StudyMed医師国家試験

痛みは4つの顔をもつ―全人的苦痛と「聴く」ことの力

第108回医師国家試験 B問題 第19問

国試問題にチャレンジ

第108回 B問題 第19問

緩和医療における全人的苦痛について正しいのはどれか。

  1. a.社会的苦痛への対応を優先する。
  2. b.精神的苦痛には傾聴が有効である。
  3. c.家族内問題による苦痛には対応しない。
  4. d.スピリチュアルペインは身体的苦痛として対応する。
  5. e.身体的苦痛にはオピオイドの急速静注が必要である。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は緩和医療の基本概念である全人的苦痛、トータルペインについての問題だ。患者さんの苦しみをどんな側面に分けて捉えるのか、そしてそれぞれにどう向き合うのかを整理できているかがカギになる。まず、全人的苦痛の4つの側面を挙げられるかな。
医学生医学生
身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペインの4つです。
ドクタードクター
完璧だ。近代ホスピス運動の創始者シシリー・ソンダースが提唱した考え方で、がんなど生命を脅かす病気をもつ患者さんの苦しみを、身体の痛みだけでなく4つの側面が絡み合った一つの「痛み」として捉えるんだ。大事なのは、それらが互いに増幅し合うということ。
医学生医学生
痛みが強いと不安になって、不安が強いと痛みをより強く感じる、という悪循環ですか。
ドクタードクター
その通り。だからどれか一つだけを取り出すのではなく、多職種チームで包括的に支援するのが原則になる。そのうえで、苦痛ごとに向き合い方が違うことを理解しておこう。精神的苦痛、つまり不安や恐れ、いらだち、抑うつにはどう対応するのがよいと思う?
医学生医学生
OSCEの医療面接で練習した、相手の話を遮らずに聴く「傾聴」でしょうか。
ドクタードクター
正解だ。患者さんが自分の気持ちを言葉にし、医療者がそれを否定も評価もせずに受け止めることで、苦痛は和らぎやすい。信頼関係を築く土台にもなる。ただし、背景にせん妄やうつ病、適応障害が隠れていることもあるから、必要なら精神科医や臨床心理士と連携し、薬物療法を併用することもあるよ。
医学生医学生
社会的苦痛を優先する、という考え方はないんですか。仕事やお金の心配は切実だと思うのですが。
ドクタードクター
切実なのは確かだけど、社会的苦痛だけを優先するという原則はない。むしろ臨床では、強い痛みが残っていると患者さんはほかの問題に向き合う余裕がもてないから、まず身体症状の緩和を土台として確保し、並行してほかの苦痛にも対応していくのが一般的だね。
医学生医学生
家族の問題は医療の範囲外だと思っていましたが、それも対象なんですね。
ドクタードクター
そう。家族関係の葛藤や介護負担、子どもの養育、経済的な問題は社会的苦痛に含まれる。WHOの定義でも緩和ケアは「患者とその家族」のQOLの改善を目指すもので、死別後の悲嘆に寄り添うグリーフケアまで含まれる。医療ソーシャルワーカーと連携して社会資源を活用するのが実際的な対応だ。
医学生医学生
スピリチュアルペインは、正直イメージしにくいです。
ドクタードクター
「自分の人生に意味はあったのか」「なぜ自分がこんな目に」「死んだらどうなるのか」といった、存在や生きる意味にかかわる苦しみのことだ。身体的苦痛とは別の側面で、鎮痛薬では解消しない。患者さんの語りに耳を傾け、その人の価値観や人生の歩みを尊重しながら寄り添うことが基本で、必要に応じてチャプレンなどの宗教家が関わることもある。
医学生医学生
身体的苦痛のほうは、薬理学の講義でオピオイドを習いました。急速静注で一気に効かせるのでは?
ドクタードクター
そこは誤解しやすいところだ。WHOのがん疼痛治療の原則では、できるだけ経口投与で、時刻を決めて規則正しく、患者ごとに量を調整して投与する。経口が難しければ貼付剤や持続皮下注、持続静注を選ぶ。急速静注は呼吸抑制などのリスクが高く、一般的な投与法ではない。それに、身体的苦痛は疼痛だけでなく呼吸困難や倦怠感、悪心、便秘なども含むから、何でもオピオイドというわけでもないんだ。
医学生医学生
薬で対応する苦痛と、対話や寄り添いで向き合う苦痛を区別することが大切なんですね。
ドクタードクター
その理解で十分だ。最後に臨床での注意点を付け加えよう。緩和ケアは終末期だけのものではなく、診断されたときから治療と並行して提供されるべきものとされている。また患者さんの心理は、キューブラー・ロスの死の受容過程が示すように、否認や怒り、抑うつの間を揺れ動く。その揺れを理解しながら、希望や生きがいに共感し、達成できる短い目標を一緒に考えていく姿勢が求められるんだ。
医学生医学生
内科の実習で、指導医の先生が回診のたびにベッドサイドに座って話を聴いていた理由がわかった気がします。
ドクタードクター
座って目線を合わせるだけでも、患者さんは話しやすくなる。傾聴は特別な技術というより、すべての医師に必要な基本姿勢だと覚えておこう。

まとめ

全人的苦痛(トータルペイン)は、シシリー・ソンダースが提唱した概念で、患者の苦しみを身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4側面が絡み合ったものとして捉えます。不安や抑うつなどの精神的苦痛には、気持ちを否定せずに受け止める傾聴が基本的かつ有効な対応であり、スピリチュアルペインにも同様に傾聴と寄り添いが求められます。家族の問題も社会的苦痛として緩和ケアの対象であり、特定の苦痛だけを優先するのではなく、身体症状の緩和を土台に多職種で包括的に支援します。がん疼痛に対するオピオイドは経口投与を原則とし、時刻を決めて患者ごとに量を調整するもので、急速静注は一般的ではありません。苦痛の性質に応じて薬物療法と対話を使い分ける視点は、緩和ケアに限らず患者中心の医療を実践するうえでの基礎となります。

解答・解説

正解はbです

【テーマ】全人的苦痛(トータルペイン total pain)の概念と、それぞれの苦痛への基本的な向き合い方を問う一般問題である。

全人的苦痛とは

近代ホスピス運動の創始者シシリー・ソンダース(Cicely Saunders)が提唱した概念で、がんなど生命を脅かす疾患を抱える患者の苦しみを、身体面だけでなく次の4つの側面が互いに影響し合った一つの「痛み」として捉える。 ・身体的苦痛:疼痛、呼吸困難、倦怠感、悪心など ・精神的苦痛:不安、いらだち、抑うつ、恐れ、孤独感など ・社会的苦痛:仕事・経済・家庭内の問題、人間関係、相続など ・スピリチュアルペイン(霊的苦痛):生きる意味や価値の喪失、罪責感、死生観にかかわる問い、「なぜ自分が」という苦しみなど

解き方の考え方

4つの苦痛は互いに増幅し合う(例:痛みが強いと不安が増し、不安が強いと痛みを強く感じる)。したがって、どれか一つだけを取り出して対応するのではなく、患者と家族を一体として包括的に評価し、多職種チームで同時並行的に支援するのが緩和ケアの原則である。そのうえで、それぞれの苦痛の性質に合った対応法(薬物療法が中心となる苦痛、対話や寄り添いが中心となる苦痛)を区別できるかが本問の鍵である。精神的苦痛に対しては、患者の気持ちを否定せずに聴き取り受け止める「傾聴」が基本的かつ有効な手段となる。

選択肢考察

  1. ×a.  社会的苦痛への対応を優先する。

    誤り。全人的苦痛の4側面は相互に関連しており、社会的苦痛だけを優先して扱うという原則はない。実際の臨床では、強い疼痛などの身体的苦痛が残っていると患者は他の問題に向き合う余裕を持てないため、まず身体症状の緩和を土台として確保し、並行して精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛にも包括的に対応していくのが一般的な考え方である。

  2. ○b.  精神的苦痛には傾聴が有効である。

    正しい。不安、恐れ、いらだち、抑うつ気分といった精神的苦痛は、患者が自分の気持ちを言葉にし、それを医療者が遮らず評価せずに受け止めることで軽減されやすい。傾聴により、思うように症状が改善しないことへのいらだちや死への恐怖に共感を示すことができ、信頼関係の構築にもつながる。なお、せん妄や適応障害・うつ病などが隠れていることもあるため、必要に応じて精神科医・心療内科医、臨床心理士などと連携し、薬物療法を併用することもある。

  3. ×c.  家族内問題による苦痛には対応しない。

    誤り。家族関係の葛藤、介護負担、子どもの養育、経済的問題などは社会的苦痛に含まれ、緩和ケアの対象である。WHO(世界保健機関)の定義でも緩和ケアは「患者とその家族」のQOL(生活の質)の改善を目指すものとされており、家族自身の心理的負担や死別後の悲嘆へのケア(グリーフケア)まで含めて支援する。医療ソーシャルワーカー(MSW)などの多職種と連携して対応する。

  4. ×d.  スピリチュアルペインは身体的苦痛として対応する。

    誤り。スピリチュアルペインは「自分の人生に意味はあったのか」「なぜ自分がこんな目に」「死んだらどうなるのか」といった存在そのものや生きる意味にかかわる苦しみであり、身体的苦痛とは別の側面である。鎮痛薬などの薬物療法では解消されないため、精神的苦痛と同様に、まず患者の語りに耳を傾け、価値観や人生の歩みを尊重しながら寄り添うことが基本となる。必要に応じて宗教家(チャプレン)などの関与も考慮される。

  5. ×e.  身体的苦痛にはオピオイドの急速静注が必要である。

    誤り。がん疼痛にはオピオイド(医療用麻薬性鎮痛薬)が中心的役割を果たすが、急速静注が必要というわけではない。WHOのがん疼痛治療の原則では、可能な限り経口投与(by mouth)とし、時刻を決めて規則正しく投与(by the clock)、患者ごとに適量を調整(for the individual)することが示されている。経口が困難な場合も、貼付剤、持続皮下注、持続静注などが選択され、急速静注は呼吸抑制などのリスクが高く、一般的な投与法ではない。また、身体的苦痛の原因は疼痛に限らず、全てにオピオイドが必要なわけでもない。

全人的苦痛の4つの側面と主な対応

・身体的苦痛:疼痛、呼吸困難、倦怠感、悪心・嘔吐、便秘など。原因評価に基づく薬物療法(非オピオイド鎮痛薬、オピオイド、鎮痛補助薬など)や非薬物療法で対応する。 ・精神的苦痛:不安、抑うつ、いらだち、恐怖。傾聴・共感を基本とし、必要時は精神科的評価や薬物療法を加える。 ・社会的苦痛:仕事、経済、家族関係、相続など。MSWなどと連携し、社会資源の活用を図る。 ・スピリチュアルペイン:生の意味・価値の喪失、罪責感、死への恐れ。傾聴し、患者の価値観や尊厳を支える。

WHOのがん疼痛治療の基本原則

経口投与を基本とする(by mouth)、時刻を決めて定期的に投与する(by the clock)、患者ごとの個別的な量を設定する(for the individual)、細かい点まで配慮する(with attention to detail)。かつては「除痛ラダーに沿って(by the ladder)」も原則に含まれていたが、2018年のWHOガイドライン改訂で基本原則からは外され、ラダーは教育・指針のための道具という位置づけになった。

終末期患者の心理的ケアの要点

・否認・怒り・取引・抑うつ・受容(キューブラー・ロスの死の受容過程)など、揺れ動く心理状態を理解する。 ・患者が恐怖や不安を表出できるよう、家族とも連携しながらコミュニケーションを保つ。 ・患者の希望や生きがいに共感し、達成可能な短期目標をともに考える。 ・患者の尊厳を守り、本人の意向を最大限尊重する。

緩和ケアの対象と時期

WHOの定義では、生命を脅かす疾患に直面する患者と家族のQOLを改善するアプローチであり、終末期に限らず診断時から治療と並行して提供されるべきものとされている。

POINT

・全人的苦痛(トータルペイン)=身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4側面が絡み合った苦痛(ソンダースが提唱)。 ・4側面は相互に影響するため、多職種で包括的に対応する。 ・精神的苦痛・スピリチュアルペインには傾聴と共感が基本。 ・家族の問題も緩和ケアの対象(患者と家族を一体としてケアする)。 ・オピオイドは経口投与が原則。急速静注は不要。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。