「やめたから起こる症状」と「飲み続けた結果の症状」―アルコール離脱と作話を見分ける
第109回医師国家試験 I問題 第2問
国試問題にチャレンジ
アルコール依存症の離脱症状でないのはどれか。
- a.幻視
- b.興奮
- c.作話
- d.振戦
- e.発汗
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
アルコール離脱症状は、長期飲酒で抑制系に適応した脳から急にアルコールが抜けることで、中枢神経と交感神経が過剰に興奮して生じます。早期には振戦・発汗・頻脈・不安・不眠・けいれん発作が、2〜4日目ごろには意識障害に粗大振戦、小動物幻視、精神運動興奮、自律神経症状が重なる振戦せん妄が現れます。一方、作話はビタミンB1欠乏によるKorsakoff症候群(記銘力障害・見当識障害・作話)の症状で、断酒とは無関係に持続しうる慢性の脳障害であり、離脱症状ではありません。離脱症状の治療はベンゾジアゼピン系薬が中心で、糖を含む輸液の前にビタミンB1を補充してWernicke脳症を防ぐことが重要です。「やめたから起こる症状」と「飲み続けた結果の症状」を機序で区別することが、アルコール関連疾患を整理する鍵になります。
解答・解説
正解はcです
テーマの要点
アルコールは中枢神経の抑制性伝達(GABA_A受容体を介する作用)を強め、興奮性伝達(グルタミン酸のNMDA受容体を介する作用)を弱める。長期間大量に飲み続けると、脳はこの抑制に適応してGABA系の働きを弱め、グルタミン酸系の働きを強めた状態で釣り合いをとるようになる(身体依存)。この状態で飲酒を急にやめたり減らしたりすると、抑制が外れて中枢神経と交感神経が過剰に興奮し、さまざまな症状が出現する。これがアルコール離脱症状である。 離脱症状は、最終飲酒からの時間経過に沿って次のように現れる。 ・早期離脱症状(断酒後おおむね数時間〜2日程度): 手指などの振戦、発汗、頻脈、血圧上昇、悪心・嘔吐、不安・焦燥、不眠。一過性の幻覚(意識が比較的清明なまま幻聴などを体験するアルコール幻覚症を含む)や、全身性のけいれん発作が起こることもある。 ・後期離脱症状(断酒後おおむね2〜4日目をピーク): 振戦せん妄。意識障害(せん妄)に、粗大な振戦、小動物や虫が見えるなどの幻視、精神運動興奮、発熱・発汗・頻脈などの強い自律神経症状を伴う。
正解を導く考え方
「離脱症状でないもの」を選ぶ問題である。離脱症状は「抑制が外れて神経が過剰に興奮した」結果として理解できるもの(振戦・発汗・興奮・幻覚など)である。一方、作話は、長期の大量飲酒に伴う栄養障害、特にビタミンB1(チアミン)欠乏によって生じるKorsakoff症候群の症状であり、断酒の有無とは関係なく持続する慢性の脳障害による症状である。飲酒を中断したことで生じる離脱症状とは機序が異なる。
選択肢考察
- ×a. 幻視
幻視はアルコール離脱症状として典型的であり、特に振戦せん妄でよくみられる。虫や小動物がうごめいて見える小動物幻視や、場面全体が見える情景的な幻視が特徴的である。壁や天井のしみ・模様が動物や人の顔に見える錯視(パレイドリア)も起こりやすい。誘導した内容が見えてしまう被暗示性の亢進(何も書いていない紙を見せて「何が書いてあるか」と尋ねると読み上げる、など)もみられる。したがって離脱症状に含まれる。
- ×b. 興奮
離脱時には中枢神経の過剰な興奮により、不安・焦燥・易刺激性が生じ、振戦せん妄では意識レベルが変動するなかで幻覚に反応して落ち着きなく動き回る、点滴を抜くなどの精神運動興奮を呈する。ささいな刺激に過敏に反応して興奮することも多い。離脱症状に含まれる。
- ○c. 作話
作話とは、記憶の欠落を、本人に嘘をつく意図がないまま事実でない話で埋めてしまう症状である。アルコール依存症に伴うビタミンB1欠乏によるKorsakoff症候群の症状であり、記銘力障害・見当識障害・作話を三主徴とする(病識の欠如もしばしば伴う)。乳頭体や視床内側部などの障害による健忘症候群であり、断酒による急性の離脱状態とは異なる慢性の脳障害であって、断酒後も持続しうる。したがって離脱症状ではなく、本問の正解である。
- ×d. 振戦
振戦は最も早期に現れる代表的な離脱症状の一つで、最終飲酒から数時間で手指などに出現し、アルコール振戦とよばれる。重症化すると上下肢や全身に及ぶ粗大な振戦となり、振戦せん妄の名称の由来にもなっている。飲酒すると一時的に軽快するため、朝の振戦を抑えるための迎え酒は身体依存を示唆する所見である。離脱症状に含まれる。
- ×e. 発汗
離脱時には交感神経が過剰に活動し、発汗、頻脈、血圧上昇、発熱、散瞳などの自律神経症状が生じる。発汗はその代表であり、悪心・嘔吐などの消化器症状とともに早期から出現し、振戦せん妄では著明となる。離脱症状に含まれる。
アルコール離脱症状と対応
・離脱症状の重症度評価にはCIWA-Ar(アルコール離脱症状の評価尺度)などが用いられる。 ・治療の中心はベンゾジアゼピン系薬(アルコールと同じくGABA_A受容体の働きを強める)で、離脱症状を和らげ、けいれん発作や振戦せん妄への進行を防ぐ。あわせて脱水・電解質異常(低カリウム血症、低マグネシウム血症など)の補正を行う。 ・アルコール依存症者はビタミンB1欠乏を伴いやすいため、ブドウ糖を含む輸液の前にビタミンB1を補充する(B1が不足したまま糖を負荷するとWernicke脳症を誘発・悪化させうる)。
Wernicke脳症とKorsakoff症候群
・Wernicke脳症: ビタミンB1欠乏により急性に生じる。眼球運動障害(外眼筋麻痺、眼振)、小脳性運動失調(歩行失調)、意識障害を三徴とする。病変は乳頭体、視床内側部、中脳水道周囲などにみられる。早期にビタミンB1を大量投与することで改善しうる緊急疾患である。 ・Korsakoff症候群: Wernicke脳症に続いて、あるいは慢性的に生じる健忘症候群。新しいことを覚えられない前向性健忘と、過去の記憶が失われる逆向性健忘、見当識障害、作話を特徴とする。両者は一連の病態とみなされ、Wernicke-Korsakoff症候群ともよばれる。
アルコールに関連するその他の精神神経障害
アルコール性認知症、アルコール性嫉妬妄想、末梢神経障害(多発ニューロパチー)、小脳変性、Marchiafava-Bignami病(脳梁の変性)、肝性脳症など。これらも離脱症状とは区別して整理しておく。
POINT
・アルコール離脱症状 = 断酒・減酒による中枢神経・交感神経の過剰興奮。 ・早期(数時間〜2日程度): 振戦、発汗、頻脈、不安、不眠、一過性幻覚、けいれん発作。 ・後期(2〜4日目ごろがピーク): 振戦せん妄(意識障害 + 粗大振戦 + 小動物幻視 + 興奮 + 自律神経症状)。 ・作話はKorsakoff症候群(ビタミンB1欠乏)の症状であり、離脱症状ではない。Korsakoff症候群の三主徴: 記銘力障害・見当識障害・作話。 ・離脱症状の治療はベンゾジアゼピン系薬。糖を含む輸液の前にビタミンB1を補充する。
