ゆっくり昇って弱く届く―指先で感じる大動脈弁狭窄症の脈
第107回医師国家試験 I問題 第6問
国試問題にチャレンジ
大動脈弁狭窄症に特徴的なのはどれか。
- a.遅脈
- b.大脈
- c.奇脈
- d.交互脈
- e.二段脈
対話形式の解説
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ドクターまとめ
大動脈弁狭窄症では、狭い弁口から時間をかけて血液を駆出するため動脈圧の立ち上がりが遅れる遅脈と、拍出量の制限による小脈が生じ、小脈・遅脈(pulsus parvus et tardus)が特徴となります。対照的に大動脈弁閉鎖不全症では脈圧が増大し、大脈・速脈(Corrigan脈、水槌脈)を示します。奇脈は吸気時の収縮期血圧10 mmHg超の低下で心タンポナーデが代表、交互脈はリズム整のまま強弱が交互に現れる重症左心不全の徴候、二段脈は洞収縮と期外収縮の交互出現で、二峰性脈とは区別が必要です。脈の振幅・立ち上がり・拍ごとの変動を病態と結びつけて理解すると、身体診察だけで弁膜症や心膜疾患を推測する力が身につきます。
解答・解説
正解はaです
本問は、動脈拍動(脈拍)の性状の異常と、それが現れる代表的な疾患との対応を問う問題である。
脈拍を観察する視点
脈拍は回数やリズムだけでなく、次のような「性状」も評価する。 ・大きさ(振幅):脈圧(収縮期血圧と拡張期血圧の差)を反映する。大きいものを大脈、小さいものを小脈という。 ・立ち上がりと下降の速さ:急に立ち上がって急に消えるものを速脈、ゆっくり立ち上がってゆっくり下がるものを遅脈という。 ・拍動ごとの変動:呼吸や心拍ごとに強さが変わるもの(奇脈、交互脈など)。 ・リズム:期外収縮などによる不整。
大動脈弁狭窄症(aortic stenosis:AS)での脈の変化
ASでは大動脈弁口が狭くなるため、左室は狭い出口から時間をかけて血液を押し出さなければならない。その結果、 ・駆出に時間がかかり、動脈圧の立ち上がりが緩やかで、ピークに達するのが遅れる → 遅脈 ・1回に拍出される量が限られ、脈圧が小さくなる → 小脈 となる。この組み合わせを小脈・遅脈(pulsus parvus et tardus)と呼び、ASに特徴的な所見である。頸動脈を触れると、拍動が弱く遅れて感じられ、振戦(スリル)を触れることもある。 したがって、各選択肢の脈の定義と、それが生じる病態を対応づけることが解答の鍵である。
選択肢考察
- ○a. 遅脈
遅脈(pulsus tardus)は、脈の立ち上がりが緩やかでピークまでに時間がかかり、下降もゆっくりな脈である。ASでは狭窄した弁口を通して血液を送り出すのに時間がかかるため、動脈圧の上昇が遅れて遅脈となる。拍出量の制限による小脈(pulsus parvus)と合わせて「小脈・遅脈」とよばれ、ASに特徴的な脈拍所見である。遅脈が明らかなほど狭窄は高度と考えられる。
- ×b. 大脈
大脈(pulsus magnus)は脈圧が大きく、振幅の大きい脈である。代表は大動脈弁閉鎖不全症(aortic regurgitation:AR)で、拡張期に血液が左室へ逆流するため拡張期血圧が下がり、左室は増えた容量を拍出するため収縮期血圧が上がって、脈圧が著しく増大する。ARでは急激に立ち上がり急に消える速脈(pulsus celer)も伴い、大脈・速脈の組み合わせはCorrigan(コリガン)脈、水槌脈(water-hammer pulse)とよばれる。このほか動脈管開存症、動静脈瘻、甲状腺機能亢進症、高度の貧血、発熱、妊娠など心拍出量が増える高拍出状態でもみられる。ASでは脈圧はむしろ小さくなる(小脈)ため、ASの所見ではない。
- ×c. 奇脈
奇脈(pulsus paradoxus)は、吸気時に収縮期血圧が10 mmHgを超えて低下し、脈拍が弱く(ときに触れなく)なる現象である。健常者でも吸気時にわずかな血圧低下はあるが、それが病的に強調されたものである。心タンポナーデが代表で、心膜腔内の圧が高いため心臓全体の容積が制限され、吸気で右室への静脈還流が増えると心室中隔が左室側へ偏位し、左室の充満と拍出が減ることによる。重症の気管支喘息発作、慢性閉塞性肺疾患の増悪、収縮性心膜炎(頻度は低い)などでもみられる。ASに特徴的な所見ではない。
- ×d. 交互脈
交互脈(pulsus alternans)は、リズムは規則正しいまま、強い脈と弱い脈が1拍ごとに交互に現れる脈である。高度に収縮力の低下した左室で、1回拍出量が拍ごとに増減すること(拡張末期容積や心筋の収縮状態の周期的な変動が関与する)によって生じ、重症の左心不全を示唆する重要な徴候である。高度のASが進行して左心不全に陥れば出現しうるが、ASそのものに特徴的な脈ではない。
- ×e. 二段脈
二段脈(bigeminy)は、正常な洞調律の収縮と期外収縮が1拍ずつ交互に繰り返される不整脈で、心室期外収縮によることが多い(上室期外収縮でも生じる)。期外収縮は左室の充満が不十分なうちに起こるため、その拍動の脈は弱く、ときに触知されない(脈拍欠損)。脈は不規則に触れ、実際の心拍数より少なく数えられることもある。ジギタリス中毒の徴候として知られるほか、虚血性心疾患や心筋症などでもみられる。ASに特徴的な所見ではない。なお、1回の拍動に2つの峰をもつ二峰性脈(pulsus bisferiens)はARや閉塞性肥大型心筋症でみられるもので、二段脈とは別物である。
大動脈弁狭窄症の概要
・原因:加齢に伴う弁の変性・石灰化が最も多く、ほかに先天性二尖弁(比較的若年で狭窄が進む)、リウマチ性がある。高齢化に伴い増加している。 ・病態:左室に圧負荷がかかり、求心性の左室肥大をきたす。肥大心筋は酸素需要が大きく、冠血流が相対的に不足する。 ・症状:長い無症状期の後、狭心痛、失神(労作時に多い)、心不全の三主徴が出現する。症状が出現すると予後は急速に悪化し、突然死のリスクもあるため、手術適応を検討する。 ・身体所見:小脈・遅脈、脈圧の減少、胸骨右縁第2肋間を最強点とし頸部へ放散する収縮期駆出性雑音(ダイヤモンド型)、収縮期のスリル、左室肥大に伴うIV音、高度狭窄ではII音の減弱や奇異性分裂(大動脈弁成分が遅れて肺動脈弁成分の後になる)。 ・検査:心電図で左室肥大・ストレイン型ST-T変化、胸部X線で上行大動脈の狭窄後拡張や弁の石灰化。心エコーが診断・重症度評価の中心で、高度狭窄の目安は大動脈弁最大血流速度4.0 m/秒以上、平均圧較差40 mmHg以上、弁口面積1.0 cm²未満である。 ・治療:症状のある高度ASなどでは外科的大動脈弁置換術(SAVR)または経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)を行う。高度ASでは血管拡張薬や過度の利尿で血圧が急に下がりやすく、注意を要する。
主な脈拍の性状と代表的疾患
・小脈・遅脈:大動脈弁狭窄症 ・大脈・速脈(Corrigan脈、水槌脈):大動脈弁閉鎖不全症、動脈管開存症、甲状腺機能亢進症、貧血など ・二峰性脈:大動脈弁閉鎖不全症(狭窄兼閉鎖不全を含む)、閉塞性肥大型心筋症 ・奇脈:心タンポナーデ、重症喘息発作など ・交互脈:重症左心不全 ・二段脈:期外収縮の二段脈(ジギタリス中毒など) ・絶対性不整脈:心房細動
POINT
・大動脈弁狭窄症の脈は小脈・遅脈(pulsus parvus et tardus)である。 ・大動脈弁閉鎖不全症は大脈・速脈(Corrigan脈、水槌脈)で脈圧が増大する。 ・奇脈は吸気時の収縮期血圧10 mmHg超の低下で、心タンポナーデが代表。 ・交互脈は重症左心不全の徴候。 ・二段脈は洞収縮と期外収縮の交互出現で、二峰性脈とは区別する。
