「やっぱり受けたくない」と言われたら―同意書のその先にある、患者の本音を聴く一言
第110回医師国家試験 C問題 第25問
国試問題にチャレンジ
76歳の女性。腋窩のしこりを主訴に来院した。初診時,右腋窩に痛みを伴わない直径2 cmのリンパ節1個を触知した。経過観察の方針となり1か月後に再診したところリンパ節腫大の増悪を認めたため,担当医はリンパ節生検を行うことが望ましいと判断した。担当医は患者に対して,鑑別すべき疾患,生検の必要性,生検の方法および生検で予想される利益や不利益などについて丁寧に説明した。説明を聞いて患者は「よくわかりました」と答え,生検の同意書に署名した。説明から10日後に生検が予定された。生検の前日に患者が予定外で外来を受診したため,担当医が対応した。患者は担当医に対して,「申し訳ないのですが,やはり検査は受けたくありません」と申し出た。担当医は「明日の検査を受けたくないのですね」と確認した。 次に担当医が患者にかける言葉として適切なのはどれか。
- a.「十分に説明させていただいたつもりなので残念です」
- b.「すでに同意をいただいていますので予定は変更できません」
- c.「明日の生検は中止にしますので今後は他院で相談してください」
- d.「すぐに終わる検査ですし痛みも少ないですからご安心ください」
- e.「受けたくないというお気持ちになった理由を伺ってもよろしいですか」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
インフォームド・コンセントにおける同意は、検査や治療の実施前であればいつでも撤回でき、同意書への署名は実施を強制する根拠になりません。患者から撤回の申し出があったときは、まず反復・確認で受け止め、次に開かれた質問で撤回に至った理由や思いを尋ねることが出発点となります。医師の主観を押しつける言葉、同意書を盾に予定を変えない言葉、診療の打ち切りを示唆する言葉、理由を決めつけて安心させようとする言葉は、いずれも信頼関係を損ないます。理由がわかれば誤解の解消や不安への対処、日程・方法の調整、別の選択肢の提示などを患者と共に検討でき、これが共同意思決定(shared decision making)の実践につながります。悪性も疑われる増大リンパ節のように医学的に検査が望ましい場面でこそ、患者の自己決定を尊重しつつ最善の方針を一緒に探る姿勢が求められます。
解答・解説
正解はeです
状況の整理
76歳の女性の右腋窩に、痛みのない直径2cmのリンパ節が1個触れ、1か月の経過観察で増大した。高齢者で無痛性に増大するリンパ節腫大であり、悪性リンパ腫や乳癌などの悪性腫瘍のリンパ節転移、結核性リンパ節炎などを鑑別する必要がある。確定診断には組織を採取するリンパ節生検が望ましく、担当医は鑑別疾患、生検の必要性・方法・利益と不利益を説明し、患者は文書で同意した。ところが生検の前日、患者は予定外に受診して「やはり検査は受けたくない」と申し出た。担当医はまず患者の言葉を繰り返して気持ちを確認している(反復・確認の技法)。
考え方
インフォームド・コンセントは一度署名すれば終わりではなく、患者はいつでも、理由を問わず、不利益を受けることなく同意を撤回できる。一方で、医師は撤回をそのまま事務的に受け入れるのでもなく、説得で押し切るのでもなく、撤回に至った患者の考えや事情を理解することから始める必要がある。理由は、検査への不安・恐怖、説明内容の誤解、診断がつくこと自体への恐れ、家族の意見、費用・通院・介護など生活上の事情、高齢であることを踏まえた人生観・価値観の変化など、さまざまに考えられる。理由がわかれば、誤解の解消、不安への対処、日程や方法の調整、別の選択肢の提示など、患者にとって最善の方針を一緒に考えることができる。 設問は、患者の申し出を受け止めた「次」にかける言葉を問うている。医師の主観や都合を押しつける言葉、患者の気持ちを決めつける言葉、関係を断ち切る言葉は不適切であり、開かれた質問で患者の思いを尋ねる言葉が最も適切である。
選択肢考察
- ×a. 「十分に説明させていただいたつもりなので残念です」
「十分に説明した」というのは医師側の受け止めにすぎず、患者がどのように理解し、何を感じたかは確かめられていない。さらに「残念です」という言葉は、医師の失望を伝えて患者に罪悪感を抱かせ、本音を話しにくくさせる。患者の心情や事情に目を向けない医師中心の発言であり、不適切である。
- ×b. 「すでに同意をいただいていますので予定は変更できません」
同意は患者の自由な意思に基づくものであり、検査や治療の実施前であればいつでも撤回できる。同意書への署名を理由に検査を強いることは、患者の自己決定権を侵害し、倫理的にも法的にも許されない。撤回の申し出を一方的に退けるこの発言は不適切である。
- ×c. 「明日の生検は中止にしますので今後は他院で相談してください」
患者は明日の検査を受けたくないと述べただけで、この病院での診療をやめたいとは言っていない。理由も聞かずに中止を決め、他院へ行くよう告げるのは診療の放棄・拒否と受け取られかねず、患者と医師の信頼関係を大きく損なう。リンパ節腫大が増大している以上、診療を継続して経過を見守り、方針を話し合う責任が担当医にはある。不適切である。
- ×d. 「すぐに終わる検査ですし痛みも少ないですからご安心ください」
「患者は検査の痛みや手間を怖がっている」という医師の思い込みに基づく発言である。撤回の理由が別のところ(診断結果への不安、家族の事情、価値観の変化など)にあれば的外れとなり、「話を聞いてもらえない」と感じさせて信頼を損なう。また、検査が短く痛みが少ないことが、そのまま患者の安心につながるとは限らない。理由を確かめないまま安心させようとする発言は不適切である。
- ○e. 「受けたくないというお気持ちになった理由を伺ってもよろしいですか」
患者の申し出を否定せずに受け止めたうえで、撤回に至った思いや事情を開かれた質問で尋ねている。患者が自由に語れるため、不安・誤解・生活上の事情・価値観など本当の理由を把握でき、それに応じて追加の説明、不安への対応、日程や方法の再検討などを患者と一緒に考えることができる。「伺ってもよろしいですか」と許可を求める表現は、話すかどうかを患者に委ねる配慮でもある。患者の自己決定を尊重しつつ、最善の選択を共に探る出発点となる発言であり、最も適切である。
インフォームド・コンセントの要点
・医師が病状、検査・治療の目的・方法、期待される利益、危険性・副作用、ほかの選択肢(何もしない場合を含む)などを、患者が理解できるように説明し、患者が自由な意思で同意(または拒否)する過程である。 ・同意は実施前であればいつでも撤回でき、撤回によって患者が不利益な扱いを受けてはならない。 ・医学的に最善と思われる選択を患者が拒むことがあっても、判断能力のある患者の決定は尊重される。医師はその背景を理解し、必要な情報を改めて提供して、患者とともに方針を考える(共同意思決定:shared decision making)。
医療面接で役立つ技法
・開かれた質問(open-ended question):「どのようなお気持ちですか」など、患者が自由に答えられる質問。患者の考えや感情を引き出すのに適する。 ・閉じた質問:「はい・いいえ」で答えられる質問。事実の確認に適する。 ・反復・確認:患者の言葉を繰り返して、理解していることを伝え、内容を確かめる(本問の「明日の検査を受けたくないのですね」)。 ・共感・受容:患者の感情を否定せず受け止める。 ・医師側の思い込みによる決めつけ、説得の押しつけ、突き放しは信頼関係を損なう。
本例の医学的背景
高齢者の無痛性で増大するリンパ節腫大では、悪性リンパ腫、固形癌(腋窩であれば乳癌など)のリンパ節転移、結核性リンパ節炎などを考える。一般に、直径が大きい、硬い、可動性が乏しい、増大傾向がある、といった特徴は悪性を示唆し、組織学的診断のための生検が勧められる。
POINT
・同意は検査・治療の前であればいつでも撤回できる。同意書への署名は実施を強制する根拠にならない。 ・同意を撤回した患者には、まず開かれた質問で理由や思いを尋ね、患者とともに最善の方針を考える。 ・医師の主観の押しつけ、思い込みによる説得、診療の打ち切りを示唆する言葉は不適切である。
