生後6時間のタイムリミット―重症新生児仮死から脳を守る低体温療法
第120回医師国家試験 D問題 第38問
国試問題にチャレンジ
生後30分の男児。新生児仮死のためNICUに入院した。妊娠経過は問題なかった。在胎39週5日,体重3,300g。常位胎盤早期剝離のため緊急帝王切開で出生した。Apgarスコア1点(1分),3点(5分),5点(10分)であった。新生児蘇生術が行われ,現在は人工呼吸療法中である。傾眠状態である。体温36.8℃。心拍数160/分,整。呼吸数50/分(呼吸器設定:換気回数50/分,FIO2 0.3)。SpO2 96%。心音は異常を認めず,呼吸は努力呼吸を認める。四肢の筋緊張は低下している。吸啜は認めない。外表に形態異常は認めない。臍帯動脈血のpHは6.9であった。 適切な治療はどれか。
- a.交換輸血
- b.低体温療法
- c.一酸化窒素投与
- d.胸腔ドレナージ
- e.肺サーファクタント気管内投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
常位胎盤早期剝離などによる重症新生児仮死の後に、傾眠・筋緊張低下・吸啜消失といった中等症以上の脳症所見がみられれば、低酸素性虚血性脳症(HIE)を考えます。HIEでは生後6〜72時間ごろに二次性エネルギー不全による神経細胞死が進むため、在胎36週以上で重症仮死の指標(Apgar 10分値5点以下、pH 7.0未満または塩基欠乏16mmol/L以上、10分以上の蘇生継続)と中等症以上の脳症を満たす児には、生後6時間以内に低体温療法(33〜34℃で72時間)を開始します。交換輸血は重症高ビリルビン血症、一酸化窒素吸入は新生児遷延性肺高血圧症、サーファクタントは早産児のRDS、胸腔ドレナージは気胸・胸水が対象であり、各治療の適応を整理しておくことが重要です。限られた時間内に適応を判断し、必要なら冷却可能な施設へ搬送するという判断は、児の神経学的予後を左右する臨床の要となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・在胎39週5日、出生体重3,300g → 正期産・適正体重の児。妊娠経過に問題はない。 ・常位胎盤早期剝離による緊急帝王切開 → 胎盤が子宮壁から急に剝がれるため、胎児への酸素と血液の供給が突然途絶え、重い低酸素・虚血(仮死)の原因となる。 ・Apgarスコア1点(1分)、3点(5分)、5点(10分)→ 1分値0〜3点は重症仮死に相当する。5分値・10分値が低いまま推移しており、10分値が5点以下であることは神経学的予後不良を予測する重要な指標である。 ・新生児蘇生後も人工呼吸管理が必要(自発呼吸が不十分)。 ・臍帯動脈血pH 6.9 → 高度のアシドーシスで、出生前後に強い低酸素・虚血にさらされたことを示す。 ・傾眠状態、四肢の筋緊張低下、吸啜(乳首を吸う反射)の消失 → 意識・筋緊張・原始反射のいずれにも異常があり、中等症以上の脳症(新生児脳症)を示す所見である。 ・一方、FIO2 0.3でSpO2 96%と酸素化は保たれ、心音にも異常はなく、外表奇形もない。
診断と治療の考え方
周産期の明らかな低酸素・虚血のエピソード(常位胎盤早期剝離)、重症新生児仮死(Apgar 10分値5点、pH 6.9、10分以上の蘇生・人工換気)、および中等症以上の脳症所見(意識障害・筋緊張低下・吸啜消失)がそろっており、低酸素性虚血性脳症(HIE)と診断できる。 HIEでは、低酸素・虚血の直後だけでなく、数時間〜数日かけて進む二次的な神経細胞死(二次性エネルギー不全)が脳障害を大きくする。この二次的障害を抑える目的で、在胎36週以上の中等症〜重症のHIEには、生後6時間以内に低体温療法(脳低温療法)を開始するのが標準治療である。本児は生後30分で、適応条件をすべて満たしており、直ちに導入を準備すべきである。
選択肢考察
- ×a. 交換輸血
交換輸血は、児の血液を少量ずつ抜き取りながら同量の輸血を繰り返して血液を入れ替える治療である。主な適応は、Rh式やABO式の血液型不適合による溶血性疾患などで生じた重症の高ビリルビン血症(核黄疸の予防)で、ビリルビンや母体由来の抗体、抗体が結合した赤血球を除去し貧血も是正する。生後30分の本児に黄疸や溶血を示す所見はなく、低酸素性虚血性脳症の治療にはならない。
- ○b. 低体温療法
在胎36週以上で、①重症仮死の指標(Apgar 10分値5点以下、生後60分以内の血液ガスでpH 7.0未満または塩基欠乏16mmol/L以上、10分以上の蘇生継続のいずれか)と、②中等症以上の脳症所見(意識障害、筋緊張低下、吸啜などの原始反射の異常、けいれんなど)を満たす児は低体温療法の適応となる。本児は在胎39週、Apgar 10分値5点、臍帯動脈血pH 6.9、人工換気継続に加え、傾眠・筋緊張低下・吸啜消失があり、すべて該当する。生後6時間以内に開始し、深部体温を33〜34℃程度に72時間保ったのち、ゆっくり復温する。死亡と重い神経学的後遺症を減らすことが示されている標準治療である。
- ×c. 一酸化窒素投与
一酸化窒素(NO)吸入療法は、吸入したNOが肺血管だけを選択的に拡張させる治療で、新生児遷延性肺高血圧症(PPHN:出生後も肺血管抵抗が下がらず、胎児循環のような右左短絡が残る状態)、先天性横隔膜ヘルニアに伴う肺高血圧、心臓手術後の肺高血圧発作などに用いる。仮死児はPPHNを合併することがあるが、本児はFIO2 0.3でSpO2 96%と酸素化が保たれ、上下肢のSpO2差など肺高血圧を示す所見もないため、現時点では適応がない。
- ×d. 胸腔ドレナージ
胸腔ドレナージは、胸腔内にたまった空気や液体を管を入れて排出する処置で、気胸(蘇生時や人工呼吸中の圧損傷によるものを含む)、乳び胸、胸水、血胸などに行う。人工呼吸中の新生児では気胸に注意が必要だが、本児は呼吸音・心音に異常がなく酸素化も良好で、気胸や胸水を疑う所見はない。
- ×e. 肺サーファクタント気管内投与
肺サーファクタントは肺胞の表面張力を下げて肺胞がつぶれるのを防ぐ物質で、在胎34週ごろまでは産生が不十分である。その欠乏による呼吸窮迫症候群(RDS)は主に早産児に起こり、人工サーファクタントの気管内投与が著効する。本児は在胎39週の正期産児で、酸素化も良好であり、RDSを疑う所見はない(努力呼吸は帝王切開出生に伴う新生児一過性多呼吸などでもみられうる)。本児の問題の中心は脳の低酸素・虚血であり、サーファクタント投与は適切でない。
Apgarスコア
出生1分後と5分後(低値なら5分ごとに20分まで)に、心拍数、呼吸、筋緊張、反射(刺激への反応)、皮膚色の5項目を各0〜2点で評価する。7〜10点は正常、4〜6点は軽症仮死、0〜3点は重症仮死とされる。1分値は出生直後の状態、5分値以降は蘇生への反応と神経学的予後との関連が強い。
低酸素性虚血性脳症(HIE)
・原因:常位胎盤早期剝離、臍帯脱出・臍帯圧迫、子宮破裂、母体の心肺停止など、分娩前後の急激な低酸素・血流低下。 ・病態:一次的なエネルギー不全の後、いったん回復したようにみえる時期(潜在期、生後数時間)を経て、6〜72時間後ごろに二次性エネルギー不全が起こり、神経細胞死が進む。低体温療法はこの潜在期に開始して二次的障害を抑えることを狙う。 ・重症度評価:Sarnat分類が用いられる。軽症(過覚醒、筋緊張正常〜亢進)、中等症(傾眠、筋緊張低下、原始反射の減弱、けいれん)、重症(昏迷・昏睡、弛緩、反射消失)。 ・合併症:けいれん、多臓器障害(腎障害、心筋障害、肝障害、凝固障害)、PPHNなど。後遺症として脳性麻痺、てんかん、知的障害がある。
新生児低体温療法の要点
・対象:在胎36週以上、出生体重1,800g以上程度で、重症仮死の指標と中等症以上の脳症所見を満たす児。 ・開始時期:生後6時間以内(できるだけ早く)。実施できない施設では、冷却可能な施設への搬送を急ぐ。 ・方法:全身冷却(冷却マットなど)で深部体温を33〜34℃に72時間維持し、その後1時間に0.5℃程度のゆっくりした速度で復温する。 ・注意点:徐脈、血圧低下、凝固異常、血小板減少、皮下脂肪壊死などの副作用を監視する。
新生児蘇生(NCPR)の基本
出生直後は呼吸の確立が最優先で、保温・気道確保・皮膚刺激で有効な呼吸がなければ、生後60秒以内に人工呼吸を開始する。有効な人工呼吸を30秒行っても心拍数60/分未満が続けば、胸骨圧迫を人工呼吸と組み合わせて行う(3:1)。
POINT
・常位胎盤早期剝離などに続く重症新生児仮死で、意識障害・筋緊張低下・吸啜消失がみられれば、低酸素性虚血性脳症を考える。 ・低体温療法の適応:在胎36週以上、重症仮死の指標(Apgar 10分値5点以下、pH 7.0未満または塩基欠乏16mmol/L以上、10分以上の蘇生継続のいずれか)+中等症以上の脳症。 ・生後6時間以内に開始し、33〜34℃で72時間維持する。 ・交換輸血=重症高ビリルビン血症、NO吸入=新生児遷延性肺高血圧症、サーファクタント=早産児のRDS、胸腔ドレナージ=気胸・胸水、と各治療の対象を整理しておく。
