腕は曲がり、脚は伸びる―Wernicke-Mann肢位から読み取る錐体路障害のサイン
第110回医師国家試験 H問題 第2問
国試問題にチャレンジ
歩行時の姿位を図に示す。 この患者の左下肢に予想されるのはどれか。

- a.筋緊張低下
- b.腱反射減弱
- c.足クローヌス
- d.線維束性収縮
- e.アステリキシス
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
上肢を屈曲させ、下肢を伸展・尖足にして麻痺側下肢を外側へ振り出して歩く姿勢はWernicke-Mann肢位(分回し歩行)であり、脳卒中後の慢性期にみられる痙性片麻痺、すなわち錐体路(上位運動ニューロン)障害を示します。上位運動ニューロンによる脊髄反射の抑制が外れるため、麻痺側では痙縮、腱反射亢進、Babinski徴候などの病的反射、足クローヌスが出現します。一方、筋緊張低下・腱反射減弱・線維束性収縮は下位運動ニューロン障害の徴候であり、アステリキシス(羽ばたき振戦)は肝性脳症などの代謝性脳症でみられる所見です。なお脳卒中の急性期には一時的に弛緩性麻痺となることがある点にも注意が必要です。姿勢や歩行から障害部位を推定し、上位・下位運動ニューロン障害の対比を使って所見を予測する思考は、神経診察の基本であり臨床で繰り返し役立ちます。
解答・解説
正解はcです
図の患者は、左上肢を肘・手関節・手指で屈曲させて体幹に引き寄せ、左下肢は膝を伸ばし足関節を底屈(尖足)・内反させた姿勢で歩いている。これは上肢屈曲・下肢伸展を特徴とするWernicke-Mann肢位であり、脳卒中後の痙性片麻痺に典型的な姿勢である。伸展して見かけ上長くなった麻痺側下肢を、股関節を中心に外側へ半円を描くように振り出す歩き方は分回し歩行(片麻痺歩行)と呼ばれる。 この肢位は、右大脳半球の内包などで錐体路(皮質脊髄路)が障害され、左半身に上位運動ニューロン障害が生じた慢性期の状態を示す。上位運動ニューロン障害では、脊髄反射に対する上位中枢からの抑制が失われるため、麻痺側では痙縮(筋緊張亢進)、腱反射亢進、Babinski徴候などの病的反射、クローヌスが出現する。 したがって、左下肢に予想される所見は、上位運動ニューロン障害の徴候である足クローヌスである。下位運動ニューロン障害の徴候(筋緊張低下、腱反射減弱、線維束性収縮)や代謝性脳症の徴候(アステリキシス)とは区別して考える。
選択肢考察
- ×a. 筋緊張低下
誤り。錐体路障害の慢性期には、麻痺側の筋緊張は亢進して痙縮となる。痙縮は他動的に関節を速く動かすほど抵抗が強くなる速度依存性の筋緊張亢進で、動かし始めに強い抵抗があり途中で急に抜ける折りたたみナイフ現象を伴う。Wernicke-Mann肢位は、上肢屈筋群と下肢伸筋群(抗重力筋)の痙縮が優位になることで形成される。なお脳卒中の発症直後(急性期)には一時的に弛緩性麻痺となり筋緊張が低下することがあるが、図のような肢位で歩行している段階では痙性麻痺である。筋緊張低下は下位運動ニューロン障害や小脳障害でみられる。
- ×b. 腱反射減弱
誤り。腱反射(深部腱反射)は脊髄レベルの単シナプス反射であり、上位運動ニューロンから抑制を受けている。錐体路が障害されるとこの抑制が外れるため、麻痺側では膝蓋腱反射やアキレス腱反射が亢進する。腱反射の減弱・消失は、反射弓そのもの(感覚神経、脊髄前角細胞、運動神経、筋)が障害される末梢神経障害や下位運動ニューロン障害でみられる所見である。
- ○c. 足クローヌス
正しい。クローヌスは、筋を急に伸張し、その伸張を持続させたときに筋が律動的に収縮と弛緩を繰り返す現象で、腱反射が著しく亢進した状態を反映する。足クローヌスは、膝を軽く曲げた状態で検者が足底を押して足関節を急に背屈させ、そのまま保持すると、下腿三頭筋の伸張反射が繰り返し起こって足が細かく底屈・背屈を反復するものである。錐体路障害の代表的な徴候で、膝蓋骨を急に下方へ押し下げて誘発する膝クローヌス(膝蓋クローヌス)もある。左片麻痺の患者では左下肢に出現が予想される。
- ×d. 線維束性収縮
誤り。線維束性収縮は、1つの運動単位に属する筋線維群が不随意に収縮する現象で、皮膚の上から筋がぴくぴくと細かく動くのが観察される。脊髄前角細胞など下位運動ニューロンの障害で生じ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や脊髄性筋萎縮症、頸椎症性神経根症などでみられる。ALSでは上位・下位運動ニューロンがともに障害されるため痙縮と線維束性収縮が共存しうるが、脳卒中による片麻痺は上位運動ニューロンのみの障害であり、線維束性収縮は出現しない。
- ×e. アステリキシス
誤り。アステリキシス(asterixis、羽ばたき振戦)は、手関節を背屈させて上肢を前方に伸ばした姿勢を保たせると、姿勢を保つ筋の収縮が瞬間的に途切れて手が羽ばたくように落ちる現象で、陰性ミオクローヌスの一種である。肝性脳症で有名だが、尿毒症、CO2ナルコーシス(高二酸化炭素血症)などの代謝性脳症でもみられ、通常は両側性に上肢で観察される。錐体路障害による片麻痺の徴候ではない。
上位運動ニューロン障害と下位運動ニューロン障害の比較
・筋緊張:上位では亢進(痙縮)、下位では低下(弛緩) ・腱反射:上位では亢進、下位では減弱・消失 ・病的反射(Babinski徴候など):上位では陽性、下位では陰性 ・クローヌス:上位で出現 ・筋萎縮:上位では目立たない(廃用性の軽度萎縮のみ)、下位では高度 ・線維束性収縮:下位で出現
Wernicke-Mann肢位
脳卒中後の痙性片麻痺でみられる特徴的な姿勢。麻痺側上肢は肩関節内転・内旋、肘関節屈曲、前腕回内、手関節・手指屈曲となり、下肢は股関節伸展・内旋、膝関節伸展、足関節底屈・内反(尖足)となる。上肢では屈筋、下肢では伸筋の痙縮が優位になることによる。
主な異常歩行
・分回し歩行(片麻痺歩行):脳卒中などによる痙性片麻痺 ・はさみ足歩行(痙性対麻痺歩行):両側錐体路障害(脳性麻痺、痙性対麻痺など) ・小刻み歩行・すくみ足・突進現象:Parkinson病 ・鶏歩:腓骨神経麻痺など下垂足を生じる疾患 ・動揺性歩行(アヒル様歩行):筋ジストロフィーなど体幹・腰帯部の近位筋の筋力低下。体幹を左右に大きく揺らしながら歩く ・トレンデレンブルグ歩行:中殿筋などの股関節外転筋の筋力低下(変形性股関節症、発育性股関節形成不全など)。片脚支持時に支持脚と反対側の骨盤が下がる ・失調性歩行(酩酊様歩行):小脳障害
羽ばたき振戦がみられる主な病態
肝性脳症、尿毒症、CO2ナルコーシスなどの代謝性脳症。
POINT
・上肢屈曲・下肢伸展の姿勢で麻痺側下肢を分回して歩くのはWernicke-Mann肢位で、痙性片麻痺(錐体路障害)を示す。 ・上位運動ニューロン障害では筋緊張亢進(痙縮)、腱反射亢進、病的反射陽性、クローヌス出現となる。 ・筋緊張低下、腱反射減弱、線維束性収縮は下位運動ニューロン障害の徴候である。 ・アステリキシス(羽ばたき振戦)は肝性脳症などの代謝性脳症でみられる。
