手を反らせて待つ数秒間―羽ばたき振戦を「引き出す」診察肢位
第108回医師国家試験 H問題 第13問
国試問題にチャレンジ
肢位の写真を別に示す。 異常所見を見出すためにこの肢位が最も適しているのはどれか。

- a.肝性脳症
- b.ラクナ梗塞
- c.Parkinson病
- d.甲状腺機能亢進症
- e.良性発作性頭位眩暈症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
両上肢を前方に伸ばし、手関節を背屈させて保持させる肢位は、羽ばたき振戦を誘発・観察するための代表的な診察法です。羽ばたき振戦は姿勢保持筋の緊張が瞬間的に途切れる陰性ミオクローヌスで、律動的な筋収縮による真の振戦とは機序が異なり、肝性脳症(犬山分類II〜III度)で典型的にみられますが、尿毒症やCO2ナルコーシスなどの代謝性脳症でも出現します。Parkinson病の安静時振戦は脱力位、甲状腺機能亢進症の姿勢時振戦は手指を開いた上肢挙上位、軽い麻痺はBarré徴候、良性発作性頭位眩暈症は頭位・頭位変換眼振検査と、所見ごとに適した診察法が異なります。所見の機序と観察肢位を結びつけて理解することは、ベッドサイドで意識障害や神経症状を的確に評価する力につながります。
解答・解説
正解はaです
写真の肢位は、両上肢を前方へ水平に伸ばし、手関節を背屈(手の甲側へ反らす)させて、その姿勢を保たせるものである。これは羽ばたき振戦(asterixis、flapping tremor)を誘発・観察するための代表的な診察肢位である。 羽ばたき振戦は「振戦」と名が付いているが、筋が律動的に収縮する本来の振戦とは機序が異なる。姿勢を保つために持続的に収縮している筋の緊張が、ごく短時間ふっと途切れる(陰性ミオクローヌス)ことで、背屈させていた手が不規則にパタンと落ち、すぐに元の位置へ戻る。この動きが鳥の羽ばたきのように見えることからこの名で呼ばれる。したがって、観察には「一定の筋力を入れて姿勢を保持させる」肢位が必要であり、手関節の背屈位を保たせるこの姿勢が最も適している。 羽ばたき振戦を来す代表的な病態は肝性脳症であり、ほかに尿毒症、CO2ナルコーシス(高二酸化炭素血症)などの代謝性脳症でもみられる。一方、選択肢に並ぶ他の疾患では、観察すべき所見や適した診察法が異なる(安静時振戦は脱力させた状態で、姿勢時振戦は手指も伸ばした上肢挙上位で、軽い麻痺はBarré徴候で、頭位めまいは頭位・頭位変換眼振検査で評価する)。この肢位で「最も」見出しやすい異常所見は何かを考えれば、肝性脳症が選ばれる。
選択肢考察
- ○a. 肝性脳症
肝性脳症は、肝機能の高度な低下や門脈大循環シャントによって、アンモニアなどの神経毒性物質が脳に達して生じる意識・精神神経障害である。わが国で用いられる昏睡度分類(犬山分類)でII度(見当識障害、傾眠傾向など)以上になると羽ばたき振戦が出現しやすくなり、重要な診断の手がかりとなる。羽ばたき振戦は姿勢保持に働く筋の緊張が一瞬途切れる現象であるため、両上肢を前方に伸ばして手関節を背屈させ、その姿勢を保たせる本問の肢位で最もよく観察できる。なお、昏睡が深くなり(IV〜V度)指示に従えなくなると、この肢位を保持させること自体ができず、羽ばたき振戦は評価できなくなる。
- ×b. ラクナ梗塞
ラクナ梗塞は、脳深部の細い穿通枝が閉塞して生じる直径15mm未満の小さな梗塞である。これによる軽い上肢の麻痺を見つけるには上肢のBarré徴候を用いる。手のひらを上に向け(回外位)、指をそろえて両上肢を前方に水平挙上させ、閉眼で保持させると、麻痺側の上肢が回内しながら下降し、肘が屈曲してくる。手のひらを下に向けて指を閉じた状態で保持させ、麻痺側の第5指が離れていく所見(第5指徴候)も軽微な麻痺の検出に用いられる。いずれも手関節を背屈させる肢位ではなく、本問の肢位は適さない。
- ×c. Parkinson病
Parkinson病の振戦は、力を抜いて安静にしているときに目立つ安静時振戦(4〜6Hz程度で、母指と他指をこすり合わせるような丸薬丸め様振戦)が特徴であり、随意運動や姿勢保持で軽減することが多い。観察には、坐位で手を膝の上に置くなど、上肢を脱力させた状態をとらせるのが適している。上肢を挙上して手関節の背屈位を保持させる本問の肢位は、安静時振戦の観察には向かない。
- ×d. 甲状腺機能亢進症
甲状腺機能亢進症では、交感神経活動の亢進に伴い、細かく速い姿勢時振戦(生理的振戦の増強)がみられる。姿勢時振戦は上肢を前方に挙上して姿勢を保持させると現れるため、本問の肢位でも観察は可能であり、完全な誤りとはいえない。しかし、甲状腺機能亢進症の振戦は通常、両上肢を前方に伸ばし手指も伸ばして開いた状態で観察する(手の上に紙を載せると振戦がわかりやすい)。手関節を背屈させて姿勢の保持を課す本肢位は、羽ばたき振戦の誘発を目的とした肢位であり、「最も適している」のは肝性脳症である。
- ×e. 良性発作性頭位眩暈症
良性発作性頭位眩暈症(BPPV)は、耳石器から剥がれた耳石が半規管内に入り込むことで、特定の頭位をとったときや頭位を変えたときに短時間(多くは1分以内)の回転性めまいが生じる疾患である。診断には、Frenzel眼鏡(眼振を観察しやすくする凸レンズ付きの眼鏡)を用いて、頭位眼振検査や、坐位から懸垂頭位へ頭位を変える頭位変換眼振検査(Dix-Hallpike法など)を行い、誘発される眼振を観察する。上肢の肢位とは関係がない。
羽ばたき振戦(asterixis)の特徴
・機序:姿勢を保つための持続的な筋収縮が一瞬途切れる陰性ミオクローヌスであり、筋の律動的な収縮による真の振戦とは異なる。 ・所見:上肢を前方に伸ばして手関節を背屈位に保たせると、手が不規則に掌屈方向へ落ち、すぐに元の位置へ戻る。多くは両側性で不規則である。 ・原因:肝性脳症が代表的で、ほかに尿毒症、CO2ナルコーシス、低血糖・電解質異常などの代謝性脳症、一部の薬物中毒などでもみられる。肝性脳症に特異的な所見ではない点に注意する。
肝性脳症の昏睡度分類(犬山分類)の概略
・I度:睡眠覚醒リズムの逆転、多幸・抑うつなど。振り返ってみてわかる程度の変化 ・II度:見当識障害、異常行動、傾眠傾向。羽ばたき振戦がみられる ・III度:興奮状態やせん妄、嗜眠傾向(ほとんど眠っているが呼びかけで開眼する)。羽ばたき振戦がみられる ・IV度:昏睡(完全な意識消失)だが痛み刺激に反応する ・V度:深昏睡で痛み刺激にも反応しない
振戦の種類と観察法の整理
・安静時振戦:脱力した安静状態で出現。Parkinson病が代表。 ・姿勢時振戦:上肢を前方挙上して姿勢を保つと出現。本態性振戦、甲状腺機能亢進症(生理的振戦の増強)など。 ・企図振戦(運動時振戦):目標に近づく動作で増強。鼻指鼻試験などで評価し、小脳障害でみられる。 ・羽ばたき振戦:手関節背屈位の保持で出現。代謝性脳症(肝性脳症など)。
軽微な上肢麻痺の診察
上肢Barré徴候(手掌を上にして前方挙上・閉眼保持 → 麻痺側が回内・下降)、第5指徴候(麻痺側の小指が外転してくる)などを用いる。
POINT
・両上肢を前方に伸ばし手関節を背屈させて保持させる肢位は、羽ばたき振戦の誘発に用いる。 ・羽ばたき振戦は姿勢保持筋の緊張が瞬間的に途切れる陰性ミオクローヌスで、真の振戦ではない。 ・肝性脳症(昏睡度II度以上)が代表だが、尿毒症やCO2ナルコーシスでもみられる。 ・振戦の観察肢位:Parkinson病は脱力した安静時、甲状腺機能亢進症・本態性振戦は上肢挙上の姿勢時、小脳障害は運動時。 ・軽い上肢麻痺はBarré徴候、BPPVは頭位・頭位変換眼振検査で評価する。
