画像は語らず痰が語る―重喫煙者の血痰に潜む「写らない肺癌」
第108回医師国家試験 G問題 第48問
国試問題にチャレンジ
75歳の男性。血痰を主訴に来院した。1か月前から血痰を自覚しているため受診した。65歳時に胃癌(早期癌)の手術の既往がある。喫煙は30本/日を55年間。家族歴に特記すべきことはない。身長165 cm,体重55 kg。脈拍72/分,整。血圧144/80 mmHg。呼吸数20/分。SpO2 95%(room air)。心音と呼吸音とに異常を認めない。胸部エックス線写真と胸部単純CTで軽度の肺気腫を認める。喀痰細胞診のPapanicolaou染色標本を別に示す。 行うべき検査はどれか。

- a.PET/CT
- b.喀痰培養
- c.胸部単純MRI
- d.気管支内視鏡検査
- e.上部消化管内視鏡検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
重喫煙者の血痰では、喫煙との関連が強く太い気管支に発生しやすい中心型の扁平上皮癌をまず考えます。Papanicolaou染色で細胞質がオレンジ色に染まる異型細胞は角化した扁平上皮癌細胞であり、喀痰細胞診が陽性なのに胸部エックス線写真やCTで病変を指摘できない場合は、気管支粘膜にとどまる早期の胸部エックス線写真無所見肺癌を疑います。このとき最優先すべきは、粘膜を直接観察して局在を確認し、生検で確定診断できる気管支内視鏡検査です。PET/CTは確定後の病期診断、MRIはPancoast腫瘍などの浸潤評価に用いる検査で、最初に行うものではありません。早期に局在を突き止めれば光線力学的治療など肺を温存する治療も可能となるため、「画像が正常でも細胞診を信じて気管支鏡へ」という判断は、肺癌の早期発見に直結します。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・75歳の男性で、1か月続く血痰が主訴である。 ・喫煙は30本/日×55年で、ブリンクマン指数(1日の本数×喫煙年数)は1,650と非常に大きい。重喫煙者である。 ・10年前に早期胃癌の手術歴がある。 ・バイタルサインや聴診所見に大きな異常はない。 ・胸部エックス線写真と胸部単純CTでは軽度の肺気腫があるだけで、腫瘤影・結節影・無気肺・リンパ節腫大の記載はない。 ・喀痰細胞診(Papanicolaou染色)では、細胞質がオレンジ色に染まった異型細胞がみられる。これは角化した扁平上皮癌細胞の典型的な像である。
診断へのプロセス
重喫煙歴のある高齢男性の血痰では、まず肺癌、なかでも喫煙との関連が強い扁平上皮癌を考える。扁平上皮癌は区域気管支より中枢側の太い気管支に生じやすい(中心型〔肺門型〕肺癌)。このため腫瘍細胞が痰に混じって喀出されやすく、喀痰細胞診で見つかりやすい。 本例では喀痰細胞診で扁平上皮癌細胞が出ているのに、胸部エックス線写真にもCTにも腫瘍の影が写っていない。このように、喀痰細胞診は陽性だが画像では病変を指摘できない肺癌を「胸部エックス線写真無所見肺癌(潜在性肺癌、roentgenographically occult lung cancer)」とよぶ。多くは太い気管支の粘膜にとどまる早期の中心型扁平上皮癌で、気管支壁がわずかに厚くなっている程度のため画像に写らない。
設問の考え方
癌細胞が出ている以上、次にすべきことは「癌がどこにあるか(原発巣の局在)」と「どこまで広がっているか(範囲・深さ)」を突き止め、組織を採って確定診断することである。画像で見えない中枢気道の病変を直接観察でき、同時に生検も行える検査は気管支内視鏡検査(気管支鏡)しかない。全身の転移検索や他臓器の検査は、原発巣が確定してからでよい。
選択肢考察
- ×a. PET/CT
PET/CT(FDG-PET〔ブドウ糖類似物質を用いた陽電子放射断層撮影〕とCTの融合画像)は、癌と確定したあとの病期診断、とくに遠隔転移やリンパ節転移の検索に役立つ。一方、本例で疑われる早期の中心型病変は非常に小さく薄いため、FDGの集積として描出されにくい。また、気管支粘膜の病変を直接観察したり組織を採取したりすることもできない。原発巣の局在診断と確定診断を優先すべき段階で最初に行う検査ではない。
- ×b. 喀痰培養
喀痰培養は細菌性肺炎や肺結核、非結核性抗酸菌症など感染症の起炎菌を調べる検査である。本例は発熱などの感染徴候がなく、画像にも浸潤影や空洞がない。喀痰細胞診で扁平上皮癌細胞が確認されているため、血痰の原因として感染症を追う必要性は低く、培養では癌の局在も診断もわからない。
- ×c. 胸部単純MRI
MRIは軟部組織のコントラストに優れ、肺尖部胸壁浸潤癌(Pancoast腫瘍)の胸壁・腕神経叢への浸潤や縦隔浸潤の評価には使われる。しかし肺野や気管支の細かな病変の描出はCTに劣る。CTで写らない気管支粘膜の早期癌をMRIで見つけることは期待できず、組織も採れないため確定診断にもつながらない。
- ○d. 気管支内視鏡検査
喀痰細胞診で扁平上皮癌細胞が陽性なのに胸部エックス線写真・CTで病変がない場合は、画像に写らない早期の中心型肺癌を強く疑う。気管支鏡を使えば、気管から区域・亜区域気管支までの粘膜を直接観察して、肥厚・発赤・不整などのわずかな変化を探せる。さらに、その場で生検や擦過細胞診を行って組織学的に確定診断できる。病変が見つけにくい場合は、自家蛍光気管支鏡(正常粘膜と腫瘍の蛍光の違いを利用)や狭帯域光観察(NBI)で病変の範囲を、気管支腔内超音波(EBUS)で気管支壁への浸潤の深さを評価する。原発巣の局在診断と確定診断を同時に行える、本例で最も優先すべき検査である。
- ×e. 上部消化管内視鏡検査
上部消化管内視鏡検査は胃癌の再発や食道・胃病変の評価に用いる。しかし本例の胃癌は早期癌で、切除から10年経っており、再発の可能性は低い。何より喀痰から出ているのは角化した扁平上皮癌細胞であり、胃癌(ほとんどが腺癌)の転移では説明できない。食道扁平上皮癌の気道浸潤も理論上はありうるが、嚥下障害などの症状も画像所見もない本例で優先する検査ではない。
中心型(肺門型)肺癌と末梢型肺癌
・中心型:区域気管支より中枢側の太い気管支に発生する。扁平上皮癌や小細胞癌が多く、喫煙との関連が強い。咳嗽・血痰が出やすく、喀痰細胞診の陽性率が高い。気管支を閉塞すると無気肺や閉塞性肺炎をきたす。確定診断には気管支鏡下の生検が中心となる。 ・末梢型:亜区域気管支より末梢や肺胞領域に発生する。腺癌が多く、非喫煙者や女性にもみられる。早期は無症状のことが多く、CT検診などで結節影として見つかる。診断には気管支鏡(EBUS-GS〔ガイドシース併用気管支腔内超音波〕などを併用)やCTガイド下経皮肺生検を用いる。
胸部エックス線写真無所見肺癌(潜在性肺癌)
喀痰細胞診で癌細胞が陽性なのに、胸部画像で病変を指摘できない肺癌をいう。ほとんどが重喫煙者の中枢気道に発生した早期扁平上皮癌(上皮内癌や微小浸潤癌)である。気管支鏡で局在を確認し、病変が小さく表層にとどまっていれば、光線力学的治療(PDT:腫瘍に集まる光感受性物質を投与してレーザー光を当てる治療)など、肺を温存する治療が選択できる。
喀痰細胞診でみる扁平上皮癌細胞
Papanicolaou染色では、角化した細胞質がオレンジG色素によって橙色に染まる。細胞は大小不同で、オタマジャクシ形や線維状など形が不揃いになる。核は濃く染まり(クロマチン増量)、形も不整である。喀痰細胞診は非侵襲的で繰り返し行えるため、重喫煙者の肺癌検診(高危険群に対する胸部エックス線写真との併用)にも用いられる。
肺癌診断の一般的な流れ
画像や喀痰細胞診で肺癌を疑う → 気管支鏡などで組織を採取して確定診断(組織型、腺癌では遺伝子変異やPD-L1〔免疫チェックポイント分子〕の発現も評価)→ 造影CT、頭部MRI、PET/CTなどで病期診断 → 治療方針の決定。
POINT
・重喫煙者の血痰 → 中心型の扁平上皮癌を疑う。 ・Papanicolaou染色でオレンジ色の細胞質をもつ異型細胞は、角化した扁平上皮癌細胞である。 ・喀痰細胞診が陽性で胸部画像に異常がない場合 → 早期中心型肺癌(胸部エックス線写真無所見肺癌)を考え、まず気管支鏡で局在を確認し、生検で確定診断する。 ・PET/CTは確定診断後の病期診断に使う検査で、最初に行う検査ではない。
