叱るより、区切る―ADHDの子どもへの「最初の一手」は環境調整から
第109回医師国家試験 A問題 第54問
国試問題にチャレンジ
8歳の男児。落ち着きのなさを主訴に母親に連れられて来院した。幼児期から落ち着きのなさが認められ,遊びでも順番やルールを守ることができなかった。授業中に席を離れることがあり,家では宿題を嫌がってなかなかやらない。成績は中程度であり,身体所見に異常を認めない。 まず行うべき対応として適切なのはどれか。
- a.薬物療法を導入する。
- b.問題行動には厳しく叱責する。
- c.教室全体が見えるように一番後ろに座らせる。
- d.集中可能な持続時間を考慮して課題に取り組ませる。
- e.母親に対して大人になれば改善することを説明する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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医学生
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ドクターまとめ
不注意・多動性・衝動性が幼少期から家庭と学校など複数の場面でみられる場合は、注意欠如・多動症(ADHD)を考えます。治療は心理教育と環境調整、ペアレント・トレーニングなどの心理社会的支援から始め、それでも支障が大きい場合に薬物療法を検討するのが基本です。具体的には、集中できる時間に合わせて課題を区切る、教師の近くで刺激の少ない前方の席にする、望ましい行動をほめて強化するといった工夫が有効で、厳しい叱責は自尊感情の低下や二次障害を招きます。不注意は成人期まで残ることも多く、早期から本人・家族・学校が特性を共有して支えることが、子どもの長期的な発達を守るうえで重要です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
8歳の男児で、主訴は「落ち着きのなさ」である。症状を中核症状ごとに分けると次のようになる。 ・多動性: 幼児期から落ち着きがない、授業中に離席する ・衝動性: 遊びで順番やルールを守れない(待つことができない) ・不注意: 宿題を嫌がって取りかからない(持続的な精神的努力を要する課題を避ける) さらに、症状は幼児期から続いており、家庭と学校という複数の場面でみられる。成績は中程度で知的な遅れを示唆する所見はなく、身体所見にも異常はない。
診断
不注意・多動性・衝動性の3つがそろい、幼少期から複数の場面で持続していることから、注意欠如・多動症〈ADHD: attention-deficit/hyperactivity disorder〉(旧称: 注意欠陥多動性障害)が最も考えられる。知的能力障害や身体疾患(甲状腺機能亢進症、難聴、てんかん欠神発作など)でも落ち着きのなさや不注意は生じうるが、成績が保たれ身体所見に異常がないことから、これらは積極的には疑われない。
設問の考え方
ADHDの治療は、環境調整・心理社会的支援を先に行い、それでも生活上の支障が大きい場合に薬物療法を加えるという段階的な進め方が基本である。本児は成績が中程度に保たれており、学業や生活への支障が著しいとはいえない。したがって「まず」行うべきは、本人の特性(集中が続く時間が短い、刺激に気が散りやすい)に合わせて課題や環境を工夫することである。叱責のように自己評価を下げる対応や、根拠のない楽観的説明は避ける。
選択肢考察
- ×a. 薬物療法を導入する。
ADHDにはメチルフェニデート徐放剤、アトモキセチン、グアンファシン徐放剤、リスデキサンフェタミンなどの治療薬があり、有効な例は多い。しかし、ガイドライン上も薬物療法は環境調整や心理社会的治療を行ったうえで、なお症状による支障が大きい場合に検討するものである。本児は成績が中程度で学業上の重大な障害はなく、初回対応として薬物療法を始めるのは適切でない。
- ×b. 問題行動には厳しく叱責する。
ADHDの行動は本人の努力不足やしつけの問題ではなく、脳機能の特性によるものである。厳しい叱責を繰り返しても行動は改善しにくく、かえって自己評価(自尊感情)の低下、反抗挑発症や抑うつなどの二次障害を招きやすい。望ましい行動を具体的にほめて強化するペアレント・トレーニングの考え方が推奨され、叱責中心の対応は不適切である。
- ×c. 教室全体が見えるように一番後ろに座らせる。
一番後ろの席では、前にいる他の児童の動きや掲示物などが視野に入り、気が散る刺激がかえって増える。また教師の目が届きにくく、声かけもしにくい。ADHD児には、教師の近くで刺激の少ない前方の席を用意し、窓際や廊下側など外部の刺激が入りやすい位置は避けるのが一般的な配慮である。
- ○d. 集中可能な持続時間を考慮して課題に取り組ませる。
ADHD児は注意を保てる時間が短いため、長い課題を一度に与えると途中で離れてしまい、失敗体験が積み重なる。課題を短く区切る、休憩をはさむ、1回にやることを明確に示す、達成できたらほめる、といった工夫により、本人が取り組める形に調整できる。これは環境調整・教育的支援という心理社会的治療の中心であり、成績が保たれている本児でまず行うべき対応として最も適切である。
- ×e. 母親に対して大人になれば改善することを説明する。
成長に伴い多動性は目立たなくなることが多いが、不注意や衝動性は青年期・成人期まで持続する例が少なくない(成人期ADHD)。全例が自然に改善するかのような説明は誤りであり、支援の開始を遅らせる点でも不適切である。家族には、特性を理解して早期から支援を行うことの重要性を説明すべきである。
ADHDの概要
・神経発達症(発達障害)の一つで、不注意、多動性、衝動性を中核症状とする。 ・学童期の有病率はおよそ5%前後とされ、男児に多い。女児では不注意優勢型が多く見逃されやすい。 ・DSM-5では、症状の一部が12歳以前から存在し、2つ以上の場面(家庭と学校など)でみられ、社会的・学業的機能を損なっていることが診断に必要である。かつてのDSM-IVでは「7歳未満の発症」とされていた。 ・病型: 不注意優勢型、多動・衝動優勢型、混合型。 ・併存しやすいもの: 限局性学習症(学習障害)、自閉スペクトラム症、反抗挑発症・素行症、チック症、不安症、抑うつなど。
治療の流れ
1. 心理教育: 本人・家族・学校に特性を説明し、理解を促す。 2. 環境調整: 刺激の少ない座席、課題を細かく区切る、視覚的な指示やスケジュール提示など。 3. 行動療法・ペアレント・トレーニング: 望ましい行動をほめて強化し、不適切な行動には過度に反応しない。 4. 薬物療法: 上記で十分な改善がない場合に検討する。中枢刺激薬(メチルフェニデート徐放剤、リスデキサンフェタミン)と非中枢刺激薬(アトモキセチン、グアンファシン徐放剤)がある。中枢刺激薬では食欲低下、不眠、成長抑制などの副作用に注意する。
経過
多動は年齢とともに軽減しやすいが、不注意は残りやすく、成人期まで症状が続く例も多い。早期の支援により自己評価の低下や二次障害を防ぐことが重要である。
POINT
・不注意+多動性+衝動性が幼少期から複数の場面でみられればADHDを考える。 ・治療の第一歩は心理教育と環境調整(課題を短く区切る、前方で刺激の少ない席にするなど)であり、薬物療法はその後に検討する。 ・叱責中心の対応は自己評価低下や二次障害を招くため避ける。 ・多動は成長とともに軽くなりやすいが、不注意は成人期まで残ることが多い。
