右を切ったら左が感じない―伝導路の交叉で解くBrown-Séquard症候群
第116回医師国家試験 F問題 第23問
国試問題にチャレンジ
乳頭の支配領域レベルで,脊髄の右半分に離断が生じている患者の左半身にみられる神経所見はどれか。
- a.腹壁反射の消失
- b.Babinski徴候陽性
- c.Hoffmann反射陽性
- d.下肢の振動覚障害
- e.臍レベルの温痛覚障害
対話形式の解説
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ドクターまとめ
Brown-Séquard症候群では、延髄で交叉する皮質脊髄路と後索が同側を走るため、病変以下の同側に運動麻痺・錐体路徴候と深部感覚障害が生じ、脊髄内で1〜2髄節上行しながら交叉する外側脊髄視床路の障害により、対側の病変1〜2髄節下以下に温痛覚障害が生じます。乳頭(Th4)レベルの右半切では、左半身に現れるのは臍(Th10)レベルを含む温痛覚障害であり、Babinski徴候や振動覚障害は右側に、Hoffmann反射は頸髄より下の病変では出ません。乳頭Th4、剣状突起Th6、臍Th10、鼠径L1といった皮膚分節の目安と、伝導路の交叉部位を組み合わせれば、脊髄病変の高さと側を推定できます。実臨床では不完全型が多く、感覚レベルは病変がその高さ以上にあることを示すにとどまる点も、画像検査の範囲を決めるうえで重要です。
解答・解説
正解はeです
本問は脊髄半側切断症候群(Brown-Séquard症候群)の症状を、脊髄内の伝導路の走行から導けるかを問う問題である。
病変の位置
乳頭の高さの皮膚は第4胸髄節(Th4)の支配領域である。したがって、Th4レベルで脊髄の右半分が離断した状態を考える。このレベルより上(頸髄)から出る上肢の神経は影響を受けず、症状は体幹のTh4付近以下と下肢に現れる。
主な伝導路の交叉部位
・皮質脊髄路(錐体路、随意運動を伝える下行路): 延髄下部の錐体交叉で左右が入れ替わり、脊髄内では同側の側索を下行する。したがって脊髄の右半分が障害されると、病変より下の右側に運動麻痺と錐体路徴候が出る。 ・後索-内側毛帯路(振動覚・位置覚などの深部感覚、識別性触覚): 後根から入ったあと交叉せず同側の後索を上行し、延髄で交叉する。したがって右半切では病変以下の右側で深部感覚が障害される。 ・外側脊髄視床路(温度覚・痛覚): 後根から入った線維は脊髄後角でニューロンを替え、1〜2髄節ほど上行しながら前交連で反対側へ交叉し、対側の側索を上行する。したがって右半切では、病変より1〜2髄節下以下の左側で温痛覚が障害される。
左半身にみられる所見
以上から、右半切で左半身に出る主な所見は、病変レベルより下の温痛覚障害である。臍の高さは第10胸髄節(Th10)の支配領域であり、Th4より十分下にあるため、左側の臍レベルでは温痛覚が障害される。一方、左半身では運動麻痺・錐体路徴候や深部感覚障害は生じない。
選択肢考察
- ×a. 腹壁反射の消失
腹壁反射(腹皮反射)は、腹部の皮膚を外側から臍に向かって軽くこすると同側の腹筋が収縮する表在反射で、反射中枢はおおむねTh7〜Th12(上腹部Th7〜9、中腹部Th9〜11、下腹部Th11〜12程度)にある。この反射は錐体路障害で低下・消失するのが臨床的に重要な特徴である。本症例では錐体路は同側(右側)を下行しているため、右側では錐体路障害により腹壁反射が消失しうるが、左側の錐体路と左側の反射弓(Th7〜12の後根・前根)は保たれている。したがって左側では消失しないと考えるのが標準的である。 なお、腹皮反射は多シナプス反射で求心路の一部が上行性の感覚路を介するとする考え方もあり、その立場では左の感覚路障害で低下しうるという議論もあるが、試験上は「錐体路障害側(病変と同側)で消失する」と理解しておけばよい。
- ×b. Babinski徴候陽性
Babinski徴候は足底の外側をこすると母趾が背屈する現象で、代表的な錐体路徴候である。皮質脊髄路は延髄の錐体交叉ですでに交叉しており、脊髄内では同側を下行する。そのため右半切では右下肢にBabinski徴候が出現し、左下肢には出現しない。
- ×c. Hoffmann反射陽性
Hoffmann反射は、中指の末節をはじくと母指などが屈曲する上肢の病的反射(指屈筋の伸張反射の亢進を示す所見)で、反射弓は下部頸髄(C6〜Th1、主にC7〜C8)にある。陽性は反射中枢より上位の錐体路障害を示す。Th4の病変は上肢を支配する頸髄より下にあるため、上肢の反射は左右とも影響を受けない。さらに錐体路障害は病変と同側(右)に出るので、いずれにしても左側でHoffmann反射が陽性となることはない。
- ×d. 下肢の振動覚障害
振動覚は深部感覚であり、脊髄に入ったあと交叉せずに同側の後索を上行し、延髄の薄束核・楔状束核でニューロンを替えてから交叉する。したがって右半切では病変以下の右側(右下肢)で振動覚・位置覚が障害され、左下肢の振動覚は保たれる。
- ○e. 臍レベルの温痛覚障害
温痛覚を伝える線維は後根から脊髄に入ると後角でニューロンを替え、1〜2髄節上行する間に前交連で反対側へ交叉し、対側の外側脊髄視床路を上行する。右側の外側脊髄視床路は左半身からの温痛覚を運んでいるため、Th4レベルで右半分が離断されると、病変より1〜2髄節下以下の左半身で温痛覚が障害される。臍レベルはTh10の皮膚分節であり、障害範囲に含まれるので、左側の臍レベルで温痛覚障害がみられる。
Brown-Séquard症候群(脊髄半側切断症候群)の症状のまとめ(右半切の場合)
・病変と同側(右)、病変レベル以下: 痙性麻痺(腱反射亢進、Babinski徴候陽性、腹壁反射消失)、深部感覚(振動覚・位置覚)障害。 ・病変と対側(左)、病変より1〜2髄節下以下: 温痛覚障害。 ・病変と同側(右)、病変レベルの髄節: 後根・後角や前角が障害されるため、その髄節の全感覚脱失や下位運動ニューロン障害(筋萎縮・弛緩性麻痺)が帯状にみられることがある。またその直上に感覚過敏帯を伴うことがある。 ・触覚は、識別性触覚が同側の後索、粗大な触覚が対側の前脊髄視床路を通るため、両側に経路があり、障害は比較的軽い。
原因
外傷(刺創など)、脊髄腫瘍や椎間板ヘルニアなどの髄外からの圧迫、多発性硬化症などの脱髄、放射線脊髄症などが挙げられる。実際の臨床では完全な半切はまれで、両側が障害されているものの、運動麻痺・深部感覚障害の強い側と温痛覚障害の強い側が左右逆になっている不完全型が多い。その場合、運動・深部感覚障害の強い側に髄外の圧迫病変があることが多い。
主な皮膚分節の目安
乳頭: Th4、剣状突起: Th6、臍: Th10、鼠径部: L1。なお、感覚障害の上限レベルは病変の高さそのものではなく「その高さ以上に病変がある」ことを意味する点にも注意する(例: 頸椎症による頸髄圧迫で、感覚障害の上限が胸部に現れることもある)。
POINT
・錐体路は延髄で交叉→脊髄病変では同側に運動麻痺・錐体路徴候。 ・後索(振動覚・位置覚)は延髄で交叉→脊髄病変では同側に深部感覚障害。 ・外側脊髄視床路(温痛覚)は脊髄で入ってすぐ(1〜2髄節上で)交叉→脊髄病変では対側に温痛覚障害。 ・Brown-Séquard症候群=同側の運動麻痺・深部感覚障害+対側の温痛覚障害。 ・乳頭Th4、臍Th10、鼠径L1を覚えておく。
