StudyMed医師国家試験

その一足が命取り―「スリッパ」に潜む入院高齢者の転倒リスク

第119回医師国家試験 B問題 第38問

国試問題にチャレンジ

第119回 B問題 第38問

80歳の男性。誤嚥性肺炎のため入院中である。入院翌日から①食事が再開され,その後,肺炎は改善し,入院7日目の昨日,②末梢静脈ラインからの点滴治療が終了となった。患者のベッド周囲には③離床センサーが設置され,患者はトイレ歩行時にナースコールで看護師を呼び,④看護師見守りの下で,⑤スリッパを履き,トイレまで歩いている。  下線部のうち,この患者の転倒のリスクファクターはどれか。

  1. a.①
  2. b.②
  3. c.③
  4. d.④
  5. e.⑤

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、入院中の高齢者の転倒リスクを見抜く問題だ。下線部の一つひとつが「転倒の危険を高める要因」なのか、「危険を減らす対策や転倒と関係のない事柄」なのかを見分けるのがポイントになる。まず、この患者さんがどんな段階にいるか考えてみよう。
医学生医学生
肺炎はよくなって、点滴も終わって、トイレまで歩き始めた段階ですね。順調に回復しているように見えます。
ドクタードクター
そう、経過は順調だ。でも80歳で、肺炎による体力・筋力の低下があり、1週間ベッド中心の生活をして、しかも慣れない病院環境にいる。もともと転倒リスクの高い人が「動き始めた」この時期こそ、転倒に一番注意が必要なんだ。
医学生医学生
臨床実習の病棟で、入院時に看護師さんが転倒・転落アセスメントシートをつけていたのを見ました。
ドクタードクター
まさにそれ。転倒のリスクファクターは、患者側の内的要因と環境側の外的要因に分けて整理するとわかりやすい。内的要因は高齢、筋力低下、バランス障害、認知機能低下やせん妄、睡眠薬などの薬剤、頻尿など。外的要因は滑りやすい床、段差、暗い照明、点滴スタンドやチューブ類、そして不適切な履物だ。
医学生医学生
食事の再開はどうでしょう。誤嚥性肺炎なので、食事は危ないイメージがあるんですが。
ドクタードクター
そこが引っかけになりやすいところだね。食事再開で心配なのは誤嚥の再発であって、それは転倒のリスクとは別の話。むしろ口から栄養をとれるようになると低栄養や筋力低下の改善につながるから、転倒予防の面でも好ましいんだ。
医学生医学生
点滴の終了は、トイレに行く回数が変わったりしてリスクになりませんか。
ドクタードクター
逆に考えてみよう。点滴中は点滴スタンドを押しながら歩いたり、チューブが足に絡んだり引っ張られたりする。点滴で尿量が増えてトイレが近くなるのも転倒の誘因だ。ラインが抜けたことでそれらがなくなるから、転倒リスクは下がる方向に働くんだよ。
医学生医学生
なるほど、ライン類は外的要因でしたね。離床センサーと看護師さんの見守りは、明らかに転倒を防ぐための対策ですよね。
ドクタードクター
その通り。離床センサーは患者さんがベッドから起き上がったり離れたりしたのを感知して知らせる機器で、ひとりで歩き出して転ぶのを防ぐためのもの。見守り歩行も、ふらついたときにすぐ支えられて歩き方の観察もできる。どちらも予防策で、リスクファクターではない。
医学生医学生
そうなると、残るのはスリッパですね。家でも普通に履いているので、危ないという感覚があまりなかったです。
ドクタードクター
そこが盲点なんだ。スリッパはかかとがなく足に固定されないから脱げやすく、底が滑りやすいものも多い。脱げないように足を床から十分に上げず、すり足で歩くようになるから、わずかな段差やマットの縁でつまずきやすい。足を上げる力やバランス能力が落ちた高齢者では、その影響がさらに大きくなる。
医学生医学生
だから正解はスリッパで、外的要因としての不適切な履物、ということですね。どんな靴を勧めればいいんでしょう。
ドクタードクター
かかとまで覆って足にしっかり合い、底が滑りにくい靴、いわゆるリハビリシューズが望ましい。入院時に家族へ持参をお願いすることも多いよ。
医学生医学生
医療安全の講義で、転倒・転落は病院で報告の多いインシデントだと習いました。
ドクタードクター
そう、薬剤に関する事故やチューブ類のトラブルと並んで多い。高齢者では大腿骨近位部骨折や頭部外傷につながり、寝たきりのきっかけにもなりうる。だから事故に至らなかったヒヤリ・ハット事例も集めて分析し、再発予防に生かしているんだ。
医学生医学生
医師として気をつけることはありますか。看護師さんの仕事というイメージが強くて。
ドクタードクター
大事な質問だね。医師が関われる代表は薬剤の見直しだ。睡眠薬、抗不安薬、抗精神病薬、降圧薬、利尿薬、それに多剤併用は転倒リスクを高める。夜間せん妄や起立性低血圧への対応、リハビリテーションの指示も医師の役割だ。それから低床ベッド、夜間照明、ナースコールを手の届く位置に置くといった環境整備は、多職種で一緒に考えるものなんだよ。
医学生医学生
チーム全体で、内的要因と外的要因の両方をつぶしていくということですね。
ドクタードクター
その通り。そして患者さん本人や家族にも危険を説明して、ひとりで歩かずナースコールを押すことなど、対策への協力をお願いすることも忘れずにね。

まとめ

入院中の高齢者は、加齢や疾患による筋力・バランス能力の低下に加え、離床を始めた時期や慣れない環境で転倒リスクが高まります。転倒のリスクファクターは、高齢・筋力低下・認知機能低下・薬剤などの内的要因と、滑りやすい床・段差・点滴ライン・不適切な履物などの外的要因に分けて考えます。スリッパは脱げやすく滑りやすいうえ、すり足歩行を招いてつまずきやすいため、外的要因となる代表的な履物であり、かかとのある滑りにくい靴が推奨されます。一方、離床センサーや看護師の見守りは予防策であり、点滴の終了はライン類がなくなる分むしろリスクを下げ、食事の再開も転倒とは別の問題です。転倒は骨折や寝たきりにつながる重大な医療安全上の問題であり、薬剤の見直しや環境整備を含めて医師も多職種と協力して取り組むことが大切です。

解答・解説

正解はeです

状況の整理

80歳男性が誤嚥性肺炎で入院し、治療により肺炎は改善した。入院翌日には食事が再開され、7日目に末梢静脈からの点滴も終わり、トイレまで歩いている。経過は順調で、早期離床(ベッドから早めに起きて動くこと)が進んでいる段階である。 高齢であること、肺炎による体力・筋力の低下、1週間の入院生活による活動量の低下、慣れない病院環境などから、この患者はもともと転倒リスクの高い状態にある。動き始めたこの時期こそ転倒に注意が必要である。

設問の考え方

下線部それぞれについて、「転倒の危険を高める要因(リスクファクター)」なのか、「転倒の危険を減らす対策、あるいは転倒と直接関係しない事柄」なのかを見分ける。 ・転倒のリスクファクターは、患者側の要因(内的要因:高齢、筋力低下、歩行・バランス障害、視力障害、認知機能低下、せん妄、睡眠薬・降圧薬などの薬剤、頻尿など)と、環境側の要因(外的要因:滑りやすい床、段差、暗い照明、点滴スタンドやチューブ類、不適切な履物など)に分けて整理するとわかりやすい。 ・離床センサーや看護師の見守りは、転倒を防ぐための対策であってリスクファクターではない。 ・点滴の終了は、ライン類に引っ張られたり点滴スタンドを押して歩いたりする必要がなくなるため、むしろ転倒リスクを下げる方向に働く。 ・スリッパはかかとが固定されず脱げやすく、滑りやすい、つまずきやすいという点で、外的要因としての転倒リスクファクターに当たる。

選択肢考察

  1. ×a.  ①

    ①は食事の再開である。食事が再開されたことで栄養を口からとれるようになり、全身状態や筋力の回復に役立つ。誤嚥の再発には引き続き注意が必要だが、それは誤嚥のリスクであって、転倒のリスクファクターではない。むしろ低栄養の改善は転倒予防の面でも好ましい。

  2. ×b.  ②

    ②は末梢静脈ラインからの点滴の終了である。点滴中は点滴スタンドを押しながら歩いたり、チューブが足に絡まったり引っ張られたりするため、転倒の危険が高い。また点滴による尿量増加でトイレの回数が増えることも転倒の誘因となる。点滴が終わりラインが抜けたことで、これらの危険はなくなり、自己抜去などのライン関連のトラブルも起こらなくなる。転倒リスクを下げる変化であり、リスクファクターではない。

  3. ×c.  ③

    ③は離床センサーの設置である。離床センサーは、患者がベッドから起き上がったり離れたりしたことを感知して看護師に知らせる機器で、転倒リスクの高い患者がひとりで歩き出して転倒するのを防ぐための対策として用いられる。転倒リスクに対応する予防策であり、リスクファクターではない。

  4. ×d.  ④

    ④は看護師の見守りの下での歩行である。看護師が付き添うことで、ふらつきや転倒しそうな場面ですぐに支えることができ、歩行の状態も観察できる。これも転倒を防ぐための予防策であり、リスクファクターではない。

  5. ○e.  ⑤

    ⑤はスリッパを履いての歩行である。スリッパはかかと部分がなく足に固定されないため脱げやすく、底が滑りやすいものも多い。脱げないように足を床から十分に上げずにすり足で歩くようになり、わずかな段差やマットの縁でつまずきやすい。高齢者では足を上げる力やバランス能力がもともと低下しているため、その影響はさらに大きい。このようにスリッパは転倒の外的要因となる不適切な履物であり、この患者の転倒リスクファクターである。かかとまで覆い、足にしっかり合う、底が滑りにくい靴(リハビリシューズなど)を履くよう指導するのが望ましい。

入院患者の転倒・転落のリスクファクター

・内的要因(患者側):高齢(特に75歳以上)、転倒の既往、筋力低下・歩行障害・バランス障害、麻痺、視力・聴力の低下、認知症やせん妄、排尿障害・頻尿、貧血・起立性低血圧、睡眠薬・抗不安薬・抗精神病薬・降圧薬・利尿薬などの薬剤、多剤併用、長期臥床後の離床初期、入院直後や転棟直後など環境が変わった時期。 ・外的要因(環境側):濡れた床や滑りやすい床、段差、暗い照明、ベッドの高さが合わない、ベッド周囲の障害物、点滴スタンドやチューブ・ドレーン類、サイズが合わない衣服、脱げやすい・滑りやすい履物(スリッパなど)。

転倒予防策の例

・入院時に転倒・転落リスクのアセスメントを行い、リスクに応じた対策を立てる。 ・離床センサー、ナースコールを手の届く位置に置く、低床ベッド、ベッド柵の適切な使用、夜間照明、通路の障害物の除去。 ・かかとのある、足に合った滑りにくい靴を使用する。 ・転倒を起こしやすい薬剤の見直し、排泄パターンを把握した誘導。 ・リハビリテーションによる筋力・バランス能力の維持。 ・患者本人や家族に転倒の危険を説明し、ひとりで歩かずナースコールを押すことなど、対策への協力を得る。

医療安全の視点

転倒・転落は、薬剤に関する事故やチューブ類のトラブルと並んで、病院内で報告の多い事故・インシデントである。大腿骨近位部骨折や頭部外傷など重大な結果につながりうるため、事故に至らなかった「ヒヤリ・ハット」事例も含めて収集・分析し、再発予防に生かす取り組みが行われている。

POINT

・転倒のリスクファクターは、患者側の内的要因と環境側の外的要因に分けて考える。 ・スリッパは脱げやすく滑りやすく、すり足になってつまずきやすいため、転倒の外的要因となる。かかとのある滑りにくい靴が望ましい。 ・離床センサーや看護師の見守りは転倒の予防策であり、リスクファクターではない。 ・点滴ラインやチューブ類は転倒の危険を高めるため、点滴の終了は転倒リスクを下げる方向に働く。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。