取り切る範囲は画像が決める―口腔底に及んだ舌癌の「過不足ない」手術
第109回医師国家試験 I問題 第47問
国試問題にチャレンジ
60歳の男性。舌の痛みを主訴に来院した。3か月前から舌右縁から口腔底にかけて疼痛が続いており改善しないため受診した。疼痛の部位に粘膜不整を認め,生検で扁平上皮癌の病理診断であった。頸部リンパ節転移や遠隔転移を認めない。口腔内の写真(A)(B),頭頸部造影MRIの脂肪抑制T1強調像(C)及び頭頸部PET/CTの冠状断像(D)を別に示す。 最も適切な治療法はどれか。

- a.放射線治療
- b.舌全摘出術
- c.抗癌化学療法
- d.レーザー蒸散術
- e.舌・口腔底切除術
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
舌癌は口腔癌で最も多く、舌縁に好発する扁平上皮癌で、3週間以上治らない舌の潰瘍や疼痛は生検で確認することが原則です。リンパ節転移・遠隔転移のない切除可能な口腔癌では手術が第一選択であり、放射線や化学療法は術後補助療法や手術不能例・進行例に用いられ、レーザー蒸散術は前癌病変や上皮内癌などの表在病変に限られます。切除範囲は画像で評価した進展範囲で決まり、口腔底へ浸潤していれば口腔底を合併切除し、正中を越えなければ対側の舌を温存するため、舌全摘は過大な切除となります。大きな欠損には遊離皮弁で再建し、深達度に応じて予防的頸部郭清や術後治療も検討します。根治性と機能温存のバランスで術式を選ぶ考え方は、頭頸部癌の治療全般に通じる重要な視点です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・60歳男性、3か月持続して改善しない舌の痛み。 ・部位は舌右縁から口腔底にかけてで、同部に粘膜不整がある。 ・生検で扁平上皮癌と確定している。 ・頸部リンパ節転移・遠隔転移はない(N0M0)。 ・口腔内写真(A・B)では舌右縁の不整な病変が口腔底側へ連続している。造影MRI脂肪抑制T1強調像(C)では右舌縁から口腔底に造影される腫瘍があり、PET/CT冠状断像(D)でも同部位にFDG(フルオロデオキシグルコース)の集積を認める。いずれも病変は右側に限局し、正中を越えていない。
診断
舌右縁から口腔底に進展した口腔扁平上皮癌(舌癌の口腔底浸潤)である。口腔癌の大部分は扁平上皮癌で、その中で最も多いのが舌癌であり、好発部位は舌縁(側縁)である。本例は舌縁と口腔底の境界にまたがっており、原発が舌か口腔底かを厳密に区別しにくいが、治療方針の考え方は同じである。3週間以上治らない舌の潰瘍・びらん・疼痛は、口内炎と決めつけず癌を疑って生検するのが原則である。
治療方針の考え方
口腔癌の根治治療の第一選択は外科的切除である。放射線療法や化学療法も一定の効果はあるが、切除可能な病変に対しては手術が最も確実に局所制御を得られるため標準治療とされ、放射線(±化学療法)は術後の補助療法や手術不能例・手術拒否例に用いられる。 切除範囲は、腫瘍を十分な安全域(マージン)をつけて取り切ることと、咀嚼・嚥下・構音といった舌の機能をできるだけ残すことの両立で決まる。本例は腫瘍が口腔底へ浸潤しているため舌の部分切除だけでは取り残しが生じ、口腔底も一塊に切除する必要がある。一方、正中を越えておらず舌の左側は温存できるため、舌全体を摘出する必要はない。したがって舌(部分〜半側)切除に口腔底切除を加えた術式が最も適切である。切除による欠損が大きい場合は、遊離皮弁(前腕皮弁や前外側大腿皮弁など)で同時に再建して機能を補う。
選択肢考察
- ×a. 放射線治療
扁平上皮癌は放射線感受性があり、口腔癌でも組織内照射(小線源治療)や外照射が行われることはある。しかし切除可能な口腔癌の根治治療の第一選択は手術であり、口腔底まで深く浸潤した本例では放射線単独での確実な根治は期待しにくい。また下顎骨に近い口腔底への照射は放射線性骨壊死などの晩期障害の危険も伴う。放射線治療は主に、切除断端陽性・節外浸潤などの再発高リスク因子がある場合の術後補助療法や、手術が困難な症例に用いられる。
- ×b. 舌全摘出術
舌全摘出術は腫瘍が正中を越えて対側へ大きく広がった進行例などに行われる術式である。舌をすべて失うと、遊離皮弁で再建しても咀嚼・嚥下・構音の機能が大きく損なわれ、誤嚥防止のための喉頭摘出が必要になることもある。本例の腫瘍は右側に限局し正中を越えていないため、左側の舌を温存できる。根治に必要な範囲を超えた過大な切除であり適切でない。
- ×c. 抗癌化学療法
化学療法単独では口腔扁平上皮癌を根治させることは難しい。頭頸部癌における化学療法は、放射線治療と併用する化学放射線療法(シスプラチン併用など)、術前の導入化学療法、あるいは切除不能・再発・遠隔転移例に対する全身療法(分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を含む)として用いられる。リンパ節転移も遠隔転移もなく切除可能な本例で第一選択となる治療ではない。
- ×d. レーザー蒸散術
レーザー蒸散術は病変を表層から焼灼・気化させる方法で、白板症などの前癌病変や上皮内癌のようなごく表在性の病変が対象となる。蒸散では切除標本が得られないため断端や深達度を病理学的に確認できず、浸潤癌の治療には適さない。本例は画像上、口腔底まで深部へ浸潤しており、蒸散では腫瘍を取り切れない。
- ○e. 舌・口腔底切除術
N0M0の切除可能な口腔扁平上皮癌であり、手術が第一選択となる。腫瘍は舌右縁から口腔底へ連続して浸潤しているため、舌と口腔底を安全域をつけて一塊に切除する必要がある。正中を越えていないので対側の舌は温存でき、機能を保ちながら根治を目指せる最も適切な術式である。欠損が大きければ遊離皮弁による即時再建を行い、腫瘍の深さ(深達度)など再発リスクに応じて頸部郭清術の追加や術後放射線(化学放射線)療法を検討する。
口腔癌の概要
・組織型の約90%以上が扁平上皮癌である。 ・部位別では舌癌が最も多く(口腔癌の半数前後)、ついで歯肉癌、口腔底癌、頬粘膜癌などが続く。舌癌は舌縁(側縁)に好発し、舌尖や舌背には少ない。 ・危険因子は喫煙、飲酒、不適合な義歯や鋭縁な歯による慢性機械的刺激、口腔衛生不良などである。白板症・紅板症は前癌病変として重要で、特に紅板症は癌化率が高い。 ・症状は治りにくい潰瘍・びらん、疼痛、硬結、出血などで、進行すると舌の運動障害による構音障害・嚥下障害を来す。 ・頸部リンパ節転移は顎下・上内深頸リンパ節に生じやすい。
病期分類の要点(UICC/AJCC 第8版)
T分類は腫瘍の最大径に加えて深達度(DOI: depth of invasion)で決まる。おおむね、T1は2cm以下かつDOI 5mm以下、T2は2cm以下でDOI 5mm超、または2cm超4cm以下でDOI 10mm以下、T3は4cmを超えるかDOI 10mmを超えるもの、T4aは下顎骨皮質・上顎洞・顔面皮膚などへ浸潤するもの、T4bは咀嚼筋間隙・翼状突起・頭蓋底などへ浸潤するもの、または内頸動脈を全周性に取り囲むものである。
治療の原則
・切除可能例では手術が第一選択である。舌癌の術式は、腫瘍の大きさ・進展範囲に応じて舌部分切除術 → 舌半側切除術 → 舌亜全摘術 → 舌全摘術と拡大し、隣接臓器(口腔底・下顎骨など)に浸潤があればそれらを合併切除する。 ・欠損が大きい場合は前腕皮弁、前外側大腿皮弁、腹直筋皮弁などの遊離皮弁で同時再建する。 ・頸部リンパ節転移があれば頸部郭清術を行う。臨床的に転移を認めなくても、深達度が大きい例では潜在的な転移の頻度が高く、予防的頸部郭清術が考慮される。 ・術後、切除断端陽性やリンパ節の節外浸潤などの高リスク因子があれば術後化学放射線療法を追加する。 ・手術困難例では放射線治療(組織内照射を含む)や化学放射線療法を行う。切除不能・再発・転移例ではシスプラチン、セツキシマブ(抗EGFR抗体)、ニボルマブ・ペムブロリズマブ(抗PD-1抗体)などによる薬物療法が用いられる。
画像検査の役割
MRIは軟部組織のコントラストに優れ、舌や口腔底での腫瘍の深さ・進展範囲や正中を越えるかどうかの評価に有用である。CTは下顎骨浸潤の評価に、PET/CTはリンパ節転移・遠隔転移・重複癌の検索に有用である。
POINT
・舌癌は口腔癌で最も多く、舌縁に好発する扁平上皮癌である。 ・リンパ節転移・遠隔転移のない切除可能な口腔癌の第一選択は手術である。 ・切除範囲は進展範囲で決める:口腔底へ浸潤していれば口腔底も合併切除し、正中を越えなければ対側の舌は温存する(舌全摘は過大)。 ・放射線・化学療法は術後補助療法や手術不能例に用い、単独では第一選択にならない。 ・レーザー蒸散術は前癌病変や上皮内癌など表在病変に限られる。 ・T分類には腫瘍径に加え深達度(DOI)が用いられる。
