「家族が望めば」「書面があれば」は通用しない―日本の安楽死、法律の空白を正しく知る
第109回医師国家試験 H問題 第17問
国試問題にチャレンジ
我が国における安楽死について正しいのはどれか。
- a.家族の許諾に基づいて実施できる。
- b.安楽死の条件を定めた法律はない。
- c.リビングウィルに基づいて実施できる。
- d.未成年者が対象であれば認められている。
- e.実施に関するプロセス・ガイドラインがある。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
日本には積極的安楽死を認める法律も、その条件を定めた法律も存在せず、患者を死なせる行為は同意殺人罪・嘱託殺人罪などに問われえます。東海大学安楽死事件判決(1995年)で示された4要件は判例上の判断枠組みにすぎず、家族の同意、リビングウィル、患者の年齢のいずれも積極的安楽死を正当化しません。リビングウィルが意味をもつのは延命治療の差し控え・中止(尊厳死)の場面であり、厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」も、本人の意思を基本に医療・ケアチームと本人・家族等が話し合って方針を決める手順を示すもので、積極的安楽死は対象外です。積極的安楽死・尊厳死・間接的安楽死の区別と、法律・判例・ガイドラインの違いを押さえることは、終末期医療で患者や家族と向き合う医師にとって欠かせない基礎知識です。
解答・解説
正解はbです
日本で安楽死がどのような法的位置づけにあるかを問う問題である。
用語の整理
安楽死という言葉は、大きく次の二つに分けて使われる。 ・積極的安楽死:致死的な薬剤を投与するなど、医師が直接的な行為によって患者の死期を早め、苦痛から解放するもの。単に「安楽死」といえば通常これを指す。 ・消極的安楽死(いわゆる尊厳死):延命治療を差し控える、あるいは中止して、自然な経過で死を迎えさせるもの。本人の意思表示(リビングウィルなど)に基づいて行われることが多い。
日本の現状
日本には、積極的安楽死を合法とする法律も、実施の条件を定めた法律もない。患者を死なせる行為は、刑法上の殺人罪(同意があれば同意殺人罪・嘱託殺人罪)に問われうる。過去の刑事裁判(東海大学安楽死事件の横浜地裁判決、1995年)では、積極的安楽死が違法とならないための要件が判決文の中で示されたが、これはあくまで判例上の考え方であり、法律や公的な手続き規定ではない。実際の裁判でもこの要件を満たすと認められた例はない。 したがって、「安楽死の条件を定めた法律はない」が正しい。家族の同意やリビングウィル、患者の年齢によって積極的安楽死が許されるということはなく、国が定めた実施手順(ガイドライン)も存在しない。厚生労働省のガイドラインは、延命治療の開始・不開始・中止などを含む終末期医療・ケアの「方針を決める手順」を示したものであり、安楽死を実施するためのものではない点に注意する。
選択肢考察
- ×a. 家族の許諾に基づいて実施できる。
誤り。日本では積極的安楽死そのものが法的に認められておらず、家族が同意・許諾したとしても実施できない。生命に関わる決定は本来患者本人の意思が出発点であり、家族の同意は本人の意思に代わるものではない。家族の同意のみで患者の死期を早めれば、刑事責任を問われうる。なお、延命治療の中止などの終末期医療の方針決定においても、家族は本人の意思を推定する立場として関わるのであって、家族の希望だけで決めるわけではない。
- ○b. 安楽死の条件を定めた法律はない。
正しい。日本には安楽死を許容する法律も、その要件を定めた法律も存在しない。東海大学安楽死事件判決(1995年)で示された「耐えがたい肉体的苦痛」「死が避けられず死期が迫っている」「苦痛を除く代替手段がない」「患者本人の明示的な意思表示」という4要件は、裁判所が判断の枠組みとして示したものにすぎず、法律ではない。一方、オランダ(2002年施行)やベルギーなどでは安楽死の要件と手続きを定めた法律がある。
- ×c. リビングウィルに基づいて実施できる。
誤り。リビングウィルとは、判断能力があるうちに「回復の見込みがない状態になったら延命治療を望まない」などの意思を書面で示しておくものである。これが尊重されるのは、延命治療を差し控える・中止するという消極的安楽死(尊厳死)や終末期医療の方針決定の場面であり、積極的安楽死の根拠にはならない。なお、日本ではリビングウィルや尊厳死についても法制化はされておらず、法的拘束力は明確に定められていない。
- ×d. 未成年者が対象であれば認められている。
誤り。日本では年齢を問わず積極的安楽死は認められていない。未成年者は自ら十分な意思決定を行う能力や法的な立場が限られるため、本人の明確な意思表示を前提とする安楽死の議論においては、むしろより慎重な扱いが求められる対象である。海外ではベルギーのように条件付きで未成年者への安楽死を認める国もあるが、日本には当てはまらない。
- ×e. 実施に関するプロセス・ガイドラインがある。
誤り。安楽死の実施手順を定めたガイドラインは存在しない。厚生労働省は2007年に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を策定し、2018年に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」へと改訂したが、これは医療・ケアチームと患者・家族が話し合いを重ねて治療方針を決めていく手順を示したものである。同ガイドラインは、生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死は対象としないと明記している。
安楽死・尊厳死に関する主な概念
・積極的安楽死:薬物投与などで直接死をもたらす。日本では違法(殺人罪・嘱託殺人罪などの対象となりうる)。 ・消極的安楽死(尊厳死):延命治療の不開始・中止。本人の意思の尊重を前提に、ガイドラインに沿った手続きで行われることがある。 ・間接的安楽死:苦痛緩和を目的とした薬剤(オピオイドなど)の投与が、結果として生命を短縮する可能性があるもの。緩和医療の範囲として許容されると考えられている。
国内の主な事件・判例
・東海大学安楽死事件(1991年発生、1995年横浜地裁判決):医師が末期がん患者に塩化カリウムなどを注射し死亡させた事件。有罪となり、判決中で積極的安楽死が許容されうる4要件(耐えがたい肉体的苦痛、死期の切迫、代替手段の欠如、患者本人の明示の意思表示)が示された。 ・川崎協同病院事件(1998年発生):気管内チューブの抜管後に筋弛緩薬を投与し死亡させた事件。2009年に最高裁で殺人罪の有罪が確定した。
人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(厚生労働省)
・本人の意思決定を基本とし、医療・ケアチームが本人・家族等と繰り返し話し合う。 ・本人の意思が確認できない場合は、家族等が本人の意思を推定し、それを尊重する。 ・ACP(アドバンス・ケア・プランニング、人生会議)の考え方を取り入れている。 ・積極的安楽死は対象外である。
海外の状況
オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、カナダなどでは、法律で要件と手続きを定めたうえで安楽死(医師による自殺幇助を含む)を認めている。
POINT
・日本では積極的安楽死を認める法律も、その要件を定めた法律もない。 ・東海大学安楽死事件判決の4要件は判例上のもので、法律ではない。 ・家族の同意、リビングウィル、年齢のいずれも積極的安楽死を正当化しない。 ・厚生労働省のガイドラインは終末期医療・ケアの方針決定の手順を示したもので、安楽死は対象外。 ・リビングウィルが関わるのは尊厳死(延命治療の不開始・中止)の場面である。
