物が小さく見える働き盛りの片眼―網膜が「前に出る」と遠視になる中心性漿液性脈絡網膜症
第109回医師国家試験 I問題 第46問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。左眼の視力低下を主訴に来院した。1か月前から左眼で中心が見にくく,物が小さく見えるようになった。矯正視力は右1.2,左0.9。左眼の眼底写真(A),蛍光眼底造影写真(B)及び光干渉断層計〈OCT〉の結果(C)を別に示す。 この疾患について正しいのはどれか。

- a.遠視化する。
- b.遺伝性である。
- c.虹彩炎を伴う。
- d.眼圧が高くなる。
- e.新生血管を認める。
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
中年男性の片眼に軽度の視力低下、中心暗点、小視症や変視症がみられ、OCTで黄斑部の漿液性網膜剝離、蛍光眼底造影で網膜色素上皮からの点状漏出(インクのしみ状・煙突状)を認めれば、中心性漿液性脈絡網膜症と診断します。網膜下液により網膜が前方へ持ち上げられるため、焦点が相対的に網膜の後方となり遠視化するのが特徴です。誘因はストレス、過労、ステロイド薬などで遺伝性ではなく、虹彩炎、眼圧上昇、新生血管は通常伴いません。両眼性で炎症を伴えばVogt-小柳-原田病、新生血管があれば加齢黄斑変性を考え、特に原田病とはステロイドへの対応が正反対になるため鑑別が重要です。多くは自然軽快するため経過観察が基本で、遷延例にはレーザー光凝固や光線力学的療法を検討するという流れは、黄斑疾患全体を整理する土台になります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・45歳男性、片眼(左眼)性。働き盛りの中年男性である。 ・1か月前から中心が見にくい:中心暗点(視野の中心部が暗く見える)を示し、網膜の中心部である黄斑の病変を疑う。 ・物が小さく見える:小視症。黄斑の網膜が持ち上がったり形が変わったりする黄斑疾患で生じる症状である。 ・矯正視力は左0.9と軽度の低下にとどまる。 ・眼底写真(A):黄斑部に境界のはっきりした円形の網膜の隆起(漿液性網膜剝離)を認める。 ・蛍光眼底造影写真(B):黄斑近傍の網膜色素上皮のレベルに、点状の蛍光漏出(漏出点)を認める。時間とともに漏出が拡大していく(インクのしみが広がる型や、煙突から煙が立ち上る型を示す)のが特徴である。 ・OCT(C):黄斑部の神経網膜の下に液体がたまり、網膜が持ち上がっている(漿液性網膜剝離)。出血や新生血管を示す所見はない。
診断へのプロセス
中年男性の片眼に生じた、軽度の視力低下、中心暗点、小視症を伴う黄斑部の限局性漿液性網膜剝離であり、蛍光眼底造影で網膜色素上皮からの点状の漏出点が確認できることから、中心性漿液性脈絡網膜症(central serous chorioretinopathy:CSC)と診断できる。 CSCでは、脈絡膜の血管の透過性が亢進し、網膜色素上皮のバリア機能が局所的に破綻することで、脈絡膜側から漏れ出た液体が神経網膜の下にたまる。ストレスや過労、ステロイド薬の使用が誘因として知られる。 鑑別としては、新生血管を生じる加齢黄斑変性(出血や網膜下の灰白色病変を伴い、高齢者に多い)や、両眼性で多発性の漿液性網膜剝離に加え虹彩毛様体炎や髄膜刺激症状などを伴うVogt-小柳-原田病が挙がるが、本例の所見は合致しない。
設問の考え方
CSCで生じる屈折の変化を問うている。黄斑部の網膜が網膜下液によって前方(角膜側)へ持ち上げられると、ピントが合う位置(焦点)よりも網膜が前に出るため、相対的に眼軸が短くなったのと同じ状態となり、遠視化する。
選択肢考察
- ○a. 遠視化する。
CSCでは、黄斑部の神経網膜の下に液体がたまり、網膜が前方(水晶体側)へ押し出される。光の結像位置は変わらないのに受光面である網膜が前方へ移動するため、焦点は網膜より後方に結ぶことになり、眼軸が短くなった場合と同じく遠視の方向へ屈折がずれる。このため、遠視側(プラス)のレンズを加えると視力が改善することがあり、本例でも矯正視力の低下が軽度にとどまっている。網膜下液が吸収されると屈折も元に戻る。
- ×b. 遺伝性である。
CSCは遺伝性疾患ではない。精神的ストレス、過労、睡眠不足、ステロイド薬の全身・局所投与(内因性のCushing症候群も含む)、妊娠などが発症の誘因・危険因子とされ、30〜50歳代の男性に多い。脈絡膜が厚い体質(パキコロイド)との関連も指摘されているが、単一遺伝子による遺伝性疾患ではない。
- ×c. 虹彩炎を伴う。
CSCは炎症性疾患ではなく、前房の炎症(虹彩炎・虹彩毛様体炎)は伴わない。漿液性網膜剝離に虹彩毛様体炎を伴う疾患としては、Vogt-小柳-原田病が代表的であり、こちらは両眼性で、頭痛、耳鳴・難聴、髄液細胞増多、のちに白髪や皮膚の白斑などを伴う。CSCとVogt-小柳-原田病の鑑別は治療上も重要で、原田病ではステロイド大量療法が行われるのに対し、CSCではステロイドがむしろ増悪因子となる。
- ×d. 眼圧が高くなる。
CSCは網膜・脈絡膜の病変であり、房水の産生と流出のバランスには影響しないため、眼圧は上昇しない。眼圧上昇をきたすのは緑内障(原発開放隅角緑内障、閉塞隅角緑内障)や、ステロイド緑内障、ぶどう膜炎に続発する緑内障、血管新生緑内障などである。
- ×e. 新生血管を認める。
典型的なCSCでは脈絡膜新生血管を認めず、蛍光眼底造影で見られるのは網膜色素上皮からの点状の漏出である。脈絡膜から網膜下や網膜色素上皮下へ新生血管が伸びてくるのは、滲出型加齢黄斑変性(およびその亜型であるポリープ状脈絡膜血管症など)や強度近視に伴う近視性脈絡膜新生血管の特徴である。なお、慢性化・再発を繰り返したCSCでは二次的に脈絡膜新生血管を生じることがあるが、本例のような急性の病態の特徴ではない。
中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)の概要
・好発:30〜50歳代の男性。多くは片眼性。 ・誘因:精神的ストレス、過労、睡眠不足、ステロイド薬の使用、妊娠など。几帳面で負けず嫌いな性格傾向(いわゆるA型行動パターン)との関連が指摘されてきた。 ・病態:脈絡膜血管の透過性亢進と網膜色素上皮の局所的なバリア破綻により、黄斑部に漿液性網膜剝離が生じる。 ・症状:軽度の視力低下、中心暗点、小視症、変視症(物がゆがんで見える)、色の見え方の変化。遠視化する。 ・検査: 眼底検査で黄斑部の円形の網膜隆起。 フルオレセイン蛍光眼底造影で網膜色素上皮レベルからの点状の漏出点(インクのしみ状、または煙突状に拡大)。 インドシアニングリーン蛍光眼底造影で脈絡膜血管の拡張・透過性亢進。 OCTで網膜下液と網膜の挙上を非侵襲的に確認でき、経過観察にも有用。 Amslerチャート(方眼紙状の検査表)で中心部のゆがみや暗点を自覚的に確認できる。 ・経過と治療:多くは3〜6か月程度で網膜下液が自然に吸収され、視力も回復するため、まず経過観察とする。ステロイド薬を使用していれば可能な限り中止・減量する。網膜下液が遷延する場合や再発を繰り返す場合には、漏出点が中心窩から離れていればその部位へのレーザー光凝固を行う。中心窩近くに漏出点がある場合や慢性例では、光線力学的療法(PDT)が検討される。補助的に循環改善薬などの内服が用いられることもある。再発しやすく、長期化すると網膜色素上皮や視細胞が障害されて視力が戻りにくくなる。
小視症・変視症
小視症(物が小さく見える)や変視症(ゆがんで見える)は、黄斑部の網膜が持ち上がったり引きつれたりして視細胞の並びが乱れることで生じ、黄斑疾患を示唆する重要な症状である。CSCのほか、黄斑上膜(網膜前膜)、黄斑円孔、加齢黄斑変性などでもみられる。なお黄斑上膜では網膜が縮んで視細胞が密に集まるため、逆に大視症(物が大きく見える)となることがある。
漿液性網膜剝離をきたす主な疾患
・CSC:片眼性が多い、中年男性、炎症なし、漏出点。 ・Vogt-小柳-原田病:両眼性、多発性の漿液性網膜剝離、虹彩毛様体炎、髄膜炎症状、感音難聴。ステロイド治療。 ・滲出型加齢黄斑変性:高齢者、脈絡膜新生血管、網膜下出血。抗VEGF薬の硝子体内注射。
POINT
・中年男性の片眼性の軽度視力低下、中心暗点、小視症、変視症をみたら中心性漿液性脈絡網膜症を考える。 ・OCTで黄斑部の漿液性網膜剝離、フルオレセイン蛍光眼底造影で点状の漏出点(インクのしみ状・煙突状)。 ・網膜が前方へ持ち上がるため遠視化する。 ・誘因はストレス、過労、ステロイド薬。遺伝性ではなく、炎症(虹彩炎)や眼圧上昇、新生血管は伴わない。 ・多くは自然軽快するので経過観察が基本。遷延例には漏出点へのレーザー光凝固や光線力学的療法。 ・新生血管があれば加齢黄斑変性、両眼性の漿液性網膜剝離+虹彩毛様体炎ならVogt-小柳-原田病。
