血圧が下がっても脈が速くならない―頸髄損傷が起こす「徐脈のショック」
第109回医師国家試験 C問題 第10問
国試問題にチャレンジ
ショックを呈した際に初期から徐脈となるのはどれか。
- a.熱傷
- b.敗血症
- c.頸髄損傷
- d.消化管出血
- e.緊張性気胸
対話形式の解説
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ドクターまとめ
ショックでは通常、圧受容器反射を介した交感神経の代償により頻脈と末梢血管収縮が起こります。頸髄損傷では脊髄を下行する交感神経路が遮断されて血管が拡張し、心臓への交感神経刺激も失われる一方、脳幹から出る迷走神経は保たれるため、神経原性ショックとして初期から徐脈を呈します。熱傷・消化管出血(循環血液量減少性)、敗血症(血液分布異常性)、緊張性気胸(閉塞性)はいずれも交感神経の代償が働くため頻脈となります。神経原性ショックは低血圧・徐脈・温かく乾いた皮膚が特徴で、輸液と昇圧薬、徐脈にはアトロピンで対応しますが、外傷では出血性ショックの合併を必ず除外する必要があります。ショックの分類ごとに代償機構が働くかを考える習慣は、救急外来での迅速な病態判断に直結します。
解答・解説
正解はcです
ショックとは、組織への酸素供給が需要に見合わなくなった急性循環不全の状態である。多くのショックでは、血圧低下を感知した圧受容器(頸動脈洞・大動脈弓)からの信号により交感神経が強く働き、心拍数増加(頻脈)と末梢血管収縮で血圧を保とうとする。したがって「ショック=頻脈」が原則である。 この原則が当てはまらないのが、交感神経そのものが機能しなくなる神経原性ショックである。心臓を促進する交感神経(心臓促進線維)は上位胸髄(おおむねT1〜T4)から、血管を収縮させる交感神経は胸腰髄(T1〜L2)から出るため、それより上位の脊髄、特に頸髄が損傷されると交感神経の出力が途絶える。一方、心臓を抑制する迷走神経(副交感神経)は脳幹から出て脊髄を通らないため保たれ、相対的に副交感神経優位となる。その結果、血管拡張による血圧低下と同時に、代償性の頻脈が起こらず、発症初期から徐脈を呈する。 設問は「初期から徐脈」となるショックを問うており、ショックの分類(循環血液量減少性・血液分布異常性・心原性・閉塞性)と、それぞれで交感神経による代償が働くかどうかを考えれば、交感神経が障害される頸髄損傷が選べる。
選択肢考察
- ×a. 熱傷
広範囲熱傷では、損傷部位の毛細血管透過性が亢進し、血漿成分が血管外(組織間質)や創面から大量に失われる。これにより循環血液量減少性ショック(熱傷ショック)となる。交感神経は正常に働くため、循環血液量の減少を補おうとして頻脈となる。初期から徐脈となることはない。
- ×b. 敗血症
敗血症性ショックは血液分布異常性ショックに分類される。炎症性メディエーターや一酸化窒素(NO)により末梢血管が拡張して体血管抵抗が低下し、心拍出量を増やして血圧を保とうと頻脈になる。初期は四肢が温かく心拍出量が増加した状態(hyperdynamic state、いわゆるウォームショック)を示すのが典型である。同じ血管拡張性のショックでも、交感神経が保たれている点で神経原性ショックとは異なり、徐脈にはならない。
- ○c. 頸髄損傷
頸髄損傷では、脊髄を下行して胸腰髄から出る交感神経の経路が遮断される。血管の交感神経緊張が失われて末梢血管が拡張し、血液が末梢に貯留して血圧が下がる(神経原性ショック)。同時に心臓への交感神経刺激も失われる一方、迷走神経は脳幹から直接出るため障害されず、相対的に副交感神経優位となる。このため血圧が低下しても代償性の頻脈が起こらず、発症初期から徐脈を呈する。低血圧と徐脈の組み合わせ、四肢が温かく乾いていることが特徴である。
- ×d. 消化管出血
消化管出血による大量失血は、循環血液量減少性(出血性)ショックの代表である。循環血液量の減少を圧受容器が感知し、交感神経の働きで頻脈と末梢血管収縮が起こる。頻脈は血圧低下より先に現れることが多く、出血の早期徴候として重要である。徐脈となるのは、心停止が迫った極めて末期の段階に限られる。
- ×e. 緊張性気胸
緊張性気胸では胸腔内圧が著しく上昇し、縦隔が健側へ偏位して大静脈が圧迫され、心臓への静脈還流が妨げられる。これにより心拍出量が低下する閉塞性ショックとなる。交感神経による代償は保たれているため頻脈を呈し、初期から徐脈となる機序はない。頸静脈怒張、患側の呼吸音減弱、気管の健側偏位などが手がかりとなり、直ちに胸腔穿刺による脱気が必要である。
ショックの分類と心拍数
1. 循環血液量減少性ショック(出血、熱傷、脱水など):頻脈、四肢冷感 2. 血液分布異常性ショック ・敗血症性ショック:頻脈、初期は四肢が温かい ・アナフィラキシーショック:頻脈、皮膚紅潮・蕁麻疹など ・神経原性ショック(頸髄・上位胸髄損傷など):徐脈、四肢が温かく乾いている 3. 心原性ショック(急性心筋梗塞、重症不整脈など):多くは頻脈(ただし房室ブロックや右室梗塞などでは徐脈もありうる) 4. 閉塞性ショック(緊張性気胸、心タンポナーデ、肺塞栓症):頻脈、頸静脈怒張
神経原性ショックの特徴
・おおむねT6より上位の脊髄損傷で起こりやすい。 ・交感神経による血管緊張の消失 → 末梢血管拡張・静脈への血液貯留 → 血圧低下。 ・心臓への交感神経刺激の消失と迷走神経の相対的優位 → 徐脈。気管吸引などの迷走神経刺激で高度徐脈や心停止をきたすことがあり注意を要する。 ・皮膚血管が拡張し、発汗も障害されるため、皮膚は温かく乾燥している。体温調節が障害され、環境温に体温が左右されやすい(変温性)。 ・治療は輸液に加え、昇圧薬(血管収縮薬)、徐脈にはアトロピンを用いる。ただし外傷患者では出血性ショックの合併を必ず除外する。
脊髄ショックとの区別
脊髄ショックは、脊髄損傷直後に損傷部位以下の反射がすべて消失し、弛緩性麻痺となる状態をいう。循環動態の異常である神経原性ショックとは別の概念である。
POINT
・ショックは原則として頻脈を伴う(交感神経による代償)。 ・例外は神経原性ショック(頸髄・上位胸髄損傷)で、低血圧+徐脈+温かく乾いた皮膚が特徴。 ・機序は交感神経の遮断と、脳幹から出る迷走神経の温存による副交感神経の相対的優位。 ・外傷患者で頻脈がないことだけを理由に出血性ショックを否定してはならない。
