待合室の冷汗と動悸―「今朝どうでしたか」の一言が低血糖を見抜く
第109回医師国家試験 C問題 第26問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,26と27の問いに答えよ。 65歳の女性。動悸を訴え,外来の処置室で臥床している。 現病歴:本日,眼底検査のため来院し眼科外来の待合室の長椅子に座って待っていた。看護師が声かけしたところ,応答が鈍く,冷汗がみられた。体調について尋ねたところ,患者は動悸を訴えた。処置室へ移動するために,立ち上がろうとしたときにふらつきがみられた。処置室で臥床後も動悸は続いている。 既往歴:5年前から高血圧症と糖尿病とで内科で治療中である。カルシウム拮抗薬,利尿薬,スルホニル尿素薬およびビグアナイド薬を内服し血圧は150/92 mmHg程度,この1年間のHbA1cは8.5%程度。 生活歴:喫煙は10本/日を40年間。 家族歴:姉が脳梗塞で右片麻痺。弟が急性心筋梗塞のため60歳で死亡。
現時点でのこの患者への質問として最も適切なのはどれか。
- a.「最近,食欲や体重に変わりはありませんか」
- b.「最近,排尿や排便の調子はどうでしょうか」
- c.「昨日の夕食の内容で心当たりはありますか」
- d.「昨夜の睡眠時間は何時間だったでしょうか」
- e.「今朝の食事とお薬は,いつも通りでしたか」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
SU薬を内服中の糖尿病患者に冷汗・動悸などの交感神経症状と反応の鈍さが急に現れたら、まず薬剤性の低血糖を疑います。そのとき最初に確認すべきは、今朝の食事と服薬の状況であり、食事を抜いた・遅れた・少なかったのに薬はいつも通り飲んだ、といった薬と食事の不均衡が典型的な誘因です。HbA1cは過去1〜2か月の平均血糖を示す指標なので、高値でも目の前の低血糖は否定できません。SU薬による低血糖は遷延・再発しやすく、高齢者では無自覚性低血糖にも注意が必要で、シックデイの指導を含めた予防が重要です。慢性的な変化ではなく「直前に何があったか」を聞く問診の組み立ては、急性症状に向き合うあらゆる場面で役立ちます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・65歳女性。眼底検査の受診日に、眼科外来の待合室で座って待つうちに、反応が鈍くなり冷や汗をかいている。 ・自覚症状は動悸で、立ち上がるとふらつき、横になっても動悸がおさまらない。 ・糖尿病と高血圧症で5年前から治療中。内服薬はカルシウム拮抗薬、利尿薬、スルホニル尿素薬(SU薬)、ビグアナイド薬。 ・HbA1cは1年間おおむね8.5%で、血糖コントロールは不良である。 ・喫煙歴(10本/日×40年、ブリンクマン指数400)があり、家族歴に脳梗塞・若年の心筋梗塞がみられ、動脈硬化性疾患のリスクも高い。
診断へのプロセス
冷汗と動悸は交感神経が興奮したときに出る症状(自律神経症状)であり、反応の鈍さは中枢神経系へのブドウ糖供給が不足したときに出る症状(中枢神経症状)と考えられる。SU薬は膵β細胞に作用して、血糖値にかかわらずインスリン分泌を促す。このため、食事量が少ない・食事を抜いたといった状況では、糖尿病治療薬のなかでも特に低血糖を起こしやすい。高齢であることもリスク因子になる。眼底検査の日は散瞳薬の点眼などで待ち時間が長くなりやすく、受診のために朝食を抜いたり時間をずらしたりしている可能性もある。 HbA1cは過去1〜2か月の平均血糖値を反映する指標であり、そのときどきの血糖値を示すものではない。HbA1cが8.5%と高くても、目の前の低血糖は否定できない点に注意する。 一方、動脈硬化リスクが高いため急性冠症候群や脳血管障害も鑑別に挙がる。しかし、胸痛や麻痺などの局所神経症状は記載されていない。頻度と緊急性、そして容易に確認・治療できる点から、まず考えるべきはSU薬による低血糖である。
設問の考え方
「現時点で」尋ねる質問として最も適切なのは、いま起きている症状の原因(低血糖)に直接結びつき、直後の対応を決めるのに役立つ質問である。具体的には、今朝の食事の量・時刻と、SU薬をいつも通り服用したかを確認する。これにより、薬と食事の釣り合いが崩れて低血糖に至ったのかを判断できる。慢性的な変化を尋ねる質問や、前日の出来事を尋ねる質問は、この場面での優先度が低い。
選択肢考察
- ×a. 「最近,食欲や体重に変わりはありませんか」
食欲や体重の変化は、悪性腫瘍、甲状腺機能異常、糖尿病の悪化などを数週〜数か月の単位で評価するための質問である。インスリノーマ(インスリン産生腫瘍)では、低血糖を避けようと食べる量が増え、体重が増加することがある。しかしこの患者には、SU薬内服という低血糖の明らかな原因がある。いま進行している急性症状の原因を突き止める質問としては適切でない。
- ×b. 「最近,排尿や排便の調子はどうでしょうか」
排尿・排便の状況は、糖尿病性自律神経障害(神経因性膀胱や便通異常)、脱水、肝硬変での便秘による肝性脳症の誘発などを考えるときには意味がある。しかし、冷汗・動悸・反応の鈍さが急に出た今回の病態とは結びつきが弱く、この場面で優先して尋ねる内容ではない。
- ×c. 「昨日の夕食の内容で心当たりはありますか」
前日の夕食について尋ねるのは、食中毒などの消化器症状を想定する場合である。今回は嘔吐・下痢・腹痛がなく、症状は交感神経症状と軽い意識障害であり、食中毒には合わない。前夜の大量飲酒は肝臓での糖新生を抑えて翌朝の低血糖を助長しうる。ただし、この質問は飲酒ではなく食事内容を尋ねるものであり、症状の直前の状況(今朝の食事と服薬)を確認するほうが優先される。
- ×d. 「昨夜の睡眠時間は何時間だったでしょうか」
睡眠不足や睡眠時無呼吸症候群では日中の眠気や集中力低下が起こる。しかし、冷汗・動悸・頻脈を伴って急に反応が鈍くなる病像は説明できない。低血糖の原因を探る質問としても的外れである。
- ○e. 「今朝の食事とお薬は,いつも通りでしたか」
SU薬を服用している糖尿病患者の急な冷汗・動悸・反応低下では、まず低血糖を疑う。薬剤性低血糖は、服薬量に対して食事量が少ないときに起こりやすい。典型例は、いつも通り薬を飲んだのに朝食を抜いた・少なかった場合や、食事の時刻が大きく遅れた場合である。受診日に朝食をとらずに来院することは実臨床でもよくある。さらに、誤って薬を重ねて飲んでいないかも確認する必要がある。この質問への答えは低血糖の診断を裏づけるだけでなく、ブドウ糖補充後の再発リスク(SU薬による低血糖は遷延しやすい)の評価にも直結する。現時点で最も適切な質問である。
低血糖の症状
・自律神経症状(血糖値がおおむね70 mg/dL未満で出現しやすい): 発汗(冷汗)、動悸、頻脈、手指の振戦、不安感、顔面蒼白、空腹感など。交感神経系の反応による。 ・中枢神経症状(おおむね50 mg/dL未満): 集中力低下、反応の鈍さ、異常行動、ふらつき、けいれん、意識障害、昏睡。脳へのブドウ糖供給不足による。 ・高齢者、低血糖を繰り返している患者、糖尿病性自律神経障害のある患者、β遮断薬を使っている患者では、自律神経症状が出にくい。この状態を無自覚性低血糖といい、いきなり意識障害で見つかることがある。
低血糖を起こしやすい糖尿病治療薬
・インスリン、SU薬(グリベンクラミド、グリメピリドなど)、速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬)は、単独でも低血糖を起こしうる。 ・ビグアナイド薬、DPP-4阻害薬、SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬、α-グルコシダーゼ阻害薬は、単独では低血糖を起こしにくい。ただしSU薬やインスリンと併用すると低血糖のリスクが高まる。 ・SU薬による低血糖は作用時間が長く、いったん回復しても再び低下する(遷延・再発する)ことがある。高齢者や腎機能低下者では特に注意が必要である。
低血糖の誘因
食事を抜く・食事が遅れる・食事量が少ない、いつもより多い運動、飲酒、薬の過量服用、腎機能低下(薬の排泄遅延)、シックデイ(感染症などで食事がとれない日)など。
シックデイ
糖尿病患者が発熱・下痢・嘔吐などで食事が十分にとれない状態をいう。SU薬は減量または休薬を検討するよう、あらかじめ指導しておくことが重要である。
POINT
・SU薬内服中の糖尿病患者に冷汗・動悸・意識の変容がみられたら、まず低血糖を疑う。 ・薬剤性低血糖の誘因として、直前の食事と服薬の状況を最初に確認する。 ・HbA1cは過去1〜2か月の平均血糖の指標であり、HbA1cが高くても今の低血糖は否定できない。 ・SU薬による低血糖は遷延・再発しやすく、高齢者では特に注意する。
