首のしこりは「のど」からの便り―梨状陥凹に潜む下咽頭癌
第119回医師国家試験 D問題 第68問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。徐々に増大する左頸部の腫瘤と嚥下障害を主訴に来院した。喫煙は20本/日を30年間。飲酒は日本酒4合/日を45年間。左頸部に径2.5cmのリンパ節を触知し,同部位の穿刺吸引細胞診で扁平上皮癌と診断された。喉頭内視鏡像を下に示す。 最も考えられるのはどれか。

- a.喉頭癌
- b.上咽頭癌
- c.中咽頭癌
- d.下咽頭癌
- e.頸部食道癌
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
頸部リンパ節に扁平上皮癌の転移を認めた場合は、まず口腔・咽頭・喉頭など頭頸部粘膜の原発巣を探します。重度の飲酒・喫煙歴をもつ高齢男性に嚥下障害があり、喉頭内視鏡で梨状陥凹に腫瘍を認めれば、下咽頭癌と診断できます。喉頭癌は声門に多く嗄声で早く見つかりやすく、上咽頭癌はEBウイルスや滲出性中耳炎、中咽頭癌はHPVとの関連が特徴で、頸部食道は喉頭内視鏡の観察範囲より下方にあります。下咽頭癌は症状に乏しく頸部リンパ節転移で発見されやすいうえ、食道癌などの重複癌が多いため上部消化管内視鏡による精査が欠かせません。咽頭の区分と各部位の癌の特徴を結びつけて理解することが、頭頸部癌の診断と治療方針を考える基盤になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・65歳男性。少しずつ大きくなる左頸部腫瘤と、嚥下障害(飲み込みにくさ)が主訴である。 ・喫煙20本/日×30年(ブリンクマン指数600)、日本酒4合/日×45年という重度の喫煙・飲酒歴がある。いずれも頭頸部扁平上皮癌の代表的な危険因子であり、特に大量飲酒は下咽頭癌・食道癌と強く結びつく。 ・左頸部に径2.5cmのリンパ節を触れ、穿刺吸引細胞診(FNA:細い針で細胞を吸引して調べる検査)で扁平上皮癌が検出された。頸部リンパ節に扁平上皮癌がみられる場合、まず考えるべきは頭頸部(口腔・咽頭・喉頭)粘膜に原発巣があり、そこから転移したという病態である。 ・喉頭内視鏡(喉頭ファイバースコープ)では、左の梨状陥凹(梨状窩)に腫瘍性病変がある。喉頭の入口を構成する披裂部や声帯はおおむね保たれている。
診断へのプロセス
高齢男性、重度の喫煙・飲酒歴、扁平上皮癌の頸部リンパ節転移という組み合わせから、まず頭頸部癌を疑う。次に原発部位を絞り込む。嚥下障害は食物の通り道である下咽頭や頸部食道の病変を思わせる症状であり、内視鏡で左梨状陥凹に腫瘍が確認されたことで、原発は下咽頭(梨状陥凹型)と判断できる。梨状陥凹は下咽頭癌が最も多く発生する部位である。下咽頭は症状が出にくい部位のため、本例のように頸部リンパ節腫大を初発症状として受診することが少なくない。
設問の考え方
「頸部リンパ節に扁平上皮癌→頭頸部原発を探す」「飲酒・喫煙歴+嚥下障害→下咽頭・食道を疑う」「内視鏡で梨状陥凹に腫瘍」の3点を結びつければ、下咽頭癌と診断できる。
選択肢考察
- ×a. 喉頭癌
喉頭癌は声門(声帯)に最も多く発生し、早い段階から嗄声(声がれ)が出る。本例の主訴は嗄声ではなく嚥下障害であり、内視鏡像でも腫瘍は声帯や喉頭内腔ではなく、喉頭の外側後方にある梨状陥凹にある。披裂部も保たれているため、喉頭原発とは考えにくい。
- ×b. 上咽頭癌
上咽頭(鼻咽腔)は鼻腔の後方にあり、喉頭内視鏡で下方から観察する範囲には入らない。上咽頭癌はEBウイルス(Epstein-Barrウイルス)との関連が強く、典型的には耳管閉塞による滲出性中耳炎(耳閉感・難聴)、鼻出血・鼻閉、脳神経症状などで発見される。本例の嚥下障害や梨状陥凹の腫瘍とは合わない。
- ×c. 中咽頭癌
中咽頭は口を開けて見える高さ(口蓋扁桃、舌根、軟口蓋、咽頭後壁)に相当する。中咽頭癌は喫煙・飲酒のほか、近年はヒトパピローマウイルス(HPV)陽性例が増えており、頸部リンパ節腫大で見つかることも多い。しかし本例の内視鏡像で腫瘍は喉頭の高さの梨状陥凹にあり、中咽頭に病変は示されていない。
- ○d. 下咽頭癌
重度の喫煙・飲酒歴をもつ高齢男性に、嚥下障害と扁平上皮癌の頸部リンパ節転移がみられ、喉頭内視鏡で左梨状陥凹に腫瘍が認められる。梨状陥凹は下咽頭の一部であり、下咽頭癌の好発部位である。初期症状に乏しく、頸部リンパ節転移を契機に見つかりやすいという下咽頭癌の典型像とも一致する。
- ×e. 頸部食道癌
頸部食道癌も飲酒・喫煙を危険因子とし、嚥下障害で発症する扁平上皮癌であるため、背景は似ている。しかし頸部食道は下咽頭(輪状軟骨の高さで終わる)よりさらに下方にあり、喉頭内視鏡では通常観察できない。本例では腫瘍が梨状陥凹に確認されているので、原発は下咽頭と考える。なお下咽頭癌は頸部食道へ進展したり、食道に重複癌が併存したりすることがあり、上部消化管内視鏡での確認は必要である。
咽頭の区分
・上咽頭:頭蓋底から軟口蓋の高さまで。耳管咽頭口がある。 ・中咽頭:軟口蓋から喉頭蓋谷(舌骨)の高さまで。口蓋扁桃・舌根・軟口蓋・後壁。 ・下咽頭:喉頭蓋谷の下から輪状軟骨下縁の高さまで。梨状陥凹、輪状後部、後壁の3亜部位に分けられ、その下は頸部食道に続く。
下咽頭癌の特徴
・中高年男性に多く、組織型の大部分は扁平上皮癌である。 ・危険因子は飲酒と喫煙。特にアルコールの代謝産物アセトアルデヒドを分解しにくい体質(ALDH2の働きが弱く、飲酒で顔が赤くなる人)で大量飲酒すると発癌リスクが高い。 ・亜部位では梨状陥凹型が最も多い。輪状後部型は女性にみられることがあり、鉄欠乏性貧血に伴うPlummer-Vinson症候群との関連が知られる。 ・初期は咽頭の違和感程度で症状に乏しく、嚥下時痛・嚥下障害・嗄声(喉頭への浸潤や反回神経麻痺による)が出るころには進行していることが多い。リンパ流が豊富で頸部リンパ節転移を起こしやすく、頸部腫瘤が初発症状となることも多い。 ・喉頭癌(特に声門癌)は嗄声で早く見つかるのに対し、下咽頭癌は進行期で見つかる例が多く、予後は頭頸部癌の中でも不良な部類に入る。 ・食道癌など他臓器の重複癌(同時性・異時性)が多く(field cancerization:飲酒・喫煙にさらされた粘膜全体に多発性に癌が生じるという考え方)、上部消化管内視鏡による精査が欠かせない。 ・進展範囲は内視鏡に加え、CT・MRI・PET-CTなどで評価する。
治療
・早期例:放射線治療や経口的切除術などの喉頭温存治療。 ・進行例:化学放射線療法、または咽頭喉頭頸部食道摘出術と頸部郭清術。切除後の欠損は遊離空腸などで再建する。喉頭を摘出すると発声機能を失うため、治療法の選択では喉頭温存の可否が重要な論点になる。
POINT
・頸部リンパ節に扁平上皮癌の転移を認めたら、まず頭頸部粘膜の原発巣を探す。 ・大量飲酒+喫煙の高齢男性+嚥下障害→下咽頭癌(と食道癌)を考える。 ・下咽頭癌の好発部位は梨状陥凹で、症状に乏しく頸部リンパ節転移で見つかりやすい。 ・喉頭癌は声門に多く、嗄声で早期発見されやすい。 ・下咽頭癌は食道癌などの重複癌が多いため、上部消化管内視鏡も行う。
