黒い点の急増からカーテンへ―裂孔原性網膜剝離を「外から」「中から」治す2つの手術
第110回医師国家試験 A問題 第57問
国試問題にチャレンジ
55歳の男性。左眼の飛蚊症と視野異常とを主訴に来院した。1週前から多数の黒いものが飛んでいるのが見え,昨日から下鼻側視野の欠損を自覚した。矯正視力は右1.2,左0.9,眼圧は右14 mmHg,左11 mmHg。眼底写真(合成による広角撮影像)を別に示す。 治療法はどれか。2つ選べ。

- a.濾過手術
- b.硝子体手術
- c.強膜内陥術
- d.抗VEGF薬硝子体注射
- e.副腎皮質ステロイドのテノン嚢下注射
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
中高年で飛蚊症が急増し、続いてカーテン様の視野欠損が出現した場合は、後部硝子体剝離に伴う網膜裂孔から生じた裂孔原性網膜剝離を考えます。網膜像は倒立するため下鼻側の視野欠損は上耳側網膜の病変に対応し、剝離眼では眼圧が低下しやすいことも診断の手がかりになります。剝離が生じた段階では、眼外からバックルで眼球壁を押し込む強膜内陥術か、眼内から硝子体を切除してガスで網膜を押さえる硝子体手術が必要で、レーザー光凝固は剝離を伴わない裂孔の予防的治療にとどまります。濾過手術は緑内障、抗VEGF薬やステロイド局所注射は新生血管や黄斑浮腫の治療であり、裂孔を閉鎖する作用はありません。黄斑剝離前の早期手術が視力予後を左右するため、症状の経過から剝離を早く疑う力が臨床で重要です。
解答・解説
正解はb, cです
所見の整理
・55歳男性。左眼に1週前から多数の黒い浮遊物(飛蚊症)が出現し、昨日から下鼻側の視野欠損を自覚した。 ・50歳代は硝子体の液化が進み、後部硝子体剝離(硝子体が網膜から離れる生理的変化)が起こりやすい年代である。後部硝子体剝離の際、硝子体と網膜の癒着が強い部位で網膜が引きちぎられると網膜裂孔が生じる。裂孔形成時の出血や網膜色素上皮細胞の散布が「急に増えた多数の黒い点」として自覚される。 ・矯正視力は左0.9とやや低下しているが、中心視力はまだ比較的保たれており、黄斑部は剝離に巻き込まれていないか、ごく一部にとどまる段階と考えられる。 ・眼圧は左11 mmHg と右14 mmHg より低い。網膜剝離眼では網膜下への液の移動や房水産生の低下により眼圧が低下しやすく、これに合致する。 ・眼底写真(広角合成像)では、上耳側の周辺部に弁状(馬蹄形)の網膜裂孔があり、その周囲から後極側へ向かって網膜が白っぽく隆起した網膜剝離を認める。
診断へのプロセス
網膜上の病変は、視野上では上下・左右が反転した位置に現れる(光が水晶体で屈折して倒立像を結ぶため)。下鼻側の視野欠損は上耳側網膜の障害に対応し、眼底所見の剝離部位と一致する。飛蚊症の先行→視野欠損の出現→剝離眼の眼圧低下という経過と、眼底の網膜裂孔および剝離所見から、左眼の裂孔原性網膜剝離と診断する。 網膜中心動脈閉塞症などでも急な視野障害を生じるが、飛蚊症が先行することはなく、眼底所見も異なる。
設問の考え方
裂孔原性網膜剝離は自然治癒が期待できず、放置すると剝離が黄斑に及んで高度の視力障害をきたすため、手術による治療が原則である。目的は「裂孔を閉鎖し、網膜を元の位置に復位させること」であり、そのための術式は眼球の外から行う強膜内陥術と、眼球の中から行う硝子体手術の2つである。
選択肢考察
- ×a. 濾過手術
濾過手術(線維柱帯切除術など)は、前房から結膜下へ房水の新たな排出路を作り、眼圧を下げる緑内障の手術である。本例はむしろ眼圧が低めであり、網膜剝離の治療にはならない。
- ○b. 硝子体手術
眼球内に器具を挿入し、網膜を牽引している硝子体を切除して裂孔への牽引を取り除く手術である。網膜下液を排除して網膜を復位させ、裂孔周囲をレーザー光凝固(または冷凍凝固)で瘢痕癒着させたうえで、眼内を空気や膨張性ガス(場合によりシリコーンオイル)で置換し、内側から網膜を押さえる(タンポナーデ)。術後はガスが裂孔を押さえるよう体位制限を行う。後部硝子体剝離を伴う中高年の弁状裂孔による網膜剝離はよい適応であり、本例の治療法として適切である。
- ○c. 強膜内陥術
眼球の外側から、裂孔に相当する強膜上にシリコーン製のバックル(スポンジやバンド)を縫着し、眼球壁を内側へ押し込む(内陥させる)手術である。これにより裂孔部の網膜と色素上皮を接着させるとともに、硝子体による牽引を緩める。裂孔周囲は冷凍凝固で癒着させる。眼内に器具を入れないため白内障の進行などの合併症が少なく、特に若年者の網膜剝離で選択されることが多いが、本例のような周辺部裂孔による剝離にも適応がある。本例の治療法として適切である。
- ×d. 抗VEGF薬硝子体注射
VEGF(vascular endothelial growth factor、血管内皮増殖因子)は新生血管の形成や血管透過性の亢進を促す因子である。その阻害薬の硝子体内注射は、滲出型加齢黄斑変性、網膜静脈閉塞症や糖尿病網膜症に伴う黄斑浮腫、病的近視の脈絡膜新生血管などに用いる。網膜裂孔を閉鎖する作用はなく、裂孔原性網膜剝離には適応がない。
- ×e. 副腎皮質ステロイドのテノン嚢下注射
テノン嚢(眼球を包む結合組織の膜)と強膜の間にステロイド(トリアムシノロンなど)を注入する治療で、ぶどう膜炎や、糖尿病網膜症・網膜静脈閉塞症などに伴う黄斑浮腫の消炎・浮腫軽減に用いる。網膜裂孔や剝離を物理的に修復する効果はなく、本例の治療法ではない。
網膜剝離の分類
・裂孔原性網膜剝離:網膜裂孔から液化硝子体が網膜下に流入して生じる。最も多い。中高年では後部硝子体剝離に伴う弁状(馬蹄形)裂孔、若年者では強度近視などに伴う萎縮性円孔が原因となりやすい。 ・牽引性網膜剝離:増殖膜による牽引で生じる(増殖糖尿病網膜症など)。 ・続発性(滲出性)網膜剝離:脈絡膜からの滲出液による(原田病、脈絡膜腫瘍など)。原疾患の治療が中心となる。
症状の経過
前駆症状として飛蚊症(急増する浮遊物)や光視症(暗所でも光が走って見える)があり、剝離の進行に伴い周辺から視野欠損(カーテンがかかったように見える)が広がる。黄斑に及ぶと急激な視力低下・変視症をきたす。
病期に応じた治療
・網膜裂孔のみ(剝離なし、またはごく限局):裂孔周囲のレーザー光凝固による網膜剝離の予防。 ・網膜剝離あり:強膜内陥術または硝子体手術。網膜剝離に対してはレーザー光凝固単独では不十分である。 ・ガス注入による気体網膜復位術が選ばれることもある。 ・黄斑剝離前に復位できれば視力予後は良好であり、黄斑が保たれている例は可能な限り早く手術する。
視野と網膜の対応
網膜の上半分は下半分の視野、耳側網膜は鼻側の視野を担う。したがって上耳側網膜の病変は下鼻側の視野欠損となる。
POINT
・飛蚊症の急増→視野欠損(カーテン様)→裂孔原性網膜剝離を疑う。剝離眼は眼圧が低下しやすい。 ・視野欠損の部位と網膜病変の部位は上下・左右が逆になる。 ・裂孔原性網膜剝離の手術は強膜内陥術(眼外から)と硝子体手術(眼内から)の2つ。 ・裂孔のみで剝離がない段階ではレーザー光凝固で予防する。 ・濾過手術は緑内障、抗VEGF薬・ステロイド局所注射は黄斑浮腫や新生血管性疾患の治療。
