研究計画書は誰のもの?―被験者の「知る権利」から読み解く臨床研究の倫理
第110回医師国家試験 H問題 第1問
国試問題にチャレンジ
介入を伴う臨床研究について正しいのはどれか。
- a.倫理審査委員会の審査は必要ない。
- b.被験者は研究計画書を閲覧できる。
- c.開始した研究は中止することはできない。
- d.研究に伴う有害な事象は開示しなくてもよい。
- e.研究で得られたデータの部分的改ざんは許容されている。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
介入を伴う臨床研究では、被験者が研究のための負担やリスクを負いうるため、人権・安全・自己決定を守る仕組みが定められています。実施前には倫理審査委員会の審査と研究機関の長の許可が必要で、被験者には十分な説明に基づく同意と、いつでも撤回できる自由が保障され、求めに応じて研究計画書を閲覧することもできます。有害事象は速やかに報告・開示し、安全上の問題があれば研究は中止されうるほか、捏造・改ざん・盗用(FFP)は部分的であっても許されません。背景にはヘルシンキ宣言、生命科学・医学系研究に関する倫理指針、臨床研究法、GCPといった規範があります。「被験者を守る」「研究の信頼性を守る」という軸で考えれば、個々のルールを丸暗記しなくても正しく判断でき、将来研究に関わる際の基本姿勢にもなります。
解答・解説
正解はbです
介入を伴う臨床研究とは、研究目的で人の健康に関わる要因(薬剤の投与、手術・処置、生活指導など)を研究者が意図的に操作し、その効果や安全性を評価する研究である。ランダム化比較試験がその典型である。通常の診療と違い、被験者は研究のための負担やリスクを負う可能性があるため、被験者の人権・安全・自己決定を守る仕組みが倫理指針や法律で定められている。 考え方の基本は次の4点である。 1) 研究開始前に、研究計画書(プロトコール)を倫理審査委員会が審査し、研究機関の長が実施を許可する。 2) 被験者には研究内容を十分に説明し、自由意思に基づく同意(インフォームド・コンセント)を得る。被験者は研究について知る権利があり、いつでも同意を撤回できる。 3) 研究中に生じた有害事象は報告・公表し、被験者の安全を最優先して必要なら研究を中止する。 4) データの捏造・改ざん・盗用といった研究不正は、いかなる理由があっても許されない。 これらの原則に照らすと、被験者が研究計画書を閲覧できるとする記述だけが正しい。
選択肢考察
- ×a. 倫理審査委員会の審査は必要ない。
誤り。人を対象とする医学系研究は、介入の有無を問わず、原則として実施前に倫理審査委員会の審査を受け、その意見を踏まえて研究機関の長が実施を許可する必要がある。介入研究は被験者への侵襲やリスクを伴いうるため、科学的妥当性と倫理的妥当性(リスクと利益のバランス、同意取得の手続き、個人情報保護など)の第三者による確認が不可欠である。また研究期間中も、計画の変更や重大な有害事象の発生時には改めて審査を受ける。
- ○b. 被験者は研究計画書を閲覧できる。
正しい。被験者には研究の目的・方法・予想される利益と不利益などを知る権利がある。倫理指針では、研究対象者などから求めがあれば、他の研究対象者の個人情報保護や研究の独創性確保に支障がない範囲で、研究計画書やその研究方法に関する資料を入手・閲覧できるようにすることが定められており、その旨や手続きはインフォームド・コンセントの説明事項にも含まれる。十分な情報に基づいて参加を判断できることが、自己決定権を保障する前提となる。
- ×c. 開始した研究は中止することはできない。
誤り。研究はいったん始めても中止できる。被験者個人はいつでも理由を問わず同意を撤回して研究参加をやめることができ、それによって不利益な扱いを受けてはならない。また研究全体についても、重大な有害事象が判明した場合、中間解析で有効性・無効性が明らかになった場合、継続の意義が失われた場合などには、研究責任者や研究機関の長の判断、あるいは倫理審査委員会の意見により中止される。
- ×d. 研究に伴う有害な事象は開示しなくてもよい。
誤り。有害事象とは、研究との因果関係の有無を問わず被験者に生じた好ましくない、あるいは意図しない徴候・症状・疾病のことである。研究責任者は有害事象が発生したら速やかに必要な措置(治療など)を講じ、研究機関の長に報告しなければならない。重篤なものは倫理審査委員会にも報告され、未知の重篤な副作用などは規制当局への報告対象にもなる。さらに研究結果の公表においても有害事象を含めて報告することが求められ、隠蔽は被験者や将来の患者の安全を損なう。
- ×e. 研究で得られたデータの部分的改ざんは許容されている。
誤り。データの改ざん(研究資料・機器・過程を変更し、データや結果を真実でないものに加工すること)は、捏造(存在しないデータを作ること)、盗用(他者のアイデアや成果を無断で流用すること)と並ぶ特定不正行為であり、部分的であっても一切許されない。研究結果の信頼性を失わせ、誤った医療につながって患者に害を及ぼすおそれがある。研究者には、データを正確に記録し、定められた期間適切に保存する義務がある。
臨床研究に関わる主な規範
・ヘルシンキ宣言:世界医師会が採択した、人間を対象とする医学研究の倫理原則。被験者の福利を科学や社会の利益より優先すること、倫理委員会による事前審査、インフォームド・コンセント、研究の事前登録と結果公表(否定的な結果も含む)などを定める。 ・人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針:わが国の医学系研究の基本ルール。2014年に疫学研究と臨床研究の指針が統合されて「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」となり、2021年にはヒトゲノム・遺伝子解析研究の指針も統合されて現在の名称となった(文部科学省・厚生労働省・経済産業省)。 ・臨床研究法(2018年施行):未承認・適応外の医薬品等を用いる臨床研究や、製薬企業等から資金提供を受けて行う医薬品等の臨床研究を「特定臨床研究」とし、認定臨床研究審査委員会の審査、実施計画の厚生労働大臣への提出、疾病等の報告などを義務づける。 ・GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準):薬機法に基づく治験に適用される基準。
インフォームド・コンセントの主な説明事項
研究の名称と目的・意義、方法と期間、研究対象者として選ばれた理由、予測されるリスク・負担と利益、同意しなくても・撤回しても不利益を受けないこと、研究計画書などの閲覧が可能であること、個人情報の取扱い、研究の資金源と利益相反、健康被害が生じた場合の補償の有無、問い合わせ先など。
研究不正(特定不正行為)
捏造(fabrication)、改ざん(falsification)、盗用(plagiarism)の3つ。頭文字をとってFFPと呼ばれる。
POINT
・介入研究は実施前に倫理審査委員会の審査と研究機関の長の許可が必要である。 ・被験者には研究について知る権利があり、求めに応じて研究計画書を閲覧できる。 ・被験者はいつでも同意を撤回でき、不利益を受けない。研究自体も安全性などの理由で中止されうる。 ・有害事象は研究機関の長などへ報告し、結果公表時にも開示する。 ・捏造・改ざん・盗用は部分的であっても許されない。
