StudyMed医師国家試験

転ばぬ先の「運動」―高齢者の転倒リスクを内と外から読み解く

第108回医師国家試験 H問題 第14問

国試問題にチャレンジ

第108回 H問題 第14問

高齢者の転倒のリスクファクターでないのはどれか。

  1. a.円背
  2. b.運動習慣
  3. c.視力障害
  4. d.多剤服用
  5. e.脳梗塞の既往

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、高齢者の転倒の危険因子を問う問題だ。「リスクファクターでないもの」を選ぶ否定型だから、一つずつ「転びやすくする要因か、防ぐ要因か」を判断していこう。まず、高齢者の転倒がなぜそれほど重視されるのかわかるかな。
医学生医学生
大腿骨近位部骨折につながるからでしょうか。整形外科の実習で、転倒して骨折した高齢の方がたくさん入院していました。
ドクタードクター
その通り。大腿骨近位部骨折や橈骨遠位端骨折、頭部外傷を起こし、そこから寝たきりや要介護状態へ移行するきっかけになる。だから転びやすい人を事前に見つけて予防することが大切なんだ。危険因子は、本人に由来する内的要因と、環境に由来する外的要因に分けると整理しやすい。
医学生医学生
外的要因は段差や暗い照明、滑りやすい床などですね。内的要因は筋力低下とか……。
ドクタードクター
いいね。内的要因には筋力やバランス能力の低下、姿勢の異常、感覚障害、神経疾患、認知機能障害、薬剤、そして転倒の既往などがある。では円背から考えよう。
医学生医学生
円背は骨粗鬆症の圧迫骨折で背中が丸くなった状態ですよね。重心が前にずれそうです。
ドクタードクター
そう。上半身が前に傾いて重心が前方に移るから、バランスが崩れやすい。視線が下向きになって前方が見えにくく、歩幅も小さくすり足になりやすい。しかも背景の骨粗鬆症があると、転んだときに骨折しやすい。二重の意味で問題なんだ。
医学生医学生
視力障害は、段差が見えにくくなるからですか。
ドクタードクター
それに加えて、姿勢の保持そのものにも視覚が関わっている。バランスは視覚、前庭感覚、足底や関節からの深部感覚を統合して保たれているんだ。高齢者では白内障や緑内障、加齢黄斑変性が多く、暗い場所では影響がさらに大きくなる。
医学生医学生
神経診察のRomberg試験で、閉眼すると揺れが強くなるのと同じ考え方ですね。
ドクタードクター
よく結びつけたね。次は多剤服用。いわゆるポリファーマシーだ。
医学生医学生
臨床薬理の講義で、睡眠薬が転倒の原因になると習いました。でも、薬の数自体も関係するんですか。
ドクタードクター
関係する。服用している薬の数が多いほど転倒が増えることが知られていて、一般に5剤以上でリスクが高まるとされる。特に注意したいのは、ベンゾジアゼピン系などの睡眠薬・抗不安薬による眠気やふらつき、降圧薬や利尿薬による起立性低血圧、糖尿病治療薬による低血糖、抗コリン作用のある薬によるせん妄などだね。
医学生医学生
脳梗塞の既往は、片麻痺があるからわかりやすいです。
ドクタードクター
片麻痺だけでなく、感覚障害、失調、同名半盲などの視野障害、半側空間無視、認知機能障害も歩行を不安定にする。脳卒中の既往は代表的な危険因子だ。では残る運動習慣は?
医学生医学生
運動していると活動的になって、かえって転ぶ機会が増えそうな気もしたんですが……。
ドクタードクター
そう迷う人もいるね。でも定期的な運動は下肢筋力、バランス能力、歩行能力、関節の柔軟性を保ち、サルコペニアや廃用による筋力低下を防ぐ。特に筋力トレーニングとバランス訓練を組み合わせた運動プログラムは、高齢者の転倒を減らす効果が確かめられている。運動習慣は危険因子ではなく予防因子なんだ。
医学生医学生
つまり、危険因子なのは運動習慣ではなく、運動不足や活動量の低下のほうなんですね。
ドクタードクター
その通り。最後に臨床での注意点をまとめよう。過去1年間の転倒歴は、将来の転倒を予測する最も強い因子の一つだから、問診で必ず確認したい。予防策としては、運動に加えて薬剤の見直し、段差の解消や手すり・照明の整備といった住環境の改善、白内障手術などの視力対策、そして骨粗鬆症の治療が挙げられる。
医学生医学生
地域医療の実習で、訪問診療の先生が玄関の段差や敷物までチェックしていたのはそのためだったんですね。
ドクタードクター
まさにそう。もう一つ、転倒後に「また転ぶのでは」という恐怖心から外出を控え、さらに筋力が落ちて転びやすくなる悪循環、転倒後症候群にも注意が必要だ。転倒は一つの原因ではなく、複数の要因が重なって起こると考えて、多面的に介入することが大切だよ。

まとめ

高齢者の転倒は大腿骨近位部骨折や頭部外傷を介して寝たきり・要介護状態につながるため、危険因子の把握と予防が重要です。危険因子は内的要因(筋力・バランス低下、円背、視力障害、脳卒中などの神経疾患、認知症、起立性低血圧、多剤服用や睡眠薬などの薬剤、転倒歴)と外的要因(段差、照明、床、履物など)に分けて整理すると理解しやすくなります。運動習慣は筋力やバランス能力を維持して転倒を防ぐ予防因子であり、危険因子となるのはむしろ運動不足です。予防には運動、薬剤の見直し、住環境の整備、視力障害や骨粗鬆症の治療を組み合わせた多面的な介入が有効で、転倒後症候群による悪循環にも注意が必要です。転倒を多因子の結果として捉える視点は、高齢者診療や地域医療の現場で欠かせない基本となります。

解答・解説

正解はbです

高齢者の転倒は、大腿骨近位部骨折や橈骨遠位端骨折などの骨折、頭部外傷を引き起こし、そこから寝たきりや要介護状態に至る重要なきっかけとなる。そのため、転倒しやすい人をあらかじめ見つけ出し、予防策を講じることが求められる。 転倒の危険因子は、本人の身体や健康状態に由来する内的要因と、生活環境に由来する外的要因に分けて整理すると理解しやすい。 ・内的要因:加齢による下肢筋力やバランス能力の低下、歩行障害、姿勢の異常(円背など)、視力・聴力などの感覚障害、脳卒中やParkinson病などの神経疾患、認知機能障害、起立性低血圧、薬剤(特に多剤服用や鎮静作用のある薬)、転倒の既往など ・外的要因:段差、滑りやすい床、暗い照明、つまずきやすい敷物や電気コード、合わない履物など 本問は「リスクファクターでないもの」を選ぶ否定型の問題である。各選択肢が、筋力・バランス・感覚・意識レベルのいずれかを損なって転倒しやすくする要因なのか、逆にそれらを保って転倒を防ぐ要因なのかを考えればよい。運動習慣は筋力やバランス能力を維持・向上させるもので、転倒の危険因子ではなく予防因子にあたる。

選択肢考察

  1. ×a.  円背

    円背は胸椎の後弯が強くなり背中が丸くなった状態で、骨粗鬆症による椎体の圧迫骨折が重なって生じることが多く、高齢女性によくみられる。上半身が前に傾いて体の重心が前方へ移るため、姿勢を保つためのバランスが崩れやすい。また、視線が下に向きやすく前方の視野が狭くなる、歩幅が小さくすり足になりやすいといった影響もあり、転倒の危険因子となる。さらに円背の背景にある骨粗鬆症は、転倒した際に骨折を起こしやすくする要因でもある。

  2. ○b.  運動習慣

    定期的な運動は、加齢や活動量の低下に伴う筋力低下(廃用性の変化やサルコペニア)を防ぎ、下肢筋力、バランス能力、歩行能力、関節の柔軟性を維持・改善する。特にバランス訓練や筋力トレーニングを組み合わせた運動プログラムは、高齢者の転倒を減らす効果が確かめられており、転倒予防の中心的な介入とされている。したがって、運動習慣は転倒の危険因子ではなく、転倒を防ぐ因子である。逆に、運動習慣がなく活動量が少ないことは転倒の危険因子となる。

  3. ×c.  視力障害

    体のバランスは、視覚、内耳の前庭感覚、足底や関節からの深部感覚の情報を統合して保たれている。視力障害があると、姿勢を保つための視覚情報や、足元の段差・障害物の情報が十分に得られず、つまずきやふらつきが起こりやすくなる。高齢者では白内障、緑内障、加齢黄斑変性などによる視力・視野の障害が多く、転倒の危険因子である。照明が暗い場所では影響がより大きくなる。

  4. ×d.  多剤服用

    多剤服用(ポリファーマシー)は転倒の重要な危険因子であり、服用している薬剤の数が多いほど転倒の頻度が高くなることが知られている(一般に5剤以上で転倒のリスクが高まるとされる)。特に注意すべき薬剤として、ベンゾジアゼピン系などの睡眠薬・抗不安薬(眠気、ふらつき、筋弛緩作用)、抗精神病薬、抗うつ薬、降圧薬や利尿薬(起立性低血圧)、糖尿病治療薬(低血糖)、抗コリン作用を持つ薬(せん妄、ふらつき)などが挙げられる。薬剤の見直しは転倒予防の具体的な対策の一つである。

  5. ×e.  脳梗塞の既往

    脳梗塞の後遺症として、片麻痺による運動障害、感覚障害、失調によるバランス障害、同名半盲などの視野障害、半側空間無視、認知機能障害などが残ることがあり、いずれも歩行を不安定にして転倒を起こしやすくする。脳卒中の既往は、高齢者の転倒の代表的な危険因子である。また、麻痺側に転倒すると大腿骨近位部骨折などを生じやすい。

高齢者の転倒の危険因子

内的要因(本人の要因) ・転倒の既往:過去1年間の転倒歴は、将来の転倒を予測する最も強い因子の一つである。 ・運動機能:下肢筋力の低下、バランス能力の低下、歩行障害、活動量の低下 ・姿勢・骨格:円背などの脊柱変形、変形性膝関節症などの関節疾患 ・感覚:視力障害、前庭機能障害(めまい)、末梢神経障害による深部感覚低下 ・疾患:脳卒中、Parkinson病、認知症、起立性低血圧、不整脈、低血糖、排尿障害(夜間頻尿で夜間にトイレへ急ぐ)など ・薬剤:多剤服用、睡眠薬・抗不安薬、抗精神病薬、抗うつ薬、降圧薬、利尿薬など ・その他:歩行補助具の使用、転倒への恐怖心による活動制限 外的要因(環境の要因) ・段差、滑りやすい床、暗い照明、敷物や電気コード、手すりの不足、脱げやすいスリッパなどの不適切な履物

転倒予防の主な対策

・筋力トレーニングとバランス訓練を含む運動 ・薬剤の見直し(減量・中止、鎮静作用の少ない薬への変更) ・住環境の整備(段差の解消、手すりの設置、照明の改善、履物の見直し) ・視力障害の治療(白内障手術など) ・骨粗鬆症の治療(転倒した場合の骨折予防)、ヒッププロテクターの使用

転倒が問題となる理由

転倒は大腿骨近位部骨折の主な原因であり、骨折を機に寝たきりや要介護状態に移行することが多い。また、転倒後に「また転ぶのではないか」という恐怖心から外出や活動を控えるようになり(転倒後症候群)、さらに筋力が低下して転倒しやすくなるという悪循環に陥ることがある。

POINT

・転倒の危険因子は内的要因(筋力・バランス低下、円背、視力障害、脳卒中、認知症、多剤服用など)と外的要因(段差、照明、床、履物など)に分けて整理する。 ・過去1年間の転倒歴は強い予測因子である。 ・注意すべき薬剤:睡眠薬(ベンゾジアゼピン系)、抗精神病薬、抗うつ薬、降圧薬、利尿薬など。 ・運動習慣は危険因子ではなく、転倒を防ぐ因子である(運動不足こそが危険因子)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。