触れなくても否定できない―PSAグレーゾーンから前立腺針生検へ
第108回医師国家試験 A問題 第47問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。人間ドックでPSA 8.3 ng/mL(基準4.0以下)を指摘されたため来院した。PSAを再検したところ8.4 ng/mLであった。直腸指診で,小鶏卵大,弾性硬および表面平滑の前立腺を触知するが,明らかな硬結は認めない。腹部超音波検査で前立腺体積は32 mLであった。 次に行う検査として適切なのはどれか。
- a.尿細胞診
- b.腹部単純CT
- c.前立腺針生検
- d.骨シンチグラフィ
- e.逆行性尿道膀胱造影
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
PSAは臓器特異性は高いものの癌特異性は低く、4〜10 ng/mLのグレーゾーンでは前立腺肥大症との区別が問題になりますが、直腸指診で硬結を触れなくても前立腺癌は否定できません。前立腺体積で補正したPSA densityが0.15を超えれば肥大だけでは説明しにくく、本例の約0.26は癌を疑う根拠となります。確定診断は前立腺針生検による病理診断で、Gleasonスコアやグレードグループで悪性度を評価し、CTや骨シンチグラフィは確定後の病期診断に用います。実臨床では生検前にマルチパラメトリックMRIでPI-RADS評価を行う流れが一般的で、遊離型PSA比や5α還元酵素阻害薬内服時の補正も解釈に重要です。「存在診断」と「病期診断」の検査を正しい順序で選ぶ考え方は、あらゆる癌の精査に通じる基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・72歳男性。人間ドックでPSA(prostate-specific antigen:前立腺特異抗原)8.3 ng/mLを指摘され、再検でも8.4 ng/mLと再現性のある上昇である。 ・PSA 4〜10 ng/mLはいわゆるグレーゾーンであり、前立腺癌と前立腺肥大症(あるいは前立腺炎)のどちらでもとりうる値である。この範囲でも生検を行えばおよそ25〜30%で癌が見つかるとされ、決して無視できない。 ・直腸指診(DRE:digital rectal examination)では小鶏卵大・弾性硬・表面平滑で硬結はなく、前立腺肥大症に典型的な触診所見である。癌を強く疑わせる石様硬の結節は触れない。ただし前立腺癌の多くは早期には触知できないため、DREが正常でも癌は否定できない。 ・経腹超音波での前立腺体積は32 mLで、軽度の腫大にとどまる。
診断へのプロセス
PSAは前立腺に特異的だが癌に特異的ではなく、前立腺肥大症でも腺の体積に応じて上昇する。そこで体積あたりのPSA値であるPSA density(PSAD)を計算すると、8.4 ÷ 32 ≒ 0.26 ng/mL/mLとなる。一般にPSADが0.15を超えると、肥大した腺からの漏出だけではPSA上昇を説明しにくく、癌の存在を疑う根拠とされる。つまり本例のPSA上昇は「32 mL程度の肥大だけで説明できる範囲」を超えている。
設問の考え方
再現性のあるPSA上昇とPSADの高値から前立腺癌が疑われ、DREで否定することはできない。前立腺癌の確定診断は病理組織診断によるほかなく、選択肢の中で次に行うべきなのは前立腺針生検である。CTや骨シンチグラフィは癌と確定したあとの病期診断(転移検索)に用いる検査であり、生検より先に行う理由はない。 なお、現在の実臨床では、生検の前に前立腺MRI(マルチパラメトリックMRI)を行い、PI-RADS(Prostate Imaging-Reporting and Data System)で癌の可能性を評価して生検の要否や狙う部位を決める流れが広く採用されている。本問の選択肢にMRIは含まれないため、確定診断のための針生検を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 尿細胞診
尿中に剥がれ落ちた細胞の異型を顕微鏡で調べる検査で、主な対象は膀胱癌や腎盂・尿管癌などの尿路上皮癌である。特に悪性度の高い尿路上皮癌や上皮内癌で陽性になりやすい。前立腺癌は腺癌であり尿中に細胞が出てくることは少なく、PSA上昇の精査として行う検査ではない。本例には肉眼的血尿など尿路上皮癌を疑う所見もない。
- ×b. 腹部単純CT
CTは前立腺内部の軟部組織コントラストが乏しく、前立腺内の小さな癌病巣を描出する能力は低い。局所の癌の検出にはMRIや経直腸超音波のほうが優れる。CTは前立腺癌と確定した後に、リンパ節転移や他臓器転移の有無を調べる病期診断の目的で用いられる。診断が確定していない段階でまず行う検査ではない。
- ○c. 前立腺針生検
前立腺癌の確定診断は組織を採取して病理学的に癌を証明することでしか得られない。本例はPSAが再検でもグレーゾーン(4〜10 ng/mL)に持続して上昇しており、さらにPSA densityが約0.26と0.15を上回るため、肥大症だけではPSA値を説明しにくい。DREで硬結を触れなくても癌は否定できないので、経直腸超音波ガイド下(経直腸的または経会陰的)に系統的に複数か所から針生検を行い、癌の有無と組織学的悪性度(Gleasonスコア/グレードグループ)を評価する。合併症として出血(血尿・血精液症・直腸出血)、感染(前立腺炎・敗血症)、尿閉などがありうる。
- ×d. 骨シンチグラフィ
前立腺癌は骨、特に脊椎や骨盤骨に造骨性の転移を起こしやすく、骨シンチグラフィはその検索に用いられる。しかし役割は癌と確定した後の病期診断であり、原発巣の有無を判定することはできない。PSAが10 ng/mL以下で症状もない段階では骨転移の頻度は低く、確定診断前に行う意義は乏しい。
- ×e. 逆行性尿道膀胱造影
外尿道口から造影剤を注入して尿道と膀胱を描出する検査で、尿道狭窄、尿道損傷(外傷)、尿道憩室などの形態評価や、前立腺部尿道の変形の把握に用いられる。前立腺癌の存在診断にはつながらず、PSA上昇の精査としては不適切である。
PSAの特徴
・PSAは前立腺上皮から分泌されるセリンプロテアーゼで、臓器特異性は高いが癌特異性は低い。前立腺肥大症、前立腺炎、尿閉、尿道カテーテル留置、射精、前立腺への機械的刺激(生検など)でも上昇する。 ・一般的な基準値は4.0 ng/mL以下で、4〜10 ng/mLがグレーゾーンとされる。年齢とともに前立腺が大きくなるため、年齢階層別基準値(例:65〜69歳3.5 ng/mL以下、70歳以上4.0 ng/mL以下)を用いることもある。 ・5α還元酵素阻害薬(デュタステリドなど)の内服中はPSAがおよそ半分に低下するため、評価の際は約2倍に補正して解釈する。
グレーゾーンでの癌の見分けを補う指標
・PSA density(PSAD):PSA値÷前立腺体積。0.15以上で癌の可能性が高まる。 ・遊離型PSA比(free/total PSA比):癌では遊離型の割合が低くなる傾向があり、比が低い(目安としておおむね0.25未満、施設により0.1〜0.25程度)ほど癌を疑う。 ・PSA velocity(PSAの経時的な上昇速度):年0.75 ng/mLを超える上昇は癌を疑う。
前立腺癌の診断の流れ
1. スクリーニング:PSA測定(±直腸指診) 2. 癌を疑った場合:マルチパラメトリックMRI(T2強調像、拡散強調像、ダイナミック造影)でPI-RADS評価 3. 確定診断:前立腺針生検(系統的生検、MRIで疑わしい部位を狙う標的生検)による病理診断。Gleasonスコアとグレードグループで悪性度を評価 4. 病期診断:CT(リンパ節・内臓転移)、骨シンチグラフィ(骨転移)、MRI(局所進展)
前立腺癌と前立腺肥大症の違い
・発生部位:癌は辺縁域(peripheral zone)に多く、直腸側にあるためDREで触れやすい。肥大症は移行域(transition zone)に生じる。 ・DRE所見:癌は石様硬で表面不整、結節を触れる。肥大症は弾性硬で表面平滑、正中溝が保たれることが多い。
POINT
・PSAが4〜10 ng/mLのグレーゾーンでは、直腸指診が正常でも前立腺癌は否定できない。 ・PSA density(PSA÷前立腺体積)が0.15を超えると癌の可能性が高い。本例は8.4÷32≒0.26。 ・前立腺癌の確定診断は前立腺針生検による病理診断である(実臨床では生検前にMRIを行うことが多い)。 ・CT・骨シンチグラフィは確定診断後の病期診断に用いる。 ・尿細胞診は尿路上皮癌、逆行性尿道膀胱造影は尿道狭窄や尿道損傷の評価に用いる。
