タツノオトシゴの形に記憶が宿る―髄鞘染色で海馬を見抜く
第108回医師国家試験 G問題 第22問
国試問題にチャレンジ
中枢神経系の一部の髄鞘染色(Klüver-Barrera染色)標本を別に示す。髄鞘が青く染色されている。 この部位と関係が深い機能はどれか。

- a.意識
- b.記憶
- c.嗅覚
- d.視覚
- e.発語
対話形式の解説
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ドクターまとめ
Klüver-Barrera染色では髄鞘(白質)が青、神経細胞(灰白質)が紫に染まり、側脳室下角の内側に巻き込むように突出するC字状の灰白質構造(アンモン角と歯状回)から海馬と同定できます。海馬は大脳辺縁系の一部で、新しいエピソード記憶・陳述記憶の形成に中心的な役割を担い、両側障害では意識や知能が保たれたまま前向性健忘をきたします。意識は脳幹網様体賦活系、嗅覚は嗅球・嗅索・梨状皮質、視覚は後頭葉視覚野、発語はBroca野が主に関わります。海馬はPapez回路の起点でもあり、Alzheimer型認知症、単純ヘルペス脳炎、内側側頭葉てんかん、低酸素脳症などで障害されます。組織の形から部位を同定し、機能と疾患に結びつける力は、神経解剖を臨床に生かすための基本となります。
解答・解説
正解はbです
組織標本から脳の部位を同定し、その部位の機能を答える問題である。
染色の読み方
Klüver-Barrera(クリューバー・バレラ)染色は、ルクソールファストブルーで髄鞘を青く、クレシル紫(ニッスル染色)で神経細胞体を紫に染める方法である。したがって、濃い青の部分は有髄線維の多い白質、淡く染まる部分は神経細胞の多い灰白質と考えて見ればよい。
部位の同定
標本の上部には、薄い灰白質の帯がくるりと巻き込んだ特徴的な構造がある。これは紫に染まる細い細胞層が「C」字あるいはタツノオトシゴ状に折れ曲がった形をとっており、アンモン角(固有海馬)とそれに噛み合う歯状回からなる海馬体である。その表面を覆う濃青色の薄い白質層は海馬白板(alveus)から海馬采(fimbria)へ続く線維で、脳弓を経て乳頭体などへ出力を運ぶ。右上方には側脳室下角の腔がみられ、海馬が側脳室下角の底(内側壁)に突出しているという位置関係に一致する。下方の大きな回は海馬傍回(その前部が嗅内野)で、その下に側副溝などの脳溝が見える。以上から、側頭葉内側部の海馬付近の冠状断と判断できる。
機能
海馬は大脳辺縁系の一部であり、新しい出来事や知識を記憶として定着させる働き(エピソード記憶・陳述記憶の形成)に中心的な役割を果たす。したがって「記憶」が正解である。
選択肢考察
- ×a. 意識
意識(覚醒)の維持には、脳幹網様体から視床(髄板内核など)を経て大脳皮質を広く賦活する上行性網様体賦活系が中心的に関わる。したがって意識障害は、脳幹・視床の障害か、両側大脳半球の広範な障害で生じる。海馬が障害されても、健忘は起こるが意識は保たれる。
- ○b. 記憶
提示された標本は海馬であり、海馬は新しい記憶の形成(記銘と固定)に不可欠な構造である。大脳皮質で処理された情報は嗅内野から海馬に入り、歯状回→CA3→CA1→海馬支脚へと伝えられた後、再び皮質へ戻されたり、脳弓を経て乳頭体→視床前核→帯状回へと回るPapez回路に送られたりする。両側の海馬を切除された症例(H.M.)では、知能や古い記憶は保たれたまま、新しい出来事を覚えられない重度の前向性健忘が生じたことが知られている。一方、自転車の乗り方のような手続き記憶は主に大脳基底核や小脳が担い、海馬障害でも保たれる。
- ×c. 嗅覚
嗅覚の伝導路は、嗅上皮の嗅細胞→嗅神経→嗅球→嗅索と進み、梨状皮質・扁桃体周囲皮質・嗅内野前部などの一次嗅覚野に至る。他の感覚と異なり、視床を経由せずに大脳皮質へ届くのが特徴である。これらの一次嗅覚野は海馬の近くの側頭葉内側前部にあり、海馬もかつては「嗅脳」の一部とみなされたが、現在では海馬そのものの主な機能は嗅覚ではなく記憶と考えられている。
- ×d. 視覚
視覚は網膜→視神経→視交叉→視索→外側膝状体→視放線→後頭葉の一次視覚野(鳥距溝周囲、Brodmann 17野)へと伝えられる。視放線の一部(Meyer loop)は側頭葉を通るが、海馬そのものは視覚情報の伝導や一次処理には関与しない。
- ×e. 発語
発語(言葉を話すこと)には、優位半球(多くは左)の前頭葉下前頭回後部にあるBroca野(運動性言語中枢、Brodmann 44・45野)が関わり、障害されると非流暢な運動性失語となる。さらに実際の構音には一次運動野、大脳基底核、小脳、脳幹の脳神経核などが関与する。海馬は発語に直接関与しない。
海馬の構造
海馬体は、アンモン角(固有海馬、CA1〜CA4に区分)、歯状回、海馬支脚からなる。側頭葉内側で側脳室下角の底に突出し、隣接する海馬傍回(前部は嗅内野)とともに側頭葉内側部の記憶系を構成する。CA1領域(Sommer扇形野)は虚血や低酸素に特に弱く、心停止後などに選択的な神経細胞脱落が生じて健忘の原因となる。
Papez回路(情動・記憶の回路)
海馬→脳弓→乳頭体→乳頭体視床路→視床前核→帯状回→帯状束→海馬傍回→海馬。この回路のどこが障害されても記憶障害が起こりうる(例:乳頭体が障害されるWernicke-Korsakoff症候群、脳弓や視床の障害)。
海馬が障害される主な疾患
・Alzheimer型認知症:早期から海馬・嗅内野が萎縮し、近時記憶障害で発症することが多い(MRIの冠状断で海馬萎縮を評価する)。 ・単純ヘルペス脳炎:側頭葉内側や前頭葉眼窩面が侵されやすい。 ・内側側頭葉てんかん:海馬硬化を伴うことが多い。 ・一過性全健忘、低酸素脳症など。
Klüver-Barrera染色
ルクソールファストブルーで髄鞘を青、クレシル紫で神経細胞のNissl小体を紫に染める。白質と灰白質のコントラストが明瞭で、脱髄疾患の評価や神経解剖の観察に用いられる。
POINT
・Klüver-Barrera染色では髄鞘(白質)が青、神経細胞(灰白質)が紫に染まる。 ・側脳室下角の内側に巻き込むように突出するC字状の灰白質(アンモン角と歯状回)は海馬である。 ・海馬は新しい記憶(陳述記憶)の形成に中心的役割を果たし、両側障害で前向性健忘をきたす。 ・意識=脳幹網様体賦活系、嗅覚=嗅球・嗅索・梨状皮質(視床を経由しない)、視覚=後頭葉視覚野、発語=Broca野。
