喘息のある人の「止まらない動悸」―最初の一手はなぜValsalva手技なのか
第119回医師国家試験 D問題 第69問
国試問題にチャレンジ
28歳の女性。動悸を主訴に来院した。午前10時ごろ,事務仕事中に突然,動悸を自覚した。安静にしていても症状が治まらないため受診した。過去に学校健診で心電図異常を指摘され,当院を受診したが経過観察となっていた。その時の12誘導心電図(A)を下に示す。既往歴に気管支喘息があり,吸入薬を使用しているが,年に数回発作を繰り返している。意識は清明。体温36.2℃。脈拍164/分,整。血圧120/82mmHg。呼吸数18/分。SpO2 99%(room air)。心音と呼吸音とに異常を認めない。来院時の12誘導心電図(B)を下に示す。 まず最初に行うべき対応はどれか。

- a.電気ショック
- b.Valsalva手技
- c.ジゴキシン投与
- d.硫酸マグネシウム投与
- e.アデノシン三リン酸投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
PQ短縮とデルタ波を示すWPW症候群の患者に、デルタ波の消えた規則的なnarrow QRS頻拍が出現した場合は、房室結節を順行し副伝導路を逆行する順方向性房室回帰性頻拍を考えます。頻拍の初期対応はまず血行動態で分け、不安定なら同期下電気ショック、安定していれば迷走神経刺激手技であるValsalva手技を最初に試み、無効ならATP急速静注、さらにCa拮抗薬へと進みます。ATPは気管支攣縮を誘発しうるため気管支喘息患者では使いにくく、この点からも非侵襲的なValsalva手技が第一選択となります。WPW症候群ではジゴキシンを原則避け、心房細動合併時には房室結節抑制薬が禁忌となること、根治にはカテーテルアブレーションがあることも重要です。「血行動態→心電図の型→患者背景」の順に判断する流れは、救急外来での不整脈対応の基本となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・28歳女性。事務仕事中という安静に近い状態で、前触れなく突然動悸が始まり、安静にしても治まらない。突然始まり突然終わる「発作性」の頻脈性不整脈が疑われる。 ・以前の健診時心電図(A)では、PQ時間が短縮し、QRS波の立ち上がりがなだらかに傾くデルタ(Δ)波を認め、QRS幅がやや広い。これはWPW(Wolff-Parkinson-White)症候群に典型的な所見で、心房と心室をつなぐ正常な経路(房室結節)とは別に、副伝導路(Kent束)が存在することを示す。 ・来院時の心電図(B)は、心拍数約160/分で、RR間隔が一定(整)のnarrow QRS頻拍(QRS幅が狭い頻拍)であり、Δ波は消えている。 ・意識清明、血圧120/82mmHg、SpO2 99%と血行動態は安定している。 ・気管支喘息があり、年に数回の発作を起こしている(コントロールは十分でない)。
診断へのプロセス
整のnarrow QRS頻拍は発作性上室頻拍(PSVT)の代表的な心電図像である。WPW症候群の患者では、房室結節を順行性に(心房→心室へ)下り、副伝導路を逆行性に(心室→心房へ)上るリエントリー(興奮の旋回)回路ができやすい。これを順方向性房室回帰性頻拍(orthodromic AVRT)という。興奮が心室へは正常経路で伝わるため、発作中はΔ波が消えてQRS幅が狭くなる。以上から、WPW症候群に伴う房室回帰性頻拍と診断する。
設問の考え方:最初の対応
頻拍の治療は、まず血行動態が安定しているかで分ける。ショック、意識障害、心不全、虚血性胸痛などがあれば直ちに同期下電気ショックを行うが、本例は安定している。安定したnarrow QRSの規則的な頻拍では、まず迷走神経刺激手技(Valsalva手技など)を試み、無効ならアデノシン(わが国ではアデノシン三リン酸=ATPを使用)の急速静注、さらにベラパミルなどのCa拮抗薬へと進むのが標準的な流れである。本例は気管支喘息があるため、ATPは気管支攣縮を誘発するおそれがあり使いにくい。この点からも、まず非侵襲的で副作用の少ないValsalva手技を行うのが最も適切である。
選択肢考察
- ×a. 電気ショック
同期下電気ショック(カルディオバージョン)は、血圧低下・意識障害・心不全・胸痛などを伴う血行動態不安定な頻拍、あるいは迷走神経刺激や薬物治療が無効な場合に行う。本例は意識清明で血圧も保たれ安定しているため、最初の対応として選ぶ理由はない。鎮静を要し侵襲も大きい。
- ○b. Valsalva手技
Valsalva手技は、息を吸ったあと声門を閉じて約15秒間いきむ方法で、いきみを解除した後に迷走神経の緊張が高まる。迷走神経刺激は房室結節の伝導を遅らせ不応期を延ばすため、房室結節を回路に含むAVRTや房室結節リエントリー性頻拍を停止させうる。停止率は高くないが、非侵襲的で副作用がほとんどなく、すぐに実施できる。血行動態が安定したPSVTでは最初に試みるべき対応である。いきんだ後に仰臥位にして下肢を挙上する修正Valsalva法は停止率が高いとされる。本例は喘息でATPが使いにくいので、なおさら最初に試みる価値が高い。
- ×c. ジゴキシン投与
ジゴキシンは迷走神経作用を介して房室結節の伝導を抑える一方、副伝導路の不応期を短縮させる可能性がある。WPW症候群では、心房細動が起きた際に副伝導路を通って心室へ高頻度に興奮が伝わり、心室細動へ移行する危険が増すため、ジゴキシンは原則として避けるべき薬剤である(ベラパミルなど房室結節を抑える薬を心房細動合併WPWに使うのも同じ理由で禁忌)。また効果発現が遅く、急性期の頻拍停止目的にはそもそも適さない。
- ×d. 硫酸マグネシウム投与
硫酸マグネシウムの静注は、QT延長に伴う多形性心室頻拍であるtorsade de pointesの第一選択の治療である。そのほか、子癇の予防・治療や重症喘息発作にも使われる。PSVT(AVRT)の停止を目的とする標準治療ではなく、本例の最初の対応にはならない。
- ×e. アデノシン三リン酸投与
ATPを急速静注すると体内でアデノシンとなり、アデノシンA1受容体を介して房室結節の伝導を一過性に強く抑える。房室結節を回路に含むAVRTの停止に非常に有効で、迷走神経刺激が無効なときの第一選択薬である。しかし気管支攣縮を誘発するおそれがあり、気管支喘息患者には禁忌または慎重投与とされる。本例は年に数回発作を起こす喘息患者であり使いにくい。仮に使える患者でも、まずは迷走神経刺激を試みてから用いるため、最初の対応ではない。
WPW症候群
・心房と心室を直接つなぐ副伝導路(Kent束)をもつ先天的な状態で、頻拍発作を伴うものをWPW症候群という。 ・非発作時の心電図:PQ時間短縮(0.12秒未満)、Δ波、QRS幅の延長。副伝導路を通って心室の一部が早く興奮する(早期興奮)ためである。 ・合併する頻拍: 1. 順方向性房室回帰性頻拍(最多):房室結節を順行、副伝導路を逆行。整のnarrow QRS頻拍となり、Δ波は消失する。 2. 逆方向性房室回帰性頻拍:副伝導路を順行するためwide QRS頻拍となる(まれ)。 3. 偽性心室頻拍(心房細動合併):心房細動の速い興奮が副伝導路を通って心室へ伝わり、RR不整のwide QRS頻拍となる。心室細動に移行し突然死の原因となりうる。房室結節を抑えるジギタリス・ベラパミル・ATPは副伝導路の伝導を相対的に優位にするため禁忌で、血行動態が不安定なら電気ショック、安定ならⅠ群抗不整脈薬(プロカインアミドなど)を用いる。 ・根治療法:カテーテルアブレーションで副伝導路を焼灼する。成功率が高く、症候性の患者では第一に考慮される。
頻拍の初期対応の流れ(整のnarrow QRS頻拍)
1. 血行動態が不安定→同期下電気ショック。 2. 安定→迷走神経刺激手技(Valsalva手技、修正Valsalva法、頸動脈洞マッサージ〈高齢者や頸動脈雑音のある人では脳梗塞の危険があり避ける〉、顔面を冷水につける潜水反射など)。眼球圧迫は網膜剝離の危険があり現在は推奨されない。 3. 無効→ATP(アデノシン)急速静注。気管支喘息などで使えなければ、ベラパミルなどのCa拮抗薬静注。 4. それでも停止しない場合→電気ショックを考慮。
narrow QRSとwide QRSの頻拍の鑑別
・narrow QRS(QRS幅0.12秒未満)で整:PSVT(房室結節リエントリー性頻拍、AVRT)、心房頻拍、伝導比が一定の心房粗動。 ・narrow QRSで不整:心房細動、伝導比が変動する心房粗動など。 ・wide QRS(0.12秒以上):心室頻拍、脚ブロックや変行伝導を伴う上室頻拍、逆方向性AVRT、心房細動合併WPW症候群。診断に迷うwide QRS頻拍はまず心室頻拍として扱う。
POINT
・WPW症候群:PQ短縮+Δ波+QRS幅延長。発作は順方向性AVRT(整のnarrow QRS頻拍、Δ波消失)が多い。 ・頻拍の対応は、まず血行動態の安定・不安定を判断する。不安定なら同期下電気ショック。 ・安定したPSVT:迷走神経刺激(Valsalva手技)→ATP急速静注→Ca拮抗薬。 ・ATPは気管支喘息患者には使いにくい(気管支攣縮)。 ・心房細動を合併したWPW症候群では、ジギタリス・ベラパミル・ATPは禁忌。 ・硫酸マグネシウムはtorsade de pointesの治療薬。 ・根治はカテーテルアブレーション。
