StudyMed医師国家試験

すべり台からの転落と「垂れた手首」―上腕骨骨幹部骨折が語る橈骨神経の通り道

第117回医師国家試験 D問題 第36問

国試問題にチャレンジ

第117回 D問題 第36問

12歳の男児。左上腕部痛を主訴に父親に連れられて来院した。すべり台から転落して受傷したという。身長133cm,体重28kg。体温36.5℃。左上腕中央部に腫脹を認める。左手関節の背屈ができず,左手背に感覚鈍麻を認める。左上腕骨エックス線写真を示す。  障害されている神経はどれか。

第117回 D問題 第36問の問題画像
  1. a.腋窩神経
  2. b.筋皮神経
  3. c.尺骨神経
  4. d.正中神経
  5. e.橈骨神経

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、上腕の骨折に伴って出現した神経症状から、障害された末梢神経を特定する問題だ。注目してほしいのは「どの運動ができないか」「どこの感覚が落ちているか」、そして「骨折がどこにあるか」の3点。この3つが同じ神経を指していれば、診断はぐっと確かになる。まずは運動障害から。手関節の背屈ができないということは、どの筋が働いていないと考えられるかな。
医学生医学生
手首を反らせる筋なので、前腕伸側の伸筋群ですね。解剖学実習で前腕の後面を剖出したとき、伸筋はまとめて橈骨神経支配だと習いました。
ドクタードクター
その通り。橈側手根伸筋、尺側手根伸筋、総指伸筋など、手関節と指を伸ばす筋はすべて橈骨神経の支配だ。これらが麻痺すると、手首がだらりと垂れた下垂手(drop hand)になる。感覚のほうはどうだろう。
医学生医学生
手背、特に母指と示指の間の背側は橈骨神経浅枝の領域だったはずです。運動も感覚も橈骨神経で説明できます。
ドクタードクター
いいね。ここで骨折部位とつなげよう。エックス線写真では上腕骨の骨幹部、中央からやや遠位に転位を伴う斜骨折がある。橈骨神経は腋窩から上腕の後ろ側へ回り込み、上腕骨骨幹部の後面にある橈骨神経溝(らせん溝)を骨にぴったり沿って走るんだ。
医学生医学生
骨に密着しているから、骨幹部が折れると骨片に巻き込まれやすいということですか。
ドクタードクター
まさにそう。骨に固定されて逃げ場がないから、骨折による圧迫や牽引、挫滅を受けやすい。上腕骨骨幹部骨折に最も合併しやすい神経損傷が橈骨神経麻痺だ。骨折部位と神経症状がきれいに一致するので、答えは橈骨神経になる。ほかの選択肢も確認しておこう。腋窩神経はどうかな。
医学生医学生
肩関節脱臼のときに傷みやすい神経ですよね。整形外科の実習で、脱臼整復の前に肩外側の感覚を必ず確認していました。
ドクタードクター
よく見ているね。腋窩神経は上腕骨外科頸の後方を回って三角筋と小円筋を支配し、肩外側の皮膚感覚を担う。障害されると肩の外転が弱くなるけれど、手首の背屈や手背の感覚には関係しない。筋皮神経はどうだろう。
医学生医学生
上腕二頭筋や上腕筋を支配するので、肘の屈曲が弱くなるはずです。感覚は前腕の橈側だったと思います。
ドクタードクター
正確だ。上腕二頭筋腱反射の低下も手がかりになる。下垂手とは結びつかないね。では尺骨神経と正中神経は?
医学生医学生
尺骨神経は鷲手やFroment徴候、正中神経は猿手ですよね。どちらも手のひら側や手内在筋の障害なので、手首を反らせない理由にはならない気がします。
ドクタードクター
その理解で合っている。尺骨神経は骨間筋や小指球筋などを支配し、環指尺側半分と小指の感覚を担う。正中神経は前腕屈筋群の多くと母指球筋を支配し、母指から環指橈側の掌側の感覚を担う。高位の正中神経麻痺では祝祷肢位も出る。小児の上腕骨顆上骨折で正中神経が傷みやすいことも一緒に覚えておこう。
医学生医学生
同じ上腕骨の骨折でも、外科頸なら腋窩神経、骨幹部なら橈骨神経、顆上なら正中神経と、部位で傷む神経が変わるんですね。
ドクタードクター
そう、骨折と神経の対応は国試でも臨床でも頻出だ。ここからは発展。橈骨神経は前腕で深枝の後骨間神経を分けるけれど、後骨間神経だけが障害されると何が違うと思う?
医学生医学生
手首を伸ばす枝はもっと近位で出ているから……手関節は反らせるけど指が伸びない、ということでしょうか。
ドクタードクター
正解。後骨間神経麻痺は指のMP関節や母指が伸ばせない下垂指(drop finger)になり、手関節背屈はおおむね保たれるけれど橈屈しやすい。純粋な運動神経なので感覚障害もない。Monteggia骨折やガングリオンが原因になる。今回は手関節背屈障害と手背の感覚障害がそろっているから、それより近位の高位麻痺だとわかるわけだ。
医学生医学生
骨折に伴う橈骨神経麻痺は、すぐ手術で神経を確認するんですか。
ドクタードクター
骨折時に生じた麻痺の多くは、神経の挫傷や伸張による一過性の伝導障害(neurapraxia)で、骨折の治療とともに数か月以内に自然回復することが多い。だから初期は経過観察が基本で、Tinel徴候が遠位へ進むか、筋電図で回復所見があるかを追い、回復が見られなければ神経の展開を検討する。一方、整復や手術の後に新しく出てきた麻痺は、骨片間への挟み込みなどを疑って早めの評価が必要だ。待機中はcock-up splintで手関節を伸展位に保ち、拘縮を防ぐ。
医学生医学生
骨折を見たら、骨だけでなく神経と血管も必ずチェックする、ということですね。
ドクタードクター
その通り。急性期には神経損傷、血管損傷、コンパートメント症候群の有無を必ず確認する。治療前に神経所見を記録しておくことは、あとで麻痺が出たときの判断にも欠かせないよ。

まとめ

手関節背屈不能による下垂手と、手背(第1指間背側部)の感覚障害の組み合わせは、高位の橈骨神経麻痺を示します。橈骨神経は上腕骨骨幹部後面の橈骨神経溝を骨に密着して走るため、上腕骨骨幹部骨折に最も合併しやすい神経です。腋窩神経は外科頸骨折や肩関節脱臼、正中神経は顆上骨折、後骨間神経はMonteggia骨折と、骨折部位ごとに障害されやすい神経を対応づけて覚えておくことが重要です。後骨間神経麻痺では下垂指となり手関節背屈は保たれ感覚障害もない点で、高位麻痺と区別できます。骨折に伴う橈骨神経麻痺の多くは一過性で自然回復が期待できるため、受傷時の神経所見を確実に評価・記録し、経過を追うことが臨床判断の基本になります。

解答・解説

正解はeです

所見の整理

・12歳男児が滑り台から転落し、左上腕部痛と上腕中央部の腫脹を呈している。外傷機転と局所所見から、まず上腕骨の骨折を考える。 ・エックス線写真では上腕骨の骨幹部(中央付近〜やや遠位)に転位を伴う斜骨折を認める。上腕骨骨幹部骨折である。 ・神経学的所見として、左手関節の背屈(伸展)ができない「下垂手(drop hand)」と、手背の感覚鈍麻がみられる。

診断へのプロセス

手関節・手指の伸展筋(橈側手根伸筋、尺側手根伸筋、総指伸筋など)はすべて橈骨神経の支配である。また手背(特に母指〜示指間の背側=第1指間背側部)の皮膚感覚は橈骨神経浅枝が担う。したがって「下垂手+手背の感覚障害」は橈骨神経麻痺の典型的な組み合わせである。 橈骨神経は腋窩から上腕の後面に回り、上腕骨骨幹部の後面にある橈骨神経溝(らせん溝)を骨に密着して走行し、上腕遠位外側で外側筋間中隔を貫いて前方へ出る。この区間では神経が骨に接して固定されているため、骨幹部骨折、特に中央〜遠位1/3の骨折で骨片による圧迫・牽引・挫滅を受けやすい。 本例は骨折部位と神経症状が完全に対応しており、上腕骨骨幹部骨折に合併した橈骨神経麻痺と診断できる。手関節伸展が障害されていることから、障害部位は前腕で後骨間神経が分岐するより近位、すなわち高位の橈骨神経麻痺である(後骨間神経麻痺だけなら手関節の背屈は比較的保たれ、感覚障害も生じない)。

設問の考え方

「どの運動ができないか」「どこの感覚が落ちているか」から障害神経を同定し、さらに骨折部位と神経の解剖学的走行が一致することを確認すればよい。

選択肢考察

  1. ×a.  腋窩神経

    腋窩神経は上腕骨外科頸の後方を回って三角筋と小円筋を支配し、肩外側(三角筋部)の皮膚感覚を担う。障害されると肩の外転障害と肩外側の感覚鈍麻を生じ、肩関節前方脱臼や上腕骨外科頸骨折で合併しやすい。手関節背屈障害や手背の感覚障害は生じないため誤りである。

  2. ×b.  筋皮神経

    筋皮神経は烏口腕筋・上腕二頭筋・上腕筋を支配し、肘関節屈曲と前腕回外に関与する。感覚枝(外側前腕皮神経)は前腕橈側の皮膚を担う。障害時は肘屈曲力の低下や上腕二頭筋腱反射の低下が主体であり、下垂手や手背の感覚鈍麻とは一致しないため誤りである。

  3. ×c.  尺骨神経

    尺骨神経は骨間筋・虫様筋(尺側)・小指球筋・母指内転筋などの手内在筋を主に支配し、環指尺側半分と小指の感覚を担う。麻痺では鷲手(環指・小指のMP関節過伸展とIP関節屈曲)、Froment徴候、小指側の感覚障害がみられ、肘部管症候群や上腕骨内側上顆周囲の外傷で生じやすい。手関節背屈は障害されないため誤りである。

  4. ×d.  正中神経

    正中神経は前腕屈筋群の多くと母指球筋(短母指外転筋、母指対立筋など)を支配し、母指〜環指橈側半分の掌側の感覚を担う。麻痺では母指対立障害と母指球萎縮による猿手、高位麻痺では母指・示指の屈曲障害(祝祷肢位)がみられる。小児では上腕骨顆上骨折に合併しやすい。障害されるのは手掌側の機能であり、手関節背屈障害と手背の感覚鈍麻は説明できないため誤りである。

  5. ○e.  橈骨神経

    橈骨神経は上腕骨骨幹部後面の橈骨神経溝を骨に接して走るため、骨幹部骨折で最も損傷されやすい神経である。上腕レベルで障害されると、上腕三頭筋への枝より遠位であれば肘伸展は保たれる一方、手関節伸筋・指伸筋(MP関節伸展)・母指伸筋が麻痺して下垂手となり、橈骨神経浅枝領域である手背橈側(第1指間背側部)に感覚障害を生じる。本例の骨折部位・手関節背屈不能・手背感覚鈍麻のすべてと合致するので正しい。

上肢の主要な末梢神経麻痺の整理

・腋窩神経:肩外転障害、肩外側の感覚障害。原因は肩関節脱臼、上腕骨外科頸骨折。 ・筋皮神経:肘屈曲・回外の筋力低下、前腕橈側の感覚障害。 ・橈骨神経:高位麻痺で下垂手(drop hand)+手背橈側の感覚障害。原因は上腕骨骨幹部骨折、上腕を圧迫したままの睡眠(いわゆるSaturday night palsy)など。 ・後骨間神経(橈骨神経深枝):手指MP関節伸展・母指伸展障害による下垂指(drop finger)。橈側手根伸筋の枝はより近位で分かれるため手関節背屈は可能だが橈屈しやすく、感覚障害はない。Monteggia骨折(尺骨近位骨幹部骨折+橈骨頭脱臼)やガングリオンなどで生じる。 ・正中神経:猿手、祝祷肢位(高位麻痺)、母指〜環指橈側掌側の感覚障害。原因は上腕骨顆上骨折、手根管症候群、月状骨脱臼など。 ・尺骨神経:鷲手、Froment徴候、環指尺側・小指の感覚障害。原因は肘部管症候群、Guyon管症候群、上腕骨外側顆骨折後の外反肘による遅発性尺骨神経麻痺など。

骨折・脱臼に合併しやすい神経損傷

上腕骨骨幹部骨折→橈骨神経、上腕骨顆上骨折→正中神経(橈骨神経・尺骨神経も起こりうる)、肩関節脱臼→腋窩神経、Monteggia骨折→後骨間神経、股関節後方脱臼→坐骨神経、腓骨頸部骨折→総腓骨神経。

上腕骨骨幹部骨折に伴う橈骨神経麻痺の経過

骨折時に生じた麻痺の多くは神経の挫傷や伸張による一過性の伝導障害(neurapraxia)であり、骨折の治療とともに数か月以内に自然回復することが多い。このため初期は経過観察とし、一定期間を過ぎても回復の兆候(Tinel徴候の遠位への進行、筋電図での回復所見など)がなければ神経の展開を検討する。一方、整復操作や手術の後に新たに出現した麻痺は、骨片間への神経の挟み込みなどを疑い早期の評価が必要とされる。待機中は手関節・手指を伸展位に保つ装具(cock-up splint)で拘縮を予防する。

骨折の初期対応

骨折治療の基本は整復・固定・リハビリテーションである。急性期にはコンパートメント症候群、血管損傷、神経損傷の有無を必ず確認する。

POINT

・下垂手+手背(第1指間背側)の感覚障害=橈骨神経麻痺(高位)。 ・橈骨神経は上腕骨骨幹部後面の橈骨神経溝を走るため、骨幹部骨折で損傷されやすい。 ・後骨間神経麻痺は下垂指で、手関節背屈は可能、感覚障害はない点で高位麻痺と区別する。 ・骨折と合併しやすい神経:外科頸・肩脱臼→腋窩、骨幹部→橈骨、顆上→正中、Monteggia→後骨間。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。