「黒い影」と「走る光」は網膜からのSOS―強度近視に潜む裂孔原性網膜剝離
第118回医師国家試験 A問題 第34問
国試問題にチャレンジ
54歳の男性。左眼の飛蚊症と光視症を主訴に来院した。数日前から左眼に明るいところで黒い影のようなものが見え,光が走ることもある。両眼に-8 Dの近視があり矯正視力は両眼とも1.0。左眼の眼底写真を示す。 診断はどれか。

- a.硝子体出血
- b.加齢黄斑変性
- c.網膜色素変性
- d.裂孔原性網膜剝離
- e.網膜静脈分枝閉塞症
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
中高年に急に生じた片眼の飛蚊症と光視症は、後部硝子体剝離に伴う網膜裂孔や裂孔原性網膜剝離のサインであり、散瞳して眼底周辺部まで観察することが欠かせません。強度近視は眼軸が長く網膜が薄いため重要な危険因子で、眼底に弁状(馬蹄形)裂孔と白く隆起した剝離網膜を認めれば診断できます。硝子体出血は眼底の透見性低下、加齢黄斑変性は黄斑病変と変視症、網膜色素変性は夜盲と骨小体様色素沈着、網膜静脈分枝閉塞症は扇形の火炎状出血が特徴で、症状と眼底所見の組み合わせで鑑別できます。治療は裂孔のみなら網膜光凝固、剝離があれば強膜内陥術や硝子体手術で、黄斑が剝離する前の早期手術が視力予後を左右します。視力が良好でも油断せず、症状の意味を理解して速やかに眼科につなぐ判断力は、どの診療科に進んでも役立ちます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・54歳男性、片眼(左眼)のみの症状である。糖尿病網膜症のような全身疾患による網膜病変は両眼に出ることが多く、片眼だけに急に出た症状は局所の眼内イベントを考える手がかりになる。 ・数日前からの飛蚊症(明るい所で黒い影が見える)と光視症(光が走って見える):飛蚊症は硝子体の中の濁りが網膜に影を落とすために生じる。光視症は、硝子体が網膜を引っ張る機械的な刺激が光として感じられる現象である。この2つがそろうと、後部硝子体剝離(硝子体が網膜から離れる現象)と、それに伴う網膜裂孔・網膜剝離を考える。 ・-8 Dの強度近視:近視が強い眼は眼軸(眼球の前後の長さ)が長く、網膜が薄く引き伸ばされているため、網膜に穴(裂孔)ができやすく、裂孔原性網膜剝離の重要な危険因子である。 ・矯正視力は両眼とも1.0:視力に最も関わる黄斑(網膜の中心部)はまだ障害されていないと考えられる。 ・眼底写真:視神経乳頭や網膜血管がはっきり見えるので、中間透光体(角膜・水晶体・硝子体など光が通る部分)の強い混濁はない。周辺部に馬蹄形の弁状裂孔(硝子体に引っ張られて網膜がめくれた穴)と、その周囲の白っぽく隆起した剝離網膜がみられ、黄斑部には剝離が及んでいない。
診断へのプロセス
中高年者に急に生じた片眼の飛蚊症・光視症では、まず後部硝子体剝離、網膜裂孔、裂孔原性網膜剝離、硝子体出血を鑑別に挙げる。強度近視という危険因子があり、眼底写真で弁状裂孔と網膜剝離が直接確認できることから、左眼の裂孔原性網膜剝離(黄斑部未剝離)と診断する。黄斑が保たれているので視力は良好であるが、放置すれば剝離が広がって黄斑に達し、視力が大きく低下する。このため黄斑剝離前の早期手術が望ましい。
設問の考え方
「飛蚊症+光視症」という典型的な症状、「強度近視」という危険因子、そして眼底の「裂孔と剝離」という所見の3点を結びつければ正解できる。ほかの選択肢は、主な症状(夜盲・変視症など)と眼底所見(出血・色素沈着など)がそれぞれ本例と合わない。
選択肢考察
- ×a. 硝子体出血
硝子体出血では、硝子体腔にたまった血液が光をさえぎる。そのため眼底は赤くかすんで見えにくくなり、出血が多ければ網膜や血管の輪郭は追えない。本例の写真では視神経乳頭や網膜血管が連続して明瞭に見えており、硝子体出血は考えにくい。なお、網膜裂孔ができるときに網膜の血管が切れて硝子体出血を合併することはあるが、その場合も眼底の透見性が落ちる。
- ×b. 加齢黄斑変性
加齢黄斑変性は、黄斑部に脈絡膜新生血管(脈絡膜から網膜側へ伸びる異常血管)が生じ、出血・滲出・漿液性網膜剝離を起こす疾患である。主な症状は変視症(ものがゆがんで見える)、中心暗点、視力低下であり、飛蚊症や光視症は典型的ではない。本例は矯正視力1.0と良好で、写真でも黄斑部に出血や滲出などの病変はない。
- ×c. 網膜色素変性
網膜色素変性は、視細胞(主に杆体)が少しずつ変性していく遺伝性の疾患で、通常は両眼に起こる。夜盲で始まり、求心性視野狭窄(視野が周辺から狭くなる)がゆっくり進み、羞明(まぶしさ)を伴うこともある。眼底には、骨小体様色素沈着(骨の細胞のような形の黒い色素)、網膜血管の狭細化、視神経乳頭の蒼白化がみられる。数日で始まった片眼の飛蚊症・光視症という経過とも、眼底所見とも合わない。
- ○d. 裂孔原性網膜剝離
急に始まった片眼の飛蚊症と光視症、強度近視(-8 D)という危険因子、眼底写真で周辺部の弁状裂孔とそれに続く網膜剝離が確認できることから、裂孔原性網膜剝離と診断できる。剝離は黄斑部に及んでおらず、矯正視力1.0が保たれていることとも合う。網膜剝離の範囲に対応して視野欠損が生じるため、黒い影はその視野欠損を表していると考えられる。治療は手術であり、硝子体手術または強膜内陥術(バックリング手術)で網膜を元の位置に戻し、裂孔の周りを光凝固や冷凍凝固でふさぐ。
- ×e. 網膜静脈分枝閉塞症
網膜静脈分枝閉塞症は、動脈と静脈が交差する部分で静脈が詰まる疾患で、高血圧や動脈硬化を持つ中高年に多い。閉塞した静脈が流れる領域に、扇形に広がる火炎状出血、軟性白斑(綿花様白斑)、静脈の拡張・蛇行がみられ、黄斑浮腫を起こすと視力が低下する。本例の写真にこうした出血や血管異常はない。
裂孔原性網膜剝離の概要
網膜は、光を感じる神経網膜と、その外側にある網膜色素上皮の2層からなる。網膜剝離はこの2層の間が離れる状態をいう。裂孔原性網膜剝離では、網膜にできた裂孔から液化した硝子体が網膜の下に入り込み、剝離が広がっていく。
発症の機序
加齢とともに硝子体はゲル状から液状に変わり(液化)、やがて網膜から離れる(後部硝子体剝離)。網膜と硝子体が強く癒着している部分があると、硝子体が離れるときに網膜が引っ張られて裂ける(弁状裂孔・馬蹄形裂孔)。網膜が引っ張られる刺激が光視症として感じられ、硝子体の濁りや出血が飛蚊症として感じられる。
好発年齢と危険因子
発症年齢には2つのピークがある。 ・若年者(20歳代前後):強度近視の眼で、周辺部網膜の格子状変性の中にできる萎縮円孔が原因になることが多い。若い人では硝子体がまだ液化していないので、剝離はゆっくり進むことが多い。外傷(アトピー性皮膚炎で目をこする場合を含む)も原因になる。 ・中高年者(50歳代以降):後部硝子体剝離に伴う弁状裂孔が原因になることが多く、剝離が速く進みやすい。 ・その他の危険因子:白内障手術後、もう片方の眼に網膜剝離を起こしたことがある、家族歴など。
症状
飛蚊症・光視症(前兆)→ 剝離に対応した視野欠損(カーテンがかかったような感じ)→ 黄斑まで剝離すると急激な視力低下・変視症。痛みはない。
検査
散瞳した眼底検査(倒像鏡検査・眼底周辺部の観察)で裂孔と剝離を確認する。硝子体出血などで眼底が見えないときは、超音波Bモード検査で剝離の有無を調べる。
治療
・網膜剝離のない裂孔だけの段階:網膜光凝固(レーザーで裂孔の周りを焼き固める)で剝離を予防する。 ・網膜剝離がある場合:強膜内陥術(強膜バックリング術)や硝子体手術を行う。若年者で格子状変性が原因の場合は強膜内陥術が、中高年者で後部硝子体剝離に伴う場合は硝子体手術が選ばれることが多い。硝子体手術では、眼内をガスなどで満たして網膜を押さえるため、術後に腹臥位などの体位制限が必要になる。 ・黄斑部が未剝離のうちに手術すると、視力予後は良い。
主な鑑別疾患
・後部硝子体剝離のみ:飛蚊症・光視症はあるが、裂孔や剝離はない。ただし、のちに裂孔ができることがあるので、経過観察が必要である。 ・続発性(滲出性・牽引性)網膜剝離:原田病や腫瘍などによる滲出性網膜剝離、増殖糖尿病網膜症などによる牽引性網膜剝離は、裂孔がないことで区別する。
POINT
・中高年者に急に生じた片眼の飛蚊症+光視症では、後部硝子体剝離と網膜裂孔・裂孔原性網膜剝離をまず考え、散瞳して眼底周辺部まで観察する。 ・強度近視は裂孔原性網膜剝離の重要な危険因子である。 ・眼底で弁状(馬蹄形)裂孔と、周囲の白く隆起した剝離網膜を見つければ診断できる。 ・黄斑が剝離していなければ視力は保たれる。黄斑が剝離する前の早期手術が視力予後を左右する。 ・好発年齢には2つのピークがある:若年者は格子状変性内の萎縮円孔(ゆっくり進む)、中高年者は後部硝子体剝離に伴う弁状裂孔(速く進む)。 ・鑑別点:硝子体出血は眼底が見えにくい、加齢黄斑変性は黄斑病変と変視症、網膜色素変性は夜盲と骨小体様色素沈着、網膜静脈分枝閉塞症は扇形の火炎状出血。
