「甘い飲み物で水分補給」は落とし穴―高齢者の熱中症、予防指導の正解と誤解
第109回医師国家試験 D問題 第16問
国試問題にチャレンジ
高齢者の熱中症について誤っているのはどれか。
- a.水分補給には糖質の多いものを勧める。
- b.気温が急激に高くなると発症しやすい。
- c.口渇感がなくとも水分摂取を勧める。
- d.腎機能障害をきたすことが多い。
- e.室内温度の調節に注意を促す。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者は体水分量の減少、口渇感の低下、腎の尿濃縮能低下、体温調節能の低下などから熱中症の最大のハイリスク群であり、屋内で数日かけて進行する非労作性熱中症が多いのが特徴です。予防の基本は、口渇がなくても時間を決めて水分と塩分(電解質)を補給すること、エアコンなどで室温を適切に管理することであり、糖分の多い清涼飲料水は吸収を遅らせ、糖尿病合併例では高血糖や浸透圧利尿による脱水悪化を招くため勧めません。暑熱順化が不十分な急な気温上昇時に多発し、脱水による腎前性急性腎障害をきたしやすく、肝・腎・凝固・中枢神経の障害を伴えば重症(III度)と判断します。発症時は首・腋窩・鼠径部の冷却などで体温を下げ、解熱薬は無効です。病態の理解を具体的な生活指導に結びつけることが、高齢者の熱中症を防ぐ臨床力の基盤となります。
解答・解説
正解はaです
熱中症は、暑い環境で体内の熱産生と熱放散のバランスが崩れ、体温調節機構が破綻して起こる障害の総称である。人は主に皮膚血流の増加と発汗(汗の蒸発による気化熱)で熱を逃がしているため、脱水があると汗をかけず、また循環血液量も保てなくなり、熱中症が進行する。 高齢者は熱中症の最大のハイリスク群であり、その理由は次のように整理できる。 ・体内水分量が少ない: 体水分の多くを蓄える筋肉量が減り、もともと脱水に傾きやすい。 ・口渇を感じにくい: 口渇中枢の感受性が低下し、脱水があっても自発的に水を飲まない。頻尿や夜間のトイレを気にして飲水を控えることもある。 ・腎臓の尿濃縮能が低下している: 水分を保持する力が弱く、薄い尿として水分を失いやすい。 ・暑さの感じ方と体温調節能の低下: 暑さを自覚しにくく、発汗や皮膚血管の拡張も起こりにくい。 ・生活環境・併存疾患: 独居、エアコンの不使用や誤操作、利尿薬などの常用薬、心疾患・糖尿病・認知症などの併存。 このため高齢者の熱中症は、屋外での労作中よりも、屋内で日常生活を送る中で数日かけて徐々に進行する例(非労作性熱中症)が多い。 本問は「誤っているもの」を選ぶ設問である。予防・対応の基本は、口渇がなくても定期的に水分と塩分(電解質)を補給すること、室温を適切に管理することであり、糖質を多く含む飲料を勧めるのは適切ではない。
選択肢考察
- ○a. 水分補給には糖質の多いものを勧める。
誤りであり、本問の正解である。熱中症では汗とともに水分だけでなくナトリウムなどの電解質も失われているため、補給すべきは水分と塩分(電解質)である。水だけを大量に飲むと低ナトリウム血症を招くおそれがある。少量の糖(ブドウ糖)は腸管でナトリウムと一緒に吸収される仕組み(ナトリウム・ブドウ糖共輸送体)を利用して水・電解質の吸収を助けるため、経口補水液には適量の糖が含まれている。しかし、糖分の多い清涼飲料水やジュースは浸透圧が高く、水分の吸収をかえって遅らせるうえ電解質も不足している。高齢者では糖尿病を合併していることが多く、高血糖による浸透圧利尿で脱水がさらに悪化したり、清涼飲料水の多飲による高血糖状態(いわゆるペットボトル症候群)を招いたりする危険もある。したがって勧めるべきは「糖質の多いもの」ではなく、経口補水液など電解質を適切に含む飲料である。
- ×b. 気温が急激に高くなると発症しやすい。
正しい記述である。人は暑さに数日〜2週間ほどさらされると、発汗の開始が早まり、汗の塩分濃度が下がり、循環血漿量が増えるなど、暑さに適応した状態(暑熱順化)になる。梅雨明けや初夏、急に気温が上がった日には体がまだ順化しておらず、効率よく熱を逃がせないため熱中症が多発する。高齢者はもともと体温調節能が低下しており、順化も起こりにくいため、急な気温上昇の影響を受けやすい。
- ×c. 口渇感がなくとも水分摂取を勧める。
正しい記述である。高齢者は口渇中枢の感受性が低下しており、脱水が進んでいても喉の渇きを自覚しにくい。「喉が渇いたら飲む」では補給が間に合わないため、時間を決めてこまめに少量ずつ水分をとるよう指導する。起床時、入浴の前後、就寝前など、飲むタイミングを生活の中に組み込むと実践しやすい。ただし、心不全や腎不全で水分制限のある患者では主治医の指示に従う必要がある。
- ×d. 腎機能障害をきたすことが多い。
正しい記述である。熱中症では脱水により循環血液量が減少し、腎血流量が落ちて腎前性の急性腎障害(血清クレアチニン・尿素窒素の上昇、乏尿)が起こる。脱水時には尿素窒素の再吸収が増えるため、BUN/クレアチニン比が上昇するのが特徴である。さらに重症例では、高体温による横紋筋融解症(ミオグロビン尿による尿細管障害)や、腎臓への直接的な熱障害、播種性血管内凝固(DIC)も腎障害に加わる。もともと腎予備能が低い高齢者では腎機能障害をきたしやすく、重症度分類でも腎機能障害は重症(III度)を示す臓器障害の一つとされている。
- ×e. 室内温度の調節に注意を促す。
正しい記述である。高齢者の熱中症は住居内での発症が多く、暑さを自覚しにくいことや、電気代への配慮・冷房が苦手といった理由でエアコンを使わない、あるいは操作を誤ることが原因となる。温度計を見える場所に置いて室温を客観的に確認し、エアコンや扇風機を適切に使うこと、特に夜間も室温管理を続けることを本人や家族に指導する。独居高齢者では周囲の見守り・声かけも重要である。
熱中症の重症度分類(日本救急医学会)
・I度(軽症): めまい、立ちくらみ、生あくび、大量の発汗、筋肉痛、筋肉のこむら返り。意識障害はない。現場での冷却と経口での水分・塩分補給で対応する。 ・II度(中等症): 頭痛、嘔吐、倦怠感、虚脱感、集中力や判断力の低下など。医療機関での診察が必要で、経口摂取が困難なら点滴を行う。 ・III度(重症): 中枢神経症状(意識障害、けいれん、小脳失調など)、肝・腎機能障害、血液凝固異常(DIC)のいずれかを伴う。入院のうえ集中治療を要する。 ・なお2024年の診療ガイドラインでは、III度の中でも深部体温が高く重い意識障害を伴う最重症の病態をIV度として区別し、積極的な冷却を求めている。 従来の熱けいれん・熱失神・熱疲労・熱射病という分類も知っておくとよい(熱射病がIII度にほぼ相当する)。
労作性と非労作性(古典的)熱中症
・労作性: 若年者のスポーツ・肉体労働中に起こる。短時間で急速に発症し、横紋筋融解症を伴いやすい。 ・非労作性: 高齢者、乳幼児、慢性疾患患者が日常生活中(特に屋内)に発症する。数日かけて脱水が進み、発見が遅れやすく、死亡例も多い。
熱中症を起こしやすくする薬剤
利尿薬(脱水)、抗コリン薬(発汗抑制)、抗精神病薬(体温調節中枢への影響)、β遮断薬(心拍出量増加の抑制)など。高齢者はこれらを内服していることが多い。
予防と初期対応
・暑さ指数(WBGT: 湿球黒球温度)を目安に活動を調整する。WBGTは気温だけでなく湿度・輻射熱を加味した指標である。 ・水分と塩分を補給する。大量に汗をかいたときは経口補水液やスポーツドリンクなど電解質を含む飲料が適する。 ・発症時は涼しい場所へ移し、衣服をゆるめ、首・腋窩・鼠径部など太い血管が体表近くを通る部位を冷やす。重症例では冷水浸漬や蒸散冷却などで速やかに深部体温を下げる。解熱薬(アセトアミノフェンなど)は体温の設定値が上がっているわけではないため無効である。
POINT
・高齢者は熱中症のハイリスク群: 体水分量の減少、口渇感の低下、腎の尿濃縮能低下、体温調節能の低下、屋内での発症が多い。 ・水分補給は水だけでなく塩分(電解質)も補う。糖分の多い飲料は勧めない(吸収が遅れる、高血糖・浸透圧利尿の危険)。 ・口渇がなくても時間を決めてこまめに飲水する。 ・暑熱順化ができていない時期(急な気温上昇)に多発する。 ・脱水による腎前性急性腎障害をきたしやすく、臓器障害(肝・腎・凝固・中枢神経)があれば重症(III度)。 ・室温管理(エアコンの適切な使用)の指導が予防の要である。
