StudyMed医師国家試験

弁だけ替えても終わらない―大動脈基部の拡張を伴う大動脈弁閉鎖不全症とBentall手術

第120回医師国家試験 D問題 第39問

国試問題にチャレンジ

第120回 D問題 第39問

76歳の男性。定期受診で来院した。3年前に拡張期心雑音を指摘され,定期的に心エコー検査で経過観察をしてきた。今回,6か月ぶりの心エコー検査と定期外来で受診し,労作時の息切れを認めた。意識は清明。身長168cm,体重72kg。体温35.8℃。脈拍72/分,整。血圧142/46mmHg。SpO2 98%(room air)。頸静脈の怒張を認めず,呼吸音に異常を認めない。胸骨左縁第3~4肋間にLevine 2/6の拡張期雑音を認める。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。四肢に浮腫を認めない。血液生化学所見:尿素窒素14mg/dL,クレアチニン0.8mg/dL,血糖106mg/dL,HbA1c 6.4%(基準4.9~6.0),BNP 245pg/mL(基準18.4以下)。胸部エックス線写真(A)を示す。心電図では,V4~V6胸部誘導で高電位を認める。心エコー図(B)とカラードプラ心エコー図(C)とを下に示す。心エコー検査では,左室拡張期径69mm,左室駆出率46%,大動脈弁輪の拡大と重症の大動脈弁閉鎖不全症を認める。胸部造影CTでも,著明な大動脈弁基部の拡張を認める。冠動脈造影検査で冠動脈に病変を認めなかった。  適切な治療はどれか。

第120回 D問題 第39問の問題画像
  1. a.Bentall手術
  2. b.僧帽弁置換術
  3. c.大動脈弁置換術単独
  4. d.上行大動脈置換術単独
  5. e.経カテーテル大動脈弁留置術〈TAVI〉

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、経過観察中の大動脈弁閉鎖不全症が、いつ、どんな手術の対象になるかを考える問題だ。ポイントは2つ。手術適応を満たしているかどうかと、病変が弁だけにとどまっているかどうか。まず、聴診所見と血圧から何が読み取れるかな。
医学生医学生
胸骨左縁第3〜4肋間の拡張期雑音で、拡張期血圧がかなり低いので、大動脈弁閉鎖不全症、ARですね。OSCEの練習で、Erb領域は前傾・呼気止めで聴くと教わりました。
ドクタードクター
いいね。ARでは拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流するから拡張期血圧が下がり、その分増えた1回拍出量で収縮期血圧は上がる。だから脈圧が大きく開くんだ。心電図の左側胸部誘導の高電位や胸部エックス線写真の心拡大は、長く続いた容量負荷で左室が肥大・拡大していることを示している。
医学生医学生
BNPも高いので、心不全の状態になりつつあるということでしょうか。
ドクタードクター
その通り。心エコーで見ると、左室は拡張期径が大きく広がり、駆出率も低下している。カラードプラでは拡張期に大動脈から左室へ向かう逆流ジェットがはっきり見える。では、ARの手術適応はどう整理していたかな。
医学生医学生
症状が出たら手術、というのは覚えています。無症状でも基準があったような……。
ドクタードクター
そう、主な適応は3つ。心不全症状があること、無症状でも左室駆出率が55%以下に下がっていること、左室が高度に拡大していること。この人は労作時の息切れが出て、駆出率も低下、左室も大きく拡大しているから、どの観点からも手術のタイミングだ。左室機能が落ちきってから手術すると術後の回復が悪いので、無症状のうちから心エコーで追いかけていたわけだね。
医学生医学生
なるほど。じゃあ弁を人工弁に替える大動脈弁置換術でいいんじゃないでしょうか。
ドクタードクター
そこが今回の落とし穴なんだ。CTで大動脈弁基部、つまり弁輪からValsalva洞を含む大動脈の根元が著明に拡張している。これは大動脈弁輪拡張症で、基部が広がったせいで弁尖がうまく合わなくなり、逆流が起きているんだよ。
医学生医学生
弁そのものより、弁を支える土台の問題ということですね。弁だけ替えたら、広がった基部は残ってしまう。
ドクタードクター
そう。残った基部は術後も拡張が進み、解離や破裂のリスクを抱えたままになる。しかも再手術は難しい。だから弁と拡張した基部を一緒に人工血管で置き換える必要がある。ここで注意したいのは、冠動脈がValsalva洞から出ていることだ。
医学生医学生
基部を取り除いたら冠動脈の起始部もなくなるので、付け直さないといけないんですね。
ドクタードクター
正解。人工弁付きの人工血管で大動脈弁と基部を一括置換し、左右の冠動脈をグラフトに再吻合する術式がBentall手術だ。大動脈弁輪拡張症による重症ARの標準術式で、今回の答えになる。冠動脈造影で病変がなかったから、バイパス術を同時に行う必要もない。
医学生医学生
上行大動脈置換術だけではだめなのは、基部より先しか替えないからですか。
ドクタードクター
そう。上行大動脈置換は冠動脈起始部より遠位、sinotubular junctionから先を置き換える手術だから、弁輪からValsalva洞の拡張は残るし、逆流している弁にも手を付けない。僧帽弁置換術は、僧帽弁の異常を示す所見がないから論外だね。
医学生医学生
TAVIは高齢者向けの低侵襲な治療なので、76歳なら候補になりそうな気もしました。
ドクタードクター
そう感じるのは自然だよ。でもTAVIは主に大動脈弁狭窄症の治療なんだ。ASでは硬く石灰化した弁尖が人工弁を固定する足場になるけれど、ARは石灰化に乏しく弁輪も広がっているから、人工弁がずれたり脱落したりしやすい。そもそもTAVIでは拡張した基部を治療できない。
医学生医学生
循環器内科の実習でTAVIの患者さんを見ましたが、確かにみんなASでした。病変がどこまで及んでいるかで術式が決まるんですね。
ドクタードクター
その理解で十分だ。発展知識として、ARの原因は弁尖そのものの異常と、基部・上行大動脈の拡張に大きく分けられる。前者は二尖弁、リウマチ性、感染性心内膜炎など、後者はMarfan症候群などの結合組織疾患、加齢や高血圧に伴う中膜変性、大動脈解離、大動脈炎などだ。若いMarfan症候群の人で弁尖がきれいに保たれていれば、自己弁を残して基部だけ置換するDavid手術などの自己弁温存手術が選ばれることもある。
医学生医学生
Austin Flint雑音もARの所見でしたよね。CBTで出た気がします。
ドクタードクター
よく覚えているね。逆流ジェットが僧帽弁前尖の開放を妨げて、心尖部に拡張期ランブルが聴こえるものだ。僧帽弁狭窄と間違えないよう注意しよう。臨床では、ARを見たら弁だけでなく大動脈基部や上行大動脈の径も必ず確認する習慣をつけてほしい。

まとめ

脈圧の開大と胸骨左縁第3〜4肋間の拡張期雑音、左室の拡大・肥大は大動脈弁閉鎖不全症(AR)を示し、心不全症状、左室駆出率55%以下、高度の左室拡大のいずれかがあれば手術適応となります。ARの原因が大動脈弁輪からValsalva洞を含む基部の拡張(大動脈弁輪拡張症)である場合、弁置換単独では拡張した基部が残り、解離や破裂のリスクが続きます。そのため人工弁付き人工血管で大動脈弁と基部を一括置換し冠動脈を再建するBentall手術が標準術式となり、弁尖が保たれた若年例では自己弁温存のDavid手術なども選択肢です。上行大動脈置換単独は基部と弁の病変が残り、TAVIは主に大動脈弁狭窄症が対象です。ARでは弁だけでなく大動脈基部まで評価し、病変の範囲に応じて術式を選ぶという視点が、弁膜症診療の基本になります。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・76歳男性。3年前から拡張期心雑音を指摘され、心エコーで経過観察中だったが、今回初めて労作時の息切れが出現した → 弁膜症が無症状期から症状出現期に移行したことを示す。 ・血圧142/46mmHg → 拡張期血圧が低く、脈圧(収縮期−拡張期)が96mmHgと著明に開大している。大動脈弁閉鎖不全症(AR)では拡張期に血液が左室へ逆流するため拡張期血圧が下がり、増えた1回拍出量のため収縮期血圧は上がる。 ・胸骨左縁第3〜4肋間(Erb領域)の拡張期雑音 → ARの逆流性雑音(拡張早期から始まる漸減性の高調な雑音)に典型的な部位である。 ・心電図でV4〜V6の高電位 → 左室肥大を示す。胸部エックス線写真では心拡大を認める。 ・BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド:心室への負荷で上昇する)245pg/mLと高値 → 心不全状態。 ・心エコー:左室拡張期径69mmと高度の左室拡大、左室駆出率46%と収縮能低下、大動脈弁輪の拡大と重症AR。カラードプラで拡張期に大動脈から左室への逆流ジェットがみられる。 ・胸部造影CT:大動脈弁基部(大動脈弁輪からValsalva洞を含む大動脈の根元)の著明な拡張。 ・冠動脈造影で冠動脈病変なし → 左室機能低下は虚血ではなくARによる容量負荷によるもので、冠動脈バイパス術の同時施行は不要。

診断

大動脈弁輪拡張症(AAE:大動脈弁輪とValsalva洞を含む大動脈基部が拡張し、弁尖がうまく合わなくなる状態)による重症大動脈弁閉鎖不全症である。

治療方針の考え方

重症ARで、①症状(労作時息切れ)がある、②左室駆出率が低下している(55%以下)、③左室が高度に拡大している、のいずれもが外科治療の適応を示している。さらに大動脈基部そのものが著明に拡張しているため、弁を替えるだけでは不十分で、拡張した基部も同時に人工血管で置き換える必要がある。基部を置換すると冠動脈の起始部(Valsalva洞から出ている)も取り除かれるため、冠動脈を人工血管に付け直す(再建する)ことも必要になる。これらを一度に行う術式が大動脈基部置換術(Bentall手術)である。

選択肢考察

  1. ○a.  Bentall手術

    Bentall手術(大動脈基部置換術)は、人工弁を縫い付けた人工血管(弁付きグラフト)で大動脈弁と拡張した大動脈基部(上行大動脈近位部を含む)を一括して置換し、左右の冠動脈をグラフトに吻合し直す術式である。逆流の原因である弁と、拡張して解離・破裂の危険がある大動脈基部を同時に治療できるため、大動脈弁輪拡張症による重症ARの標準術式となる。症状・左室駆出率低下・左室拡大という手術適応を満たし、冠動脈病変もない本例に最も適切である。なお、弁尖の変性が軽い若年例などでは、自己弁を残して基部のみを置換する自己弁温存大動脈基部置換術(David手術など)が選ばれることもある。

  2. ×b.  僧帽弁置換術

    本例の病変は大動脈弁と大動脈基部であり、僧帽弁狭窄症や僧帽弁閉鎖不全症を示す所見(心尖部の拡張期ランブルや収縮期雑音、心エコーでの僧帽弁の異常)は記載されていない。僧帽弁を置換してもARも基部拡張も治らないため不適切である。

  3. ×c.  大動脈弁置換術単独

    大動脈弁置換術だけでも逆流は止められるが、著明に拡張した大動脈基部はそのまま残る。残った基部は術後も拡張が進み、大動脈解離や破裂、新たな弁周囲の問題を起こすおそれがあり、再手術も難しい。大動脈弁の手術を行う際に基部や上行大動脈が一定以上(目安として径45mm以上)拡張していれば同時に置換することが推奨されており、本例のように基部の著明な拡張を伴う場合は単独では不十分である。

  4. ×d.  上行大動脈置換術単独

    上行大動脈置換術は、冠動脈の起始部より遠位(sinotubular junctionより先)の上行大動脈を人工血管に置き換える手術で、それだけでは弁輪からValsalva洞にかけての基部の拡張が残る。また、逆流を起こしている大動脈弁そのものに手を付けないため、重症ARと左室の容量負荷は解消されない。したがって不適切である。

  5. ×e.  経カテーテル大動脈弁留置術〈TAVI〉

    TAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)は、カテーテルで折りたたんだ人工弁を運び、自己弁の位置に広げて留置する治療で、主に外科手術のリスクが高い大動脈弁狭窄症(AS)が対象である。ASでは硬く石灰化した弁尖が人工弁を固定する足場になるが、ARでは石灰化が乏しいうえ弁輪が拡大しているため人工弁が固定されにくく、ずれや脱落の危険がある。さらにTAVIでは拡張した大動脈基部を治療できない。以上から本例には適応とならない。

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の原因

・弁尖そのものの異常:先天性二尖弁、リウマチ性、感染性心内膜炎、加齢変性など。 ・大動脈基部・上行大動脈の拡張:大動脈弁輪拡張症(Marfan症候群などの遺伝性結合組織疾患、加齢・高血圧に伴う中膜変性)、大動脈解離、大動脈炎(高安動脈炎、梅毒性大動脈炎)、強直性脊椎炎など。

ARの身体所見

・拡張期血圧の低下と脈圧の開大、速脈(大脈)。 ・胸骨左縁第3〜4肋間の拡張早期漸減性雑音(前傾・呼気止めで聴取しやすい)。 ・逆流ジェットが僧帽弁前尖の開放を妨げて生じる心尖部の拡張期ランブル(Austin Flint雑音)。 ・左室肥大・拡大(心電図の左室高電位、胸部エックス線写真の左第4弓突出)。

重症ARの外科治療の主な適応

・心不全症状がある場合。 ・無症状でも左室収縮能が低下している場合(左室駆出率55%以下)。 ・無症状でも左室が高度に拡大している場合(左室収縮末期径50mm超などを目安とし、拡張末期径65mm超も考慮される)。 ・他の心臓手術(冠動脈バイパス術など)を行う場合。 左室機能障害が進んでからの手術は術後の左室機能回復が悪くなるため、無症状のうちから心エコーで定期的に経過を追い、適切な時期に手術を行う。

大動脈基部・上行大動脈の手術

・Bentall手術:弁付き人工血管で大動脈弁と基部を一括置換し、冠動脈を再建する。 ・自己弁温存大動脈基部置換術:David手術(再植込み法)、Yacoub手術(リモデリング法)。弁尖が保たれている例、特に若年のMarfan症候群などで選択される。 ・上行大動脈置換術:基部の拡張がなく、上行大動脈のみが拡張している場合に行う。弁病変があれば大動脈弁置換術と組み合わせる。

TAVIの位置づけ

高齢者や外科手術のリスクが高い重症大動脈弁狭窄症が主な対象である。純粋なARは弁輪の拡大と石灰化の乏しさから人工弁の固定が難しく、現時点では標準的な適応ではない。

POINT

・大動脈弁輪拡張症(大動脈基部の拡張)による重症ARには、大動脈弁と基部を一括置換し冠動脈を再建するBentall手術を行う。 ・ARの手術適応:症状あり、左室駆出率55%以下、高度の左室拡大(収縮末期径50mm超など)。 ・ARの所見:脈圧の開大(拡張期血圧低下)、胸骨左縁第3〜4肋間の拡張期雑音、左室拡大・左室高電位。 ・弁置換単独では拡張した基部が残り、上行大動脈置換単独では弁逆流と基部拡張が残る。TAVIは主に大動脈弁狭窄症が対象である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。