「検査を受けるか」を決めるのは誰か―出生前診断の前に置くべき遺伝カウンセリング
第109回医師国家試験 G問題 第51問
国試問題にチャレンジ
45歳の女性。1回経妊1回経産婦。昨日,市販のキットで妊娠検査を行ったところ陽性であったため来院した。1週前から空腹時に悪心を感じている。3年前に出産した第1子はDown症候群であった。第2子の妊娠について夫から出生前診断を受けてはどうかと提案されたという。 今後の対応として適切なのはどれか。
- a.本人と夫との染色体検査を勧める。
- b.夫同伴での遺伝カウンセリングを勧める。
- c.出生前診断を実施せず,出産を勧める。
- d.出生前診断を実施せず,人工妊娠中絶を勧める。
- e.出生前診断で先天異常が疑われれば,人工妊娠中絶を勧める。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
出生前診断を検討する夫婦に対しては、検査の前に夫婦そろっての遺伝カウンセリングを行い、検査の特性やリスク、結果後の選択肢を十分説明したうえで、夫婦の自己決定を支援するのが基本です。遺伝カウンセリングは非指示的が原則で、医師が検査・出産・中絶のいずれかへ誘導してはなりません。Down症候群の約95%は染色体不分離による標準型で両親の核型は正常であり、両親の染色体検査は第1子が転座型と確認された場合に検討します。また母体保護法には胎児条項がなく、胎児の異常は人工妊娠中絶の法的理由になりません。NIPTなどの非確定的検査と絨毛・羊水検査の違いを含め、患者の自律を尊重する姿勢は周産期医療に携わるうえで欠かせない土台です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・45歳の女性(1回経妊1回経産)。市販の妊娠検査薬で陽性となり来院した。1週前からの空腹時の悪心はつわりと考えられ、妊娠初期である。 ・3年前に出産した第1子がDown症候群(21トリソミー)である。 ・夫から、今回の妊娠について出生前診断を受けてはどうかと提案されている。
問題の整理
本例は、高年妊娠であることと、染色体異常症の児を出産した既往があることの2点から、胎児の染色体異常のリスクが一般より高い妊婦である。ただし、具体的な再発リスクは第1子のDown症候群がどのような核型によるか(標準型21トリソミーか、転座型か)によって大きく異なる。 出生前診断(出生前遺伝学的検査)は、胎児の状態について重要な情報をもたらす一方、その結果が妊娠継続の判断に直結しうるという重大な倫理的側面をもつ。検査には、確定的でない検査(母体血を用いた非侵襲性出生前遺伝学的検査〔NIPT〕、母体血清マーカー検査など)と、診断を確定できるが流産などのリスクを伴う侵襲的な確定検査(絨毛検査、羊水検査)があり、それぞれ精度、実施時期、リスク、分かることと分からないことが異なる。
今後の対応
出生前診断を受けるか否か、また結果をどう受け止めるかは、医師が決めることではなく、十分な情報を得たうえで夫婦が主体的に決定すべきことである。日本産科婦人科学会の見解でも、出生前の遺伝学的検査は、妊婦および夫(パートナー)に検査の特性や得られる情報の意味を事前に説明し、適切な遺伝カウンセリングを行ったうえで、インフォームド・コンセントを得て実施することとされている。 したがって、まず夫婦そろって遺伝カウンセリングを受けてもらい、第1子の核型の確認と再発リスクの評価、各検査の内容・限界・リスク、結果が出た後の選択肢と支援体制などについて情報を提供し、夫婦の意思決定を支援することが適切な対応である。
選択肢考察
- ×a. 本人と夫との染色体検査を勧める。
Down症候群の大部分(約95%)は、主に卵子形成時の減数分裂における21番染色体の不分離による標準型21トリソミーであり、この場合は両親の染色体は正常で、両親の検査は不要である。一方、転座型(約4%、Robertson転座など)の場合は、その一部で親が均衡型転座の保因者であるため、両親の染色体検査が意味をもつ。本例ではまず第1子の核型を確認する必要があり、それを踏まえて両親の検査が必要かどうかを遺伝カウンセリングの中で検討するのが順序である。遺伝カウンセリングを経ずに、いきなり夫婦の染色体検査を勧めるのは適切でない。
- ○b. 夫同伴での遺伝カウンセリングを勧める。
出生前診断を受けるかどうか、結果をどう受け止めるかは、夫婦が十分な情報に基づいて自ら決定すべき事柄である。そのため、検査の前に夫婦そろって遺伝カウンセリングを受け、第1子の核型に基づく再発リスク、各検査の精度・実施時期・流産などのリスク、結果が判明した後の選択肢や支援について理解を深めることが必要である。今回は夫が出生前診断を提案しているため、夫婦が同じ情報を共有して話し合える場を設ける意義も大きい。
- ×c. 出生前診断を実施せず,出産を勧める。
出生前診断を受けるかどうかは、夫婦が自律的に決めるべきことであり、医師が一方的に「検査をせず出産する」方向へ誘導すべきではない。逆に、出生前診断を受けるよう勧めることも同様に適切ではない。検査を受ける・受けないのいずれも尊重されるべき選択であり、その判断は遺伝カウンセリングで十分な情報提供を行った後に夫婦が行う。
- ×d. 出生前診断を実施せず,人工妊娠中絶を勧める。
胎児の状態が何も分かっていない段階で、医師が人工妊娠中絶を勧めることは医学的にも倫理的にも許されない。高年妊娠や前児のDown症候群の既往があっても、胎児が染色体異常をもつ確率は限られており、大多数の胎児は染色体正常である。また母体保護法は胎児の異常を理由とする人工妊娠中絶を認めていない。
- ×e. 出生前診断で先天異常が疑われれば,人工妊娠中絶を勧める。
日本の母体保護法には、胎児の疾患や異常を理由に中絶を認める規定(いわゆる胎児条項)は存在しない。人工妊娠中絶が認められるのは、妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがある場合と、暴行・脅迫などによる妊娠の場合である。さらに、出生前診断の結果を受けてどうするかは夫婦が決めることであり、医師が中絶を勧めるべきではない。異常が疑われた場合も、遺伝カウンセリングを通じて疾患の情報や利用できる支援を伝え、夫婦の意思決定を支える。
Down症候群の核型と再発リスク
・標準型21トリソミー(約95%):21番染色体が3本ある。主に母親の卵子形成過程(第一減数分裂)での染色体不分離による。両親の核型は正常。再発リスクは一般に約1%、または母体年齢によるリスクのいずれか高い方とされる。 ・転座型(約4%):多くは21番染色体と14番などの染色体とのRobertson転座による。一部は親が均衡型転座保因者であり、母親が保因者の場合は再発リスクが高い(父親が保因者の場合はそれより低い)。21番同士の転座〔rob(21q;21q)〕を親がもつ場合、生存出生児は全てDown症候群となる。 ・モザイク型(約1~2%):正常細胞とトリソミー細胞が混在する。 したがって、Down症候群児を出産した夫婦の再発リスク評価には、まず児の核型を確認し、転座型であれば両親の染色体検査を行う。
母体年齢とDown症候群
標準型21トリソミーの頻度は母体年齢とともに上昇し、出生時の頻度は25歳で約1/1,200、35歳で約1/350、40歳で約1/100、45歳で約1/30程度とされる。
主な出生前検査
・非確定的検査 NIPT(母体血中の胎児由来cell-free DNAを解析する):妊娠10週前後以降。21・18・13トリソミーに対する感度・特異度は高いが、陽性的中率は母体年齢などで変わり、陽性の場合は確定検査が必要。 母体血清マーカー検査(クアトロテストなど):妊娠15~18週頃。確率を示すスクリーニング検査。 超音波検査(胎児後頸部浮腫〔NT〕の計測など)、およびこれと血清マーカーを組み合わせたコンバインド検査:妊娠11~13週頃。 ・確定的検査(侵襲的) 絨毛検査:妊娠11~14週頃。流産リスクは約1%とされる。胎盤性モザイクによる偽陽性・偽陰性の可能性がある。 羊水検査:妊娠15~16週以降。流産リスクは約0.3%(1/300程度)とされる。
出生前診断と遺伝カウンセリング
日本産科婦人科学会の「出生前に行われる遺伝学的検査および診断に関する見解」では、出生前の遺伝学的検査を実施する際は、妊婦および夫(パートナー)に対し、検査の特性、得られる情報の診断的評価、遺伝医学的意義などを検査前に十分説明し、適切な遺伝カウンセリングを行ったうえでインフォームド・コンセントを得ることとしている。絨毛検査・羊水検査などの侵襲的検査は、夫婦のいずれかが染色体異常の保因者である場合、染色体異常症の児を妊娠・分娩した既往がある場合、高年妊娠の場合などで、夫婦が希望したときに実施するとされる。 遺伝カウンセリングは非指示的であることが原則であり、特定の選択(検査を受ける・受けない、妊娠を継続する・しない)へ誘導してはならない。
母体保護法と人工妊娠中絶
人工妊娠中絶は、母体保護法に基づき、指定医師が妊娠22週未満に行う。適応は「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」と「暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」に限られ、胎児の異常を理由とする規定(胎児条項)はない。
POINT
・出生前診断を考える夫婦には、検査前に夫婦そろっての遺伝カウンセリングを行い、十分な情報提供のうえで自己決定を支援する。 ・遺伝カウンセリングは非指示的。医師が検査や出産・中絶を一方的に勧めてはならない。 ・Down症候群の約95%は標準型21トリソミー(染色体不分離)で、両親の染色体は正常。転座型の場合に両親の染色体検査を考慮する。まず児の核型を確認する。 ・母体保護法に胎児条項はなく、胎児の異常は人工妊娠中絶の法的理由にならない。中絶は妊娠22週未満。 ・確定検査は絨毛検査(11~14週頃)と羊水検査(15~16週以降)。NIPTなどは非確定的検査であり陽性時は確定検査が必要。
