StudyMed医師国家試験

耳下腺の中を走る神経―解剖から読み解く耳下腺手術の合併症

第108回医師国家試験 I問題 第38問

国試問題にチャレンジ

第108回 I問題 第38問

耳下腺腫瘍摘出術を行う際,手術前に説明すべき合併症はどれか。3つ選べ。

  1. a.血腫
  2. b.髄液漏
  3. c.異常発汗
  4. d.テタニー
  5. e.顔面神経麻痺

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は耳下腺腫瘍の手術前に、どんな合併症を説明すべきかを問う問題だ。考え方の軸は2つ。どの手術にも共通する一般的な合併症と、耳下腺という臓器の解剖に由来する特有の合併症。手術部位の近くに何があるかを思い浮かべるのがコツだよ。
医学生医学生
耳下腺といえば、解剖実習で顔面神経が腺の中を貫いて走っていたのが印象的でした。
ドクタードクター
そこが最重要ポイントだね。顔面神経は茎乳突孔から頭蓋外に出たあと耳下腺の実質に入り、腺内で側頭枝・頬骨枝・頬筋枝・下顎縁枝・頸枝に分かれて表情筋へ向かう。この神経を境に、外側を浅葉、内側を深葉と呼んでいる。
医学生医学生
ということは、腫瘍を取るときには必ず顔面神経のすぐそばを操作することになりますね。
ドクタードクター
その通り。手術では顔面神経を同定して剥離し、温存しながら腫瘍を摘出する。それでも牽引や剥離の操作で一時的な麻痺が出ることがあるし、腫瘍が神経に癒着していたり、悪性で神経に浸潤していたりすれば、神経を切断して再建が必要になり、麻痺が残ることもある。閉瞼できない、口角が下がるなど生活への影響が大きいから、顔面神経麻痺は最も重要な説明事項だ。
医学生医学生
顔面神経は耳下腺の唾液分泌もコントロールしているんでしょうか。
ドクタードクター
よくある誤解だね。耳下腺の分泌を支配するのは舌咽神経由来の副交感神経で、下唾液核から小錐体神経、耳神経節を経て耳介側頭神経に乗って腺に届く。顔面神経は腺内を通過するだけで、耳下腺の分泌には関与しないんだ。
医学生医学生
その副交感神経の話が、異常発汗とつながるんですか。
ドクタードクター
鋭いね。手術で切れた耳介側頭神経の副交感線維が再生するとき、本来の標的である耳下腺ではなく、皮膚の汗腺や血管を支配する交感神経の神経鞘へ誤って伸びていくと考えられている。すると食事の味覚刺激で、耳前部から頬の皮膚に汗をかいたり赤くなったりする。これがFrey症候群、味覚性発汗だ。
医学生医学生
術直後ではなく、しばらくしてから出てくるんでしょうか。
ドクタードクター
そう、術後数か月して現れることが多く、頻度も比較的高い。だから術前に伝えておかないと、患者さんは「手術の後から変な汗が出る」と不安になってしまう。
医学生医学生
血腫は手術一般の合併症として入れてよさそうですね。
ドクタードクター
うん。術後出血による血腫はどの手術でも説明が必要だ。耳下腺部は皮下に死腔ができやすいので、通常はドレーンを留置する。大きな血腫は感染や皮弁壊死の原因になり、頸部に広がれば気道の圧迫もありうるから、再手術で止血することもある。
医学生医学生
テタニーは、外科の実習で甲状腺全摘の患者さんが術後に手のしびれを訴えていたのを思い出しました。
ドクタードクター
いい経験をしたね。テタニーは副甲状腺の摘出や血流障害で起こる低カルシウム血症の症状で、甲状腺・副甲状腺手術の合併症だ。副甲状腺は甲状腺の背側にあって、耳下腺の術野とは離れている。
医学生医学生
髄液漏も、頭蓋の中に入らない手術なので関係ないですね。
ドクタードクター
その通り。髄液漏は硬膜損傷で起こるもので、頭蓋底骨折や経鼻的下垂体手術、側頭骨手術で問題になる。耳下腺は頭蓋外の軟部組織だから、通常の摘出術では硬膜に達しない。結局、説明すべきは血腫、異常発汗、顔面神経麻痺の3つだ。
医学生医学生
手術部位の解剖と、そこで傷つきうる構造を対応させれば、無関係な選択肢は自然に外れるんですね。
ドクタードクター
そういうこと。発展知識として、耳下腺腫瘍の大部分は良性で、最多は多形腺腫、次がWarthin腫瘍。多形腺腫は放置すると悪性化することがあるので摘出が原則だ。Warthin腫瘍は中高年の喫煙男性に多く、両側性・多発性がみられ、テクネチウムシンチグラフィで集積するのが特徴。腫瘍があるのに顔面神経麻痺や痛み、急速な増大を伴うときは悪性を疑おう。ほかの術後合併症として、唾液瘻、大耳介神経切断による耳垂周囲の知覚低下、顔面の陥凹変形も覚えておくといい。

まとめ

耳下腺腫瘍摘出術の術前説明では、血腫などの一般的合併症に加え、耳下腺の解剖に由来する特有の合併症を押さえることが重要です。顔面神経は耳下腺内の浅葉と深葉の間を分枝しながら走るため、その損傷による顔面神経麻痺が最も重要な合併症であり、耳介側頭神経の副交感線維が皮膚の汗腺へ誤って再生するFrey症候群(味覚性発汗)も特有の合併症です。テタニーは甲状腺・副甲状腺手術、髄液漏は頭蓋底・側頭骨手術の合併症で、耳下腺手術とは結びつきません。手術部位の解剖と傷つきうる構造を対応づけて考える習慣は、あらゆる手術の合併症理解とインフォームド・コンセントの基盤になります。

解答・解説

正解はa, c, eです

耳下腺腫瘍摘出術の術前説明(インフォームド・コンセント)で扱うべき合併症を問う問題である。考え方の軸は二つある。一つは、どの手術にも共通して起こりうる一般的合併症(出血・血腫、感染など)であり、もう一つは耳下腺という臓器の解剖に由来する特有の合併症である。 耳下腺の解剖で最も重要なのは、顔面神経が茎乳突孔から頭蓋外へ出たのち耳下腺の実質内に入り、腺内で分枝(側頭枝・頬骨枝・頬筋枝・下顎縁枝・頸枝)しながら顔面の表情筋へ向かう点である。顔面神経を境に、耳下腺は外側の浅葉と内側の深葉に便宜的に分けられる。したがって、腫瘍を摘出する際には顔面神経を同定・剥離・温存する操作が必須となり、その損傷による顔面神経麻痺は最も重要な特有合併症である。 もう一つの特有合併症が、耳介側頭神経を走る副交感神経(唾液分泌線維)の異所性再生によって生じるFrey症候群(味覚性発汗)である。 一方、選択肢には頭蓋底手術や甲状腺・副甲状腺手術に特有の合併症が混ぜられている。手術部位の解剖と、その操作で傷つきうる構造を対応づけて考えれば、無関係な選択肢は容易に除外できる。

選択肢考察

  1. ○a.  血腫

    術後出血による血腫は、耳下腺手術に限らずあらゆる外科手術で起こりうる一般的合併症であり、術前に説明しておく必要がある。耳下腺部は顔面・頸部で皮下の死腔ができやすく、通常はドレーンを留置して血液や滲出液の貯留を防ぐ。大きな血腫は創部の感染や皮弁の壊死、また頸部へ広がると気道の圧迫の原因ともなりうるため、再手術で止血が必要になることもある。

  2. ×b.  髄液漏

    髄液漏は、硬膜が損傷されて脳脊髄液が頭蓋外(鼻腔・耳・創部など)へ漏れ出す状態であり、頭蓋底骨折、経鼻的下垂体手術、側頭骨・頭蓋底の手術などで問題となる。耳下腺は頭蓋外の顔面側方にある軟部組織の臓器であり、通常の耳下腺腫瘍摘出術で硬膜に到達する操作は行わないため、説明すべき合併症には含まれない。

  3. ○c.  異常発汗

    耳下腺手術後に、食事(味覚刺激)の際に耳前部から頬部の皮膚が発汗・発赤する現象があり、Frey症候群(味覚性発汗)とよばれる。耳下腺の分泌を支配する副交感神経線維(舌咽神経由来で、耳神経節を経て耳介側頭神経を通る)が手術で切断されたのち再生する際、本来の標的である耳下腺ではなく、皮膚の汗腺や血管を支配する交感神経の神経鞘へ誤って伸び込むことが原因と考えられている。術後数か月してから出現することが多く、耳下腺手術後に比較的高い頻度でみられるため、術前説明が必要である。

  4. ×d.  テタニー

    テタニーは低カルシウム血症によって神経・筋の興奮性が高まり、手足のしびれ、口周囲の感覚異常、助産師手位などの筋攣縮を生じる状態である。外科手術の合併症としては、甲状腺全摘術や副甲状腺摘出術で副甲状腺が摘出・損傷されたり、その血流が障害されたりして副甲状腺機能低下症をきたした場合に問題となる。副甲状腺は甲状腺の背側にあり、耳下腺の手術野とは離れているため、耳下腺腫瘍摘出術の合併症としては考えない。

  5. ○e.  顔面神経麻痺

    顔面神経は茎乳突孔を出たのち耳下腺内に進入し、浅葉と深葉の間を走りながら分枝して表情筋を支配する。腫瘍摘出の際には顔面神経を同定し剥離・温存するが、牽引や剥離操作によって一時的な麻痺が生じることがあり、腫瘍が神経と癒着している場合や悪性腫瘍で神経浸潤がある場合には、神経の切断(必要に応じて神経移植による再建)を要し、永続的な麻痺となりうる。閉瞼障害や口角下垂などを生じて日常生活への影響が大きいため、耳下腺手術で最も重要な説明事項である。

耳下腺の解剖

耳下腺は最大の唾液腺で、耳介の前下方に位置する。純漿液性の腺で、分泌された唾液は耳下腺管(Stensen管)を通って上顎第二大臼歯に対向する頬粘膜に開口する。分泌は舌咽神経由来の副交感神経(下唾液核→小錐体神経→耳神経節→耳介側頭神経)に支配される。顔面神経は腺内を貫いて分枝するが、耳下腺の分泌には関与しない。

耳下腺腫瘍

耳下腺腫瘍の大部分は良性で、最多は多形腺腫、次いでWarthin腫瘍である。多形腺腫は放置すると悪性化(多形腺腫由来癌)することがあるため、摘出が原則である。Warthin腫瘍は中高年の喫煙男性に多く、両側性・多発性がみられ、99mTc(テクネチウム)シンチグラフィで集積を示すのが特徴である。悪性では粘表皮癌、腺様嚢胞癌などがあり、顔面神経麻痺や痛み、急速増大は悪性を示唆する所見である。

耳下腺手術の主な合併症

・顔面神経麻痺(一過性〜永続性) ・Frey症候群(味覚性発汗) ・唾液瘻(唾液漏):残存腺組織から唾液が創部に漏れる ・大耳介神経の切断による耳垂周囲の知覚低下 ・術後血腫、創部感染 ・顔面の陥凹変形

他の手術で注意すべき代表的合併症の整理

・甲状腺手術:反回神経麻痺(嗄声)、副甲状腺機能低下症(テタニー)、術後出血による気道閉塞 ・頭蓋底・経鼻的下垂体手術、側頭骨手術:髄液漏、髄膜炎 ・顎下腺手術:顔面神経下顎縁枝の麻痺、舌神経・舌下神経の損傷

POINT

・耳下腺手術で最重要の合併症は顔面神経麻痺である。顔面神経は耳下腺の浅葉と深葉の間を走行する。 ・Frey症候群(味覚性発汗)は、耳介側頭神経の副交感神経線維が皮膚の汗腺へ誤って再生することで生じる耳下腺術後の特有合併症である。 ・血腫・感染はどの手術でも説明すべき一般的合併症である。 ・テタニーは甲状腺・副甲状腺手術、髄液漏は頭蓋底・側頭骨手術の合併症であり、耳下腺手術とは結びつかない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。