脳卒中・心血管疾患・腎障害などの臓器障害を防ぐもので、予防の段階としては早期治療=二次予防に分類するのが国家試験での標準的な整理である(合併症の重症化防止という側面を重視して三次予防的とみる考え方もあるが、いずれにせよ一次予防ではない)。
- ×b. ②
不眠症と診断されたうえで行われているカウンセリングであり、睡眠の改善を目指す治療的介入である。不眠を放置すると日中の機能低下やうつ病、生活習慣病の悪化などにつながるため、その進行を防ぐ早期治療として二次予防に該当する。不眠症に対しては、認知行動療法(CBT-I:睡眠に関する誤った認知や習慣を修正する精神療法)などの非薬物療法が推奨されている。
- ○c. ③
体操教室への参加は、特定の疾患の治療ではなく「体力維持」、すなわち健康増進を目的とした運動習慣である。適度な身体活動は、生活習慣病(糖尿病、脂質異常症など)、心血管疾患、一部のがん、ロコモティブシンドローム(運動器の障害による移動機能の低下)、フレイル(加齢に伴う心身の活力低下)、認知機能低下などの発症リスクを下げる。疾病が起こる前の段階での健康づくりであり、一次予防のうち健康増進に該当する。市町村が提供する介護予防・健康づくり事業への参加という点でも典型的な一次予防である。
- ×d. ④
紙巻たばこから加熱式たばこに切り替えても、喫煙をやめたことにはならない。加熱式たばこもニコチンを含み、有害物質を含むエアロゾルを吸入するため、健康影響が紙巻たばこより小さいことを示す長期的な科学的根拠は乏しく、日本の健康増進法でも規制対象の「たばこ」として扱われている。20本/日の習慣も続いており、予防行動とは評価できない。禁煙をした場合であれば、喫煙関連疾患(肺癌、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、虚血性心疾患など)の発症を防ぐ一次予防となる。
- ×e. ⑤
現在の飲酒状況が記載されているだけで、健康のための行動変容は含まれていない。日本酒3合(約540mL、アルコール濃度15%)の純アルコール量は約540×0.15×0.8≒65gとなり、1回あたりの摂取量としては多量である。なお、「健康日本21」でいう「節度ある適度な飲酒」は1日平均純アルコール約20g程度、「多量飲酒」は1日当たりの平均純アルコール摂取量が60gを超える飲酒と、いずれも1日平均量で定義されている。本例は機会飲酒であり、頻度は低いため1日平均量の基準にそのまま当てはまるわけではないが、1回に大量に飲む飲み方は急性アルコール中毒、転倒・外傷などの事故、血圧上昇や不整脈などのリスクを高める(1回に純アルコール60g以上を飲む飲酒は「一時多量飲酒」と呼ばれ、避けるべき飲み方とされる)。いずれにせよ予防行動には該当しない。なお、健康なうちに節酒・禁酒するなら一次予防、健診で肝機能異常を指摘されて節酒するなら二次予防、アルコール性肝硬変の悪化防止のための禁酒なら三次予防となる。
予防医学の三段階(Leavell & Clarkの分類)
・一次予防(発病前) 健康増進:健康教育、栄養改善、適度な運動、十分な睡眠・休養、禁煙、節酒、ストレス対策 特異的予防:予防接種、職場の安全衛生管理(保護具着用など)、事故防止、環境衛生の改善、ハイリスク者への化学予防 ・二次予防(発病後の早期) 早期発見:がん検診、特定健康診査、新生児マススクリーニング、各種健康診断 早期治療:診断された疾患への適切な治療開始、進行防止 ・三次予防(疾病の進行後) 重症化・合併症・再発の防止、リハビリテーション、社会復帰支援
判定のコツ
同じ行動(例:禁酒)でも、その人がどの段階にいるかによって分類が変わる。健康な人の禁酒は一次予防、健診で異常を指摘されてからの禁酒は二次予防、肝硬変患者の禁酒は三次予防である。問題文では「目的」と「既存疾患の有無」を必ず確認する。
加熱式たばこについて
たばこ葉を燃焼させずに加熱してエアロゾルを吸入する製品で、ニコチンを含む。燃焼による一部の有害物質は少ないとされるが、健康リスク低減を示す確立した根拠はなく、受動喫煙対策上も規制対象である。禁煙の代替とはならない。
純アルコール量の計算
純アルコール量(g)=飲酒量(mL)×アルコール濃度×0.8(エタノールの比重)。日本酒1合(180mL、15%)で約22g、ビール中瓶1本(500mL、5%)で約20gが目安である。
POINT
・一次予防=発病前の健康増進と特異的予防(運動・栄養・休養・禁煙・予防接種など) ・二次予防=早期発見・早期治療(検診、診断後の治療) ・三次予防=重症化・再発防止とリハビリテーション ・既存疾患に対する治療(降圧薬内服、不眠症へのカウンセリング)は一次予防ではない ・加熱式たばこへの切り替えは禁煙ではなく、予防とはいえない ・同じ行動でも対象者の病期によって一次〜三次予防の分類が変わる
