StudyMed医師国家試験

雑音が聞こえても手術は急がない―無症状の僧帽弁閉鎖不全症を「見守る」判断

第120回医師国家試験 A問題 第44問

国試問題にチャレンジ

第120回 A問題 第44問

63歳の男性。健診で心雑音を指摘され来院した。ジョギングの運動習慣があるが,息切れなどの自覚症状はない。身長166cm,体重62kg。体温36.2℃。脈拍68/分,整。血圧114/80mmHg,左右差なし。呼吸数16/分。SpO2 97%(room air)。頸静脈の怒張を認めない。心音は心尖部を最強点とするLevine 2/6の汎〈全〉収縮期雑音を聴取する。呼吸音に異常は認めない。下腿浮腫を認めない。血液所見:赤血球445万,Hb 14.7g/dL,Ht 41%,白血球6,100,血小板22万。血液生化学所見:総蛋白6.9g/dL,AST 25U/L,ALT 24U/L,LD 164U/L(基準124~222),CK 110U/L(基準59~248),尿素窒素21mg/dL,クレアチニン1.1mg/dL,eGFR 60mL/分/1.73m2,血糖104mg/dL,Na 136mEq/L,K 3.9mEq/L,Cl 110mEq/L,BNP 15pg/mL(基準18.4以下)。CRP 0.2mg/dL。胸部エックス線写真に異常を認めない。心エコー検査で左室駆出率68%,左室の拡大は認めない。カラードプラ心エコー図の心尖部二腔断面像(A)と12誘導心電図(B)とを下に示す。  適切な対応はどれか。

第120回 A問題 第44問の問題画像
  1. a.僧帽弁置換術
  2. b.β遮断薬内服
  3. c.ワルファリン内服
  4. d.心臓カテーテル検査
  5. e.定期的な心エコー検査

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、健診で見つかった心雑音への対応を考える問題だ。診断そのものよりも、「今この人に治療が必要か」を判断するのがテーマになる。症状、心不全徴候、左室の大きさと機能、そして心電図のリズムに注目してみよう。
医学生医学生
心尖部が最強点の汎収縮期雑音なので、僧帽弁閉鎖不全症ですよね。OSCEの心音聴取の練習で、心尖部から腋窩へ放散する雑音と習いました。
ドクタードクター
その通り。収縮期を通して左室から左房へ血液が逆流し続けるので、雑音も収縮期全体に聞こえる。カラードプラでも、収縮期に左室から左房へ向かう逆流ジェットが見えているけれど、左房内に広がる範囲は限られている。
医学生医学生
逆流があるなら、弁を治す手術が必要になるのではと思ってしまいます。
ドクタードクター
そこが今回のポイントだね。僧帽弁閉鎖不全症の方針は、症状の有無、逆流の重症度、左室駆出率と左室径、心房細動や肺高血圧の有無で決まる。この患者さんはジョギングをしても息切れがなく、BNPも正常、胸部エックス線写真でもうっ血はない。心エコーでも左室は拡大しておらず、駆出率も保たれている。
医学生医学生
心臓がまだ十分に代償できている段階、ということですか。
ドクタードクター
そう。軽度から中等度の逆流で、心機能も保たれているから、今すぐ治療を加える必要はない。だから正解は定期的な心エコー検査による経過観察だ。逆流は年単位で増悪することがあり、左室の拡大や収縮能の低下は、進んでしまうと手術しても戻らないことがある。だからこそ、手術の時機を逃さないよう定期的に追いかけるんだ。
医学生医学生
では手術が必要になるのはどんなときでしょうか。
ドクタードクター
原則として高度の逆流があって、症状が出た場合、あるいは無症状でも駆出率が60%以下に下がったり、左室収縮末期径が40mm以上に拡大したりした場合だ。しかも術式は、可能なら弁置換より弁形成術が優先される。自己弁を残せて、生涯の抗凝固療法を避けられるからね。
医学生医学生
駆出率60%以下でもう手術なんですか。普通なら正常範囲に近い数字ですよね。
ドクタードクター
いい疑問だ。僧帽弁閉鎖不全症では、左室は圧の低い左房へも血液を逃がせるので、駆出の抵抗が小さく、駆出率が見かけ上高めに出る。だから60%を切った時点で、すでに左室の機能障害が始まっていると考えるんだ。今回の68%は、まだ保たれている数字といえる。
医学生医学生
循環器内科の実習で、β遮断薬を心不全の患者さんによく使っていました。この人にも予防的に使えないんですか。
ドクタードクター
β遮断薬は、収縮能の低下した心不全や頻脈性不整脈、高血圧、虚血性心疾患などに使う薬だ。この患者さんは心拍数も血圧も正常で心不全もない。左室機能の保たれた僧帽弁閉鎖不全症そのものの進行を、β遮断薬で抑えられるという根拠はないんだ。
医学生医学生
ワルファリンは、弁膜症だから血栓予防に、と考えてしまいそうです。
ドクタードクター
そこで心電図が効いてくる。心電図は洞調律で、心房細動はない。抗凝固療法が必要になるのは心房細動や機械弁置換後、左房内血栓などの場合で、今回は当てはまらない。不要な抗凝固は出血のリスクを増やすだけだ。心臓カテーテル検査も、侵襲的な検査なので、手術前の冠動脈評価や、心エコーで重症度が判断できない場合に行うもの。今回は心エコーで十分評価できている。
医学生医学生
雑音があっても、症状と心機能が保たれていれば、まずは見守るのが正しい対応なんですね。
ドクタードクター
その通り。発展として、経過観察の間隔の目安は、軽度なら3~5年ごと、中等度なら1~2年ごと、高度なら6~12か月ごとだ。症状が出たり、聴診所見が変わったりしたらその都度評価する。新たな心房細動や肺高血圧の出現も、手術を考えるきっかけになる。また、原因が弁そのものにある一次性か、左室や弁輪の拡大による二次性かの区別も、治療方針に関わるから覚えておこう。
医学生医学生
患者さんには、無症状でも定期受診が大切だと説明する必要がありますね。
ドクタードクター
そう、自覚症状がないと通院が途切れがちだから、なぜ定期的な検査が必要なのかを丁寧に伝えることも医師の大切な仕事なんだ。

まとめ

心尖部を最強点とする汎収縮期雑音とカラードプラでの左房への逆流ジェットは、僧帽弁閉鎖不全症を示します。治療方針は症状、逆流の重症度、左室駆出率と左室収縮末期径、心房細動や肺高血圧の有無で決まり、無症状で心不全徴候がなく左室機能が保たれた軽度~中等度例では、定期的な心エコー検査で経過を追うのが適切です。手術は高度の逆流で症状がある場合、または無症状でも駆出率60%以下や左室収縮末期径40mm以上となった場合に検討し、術式は弁形成術が優先されます。β遮断薬や抗凝固薬は、心不全や心房細動などの明確な適応がなければ用いません。「異常を見つけたら治療する」のではなく、介入の時機を見極めて見守るという判断は、弁膜症診療の基本となる考え方です。

解答・解説

正解はeです

所見の整理

・63歳の男性。健診で心雑音を指摘された。ジョギングをしても息切れなどの症状はない:運動耐容能が保たれた無症候の状態である。 ・心尖部を最強点とするLevine 2/6の汎(全)収縮期雑音:左室から左房への逆流が収縮期全体を通して続くことで生じる雑音で、僧帽弁閉鎖不全症(MR:mitral regurgitation)に典型的である。雑音の大きさ(Levine分類)は逆流の重症度と必ずしも比例しないが、2/6は比較的弱い雑音である。 ・脈拍68/分で整、血圧114/80 mmHgで左右差なし、SpO2 97%、頸静脈怒張・下腿浮腫・呼吸音異常なし、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)15 pg/mLと正常、胸部エックス線写真で心拡大や肺うっ血なし:心不全の徴候はない。 ・心エコー:左室駆出率(LVEF)68%、左室拡大なし:左室収縮機能は保たれ、容量負荷による左室のリモデリングも起きていない。 ・カラードプラ心エコー(心尖部二腔断面):収縮期に左室から左房へ向かう逆流ジェットがみられるが、左房内に広がる範囲は限られている。 ・12誘導心電図:洞調律で、心房細動はみられない。

診断と重症度評価

心尖部の汎収縮期雑音とカラードプラでの左房への逆流ジェットから、僧帽弁閉鎖不全症と診断できる。無症状で、心不全徴候がなく、左室拡大もなく、LVEFも正常であることから、軽度(~中等度)のMRで、心臓の代償が十分に保たれている段階と評価する。

設問の考え方

MRの治療方針は、①症状の有無、②逆流の重症度、③左室機能(LVEF)と左室径、④心房細動や肺高血圧の有無で決まる。手術(弁形成術・弁置換術)が検討されるのは原則として高度MRであり、症状がある場合、あるいは無症状でもLVEF低下や左室収縮末期径の拡大が出現した場合である。本例はいずれにも当てはまらない。また、薬物療法を必要とする心不全・高血圧・頻脈性不整脈もない。したがって、心エコーで逆流の程度と左室の大きさ・機能を定期的に追跡し、手術の時機を逃さないようにすることが適切な対応となる。

選択肢考察

  1. ×a.  僧帽弁置換術

    誤り。MRの手術適応となるのは高度MRで、①心不全症状がある場合、または②無症状でもLVEF 60%以下や左室収縮末期径40 mm以上といった左室機能障害の徴候が出た場合などである。本例は逆流が軽度で、無症状、LVEF 68%、左室拡大なしであり、手術適応はない。なお、弁そのものの変性による一次性MRで手術が必要になった場合でも、形成が可能なら弁置換術より僧帽弁形成術が優先される(自己弁を温存でき、生涯の抗凝固療法を避けられ、左室機能の温存にも有利なため)。

  2. ×b.  β遮断薬内服

    誤り。β遮断薬は、左室収縮能が低下した心不全、頻脈性不整脈(心房細動のレートコントロールなど)、高血圧、虚血性心疾患などに用いられる。本例は洞調律で心拍数68/分、血圧も正常で、心不全の所見もない。無症状で左室機能の保たれたMRそのものに対して、β遮断薬で予後や逆流の進行を改善できるという根拠はなく、内服の適応はない。

  3. ×c.  ワルファリン内服

    誤り。ワルファリンなどの抗凝固療法が必要となるのは、心房細動(特に僧帽弁狭窄症に合併するもの)、機械弁置換後、左房内血栓、静脈血栓塞栓症などの場合である。本例の心電図は洞調律で心房細動はなく、僧帽弁狭窄症も人工弁もないため、抗凝固療法の適応はない。不必要な抗凝固療法は出血のリスクを高めるだけである。

  4. ×d.  心臓カテーテル検査

    誤り。心臓カテーテル検査(冠動脈造影、左室造影、心内圧測定など)は侵襲的な検査であり、MRでは主に手術前の冠動脈評価や、心エコーなどの非侵襲的検査で重症度や血行動態が判断できない場合に行われる。本例は心エコーで重症度と左室機能が十分に評価でき、手術適応もないため、現時点で行う必要はない。

  5. ○e.  定期的な心エコー検査

    正しい。無症状で左室機能が保たれた軽度(~中等度)のMRは、すぐに治療を要しないが、時間とともに逆流が増悪し、左室の拡大や収縮能低下、心房細動、肺高血圧が出現することがある。左室機能障害は不可逆になる前に手術する必要があるため、心エコーで逆流の重症度、左室径、LVEF、左房径、肺動脈圧などを定期的に追跡する。目安として、軽度MRでは3~5年ごと、中等度MRでは1~2年ごと、高度MRでは6~12か月ごとに評価し、症状が出現したらその時点で再評価する。

僧帽弁閉鎖不全症(MR)の分類

・一次性(器質性)MR:弁そのものの異常による。僧帽弁逸脱症(粘液腫様変性、腱索断裂)、リウマチ性、感染性心内膜炎、先天性など。 ・二次性(機能性)MR:弁自体は正常だが、左室の拡大や乳頭筋の位置異常(拡張型心筋症、虚血性心筋症など)や、左房・弁輪の拡大(心房細動など)により弁の接合が不十分になるもの。

病態

収縮期に血液の一部が左房へ逆流するため、左房と左室に容量負荷がかかる。慢性の経過では左房・左室が拡大して代償し、長く無症状で経過する。逆流先の左房は圧が低いため、駆出の抵抗が小さく、LVEFは見かけ上高めに出る。このためMRではLVEFが60%以下に低下した時点で、すでに左室機能障害が始まっていると判断する。

身体所見

心尖部を最強点とし腋窩へ放散する汎(全)収縮期雑音、I音の減弱、重症例ではIII音。

高度一次性MRの手術適応の要点

・症状がある場合(左室機能が著しく低下していなければ)は手術を行う。 ・無症状でも、LVEF 60%以下または左室収縮末期径40 mm以上で手術を行う。 ・無症状で左室機能が正常でも、新たな心房細動、安静時の肺高血圧の出現、左室・左房の進行性拡大、あるいは高い確率で耐久性のある形成術が可能な場合は、早期手術を考慮する。 ・術式は可能な限り弁形成術を選択する。手術リスクの高い患者では経カテーテル的僧帽弁修復術(クリップによる弁尖の接合)も選択肢となる。

経過観察の目安(心エコー)

軽度:3~5年ごと、中等度:1~2年ごと、高度(無症状):6~12か月ごと。症状や身体所見に変化があればその都度評価する。

POINT

・心尖部最強の汎(全)収縮期雑音 → 僧帽弁閉鎖不全症。 ・方針は症状、逆流の重症度、LVEF、左室収縮末期径、心房細動・肺高血圧の有無で決める。 ・無症状・左室機能正常・左室拡大なしの軽度~中等度MRは、定期的な心エコーで経過観察する。 ・高度MRの手術適応:有症状、または無症状でもLVEF 60%以下・左室収縮末期径40 mm以上など。術式は弁形成術が優先。 ・心房細動がなければ抗凝固療法は不要。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。