20年放置した糖尿病が眼に残した爪痕―無灌流領域が告げる「レーザーと血糖」の二本柱
第119回医師国家試験 D問題 第73問
国試問題にチャレンジ
53歳の男性。右眼の視力低下を主訴に来院した。2か月前から右眼が見えにくくなり,様子を見ていたが改善しないため来院した。多忙のため,20年来,医療機関を受診していない。意識は清明。身長172cm,体重68kg。体温36.2℃。脈拍72/分,整。血圧162/90mmHg。視力は右が眼前手動弁(矯正不能),左0.1(0.6×-3.0D)。眼圧は右18 mmHg,左20mmHg。両眼の前眼部に異常を認めない。右の眼底は透見不能である。左の眼底写真(A)と蛍光眼底造影写真(B)とを下に示す。尿所見:蛋白2+,糖4+,ケトン体(-),潜血(-)。血液生化学所見:総蛋白5.9g/dL,アルブミン3.3g/dL,尿素窒素20mg/dL,クレアチニン1.3mg/dL,血糖255mg/dL,HbA1c 11.4%(基準4.9~6.0)。 まず行うべき治療はどれか。2つ選べ。

- a.白内障手術
- b.汎網膜光凝固
- c.血糖コントロール
- d.ステロイドパルス療法
- e.副腎皮質ステロイド点眼
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
長期未治療の糖尿病患者で片眼の眼底が透見できなければ、増殖糖尿病網膜症による硝子体出血をまず考え、蛍光眼底造影で広範な無灌流領域を認めれば網膜虚血が高度であることを意味します。虚血網膜はVEGFを産生して新生血管を生み、硝子体出血・牽引性網膜剥離・血管新生緑内障から失明に至るため、汎網膜光凝固で虚血網膜を減らすことが急務です。同時に、根本原因である高血糖と高血圧の全身管理が不可欠ですが、急激な血糖低下はearly worseningを招きうるため眼科と連携して段階的に進めます。ステロイドは全身投与・点眼とも網膜症の治療にならず、白内障手術も網膜症の制御が先決です。網膜症は自覚症状に乏しく、腎症など他の細小血管合併症とともに進行するため、糖尿病診療における定期的な眼底検査と眼科・内科の連携の重要性を学べる問題です。
解答・解説
正解はb, cです
所見の整理
・53歳の男性。2か月前から右眼の視力低下が続き、改善しない。20年間医療機関を受診しておらず、長期間放置された慢性疾患の存在が疑われる。 ・尿糖4+、随時血糖255mg/dL、HbA1c 11.4%であり、コントロール不良の糖尿病である。20年来未受診であることから、罹病期間は長く、未治療のまま経過してきたと考えられる。 ・尿蛋白2+、クレアチニン1.3mg/dL、総蛋白5.9g/dL・アルブミン3.3g/dLと低蛋白血症があり、顕性アルブミン尿期以降の糖尿病性腎症の合併が疑われる。血圧162/90mmHgと高血圧もある。網膜症・腎症という細小血管合併症がそろっていることは、長期の高血糖を裏づける。 ・視力は右が眼前手動弁(矯正不能)と高度に低下し、右眼底は透見不能である。前眼部に異常がないので角膜・前房の混濁ではなく、中間透光体(水晶体〜硝子体)の混濁が原因であり、経過と背景から増殖糖尿病網膜症に伴う硝子体出血が最も考えやすい。左眼は矯正0.6で、近視(−3.0D)があるものの視力は比較的保たれている。
眼底画像の読み
・左眼底写真(A):後極から周辺にかけて点状・しみ状の網膜出血が散在している。 ・蛍光眼底造影(B):周辺部を中心に広範な無灌流領域(毛細血管が閉塞し造影剤が流れない暗い領域)があり、毛細血管瘤による点状の過蛍光、血管の途絶・拡張などの異常もみられる。無灌流領域の広がりは網膜の高度な虚血を示す。
診断
糖尿病網膜症であり、左眼は広範な無灌流領域を伴う前増殖期〜増殖期、右眼は硝子体出血をきたした増殖期と考えられる。網膜静脈閉塞症や高血圧網膜症も網膜出血を起こすが、両眼性で、背景にコントロール不良の糖尿病と腎症があり、周辺部優位の広範な無灌流と毛細血管瘤を伴う点から糖尿病網膜症に合致する。
まず行うべき治療の考え方
網膜の虚血はVEGF(血管内皮増殖因子)の産生を促し、新生血管・硝子体出血・牽引性網膜剥離・血管新生緑内障へと進展して失明に至る。広範な無灌流領域を認める時点で、虚血網膜を光凝固で減らしVEGF産生を抑える汎網膜光凝固(PRP)の適応である。同時に、網膜症進行の根本原因である高血糖を是正する全身治療(血糖コントロール)が不可欠である。眼局所の治療と全身管理の両輪で臨むのが原則である。
選択肢考察
- ×a. 白内障手術
右眼底が透見できないことから中間透光体の混濁はあるが、この症例の背景と経過からは増殖糖尿病網膜症による硝子体出血が主因と考えられ、白内障が視力低下の主な原因とする根拠はない。仮に白内障を合併していても、網膜症が活動性のまま白内障手術を行うと術後に網膜症や黄斑浮腫が悪化しやすい。まずは網膜症の治療(光凝固、必要なら硝子体手術)と血糖管理を優先し、白内障手術は硝子体手術と同時に行うなど、網膜症の状態を踏まえて検討する。最初に行う治療ではない。
- ○b. 汎網膜光凝固
汎網膜光凝固(PRP)は、黄斑部を除く網膜全体にレーザーを照射して虚血網膜を凝固し、酸素需要を減らしてVEGFの産生を抑える治療である。蛍光眼底造影で広範な無灌流領域を認める前増殖網膜症や、新生血管を伴う増殖網膜症が適応で、新生血管の発生・進行を抑え、硝子体出血・牽引性網膜剥離・血管新生緑内障による失明を防ぐ。本例の左眼は広範な無灌流領域を伴い増殖期への進展リスクが高く、早急に施行すべきである。右眼も硝子体出血の原因は増殖網膜症と考えられ、出血が吸収されない場合や牽引性網膜剥離を伴う場合は硝子体手術を行い、術中に眼内光凝固を追加する。
- ○c. 血糖コントロール
糖尿病網膜症は高血糖による網膜細小血管障害であり、血糖コントロールは進行抑制の基本となる治療である。HbA1c 11.4%と著しく不良で、腎症の合併もあるため、全身の合併症予防の観点からも内科的治療の開始が欠かせない。高血圧も網膜症・腎症の増悪因子であり、併せて降圧治療を行う。ただし長期間高血糖が続いた例で血糖を急激に下げると、一過性に網膜症が悪化すること(early worsening)が知られているため、眼科と連携し、光凝固を先行または並行させつつ、時間をかけて段階的に血糖を下げる。
- ×d. ステロイドパルス療法
ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン大量静注)は、視神経炎や原田病、自己免疫性疾患など炎症・免疫機序の疾患に用いる治療である。糖尿病網膜症は虚血とVEGFが主体の病態であり適応がない。さらに大量の副腎皮質ステロイドは血糖を著しく上昇させ、すでにコントロール不良の糖尿病を悪化させる。感染症や高血圧の増悪の危険もあり、行うべきではない。
- ×e. 副腎皮質ステロイド点眼
副腎皮質ステロイド点眼は、結膜炎・角膜炎・ぶどう膜炎(前部)や術後炎症など、主に前眼部の炎症に用いる。点眼薬は網膜・硝子体まで十分に到達せず、網膜虚血が本態の糖尿病網膜症には効果がない。また長期使用によりステロイド緑内障や白内障を誘発するおそれがある。なお糖尿病黄斑浮腫に対してはトリアムシノロンのテノン嚢下注射などステロイドの局所注射が選択されることがあるが、点眼とは別の治療である。
糖尿病網膜症の病期分類(改変Davis分類)と主な所見
・単純網膜症:毛細血管瘤、点状・しみ状出血、硬性白斑、網膜浮腫。血糖コントロールと定期的な眼底検査が中心。 ・増殖前(前増殖)網膜症:軟性白斑、静脈の数珠状拡張、網膜内細小血管異常(IRMA)、蛍光眼底造影での無灌流領域。無灌流領域が広い場合は汎網膜光凝固の適応。 ・増殖網膜症:網膜・視神経乳頭の新生血管、硝子体出血、線維血管増殖膜、牽引性網膜剥離。汎網膜光凝固、硝子体手術、抗VEGF薬硝子体内注射。 ※病期とは別に、黄斑浮腫(糖尿病黄斑浮腫)はどの病期でも起こり、視力低下の主要な原因となる。治療の第一選択は抗VEGF薬の硝子体内注射で、ステロイド局所注射、局所光凝固、硝子体手術も用いられる。
主な合併症の機序
網膜虚血→VEGF産生↑→新生血管(網膜・乳頭・虹彩・隅角)→硝子体出血、牽引性網膜剥離、血管新生緑内障。
糖尿病の三大細小血管合併症
網膜症・腎症・神経障害。本例のように網膜症が進行している例では腎症も進行していることが多く、全身の評価が必要である。
疫学・治療の進歩
糖尿病網膜症はかつて日本の中途失明原因の第1位であったが、現在は緑内障が第1位で、糖尿病網膜症は網膜色素変性とともに上位を占める。抗VEGF療法や小切開硝子体手術の進歩により、視力予後は改善してきている。
POINT
・未治療糖尿病+片眼の眼底透見不能=増殖糖尿病網膜症による硝子体出血をまず考える。 ・蛍光眼底造影で広範な無灌流領域(網膜虚血)→汎網膜光凝固の適応。 ・眼局所治療と並行して、血糖・血圧の全身管理を行う。急激な血糖低下は網膜症を一過性に悪化させうるため、段階的に下げる。 ・ステロイドは全身投与・点眼とも糖尿病網膜症の治療にならず、全身投与は血糖を悪化させる。
