逆流が増えると体はどう変わる?―大動脈弁閉鎖不全症の進行を読み解く4つの視点
第109回医師国家試験 I問題 第36問
国試問題にチャレンジ
大動脈弁閉鎖不全症の進行を示唆する徴候はどれか。2つ選べ。
- a.脈圧の減少
- b.狭心痛の出現
- c.爪床血管拍動の消失
- d.拡張期心雑音の高調化
- e.心尖拍動の左下方への偏位
対話形式の解説
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医学生まとめ
大動脈弁閉鎖不全症では拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流し、進行に伴って拡張期血圧の低下と一回拍出量の増大から脈圧が開大し、Quincke徴候などの末梢所見は消失せずにむしろ目立つようになります。拡張期血圧の低下による冠灌流圧の低下と、左室拡大による心筋酸素需要の増大が重なると、冠動脈に狭窄がなくても狭心痛が出現します。慢性の容量負荷は遠心性肥大を招き、心尖拍動は左下方へ偏位して広範になり、拡張期雑音は軽症では高調ですが逆流量の増加とともに粗く低調化し延長します。慢性ARは症状出現時に左室機能障害が進んでいることが多いため、心エコーで左室径・駆出率を追跡して手術時期を判断すること、急性ARでは典型所見に乏しいことも押さえておきましょう。病態から所見の変化の向きを導く考え方は、弁膜症全般の理解と身体診察の力につながります。
解答・解説
正解はb, eです
大動脈弁閉鎖不全症(aortic regurgitation: AR)では、拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流する。この病態から生じる変化を「血圧・末梢所見」「冠循環」「左室」「心雑音」の4つの面で整理すると、進行に伴う徴候の向きが判断しやすい。 【血圧・末梢所見】拡張期に大動脈内の血液が左室へ戻るため拡張期血圧が下がる。一方、左室は正常の拍出量に逆流分を加えた大きな一回拍出量を駆出するので収縮期血圧は上がる。その結果、脈圧が開大し、速脈(大脈)、爪床毛細血管拍動(Quincke徴候)、頭部の拍動に一致した首振り(de Musset徴候)、大腿動脈で聴かれるピストル射撃音(Traube徴候)などの末梢所見が目立ってくる。 【冠循環】左室の冠動脈は主に拡張期に灌流される。拡張期血圧の低下で灌流圧が下がる一方、左室の拡大・肥大と壁応力の増大で心筋酸素需要は増える。この需給の不均衡により、冠動脈に狭窄がなくても狭心痛が生じる。 【左室】逆流による慢性的な容量負荷で左室は拡大し(遠心性肥大)、心尖拍動は左下方へ偏位し、範囲も広くなる。 【心雑音】軽症では細い逆流ジェットによる高調な灌水様(blowing)の拡張期雑音であるが、逆流が増えると雑音は長く、粗く、より低い成分を含むようになる。 したがって、進行を示唆する徴候は、脈圧の開大とそれに伴う末梢所見の顕在化、狭心痛の出現、心尖拍動の左下方偏位、雑音の延長・低調化などであり、各選択肢がこの向きに合っているかで判断する。
選択肢考察
- ×a. 脈圧の減少
誤り。ARが進行して逆流量が増えると、拡張期血圧は低下し、大きな一回拍出量により収縮期血圧は上昇するため、脈圧はむしろ開大する。脈圧の開大はARの代表的な所見である。なお、末期に左室機能が破綻して一回拍出量が減り、左室拡張末期圧が上昇すると脈圧が縮小することもあるが、「進行の徴候」として典型的に問われるのは脈圧の開大である。
- ○b. 狭心痛の出現
正しい。冠動脈血流は主に拡張期に流れるため、ARの進行で拡張期血圧が低下すると冠灌流圧が下がる。同時に、拡大・肥大した左室では壁応力が増して心筋酸素需要が増大する。この供給低下と需要増大の不均衡により心筋虚血が生じ、狭心痛が出現する。狭心痛は心不全症状(労作時息切れなど)とともにAR進行を示す自覚症状であり、有症状の高度ARは手術(大動脈弁置換術など)を検討する根拠となる。
- ×c. 爪床血管拍動の消失
誤り。爪床の毛細血管拍動(Quincke徴候)は、爪を軽く圧迫したときに爪床の赤みが心拍に一致して拍動性に変化する所見で、脈圧が大きいほど観察しやすい。ARが進行すると脈圧が開大するため、この拍動は消失するのではなく、新たに出現したり目立ったりするようになる。
- ×d. 拡張期心雑音の高調化
誤り。ARの雑音は、Ⅱ音の直後から始まる漸減性の拡張期雑音で、典型的には胸骨左縁第3肋間付近(Erb領域)で、座位・前屈位・呼気止めで聴取しやすい。軽症では細い逆流ジェットと弁尖の振動による高調な灌水様雑音であるが、逆流量が増えると逆流血流が太くなり、乱流が大きくなって雑音は粗く、中〜低音域の成分を含むようになり、持続も長くなる。したがって進行に伴うのは高調化ではなく、むしろ低調化・延長である。
- ○e. 心尖拍動の左下方への偏位
正しい。逆流した血液と左房からの流入血がともに左室を満たすため、左室には慢性の容量負荷がかかり、左室は拡大する(遠心性肥大)。左室の拡大に伴い心尖部は左方かつ下方へ移動し、心尖拍動は鎖骨中線より外側、第5肋間より下方で触れるようになり、範囲も広く持ち上げるような拍動(抬起性)となる。左室拡大の進行は手術時期の判断にも用いられる重要な指標である。
ARの主な原因
・弁尖の異常: リウマチ性、感染性心内膜炎、先天性二尖弁、加齢による変性 ・大動脈基部の拡大: Marfan症候群、大動脈弁輪拡張症、大動脈炎症候群(高安動脈炎)、梅毒性大動脈炎、Stanford A型大動脈解離(急性AR)
慢性ARの身体所見
・脈: 速脈・大脈(Corrigan脈)、脈圧開大 ・末梢: Quincke徴候(爪床毛細血管拍動)、de Musset徴候(首振り)、Traube徴候(ピストル射撃音)、Duroziez徴候(大腿動脈圧迫時の往復雑音)、Hill徴候(下肢の収縮期血圧が上肢より著明に高い) ・聴診: 胸骨左縁第3肋間の高調・漸減性拡張期雑音。大動脈基部拡大が原因の場合は胸骨右縁で強く聴かれることがある。高度ARでは心尖部で拡張期ランブル(Austin Flint雑音)を聴取することがある。逆流による一回拍出量の増大で、収縮期駆出性雑音を伴うことも多い。 ・触診: 左下方へ偏位した広範な心尖拍動
経過と治療
慢性ARは長期間無症状で経過し、症状が出現した時点では左室機能障害が進んでいることが多い。そのため、症状の出現(息切れ、狭心痛)だけでなく、無症状でも左室駆出率の低下や左室収縮末期径の拡大がみられれば大動脈弁置換術などの外科治療を検討する。内科的には血管拡張薬などで後負荷を軽減する。 急性AR(感染性心内膜炎、大動脈解離など)では左室が拡大する時間がなく、左室拡張末期圧が急上昇して肺水腫・ショックとなり、脈圧開大などの慢性ARの典型所見に乏しい点に注意する。
POINT
・ARの進行では拡張期血圧低下・収縮期血圧上昇により脈圧が開大する。 ・脈圧開大に伴い Quincke徴候(爪床毛細血管拍動)などの末梢所見は出現・増強する。 ・拡張期血圧低下と心筋酸素需要の増大で狭心痛が出現する。 ・容量負荷による左室拡大で心尖拍動は左下方へ偏位する。 ・拡張期雑音は軽症では高調、進行すると粗く低調化し延長する。
