煮沸してもしぶとい病原体―プリオンに勝つ滅菌法はSDS煮沸
第108回医師国家試験 D問題 第8問
国試問題にチャレンジ
Creutzfeldt-Jakob病が疑われる患者の脳外科手術に用いた金属器具の滅菌法で最も適切なのはどれか。
- a.蟻酸浸漬
- b.ポビドンヨード液浸漬
- c.通常のオートクレーブ法
- d.グルタールアルデヒド浸漬
- e.ドデシル硫酸ナトリウム〈SDS〉煮沸
対話形式の解説
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ドクターまとめ
Creutzfeldt-Jakob病の病原体である異常プリオン蛋白は核酸をもたない凝集した蛋白質で、通常のオートクレーブやポビドンヨードなどの一般的な消毒・滅菌では不活化されません。グルタールアルデヒドやホルマリンなどのアルデヒド類は蛋白を固定し、かえって不活化を妨げるため禁忌であり、蟻酸は病理組織の処理に使われますが金属腐食のため器具には不向きです。プリオン汚染の金属器具は、十分な洗浄後に3% SDS溶液で煮沸する方法や、アルカリ洗浄と134℃の高温オートクレーブの組み合わせなどで処理します。脳・脊髄・硬膜・眼などの高リスク組織に触れた器具からは医原性CJDが生じうる一方、日常のケアは標準予防策でよいことも合わせて理解しておくと、臨床での適切な感染対策につながります。
解答・解説
正解はeです
本問は、Creutzfeldt-Jakob病(CJD)のようなプリオン病が疑われる患者の手術に使った器具を、どのように処理すれば再使用時の感染(医原性CJD)を防げるかを問うている。 プリオン病の病原体は、宿主の正常プリオン蛋白(PrPC)が立体構造を変えて生じた異常プリオン蛋白(PrPSc)である。PrPScは核酸をもたず、βシートに富む凝集体を作るため、熱・紫外線・放射線・通常の消毒薬・通常の滅菌法に対して非常に強い抵抗性を示す。細菌やウイルスを対象とした一般的な消毒・滅菌の考え方がそのまま通用しない点が本問の核心である。 さらに、脳・脊髄・硬膜・眼球(網膜・視神経)などはPrPScが高濃度に存在する高リスク組織であり、これらに触れた脳外科手術器具は最も厳重な処理を要する。過去には汚染された脳外科器具や深部脳波電極、ヒト乾燥硬膜の移植、ヒト下垂体由来成長ホルモン製剤によって医原性CJDが発生しており、日本でも乾燥硬膜移植による症例が多数報告された。 このため、わが国のプリオン病感染予防ガイドラインでは、金属製の手術器具について、十分な洗浄を前提としたうえで、プリオン不活化に有効性が確認された処理法(3% SDS溶液での煮沸、アルカリ洗浄剤による洗浄とオートクレーブの組み合わせ、長時間の高温オートクレーブなど)を行うよう推奨している。選択肢の中でこれに該当するのはSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)煮沸である。
選択肢考察
- ×a. 蟻酸浸漬
蟻酸(ぎさん)はプリオンの感染性を低下させる作用をもち、ホルマリン固定後のプリオン病脳組織を病理標本にする際の不活化処理に用いられる。しかし十分な効果を得るには高濃度(おおむね60%以上)で長時間(1時間以上)浸す必要があり、強い金属腐食作用もあるため、再使用する金属製手術器具の処理法としては適さない。
- ×b. ポビドンヨード液浸漬
ポビドンヨードは皮膚・粘膜の消毒に広く用いられる中水準消毒薬で、細菌・真菌・多くのウイルスには有効だが、蛋白質性の病原体であるプリオンは不活化できない。また器具の滅菌を目的とした薬剤でもない。
- ×c. 通常のオートクレーブ法
オートクレーブは高温高圧の飽和水蒸気で滅菌する方法で、通常は121℃・約2気圧(ゲージ圧約1気圧)で15~20分程度処理する。細菌芽胞まで死滅させる強力な滅菌法だが、この条件ではプリオンの感染性は完全には失われない。プリオン対策としては、134℃で18分以上など条件を強化したり、アルカリ洗浄剤による洗浄と組み合わせたりする必要がある。132℃で1時間処理しても感染価は約1/1,000に下がるにとどまるとされ、「通常の」オートクレーブでは不十分である。
- ×d. グルタールアルデヒド浸漬
グルタールアルデヒドは内視鏡などの消毒に使われる高水準消毒薬であり、組織固定剤でもある。アルデヒド類は蛋白質を架橋して固定するため、プリオンを不活化するどころか、器具表面に付着した異常プリオン蛋白を固着させ、その後の洗浄や処理を効きにくくしてしまう。したがってプリオン汚染器具には用いてはならない。ホルマリンも同様の理由で無効である。
- ○e. ドデシル硫酸ナトリウム〈SDS〉煮沸
SDSは強力な陰イオン性界面活性剤で、蛋白質の高次構造を壊して変性・可溶化させる。これを煮沸と組み合わせることで、凝集した異常プリオン蛋白を効率よく変性させ感染性を失わせることができる。十分に洗浄した金属器具を3% SDS溶液中で100℃、3~5分間煮沸する方法が推奨されており、金属器具への傷みも比較的少ない。選択肢の中ではプリオン汚染金属器具の処理法として最も適切である。
プリオン病の概要
プリオン病は異常プリオン蛋白が中枢神経系に蓄積し、神経細胞が脱落して脳が海綿状に変化する致死性の疾患群である。孤発性CJDが約8割を占め、ほかに遺伝性(家族性CJD、Gerstmann-Sträussler-Scheinker病、致死性家族性不眠症)、獲得性(医原性CJD、変異型CJD、クールー)がある。孤発性CJDは急速進行性の認知症、ミオクローヌス、脳波の周期性同期性放電(PSD)、MRI拡散強調像での大脳皮質・基底核の高信号、髄液14-3-3蛋白・総タウ蛋白の上昇、RT-QuIC法陽性などが特徴である。
医原性CJDの感染経路
・ヒト乾燥硬膜移植(日本で多い) ・ヒト下垂体由来成長ホルモン・ゴナドトロピン製剤 ・角膜移植 ・汚染された脳外科手術器具・深部脳波電極 変異型CJDでは輸血による感染も報告されている。
プリオンに無効な処理
通常のオートクレーブ(121℃ 20分程度)、乾熱滅菌、エチレンオキサイドガス滅菌、紫外線・放射線照射、アルコール、ポビドンヨード、クロルヘキシジン、ホルマリン・グルタールアルデヒドなどのアルデヒド類。アルデヒド類は蛋白を固定してかえって不活化を妨げる。
プリオン汚染器具に推奨される主な処理(金属器具)
・十分な洗浄の後、3% SDS溶液で3~5分間煮沸 ・アルカリ洗浄剤で洗浄後、134℃ 8~10分のオートクレーブ ・134℃ 18分以上のオートクレーブ ・アルカリ洗浄後の過酸化水素低温ガスプラズマ滅菌 そのほか、1N水酸化ナトリウムや高濃度の次亜塩素酸ナトリウムへの浸漬も有効だが、金属腐食の問題がある。処理が困難な器具や高リスク組織に触れた使い捨て可能な物品は焼却処分が確実である。
日常診療での注意
CJD患者は空気感染や通常の接触で感染させることはなく、日常のケアは標準予防策でよい。一方、脳・脊髄・眼などの高リスク組織や髄液に触れる手技では、器具の管理(可能ならディスポーザブル製品の使用)に特に注意する。
POINT
・プリオン(異常プリオン蛋白)は通常のオートクレーブ、ポビドンヨード、アルデヒド類などの通常の消毒・滅菌では不活化されない。 ・グルタールアルデヒドやホルマリンは蛋白を固定し、むしろ不活化を妨げる。 ・プリオン汚染金属器具は洗浄後に3% SDS煮沸(100℃ 3~5分)や、アルカリ洗浄+高温オートクレーブ(134℃)で処理する。 ・医原性CJDの原因として乾燥硬膜移植、下垂体由来ホルモン製剤、角膜移植、汚染された脳外科器具がある。
