乳癌を「育てる」薬はどれ?―エストロゲンを断つという内分泌療法の大原則
第107回医師国家試験 I問題 第30問
国試問題にチャレンジ
乳癌の治療薬として適切でないのはどれか。
- a.エストロゲン
- b.LH-RHアゴニスト
- c.アロマターゼ阻害薬
- d.分子標的薬(トラスツズマブ)
- e.アントラサイクリン系抗悪性腫瘍薬
対話形式の解説
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ドクターまとめ
乳癌の多くはホルモン受容体陽性で、エストロゲンによって増殖が促されるため、エストロゲンの投与は病状を悪化させる方向に働き、治療薬として適切ではありません。内分泌療法の原則は「エストロゲンを減らす・働かせない」ことで、閉経前は持続投与で卵巣機能を抑えるLH-RHアゴニストやタモキシフェン、閉経後は末梢でのエストロゲン産生を抑えるアロマターゼ阻害薬が中心となります。HER2陽性乳癌にはトラスツズマブ、再発リスクの高い症例などにはアントラサイクリン系を含む化学療法が用いられますが、どちらも心毒性に注意が必要で、同時併用は避けます。ホルモン受容体とHER2によるサブタイプ分類を軸に薬剤選択と副作用を理解することは、乳癌診療の基本であり、危険因子の理解にもつながります。
解答・解説
正解はaです
乳癌の薬物療法は、腫瘍の生物学的性質(サブタイプ)に基づいて選択される。サブタイプは主に、エストロゲン受容体(ER)・プロゲステロン受容体(PgR)といったホルモン受容体の有無、HER2(human epidermal growth factor receptor 2)蛋白の過剰発現・遺伝子増幅の有無、Ki-67などの増殖能で決まる。 治療薬は大きく3系統に分けられる。 ・内分泌療法(ホルモン療法):ホルモン受容体陽性乳癌に用いる。エストロゲンの作用を遮断する、または体内のエストロゲン量を減らすことで腫瘍増殖を抑える。 ・抗HER2療法(分子標的薬):HER2陽性乳癌に用いる。 ・化学療法(殺細胞性抗癌薬):アントラサイクリン系、タキサン系などを、再発リスクの高い症例やトリプルネガティブ乳癌、HER2陽性乳癌などに用いる。 乳癌の多く(約70%以上)はホルモン受容体陽性で、エストロゲンによって増殖が促進される。したがって、内分泌療法の考え方は一貫して「エストロゲンを減らす・働かせない」ことであり、エストロゲンそのものを補充することは乳癌の増殖を助長するため、治療薬として不適切である。
選択肢考察
- ○a. エストロゲン
ホルモン受容体陽性乳癌では、エストロゲンがERに結合して癌細胞の増殖を促進する。エストロゲンの長期曝露(早い初経、遅い閉経、未経産、閉経後の肥満、ホルモン補充療法など)は乳癌の危険因子でもある。したがってエストロゲン投与は乳癌を増悪させる方向に働き、治療薬として適切でない。乳癌治療では逆に、エストロゲンの作用や産生を抑える薬剤(抗エストロゲン薬のタモキシフェン、LH-RHアゴニスト、アロマターゼ阻害薬など)が用いられる。
- ×b. LH-RHアゴニスト
LH-RH(黄体形成ホルモン放出ホルモン、GnRHとも呼ぶ)アゴニスト(リュープロレリン、ゴセレリンなど)を持続的に投与すると、投与初期には一過性にゴナドトロピン分泌が増えるが(フレアアップ)、その後は下垂体のLH-RH受容体が減少・脱感作(ダウンレギュレーション)して黄体形成ホルモン(LH)・卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌が抑えられる。その結果、卵巣からのエストロゲン分泌が低下し、閉経後と同様のホルモン状態となる(薬物的卵巣機能抑制)。主に閉経前のホルモン受容体陽性乳癌に対し、タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬と併用して用いられる適切な治療薬である。
- ×c. アロマターゼ阻害薬
閉経後は卵巣からのエストロゲン分泌がほぼ停止し、副腎由来のアンドロゲン(アンドロステンジオンなど)が脂肪組織などに存在する酵素アロマターゼによってエストロゲンに変換されることが主なエストロゲン供給源となる。アロマターゼ阻害薬(アナストロゾール、レトロゾール、エキセメスタン)はこの変換を阻害してエストロゲンを低下させる。閉経後のホルモン受容体陽性乳癌の内分泌療法の中心となる薬剤である。閉経前では卵巣機能が保たれているため単独では効果が不十分であり、LH-RHアゴニストとの併用が必要となる。副作用として骨密度低下(骨粗鬆症)や関節痛がある。
- ×d. 分子標的薬(トラスツズマブ)
トラスツズマブはHER2に対するヒト化モノクローナル抗体であり、HER2を介した増殖シグナルを阻害するとともに、抗体依存性細胞傷害(ADCC)によっても腫瘍を攻撃する。乳癌の約15~20%がHER2陽性であり、HER2陽性乳癌の術前・術後療法および転移・再発乳癌で予後を大きく改善させた。適応判定には免疫組織化学(IHC)法でのHER2蛋白過剰発現(3+)、またはISH法でのHER2遺伝子増幅の確認が必要である。主な副作用は心機能障害(左室駆出率低下)とinfusion reactionで、アントラサイクリン系薬剤との同時併用は心毒性が増すため避ける。
- ×e. アントラサイクリン系抗悪性腫瘍薬
アントラサイクリン系薬剤(ドキソルビシン、エピルビシン)は、DNAの二本鎖間に入り込み(インターカレーション)、トポイソメラーゼIIを阻害することで抗腫瘍効果を示し、古くから乳癌化学療法の中心的な薬剤である。シクロホスファミドとの併用(AC療法、EC療法)として、術前・術後化学療法ではタキサン系薬剤(パクリタキセル、ドセタキセル)と順次投与するのが標準的である。かつては5-FUを加えたFEC(CEF)療法も広く用いられたが、5-FUの上乗せ効果は乏しいことが示され、現在はAC/EC療法が主流である。代表的な副作用は総投与量依存性の心筋障害で、累積投与量の上限を守る必要がある。そのほか骨髄抑制、脱毛、悪心・嘔吐がみられる。
乳癌のサブタイプと主な薬物療法
・ルミナルA型(ホルモン受容体陽性、HER2陰性、増殖能低い):内分泌療法が中心 ・ルミナルB型(ホルモン受容体陽性、増殖能高い、HER2陰性または陽性):内分泌療法+化学療法(HER2陽性なら抗HER2療法も) ・HER2陽性型(ホルモン受容体陰性):抗HER2療法+化学療法 ・トリプルネガティブ型(ER・PgR・HER2すべて陰性):化学療法が中心(免疫チェックポイント阻害薬や、BRCA遺伝子変異例ではPARP阻害薬も用いられる)
内分泌療法薬の整理
・抗エストロゲン薬(選択的エストロゲン受容体モジュレーター:SERM):タモキシフェン。閉経前後いずれにも使用可能。副作用に子宮内膜癌、血栓塞栓症、ほてり。 ・選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD):フルベストラント。主に閉経後の進行・再発乳癌。 ・LH-RHアゴニスト:閉経前女性の卵巣機能を抑制する。 ・アロマターゼ阻害薬:閉経後女性の末梢でのエストロゲン産生を抑制する。 ・原則として、閉経前はタモキシフェン(±LH-RHアゴニスト)、閉経後はアロマターゼ阻害薬が中心となる。進行・再発例ではCDK4/6阻害薬(パルボシクリブ、アベマシクリブ)を内分泌療法と併用することも多い。
抗HER2療法
トラスツズマブのほか、ペルツズマブ(HER2の二量体形成を阻害する抗体)、抗体薬物複合体であるトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)やトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)、チロシンキナーゼ阻害薬のラパチニブなどがある。
乳癌の危険因子(エストロゲン曝露との関係)
早い初経、遅い閉経、未経産・高齢初産、授乳歴がないこと、閉経後の肥満、ホルモン補充療法、飲酒、乳癌の家族歴(BRCA1/2遺伝子変異)など。
POINT
・ホルモン受容体陽性乳癌はエストロゲン依存性に増殖する→エストロゲンは増悪因子であり治療薬ではない ・内分泌療法:閉経前はタモキシフェン±LH-RHアゴニスト、閉経後はアロマターゼ阻害薬が中心 ・LH-RHアゴニストは持続投与で下垂体受容体をダウンレギュレーションし、卵巣からのエストロゲン分泌を抑制する ・アロマターゼ阻害薬は脂肪組織などでのアンドロゲン→エストロゲン変換を阻害する(閉経後に有効) ・トラスツズマブはHER2陽性乳癌に用いる。副作用は心機能障害 ・アントラサイクリン系は乳癌化学療法の基本薬。副作用は累積投与量依存性の心筋障害
