頭痛と吐き気の裏に潜む「片眼の緊急事態」―急性緑内障発作の根本治療
第109回医師国家試験 C問題 第19問
国試問題にチャレンジ
75歳の女性。左眼の霧視を主訴に来院した。昨日から左眼のかすみを自覚し,次第に見えにくくなってきた。今朝からは左眼の痛み,頭痛および悪心も生じたため受診した。矯正視力は右1.5,左0.4。左眼の前眼部写真を別に示す。 治療として適切なのはどれか。

- a.アトロピンの点眼
- b.副腎皮質ステロイドの点滴
- c.レーザー虹彩切開術
- d.汎網膜光凝固
- e.硝子体手術
対話形式の解説
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ドクターまとめ
高齢女性の片眼に急な霧視、眼痛、頭痛、悪心が生じ、毛様充血、角膜浮腫、浅前房、中等度散瞳を認めれば、原発閉塞隅角緑内障の急性発作を考えます。機序は相対的瞳孔ブロックで、後房圧の上昇により周辺部虹彩が前方へ押し出されて隅角が閉塞し、眼圧が急上昇します。治療はまず高浸透圧薬、炭酸脱水酵素阻害薬、ピロカルピン点眼で眼圧を下げ、その後レーザー虹彩切開術で房水の通り道をつくって瞳孔ブロックを根本的に解除し、反対眼にも予防的処置を行います。アトロピンなどの散瞳薬は禁忌であり、汎網膜光凝固は増殖糖尿病網膜症や血管新生緑内障の治療である点も区別しておきましょう。頭痛や嘔吐が前面に出て他疾患と誤認されやすく、放置すれば失明に至りうるため、房水動態から病態と治療を理解しておくことが救急の現場でも役立ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・75歳の女性(高齢女性は閉塞隅角緑内障の好発層) ・左眼のみの症状:前日からのかすみ(霧視)が徐々に悪化し、翌朝には眼痛・頭痛・悪心が加わった ・矯正視力は右1.5、左0.4と左眼だけが低下している ・前眼部写真:左眼に結膜・毛様充血、角膜のくもり(浮腫)、中等度に散大した瞳孔、周辺部の前房が浅い所見がみられる
診断へのプロセス
片眼の急な視力低下に強い眼痛を伴う場合、角膜疾患(角膜潰瘍など)、急性の眼内炎症(前部ぶどう膜炎、強膜炎)、急激な眼圧上昇の3つをまず考える。写真では角膜に潰瘍を示す所見はなく、前房が浅いことと瞳孔が散大していることが決め手となる。前部ぶどう膜炎では虹彩後癒着などにより瞳孔はむしろ小さく不整になりやすく、前房が浅くなることは通常ない。 霧視は、眼圧が急上昇して角膜内皮のポンプ機能が追いつかなくなり、角膜上皮に浮腫が生じるために起こる(患者は「電灯の周りに虹が見える」虹視症を訴えることもある)。眼圧が非常に高くなると虹彩括約筋が虚血に陥り、瞳孔は中等度に散大して対光反射が鈍くなる。頭痛や悪心・嘔吐は三叉神経・迷走神経を介した反射とされ、内科・脳神経疾患と誤認されやすい。 以上より、原発閉塞隅角緑内障の急性発作(急性緑内障発作)と診断する。
発症機序と治療の考え方
房水は毛様体で産生されて後房に出て、瞳孔を通って前房へ流れ、隅角の線維柱帯から排出される。浅前房・短眼軸(遠視眼)・加齢による水晶体の厚み増加などがある眼では、虹彩と水晶体前面が密着して房水が瞳孔を通りにくくなる(相対的瞳孔ブロック)。すると後房圧が上がって周辺部虹彩が前方へ押し出され(膨隆虹彩)、隅角をふさいで眼圧が急上昇する。薄暗い環境で瞳孔が中等度に開くと起こりやすく、夕方〜夜間の発症が多い。 眼圧が高い状態が続くと数日以内でも視神経が障害され、失明に至りうるため緊急の対応が必要である。まず薬物で眼圧を下げ、角膜の透明性が回復したら、瞳孔ブロックを根本的に解除する処置を行う。その根本治療がレーザー虹彩切開術である。
選択肢考察
- ×a. アトロピンの点眼
アトロピンは抗コリン薬(副交感神経遮断薬)であり、瞳孔括約筋を弛緩させて散瞳を起こす。散瞳すると周辺部の虹彩が厚く寄り集まって隅角をさらに狭くし、閉塞を悪化させる。閉塞隅角緑内障の発作眼や、隅角が狭い眼では禁忌である。なお、アトロピン点眼は虹彩後癒着の予防などの目的で前部ぶどう膜炎に用いられることがあるが、本症例には該当しない。
- ×b. 副腎皮質ステロイドの点滴
副腎皮質ステロイドの全身投与は、重症のぶどう膜炎や視神経炎などの炎症性疾患に用いる治療である。緑内障発作後には前房内に炎症が生じるためステロイド点眼を補助的に使うことはあるが、ステロイドには眼圧を速やかに下げる作用はなく、瞳孔ブロックも解除できない。むしろステロイドには眼圧を上昇させる副作用(ステロイド緑内障)がある。発作の治療の中心とはならない。
- ○c. レーザー虹彩切開術
レーザー虹彩切開術(laser iridotomy:LI)は、周辺部虹彩にレーザーで小さな孔を開け、後房から前房へ房水が瞳孔を経由せずに流れる通り道をつくる治療である。これにより後房と前房の圧差がなくなり、前方へ押し出されていた周辺部虹彩が平坦に戻って隅角が再び開き、瞳孔ブロックという発作の原因そのものが解除される。発作時は、まず高浸透圧薬の点滴、炭酸脱水酵素阻害薬、縮瞳薬点眼などで眼圧を下げて角膜浮腫を軽減させてから施行するのが一般的である。発作を起こした眼だけでなく、同じ解剖学的素因をもつ反対眼にも予防的に行うことが勧められる。
- ×d. 汎網膜光凝固
汎網膜光凝固(panretinal photocoagulation:PRP)は、網膜の無灌流域(血流の途絶えた領域)を広くレーザーで凝固し、虚血網膜から出る血管内皮増殖因子(VEGF)の産生を抑える治療である。増殖糖尿病網膜症や網膜中心静脈閉塞症、それらに続発する血管新生緑内障(新生血管が隅角をふさいで眼圧が上がる病態)が適応である。本症例は瞳孔ブロックによる原発閉塞隅角緑内障であり、網膜虚血は関係しない。
- ×e. 硝子体手術
硝子体手術は、裂孔原性網膜剝離、増殖糖尿病網膜症、吸収されない硝子体出血、黄斑円孔、黄斑前膜などに対して行う手術である。瞳孔ブロックの解除には寄与せず、急性緑内障発作に対して眼圧を下げる第一選択の治療ではない。
急性緑内障発作の臨床像
・好発:中高年以降、特に女性、遠視眼(眼軸が短い)、浅前房の眼 ・誘因:暗所、うつむき姿勢、抗コリン作用のある薬(抗コリン薬、三環系抗うつ薬、一部の感冒薬など)、散瞳検査、精神的ストレス ・自覚症状:急な霧視、虹視症、激しい眼痛、同側の頭痛、悪心・嘔吐 ・他覚所見:眼圧の著明な上昇(40〜80mmHg程度に達することが多い。正常はおおむね10〜21mmHg)、毛様充血、角膜浮腫、浅前房、中等度散瞳・対光反射の減弱、指で触れても眼球が硬い ・注意点:頭痛・嘔吐が前面に出るため、くも膜下出血や片頭痛、消化器疾患と誤認されることがある。頭痛患者で片眼の充血・視力低下をみたら本症を疑う。
急性発作時の治療の流れ
1.薬物で眼圧を下げる ・高浸透圧薬(D-マンニトール、グリセリンの点滴):硝子体の容積を減らし、水晶体・虹彩を後方へ移動させる ・炭酸脱水酵素阻害薬(アセタゾラミドの静注・内服):房水産生を抑える ・縮瞳薬(ピロカルピン点眼):虹彩を引き伸ばして隅角から離す。ただし眼圧が非常に高いと虹彩括約筋が虚血で反応しにくく、頻回すぎる点眼は毛様体を前方へ移動させて逆効果になることもある ・β遮断薬、α2刺激薬などの点眼も併用される 2.根本治療(瞳孔ブロックの解除) ・レーザー虹彩切開術:第一選択の一つ ・周辺虹彩切除術:角膜混濁が強くレーザーが困難な場合などに手術室で観血的に行う ・水晶体再建術(白内障手術):厚くなった水晶体を薄い眼内レンズに置き換えることで前房が深くなり、隅角が開く。近年は根本治療として行われる機会が増えている 3.僚眼(反対側の眼)への予防処置 ・同じ素因をもつため、予防的にレーザー虹彩切開術や水晶体再建術を行う
散瞳と縮瞳の薬理の整理
・散瞳:抗コリン薬(アトロピン、トロピカミド)、交感神経刺激薬(フェニレフリン)→ 閉塞隅角眼では発作を誘発しうる ・縮瞳:副交感神経刺激薬(ピロカルピン)→ 閉塞隅角緑内障の発作時に用いる
POINT
・高齢女性、片眼の急な霧視・眼痛・頭痛・悪心、浅前房、中等度散瞳、角膜浮腫 → 急性閉塞隅角緑内障発作 ・機序は相対的瞳孔ブロックによる隅角閉塞 ・まず高浸透圧薬点滴、炭酸脱水酵素阻害薬、ピロカルピン点眼で眼圧を下げ、その後レーザー虹彩切開術(または周辺虹彩切除術、水晶体再建術)で根本治療 ・反対眼にも予防的処置を行う ・アトロピンなどの散瞳薬は禁忌 ・汎網膜光凝固は血管新生緑内障・増殖糖尿病網膜症の治療
