尿中馬尿酸「分布3」―無症状の労働者に産業医がまずすべきこと
第109回医師国家試験 A問題 第55問
国試問題にチャレンジ
48歳の男性。工場で吹きつけ作業を担当している。特殊健康診断で尿中馬尿酸が2.8 g/L(分布1は1 g/L以下,分布2は1 g/L超2.5 g/L以下,分布3は2.5 g/L超)であった。自覚症状は特にない。喫煙は10本/日を25年間。飲酒はビール1,000 mL/日を25年間。 産業医がまずとるべき措置はどれか。
- a.作業状況の確認
- b.自宅療養の指示
- c.職場内禁煙の確認
- d.貧血の有無の確認
- e.ストレスの有無の確認
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
塗装などの吹きつけ作業で尿中馬尿酸が高値の場合はトルエン曝露を考えます。分布3は職業性曝露が明らかに過剰である可能性を示しますが、健康障害の存在を直ちに意味するわけではありません。無症状であっても、産業医はまず作業方法・作業時間・局所排気装置や保護具の使用状況といった作業状況を確認し、曝露の原因を明らかにしたうえで作業環境管理・作業管理・健康管理の3管理につなげます。貧血の確認はベンゼンや鉛曝露で重要であり、トルエンの主な影響は中枢神経抑制である点も区別しておきましょう。検査値を職場環境の改善へ結びつける視点は、産業保健の基本的な考え方として臨床でも役立ちます。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・48歳男性、工場での吹きつけ作業(塗装など)に従事している。塗料やシンナーにはトルエンなどの有機溶剤が含まれることが多い。 ・有機溶剤の特殊健康診断で、尿中馬尿酸が2.8 g/Lであり、分布3(2.5 g/L超)に当たる。 ・自覚症状はない。喫煙・飲酒歴がある。
尿中馬尿酸の意味
体内に吸収されたトルエンの大部分は、肝臓のシトクロムP450(CYP)によって酸化されて安息香酸となり、さらにグリシン抱合を受けて馬尿酸として尿中に排泄される。したがって尿中馬尿酸は、トルエンにどれだけ曝露したかを反映する生物学的モニタリングの指標として用いられてきた。分布3は、作業者が職業性曝露の目安を明らかに超える量のトルエンに曝露されていた可能性が高いことを意味する。ただし馬尿酸は、保存料の安息香酸を含む清涼飲料水や、安息香酸ナトリウムカフェインを含む感冒薬などの摂取でも上昇しうるため、職業曝露以外の要因も念頭に置く。
設問の考え方
自覚症状がなくても、分布3は「職場でのトルエン曝露が過剰である」というサインである。産業医がまずすべきことは、なぜ曝露が多くなったのかを明らかにすることであり、そのために作業方法・作業時間・換気設備(局所排気装置)の稼働状況・保護具(有機ガス用防毒マスク、手袋)の使用状況などの作業状況を確認する。原因を把握したうえで、作業環境管理(換気の改善など)、作業管理(作業方法の改善、保護具の適正使用)、必要に応じた健康管理上の措置へとつなげる。これは労働衛生の3管理の考え方に沿った対応である。
選択肢考察
- ○a. 作業状況の確認
尿中馬尿酸が分布3であることは、作業中のトルエン曝露が過大であった可能性を示す。まず作業現場を確認し、使用している溶剤の種類と量、作業時間、局所排気装置や換気の状態、防毒マスク・手袋の着用状況などを調べることで、曝露の原因と改善点を明らかにできる。原因がわからなければ適切な対策をとれないため、産業医が最初に行うべき措置である。
- ×b. 自宅療養の指示
本例は自覚症状がなく、中毒症状も確認されていない。尿中馬尿酸は曝露量の指標であって健康障害の存在を直ちに示すものではないため、いきなり自宅療養(休業)を指示する根拠はない。まず作業状況を把握し、曝露を減らす対策をとることが優先される。症状や臓器障害が認められた場合に、医学的な就業上の措置を検討する。
- ×c. 職場内禁煙の確認
受動喫煙対策は職場の健康管理として重要な課題であるが、喫煙は尿中馬尿酸の上昇(トルエン曝露)とは直接関係しない。今回の結果に対して最初にとる措置としては適切でない。
- ×d. 貧血の有無の確認
貧血の確認が重要となるのは、ヘム合成を阻害して貧血をきたす鉛中毒や、造血障害(再生不良性貧血、白血病)を起こすベンゼン曝露である。トルエンは主に中枢神経症状(頭痛、めまい、意識障害など)や皮膚・粘膜刺激をきたし、貧血は典型的な所見ではない。まず行う措置としては不適切である。
- ×e. ストレスの有無の確認
職場のメンタルヘルス対策(ストレスチェック制度など)は重要であるが、尿中馬尿酸の上昇はストレスとは関係がない。今回の結果に対して優先すべき措置ではない。
特殊健康診断と分布区分
有機溶剤業務などの有害業務に従事する労働者には、一般健康診断に加えて特殊健康診断が義務づけられている。有機溶剤健診では、尿中代謝物の生物学的モニタリング結果が分布1〜3に区分される。 ・分布1: 通常の曝露範囲と考えられる。 ・分布2: やや高く、曝露が増えている可能性がある。 ・分布3: 明らかに高く、作業環境や作業方法の点検・改善が必要と考えられる。
主な有機溶剤と尿中代謝物(生物学的モニタリング指標)
・トルエン → 馬尿酸(下記参照) ・キシレン → メチル馬尿酸 ・スチレン → マンデル酸(およびフェニルグリオキシル酸) ・n-ヘキサン → 2,5-ヘキサンジオン ・トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、1,1,1-トリクロロエタン → トリクロロ酢酸、総三塩化物 ・N,N-ジメチルホルムアミド → N-メチルホルムアミド なお、トルエンの指標は食事などの影響を受けにくい尿中トルエンに変更されている(令和2年の有機溶剤中毒予防規則等の改正)。本問は改正前の出題である。
馬尿酸測定の注意点
馬尿酸は食品保存料の安息香酸、感冒薬に含まれる安息香酸ナトリウムカフェインなどからも生成されるため、これらの摂取で高値となることがある。また飲酒や肝疾患はトルエンの代謝に影響し、測定値の解釈を難しくする。
労働衛生の3管理
・作業環境管理: 作業環境測定、局所排気装置の設置・点検、有害物の代替など ・作業管理: 作業方法・作業時間の改善、保護具の適正使用 ・健康管理: 健康診断、事後措置、保健指導 これに労働衛生教育、総括管理を加えて5管理とよぶ。
トルエンの健康影響
急性曝露では頭痛、めまい、酩酊感、意識障害などの中枢神経抑制症状、慢性曝露では認知機能低下や小脳症状、皮膚・粘膜刺激などがみられる。
POINT
・吹きつけ(塗装)作業+尿中馬尿酸高値 → トルエン曝露を考える。 ・トルエン → 馬尿酸、キシレン → メチル馬尿酸、スチレン → マンデル酸、n-ヘキサン → 2,5-ヘキサンジオン。 ・分布3で無症状なら、まず作業状況を確認し、曝露の原因を明らかにする(作業環境管理・作業管理につなげる)。 ・貧血の確認は鉛やベンゼン曝露で重要であり、トルエンでは優先されない。
