触れるだけで痛む手―骨折が治ったあとに現れる複合性局所疼痛症候群
第109回医師国家試験 D問題 第44問
国試問題にチャレンジ
72歳の女性。右手の疼痛を主訴に来院した。3か月前に右橈骨遠位端骨折を受傷し,8週間のギプス固定を受けた。ギプス除去後にリハビリテーションを受けている。手を触られると刺すような痛みがあり,手掌の発汗亢進を自覚していたが,その後,増強するようになったため受診した。来院時,右手指は腫脹しており,つまみ動作は可能である。手関節とすべての手指の関節とに可動域制限を認める。両手エックス線写真を別に示す。 診断として考えられるのはどれか。

- a.偽関節
- b.手根管症候群
- c.離断性骨軟骨炎
- d.複合性局所疼痛症候群
- e.コンパートメント症候群
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
骨折や手術、ギプス固定などを契機に、損傷に不釣り合いな痛み(アロディニア・痛覚過敏)と、発汗異常、浮腫、関節拘縮、骨萎縮が一つの領域にそろう病態が複合性局所疼痛症候群(CRPS)であり、橈骨遠位端骨折はその代表的な誘因です。エックス線では骨折部より遠位に斑状の骨萎縮(Sudeck骨萎縮)がみられ、骨癒合が得られていれば偽関節は否定でき、特定の神経支配に限局しない点で手根管症候群とも区別できます。コンパートメント症候群は受傷早期の急性病態で他動伸展時痛が特徴であり、時間経過の違いが鑑別の鍵となります。神経損傷のないtype Ⅰ(旧反射性交感神経性ジストロフィー)と神経損傷を伴うtype Ⅱ(旧カウザルギー)に分けられ、治療は早期からのリハビリテーションを基本に薬物療法や交感神経ブロックを併用します。骨折後の経過で「治っているはずなのに痛みが増す」という訴えを見逃さないことが、機能予後を守る第一歩です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・72歳女性。3か月前に右橈骨遠位端骨折を受傷し、8週間ギプスで固定された。高齢女性の橈骨遠位端骨折は転倒で起こる典型的な脆弱性骨折であり、背景に骨粗鬆症があると考えられる。 ・ギプス除去後のリハビリテーション中に、次のような症状が出て増悪している。 ①手を触られるだけで刺すような痛み:本来は痛みを起こさない軽い刺激で痛む「アロディニア(異痛症)」や痛覚過敏であり、骨折の治癒過程から予想される程度を超えた痛みである。 ②手掌の発汗亢進:自律神経(交感神経)の機能異常を示す。 ③手指の腫脹:浮腫・循環障害を示す。 ④手関節とすべての手指関節の可動域制限:関節拘縮である。 ・つまみ動作は可能であり、母指の対立運動は保たれているので、正中神経麻痺のような特定の末梢神経障害は考えにくい。
画像所見
・両手エックス線写真で、右橈骨遠位端の骨折部は癒合している。一方、骨折部より遠位の右手根骨・中手骨・指骨には、健側(左)と比べて骨の透過性亢進(骨が黒っぽく抜けて見える)がみられ、骨萎縮が起きていると判断できる。このように急速に進む斑状の骨萎縮はSudeck骨萎縮と呼ばれ、複合性局所疼痛症候群に特徴的な所見である。
診断へのプロセス
外傷(骨折)とその後の固定をきっかけに、損傷の程度に見合わない痛み(アロディニア・痛覚過敏)、発汗異常、浮腫、関節拘縮、骨萎縮が一つの領域(右手)にそろって出現しており、複合性局所疼痛症候群(CRPS:complex regional pain syndrome)と診断できる。骨癒合は得られているので偽関節ではなく、症状は特定の神経の支配領域に限局しない点も重要である。
選択肢考察
- ×a. 偽関節
偽関節とは骨折部の癒合が止まり、骨折部で異常な可動性が残った状態である。エックス線では骨折線が残存し、骨端が丸くなったり硬化したりする。本例のエックス線写真では橈骨遠位端の骨折部は癒合しており、偽関節ではない。また偽関節では、触れただけで刺すような痛みや発汗亢進といった自律神経症状を伴うことは説明できない。
- ×b. 手根管症候群
手根管内で正中神経が圧迫される疾患で、橈骨遠位端骨折後に起こることもある。症状は正中神経の支配領域(母指・示指・中指と環指の橈側半分)のしびれ・感覚障害で、夜間や明け方に増悪しやすい。進行すると母指球筋が萎縮し、母指の対立障害のためつまみ動作が困難になる。本例はつまみ動作が可能で、症状が手全体に及び発汗亢進や全関節の拘縮を伴うことから、手根管症候群では説明できない。
- ×c. 離断性骨軟骨炎
関節面の軟骨とその直下の骨の一部が血流障害などにより分離し、進行すると関節内遊離体(関節ねずみ)となる疾患である。成長期のスポーツをする若年者に多く、膝関節(大腿骨内側顆)、肘関節(野球肘での上腕骨小頭)、足関節(距骨)に好発する。エックス線では関節面の骨透亮像や骨片の分離がみられる。高齢者の骨折後の手の痛みとは合わず、本例の画像所見とも一致しない。
- ○d. 複合性局所疼痛症候群
骨折などの外傷や手術、ギプスによる長期固定などを契機に、損傷の程度に不釣り合いな持続する痛み(アロディニア・痛覚過敏)とともに、浮腫、皮膚温・皮膚色の変化、発汗異常、関節拘縮、皮膚・爪・骨の萎縮などが一つの領域に生じる病態である。橈骨遠位端骨折はその代表的な誘因である。本例は触れると刺すような痛み、手掌の発汗亢進、手指の腫脹、手関節と全手指関節の拘縮がそろい、エックス線で骨折部より遠位に骨萎縮(Sudeck骨萎縮)がみられることから、本症と診断できる。
- ×e. コンパートメント症候群
骨と筋膜に囲まれた区画(コンパートメント)の内圧が、外傷後の出血や浮腫、きついギプスなどにより上昇し、筋や神経が虚血に陥る病態である。受傷後数時間〜数日の急性期に発症し、他動的に指を伸ばしたときの激痛(他動伸展時痛)、腫脹、感覚障害、蒼白、脈拍消失などがみられる。緊急の筋膜切開が必要で、放置すると前腕屈筋群の阻血性拘縮(Volkmann拘縮、小児の上腕骨顆上骨折後が有名)や、手の圧挫傷後の手内在筋拘縮(MP関節屈曲・PIP/DIP関節伸展位)を残す。本例は受傷から3か月経過して痛みが増強しており、発汗亢進や骨萎縮を伴う点も合わない。
複合性局所疼痛症候群(CRPS)の概要
・外傷や手術、固定などを契機に、原因となった損傷から予想される程度を大きく超える痛みと、自律神経症状・運動障害・栄養障害が一つの肢などに生じる慢性疼痛症候群である。 ・かつては、神経損傷のないものを反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)、明らかな神経損傷を伴うものをカウザルギーと呼んだが、交感神経の関与が必ずしも明確でないことから、現在はCRPSという名称に統一されている。 CRPS type Ⅰ:明らかな神経損傷を伴わない(旧RSD)。本例のような骨折後の発症はこちらにあたる。 CRPS type Ⅱ:明らかな末梢神経損傷を伴う(旧カウザルギー)。
主な症状
・感覚:持続する灼けるような痛み、アロディニア、痛覚過敏 ・血管運動:皮膚温の左右差、皮膚色の変化(発赤・蒼白・チアノーゼ) ・発汗・浮腫:発汗の亢進または低下、腫脹 ・運動・栄養:関節可動域制限、筋力低下、振戦、皮膚の光沢・萎縮、爪や毛の変化、骨萎縮 ・初期は腫脹・熱感・発赤が目立ち、慢性化すると皮膚が冷たく萎縮し、関節拘縮が固定化する。
診断
・国際的にはBudapest基準が用いられ、①誘因に不釣り合いな持続痛、②感覚・血管運動・発汗/浮腫・運動/栄養の4領域の症状と徴候、③他の疾患で説明できないこと、を満たすかで判断する。日本では厚生労働省研究班による判定指標もある。 ・補助検査:エックス線での斑状の骨萎縮(Sudeck骨萎縮)、骨シンチグラフィでの集積亢進、サーモグラフィでの皮膚温の左右差。
治療
・早期発見・早期治療が最も重要で、痛みの範囲内での積極的なリハビリテーション(関節可動域訓練、脱感作)が基本である。 ・薬物療法:NSAIDs、神経障害性疼痛治療薬(プレガバリンなど)、抗うつ薬、早期の副腎皮質ステロイド、ビスホスホネートなど。 ・神経ブロック(星状神経節ブロックなどの交感神経ブロック)、難治例では脊髄刺激療法。
橈骨遠位端骨折の主な合併症
・CRPS、長母指伸筋腱断裂(非転位型骨折後に起こりやすい)、正中神経障害(手根管症候群)、変形治癒、関節拘縮、尺骨突き上げ症候群。
POINT
・骨折や固定の後に、損傷に不釣り合いな痛み(アロディニア)+発汗異常+浮腫+関節拘縮+骨萎縮 → 複合性局所疼痛症候群(CRPS)。 ・橈骨遠位端骨折後はCRPSの代表的な誘因。 ・エックス線では骨折部より遠位に斑状の骨萎縮(Sudeck骨萎縮)がみられる。 ・旧名称:反射性交感神経性ジストロフィー(type Ⅰ、神経損傷なし)、カウザルギー(type Ⅱ、神経損傷あり)。 ・治療は早期からのリハビリテーションが基本で、薬物療法や交感神経ブロックを併用する。 ・コンパートメント症候群は受傷早期の急性病態で、他動伸展時痛が特徴。
