「癌だと思われます」は診察台の上で言わない―身体診察の声かけの基本
第107回医師国家試験 H問題 第8問
国試問題にチャレンジ
身体診察中に患者に行う声かけとして適切でないのはどれか。
- a.「今から,心臓の音を聴かせてください」
- b.「今から,この爪ようじで腕や脚を触ります」
- c.「お口の中をみますので,大きく開けてください」
- d.「このおなかのしこりは,硬さと形から癌だと思われます」
- e.「体にバスタオルを掛けますが,寒かったらおっしゃってください」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
身体診察中の声かけでは、これから行うことの予告、同意の取得、具体的な協力の依頼、露出を最小限にした羞恥心や寒さへの配慮が基本となります。一方、触診などの所見だけから推測した診断、とくに癌のような重大な病名をその場で告げることは不適切です。身体所見だけでは確定診断ができず、誤っていれば患者を不必要に傷つけ、正しくても心の準備がないまま悪い知らせを受けることになるためです。悪い知らせは診断確定後に環境を整え、SPIKESやSHAREのように患者の認識や知りたい範囲を確かめながら段階的に伝えます。こうした配慮はOSCEだけでなく、日々の診療で患者との信頼関係を築く土台になります。
解答・解説
正解はdです
テーマ
身体診察中のコミュニケーションの基本を問う問題である。診察は患者の身体に触れ、ときに衣服を脱いでもらう行為であり、患者は緊張や不安、羞恥心を抱きやすい。そのため診察中の声かけでは次の点が重要となる。 ・これから何を、何のために行うかを前もって伝える(予告) ・可能な限り患者の了解を得てから行う(同意) ・患者にしてほしい動作を具体的に伝える(協力の依頼) ・露出を最小限にし、寒さや羞恥心に配慮する(プライバシー・安楽への配慮)
正解を導く考え方
一方、診察で得た所見の解釈や診断の見込みを、その場で思いつくままに伝えることは慎むべきである。身体所見だけでは確定診断はできず、検査による裏付けがないまま重大な病名を告げると、誤りであった場合に患者を不必要に傷つけるうえ、正しかったとしても心の準備のない状態で悪い知らせを受け取ることになる。診察中に「癌だと思われます」と告げる声かけは不適切である。
選択肢考察
- ×a. 「今から,心臓の音を聴かせてください」
これから行う診察の内容(聴診)を事前に伝えており、患者が身構えずに診察を受けられるようにする適切な声かけである。「聴かせていただいてもよろしいですか」と了解を求める形にすると、同意を得る姿勢がより明確になる。胸部の聴診では衣服をまくり上げる必要があるため、露出への配慮も併せて行う。
- ×b. 「今から,この爪ようじで腕や脚を触ります」
神経診察で痛覚を調べる際には、爪ようじ(または使い捨ての針など)で皮膚を軽くつつく。何の予告もなく尖ったもので触れると患者は驚き、不安や不信感を抱くため、使う器具と触れる部位を事前に説明するこの声かけは適切である。検査の目的(感じ方を調べること)や、感じ方に左右差があれば教えてほしいことも伝えるとよい。なお、感染予防のため器具は患者ごとに使い捨てとする。
- ×c. 「お口の中をみますので,大きく開けてください」
診察の目的(口腔内の観察)を伝えたうえで、患者にしてほしい動作を具体的に依頼している。診察内容の予告と協力の依頼を兼ねた適切な声かけである。
- ○d. 「このおなかのしこりは,硬さと形から癌だと思われます」
診察の最中に、所見から推測した診断、しかも癌という重大な病名を告げており不適切である。触診で得られる硬さや形の情報だけでは癌と確定できず、画像検査や病理検査による確認が必要である。確定していない段階で悪性疾患を示唆すれば、患者に強い不安や衝撃を与え、誤りであった場合には信頼関係を損なう。また、診断が確定した後であっても、悪い知らせ(bad news)は、落ち着いた場所で時間を確保し、患者の理解度や心の準備、知りたい範囲を確かめながら段階的に伝えるべきであり、診察台の上で突然告げるものではない。診察中は、所見の解釈を述べるのではなく、診察の手順や患者への配慮に関する声かけにとどめる。
- ×e. 「体にバスタオルを掛けますが,寒かったらおっしゃってください」
診察に必要な部位以外をバスタオルで覆うことで不必要な露出を避け、羞恥心や寒さに配慮した声かけであり適切である。実際には、脱衣を伴う診察の前に「おなかを診察させていただいてよろしいですか」と了解を得ることも大切である。特に異性の患者を診察する場合や患者が強い羞恥心をもつ場合には、看護師などの同席を求める、準備が整うまで席を外すといった配慮も行う。
身体診察時の基本的な配慮
・診察前に手指衛生を行い、自己紹介と本人確認をする。 ・診察の目的と内容を説明し、同意を得てから始める。 ・聴診器の膜面や手を温めてから触れる。 ・露出は診察部位に限り、カーテンやタオルで覆ってプライバシーを守る。 ・痛みを伴う可能性のある手技は事前に伝え、痛いときは知らせてもらうよう頼む。 ・異性の診察や乳房・外陰部などの診察では、看護師等の同席を考慮する。 ・診察後は衣服を整えるよう促し、ねぎらいの言葉をかける。
悪い知らせ(bad news)の伝え方:SPIKESモデル
がん告知など悪い知らせを伝える際の手順として、SPIKESと呼ばれる6段階がよく知られている。 ・S(Setting):面談の環境を整える(静かでプライバシーの守られた場所、十分な時間、必要に応じて家族の同席) ・P(Perception):患者が病状をどのように認識しているかを確認する ・I(Invitation):患者がどこまで知りたいかを確認する ・K(Knowledge):前置きをしたうえで、わかりやすい言葉で情報を伝える ・E(Emotions / Empathy):患者の感情に気づき、共感的に対応する ・S(Strategy and Summary):今後の方針を話し合い、内容をまとめる 日本では、患者の意向を重視したSHARE(Supportive environment、How to deliver the bad news、Additional information、Reassurance and Emotional support)というモデルも用いられている。いずれも、準備のない状況で突然悪い知らせを告げることを避ける点で共通している。
POINT
・身体診察では「何をするか」を事前に伝え、同意を得てから行う。 ・露出を最小限にし、寒さ・羞恥心・プライバシーに配慮する。 ・診察中に所見の解釈や推測の診断(特に癌などの重大な病名)を告げない。 ・悪い知らせは、診断確定後に環境を整え、患者の認識と心の準備を確かめながら段階的に伝える(SPIKESモデル)。
