StudyMed医師国家試験

座って見て、寝かせて見る―乳房診察の「型」が乳癌の見逃しを防ぐ

第109回医師国家試験 H問題 第8問

国試問題にチャレンジ

第109回 H問題 第8問

乳癌の診察で適切なのはどれか。

  1. a.月経の直前に行う。
  2. b.視診は座位と仰臥位とで行う。
  3. c.乳房の触診は指先ではなく手掌で行う。
  4. d.乳頭分泌の診察は乳房全体を圧迫する。
  5. e.腋窩の診察は上肢を挙上させて行う。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は乳癌を念頭に置いた乳房の診察手技の問題だ。時期、体位、手の使い方、乳頭分泌、腋窩と、診察の流れに沿って一つずつ手技の理由を考えていこう。理由がわかれば、丸暗記しなくても正解にたどり着けるよ。
医学生医学生
OSCEの練習では乳房診察はシミュレーターでさっと触っただけなので、細かい手技はあまり自信がありません。
ドクタードクター
大丈夫、基本から確認しよう。まず診察の時期。月経の直前に行う、というのはどうかな。
医学生医学生
月経前はホルモンの影響で乳房が張ると聞いたことがあるので、その時期は避けたほうがいい気がします。
ドクタードクター
その通り。月経前の黄体期はエストロゲンとプロゲステロンの作用で乳腺が浮腫状になり、全体が張って硬く、圧痛も出やすい。小さな腫瘤が張りに紛れたり、生理的な結節を腫瘤と見誤ったりしやすいんだ。閉経前の女性なら、乳房が最も軟らかい月経終了後の数日から1週間ごろが適している。
医学生医学生
次は視診ですね。座位と仰臥位の両方で行う、というのが正解だと思うのですが、両方必要な理由がいまひとつわかりません。
ドクタードクター
いい疑問だね。座位では乳房が重力で下垂するから、癌がCooper靱帯に浸潤して皮膚が引っ張られてできるえくぼ症状や陥凹、乳頭の陥没・偏位、左右差が見えやすい。両上肢を挙上させたり、腰に手を当てて大胸筋を緊張させたりすると、ひきつれがさらにはっきりする。
医学生医学生
仰臥位では何が見えるんですか。
ドクタードクター
仰臥位では乳房が胸壁の上に平たく広がるので、座位では目立たない外側や下部の変化が観察できる。しかもそのまま触診に移れる。体位を変えることで見落としを減らす、というのが視診を座位と仰臥位で行う理由なんだ。
医学生医学生
解剖学の講義で、Cooper靱帯は乳腺と皮膚をつなぐ線維性の支持組織だと習いました。だから靱帯が短縮すると皮膚がへこむんですね。
ドクタードクター
そう、構造と所見がつながると忘れないよ。では触診。手掌で行う、というのはどうだろう。
医学生医学生
手のひら全体のほうが広い範囲を一度に触れられて効率がよさそうに思えるのですが……。
ドクタードクター
そこが誤解しやすいところ。手掌は感度が低くて小さな腫瘤を見逃しやすい。正しくは示指・中指・環指をそろえ、その指腹で乳房を胸壁に向けて軽く押さえ、小さく円を描きながら順にずらしていく。逆に乳房をつまむと正常の乳腺が塊のように感じられて腫瘤と誤認しやすいので避けよう。腫瘤を触れたら、大きさ、硬さ、境界、可動性、皮膚や胸壁への固定を評価する。
医学生医学生
乳頭分泌は、乳房全体を押してしぼり出すイメージを持っていました。
ドクタードクター
それだと、どの乳管から出ているのかがわからないし、患者さんにも不要な苦痛を与えてしまう。乳頭や乳輪部を指で挟むように軽く圧迫して、部位を変えながら一周確認する。どの方向から押すと出るか、単孔性か多孔性か、血性かどうかを見るんだ。片側・単孔性の血性分泌なら乳管内乳頭腫や乳癌、特に非浸潤性乳管癌を疑い、責任乳管の特定が乳管造影や乳管内視鏡などの精査につながる。
医学生医学生
最後の腋窩は、腕を上げてもらったほうが腋窩が広く見えて触りやすい気がしました。
ドクタードクター
直感的にはそう思うよね。でも上肢を挙上したままだと大胸筋や腋窩の筋膜が緊張して、腋窩が浅く硬くなり、リンパ節を触れにくい。診察者が患者さんの前腕を支えて力を抜かせ、筋を弛緩させた状態で腋窩の奥から胸壁側、前壁、後壁へと触れていく。挙上させてから下ろさせながら触れる方法もあるけれど、挙上したままでは行わない、というのが要点だ。
医学生医学生
どの手技にも、見えやすく・触れやすくする理由があるんですね。腋窩の後は鎖骨上リンパ節も触れるんでしたよね。
ドクタードクター
その通り。発展として、視診で見るべき所見も押さえておこう。皮膚リンパ管の閉塞による橙皮様皮膚は炎症性乳癌などで、乳頭・乳輪の湿疹様びらんはPaget病で見られる。一方、両側・多孔性の乳汁様分泌なら高プロラクチン血症や薬剤性を考える。臨床では、患者さんのプライバシーと羞恥心に配慮し、目的を説明してから診察することも忘れないでほしい。

まとめ

乳房の診察は、閉経前なら乳腺の張りが少ない月経終了後の数日〜1週間ごろに行い、月経直前は避けます。視診は座位と仰臥位の両方で行い、座位では上肢の位置を変えてCooper靱帯の牽引によるえくぼ症状や乳頭陥没、左右差を、仰臥位では乳房外側・下部の変化を確認します。触診は手掌ではなく第2〜4指の指腹で胸壁に向けて軽く押さえて行い、乳頭分泌は乳頭・乳輪部を圧迫して責任乳管や性状を確認し、片側・単孔性・血性なら乳管内乳頭腫や乳癌を疑います。腋窩リンパ節は上肢を挙上したままではなく、力を抜かせて筋を弛緩させた状態で触診します。各手技の理由を理解しておくことは、試験対策だけでなく、乳癌を見逃さない確かな診察技術の土台になります。

解答・解説

正解はbです

乳癌を念頭に置いた乳房の診察(視診・触診)の基本手技を問う問題である。 乳房診察は、一般に次の流れで行う。 1. 座位での視診:両上肢を下ろした姿勢、両上肢を挙上した姿勢、腰に手を当てて大胸筋を緊張させた姿勢などで、乳房の左右差、皮膚のえくぼ症状(dimpling sign)・陥凹、発赤・浮腫(橙皮様皮膚 peau d'orange)、乳頭の陥没・偏位、乳頭・乳輪のびらん、分泌物の有無を観察する。 2. 座位での触診:腋窩リンパ節、鎖骨上リンパ節を触診する。 3. 仰臥位での視診・触診:乳房が胸壁上に平たく広がるため、しこりを触れやすい。視診で乳房の形や皮膚の変化を確認し、乳房全体を指腹で順序立てて触診する。 4. 乳頭分泌の確認:乳頭・乳輪部を圧迫し、分泌の有無、性状(血性かどうか)、単孔性か多孔性かを確認する。 体位を変えて診ることで、重力や筋の緊張に伴って初めて現れる皮膚のひきつれや、体位によって触れやすさが変わる腫瘤を拾い上げることができる。したがって「視診は座位と仰臥位とで行う」が適切である。診察時期、触診に使う手の部位、乳頭分泌の確認法、腋窩の診察時の上肢の位置は、いずれも具体的な手技として押さえておく必要がある。

選択肢考察

  1. ×a.  月経の直前に行う。

    不適切。月経前(黄体期)は、エストロゲンとプロゲステロンの作用で乳腺組織が浮腫状となり、乳房全体が張って硬く、圧痛も出やすい。このため小さな腫瘤が乳腺の張りに紛れて見逃されやすく、生理的な結節状の変化を腫瘤と誤認することもある。閉経前の女性では、乳房が最も軟らかく張りの少ない月経終了後の数日〜1週間ごろ(月経開始から1〜2週以内)に診察するのがよい。自己触診(ブレスト・アウェアネス)の時期の指導も同様である。

  2. ○b.  視診は座位と仰臥位とで行う。

    適切。座位では乳房が重力で下垂するため、癌の浸潤によってCooper靱帯(乳腺と皮膚を結ぶ線維性の支持組織)が短縮・牽引されて生じる皮膚のえくぼ症状や陥凹、乳頭の陥没・偏位、左右差がわかりやすい。両上肢を挙上させたり、腰に手を当てて大胸筋を収縮させたりすると、皮膚のひきつれや乳房下縁の変形がさらに明瞭になる。仰臥位では乳房が胸壁上に平たく広がるため、座位では目立たない乳房外側や下部の変化を観察でき、そのまま触診へ移ることができる。このように、異なる体位で視診することで所見の見落としを減らせる。

  3. ×c.  乳房の触診は指先ではなく手掌で行う。

    不適切。乳房の触診は、示指・中指・環指の3本(第2〜4指)をそろえ、その指腹で乳房を胸壁に向けて軽く押さえ、小さく円を描くように動かしながら行う。鍵盤をなでるように指をずらしていく方法はピアノタッチとも呼ばれる。手掌全体では感度が低く小さな腫瘤を見逃しやすい。また、乳房を指でつまむと正常な乳腺組織が塊のように感じられ、腫瘤と誤認しやすいので避ける。触知した腫瘤は、大きさ、硬さ、境界、表面の性状、可動性、圧痛、皮膚や胸壁への固定の有無を評価する。

  4. ×d.  乳頭分泌の診察は乳房全体を圧迫する。

    不適切。乳頭分泌は、乳頭や乳輪部を指で挟むように軽く圧迫し、乳輪の周囲を一周するように部位を変えながら確認する。どの方向から押すと分泌が出るか、乳頭のどの開口部から出るか(単孔性か多孔性か)、分泌物の性状(血性・漿液性・乳汁様など)を観察する。片側・単孔性の血性分泌は、乳管内乳頭腫や乳癌(特に非浸潤性乳管癌)を疑う重要な所見であり、責任乳管を特定することが乳管造影や乳管内視鏡などの精査につながる。乳房全体を圧迫しても責任乳管を特定できず、患者に不必要な苦痛を与える。

  5. ×e.  腋窩の診察は上肢を挙上させて行う。

    不適切。腋窩リンパ節は、上肢を挙上したままでは大胸筋や腋窩の皮膚・筋膜が緊張して腋窩が浅く硬くなり、触知しにくい。診察者が患者の前腕を支えて上肢を軽く外転させ、力を抜いた状態にして、反対側の手の指腹で腋窩の奥(頂部)から胸壁側、前壁、後壁、上腕側へと順に触れる。上肢を挙上させてから下ろさせながら、筋を弛緩させて触診する方法もある。いずれも、上肢を挙上したまま診察するのではなく、腋窩の筋を弛緩させて行うことが要点である。腋窩に続いて鎖骨上・鎖骨下リンパ節も触診する。

乳癌でみられる主な視診所見

えくぼ症状(dimpling sign):癌がCooper靱帯に浸潤し、皮膚が牽引されてできる陥凹。 乳頭の陥没・偏位:乳管や周囲組織の牽引による。 橙皮様皮膚(peau d'orange):癌細胞による皮膚リンパ管の閉塞で生じる浮腫。毛穴が目立ちオレンジの皮のようにみえる。炎症性乳癌などでみられる。 乳頭・乳輪の湿疹様びらん:Paget病(乳頭・乳輪の表皮内に癌細胞が進展するもの)を疑う。 皮膚の発赤・潰瘍、衛星結節:進行癌でみられる。

乳頭分泌の評価

両側性・多孔性で乳汁様のものは、高プロラクチン血症や薬剤性などの生理的・内分泌的原因が多い。 片側性・単孔性で血性のものは、乳管内乳頭腫や乳癌を疑い、分泌物の細胞診、分泌物中のCEA測定、乳管造影、乳管内視鏡などで精査する。

乳房診察の時期

閉経前は月経終了後の数日〜1週間ごろ(乳房の張りが最も少ない時期)がよい。閉経後は時期を問わない。

POINT

・乳房の視診は座位と仰臥位の両方で行い、座位では上肢の位置を変えてえくぼ症状・乳頭陥没などを確認する。 ・触診は手掌ではなく第2〜4指の指腹で、乳房をつままず胸壁に向けて軽く押さえて行う。 ・診察時期は月経前を避け、月経終了後の数日〜1週間ごろが適切。 ・乳頭分泌は乳頭・乳輪部を圧迫して確認し、片側・単孔性・血性なら乳管内乳頭腫や乳癌を疑う。 ・腋窩リンパ節は上肢の力を抜かせ、腋窩の筋を弛緩させた状態で触診する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。