「分かっているのに気になる」―強迫観念と妄想を分ける一言
第107回医師国家試験 H問題 第7問
国試問題にチャレンジ
「車を運転していて人をはねてしまったんじゃないかと思うんです。そんなことはないと分かっているんですが,どうしても気になります」という訴えから考えられるのはどれか。
- a.強迫観念
- b.罪業妄想
- c.作為体験
- d.滅裂思考
- e.妄想着想
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
「人をはねてしまったのでは」という考えが浮かび、不合理だと分かっていながら振り払えずに苦しむという訴えは、強迫観念の典型であり、加害恐怖として強迫症でよくみられます。妄想(うつ病の罪業妄想、統合失調症の妄想着想)は内容を確信して訂正できない点、作為体験は自分の思考や行動が他者に操られていると感じる自我意識の障害である点、滅裂思考は思考のつながりそのものが崩れる思路の障害である点で、強迫観念と区別されます。強迫症では強迫観念に伴って確認などの強迫行為が生じ、行うほど症状が強化される悪循環となるため、SSRIやクロミプラミンと曝露反応妨害法を中心とした認知行動療法で治療します。思考の障害を内容・思路・自我意識の3つに分け、「確信の有無」「自分の思考と感じているか」で見分ける視点は、精神症状の評価全般の基礎になります。
解答・解説
正解はaです
訴えの分析
患者は「人をはねてしまったのではないか」という考えにとらわれているが、同時に「そんなことはないと分かっている」と述べている。つまり、 ・ある考えが本人の意思に反して繰り返し浮かんでくる ・本人はその考えが不合理である(事実ではない)ことを認識している ・それでも振り払えず「どうしても気になる」という苦痛を伴っている という特徴がそろっている。
鑑別の考え方
精神症状の鑑別で重要なのは、その考えに対して本人が「おかしい」と認識できているか(病識・不合理性の自覚)、そしてその考えを自分自身の思考と感じているかである。 ・妄想(罪業妄想、妄想着想など)は、誤った内容を訂正不能なほど強く確信している状態であり、「そんなことはない」とは考えない。 ・作為体験は、自分の行動や思考が他者に操られていると感じる自我意識の障害であり、自分の思考という感覚が失われている。 ・滅裂思考は、考えのつながりそのものが崩れる思路(思考過程)の障害である。 本例は、内容の不合理さを自覚しながら頭から離れない考えに苦しんでおり、強迫観念の典型像である。運転中に人をはねたのではないかという心配は「加害恐怖」と呼ばれる強迫観念の代表例で、強迫症(強迫性障害)でしばしばみられる。
選択肢考察
- ○a. 強迫観念
強迫観念とは、本人の意思に反して繰り返し侵入的に浮かんでくる考え・イメージ・衝動であり、本人はそれを自分自身の考えであると理解し、多くの場合は不合理だとも自覚しているが、打ち消そうとしても成功せず強い苦痛や不安を生じるものをいう。本例の「はねてしまったのではと思うが、そんなことはないと分かっている、それでも気になる」という訴えは、この特徴をすべて満たす。加害恐怖の強迫観念をもつ患者は、不安を打ち消すために来た道を引き返して確認する、ニュースを何度も調べるといった強迫行為(確認行為)を伴うことが多い。
- ×b. 罪業妄想
罪業妄想は、過去の些細な過ちを重大な罪だと思い込んで自分を責めたり、周囲のあらゆる不幸を自分のせいだと確信したりする妄想で、貧困妄想・心気妄想とともにうつ病(特に精神病性の特徴を伴う重症うつ病)の三大妄想(微小妄想)の一つである。妄想であるため本人は内容を確信しており、周囲が否定しても訂正できない。本例のように「そんなことはないと分かっている」と不合理性を自覚している点で異なる。
- ×c. 作為体験
作為体験(させられ体験)は、自分の行動・思考・感情が自分のものではなく、外部の力や他者によって操られている、させられていると感じる自我意識の障害である。Schneiderの一級症状の一つで、統合失調症に特徴的である。本例では考えが自分の心配として語られており、他者から操られているという体験は述べられていないので該当しない。
- ×d. 滅裂思考
滅裂思考は思路障害(思考過程の障害)の一つで、観念同士の結びつきが緩む連合弛緩が高度になり、話の筋道がばらばらで聞き手が内容を理解できなくなった状態をいう。統合失調症でみられる。本例の訴えは文として筋が通っており、内容も理解可能であるため該当しない。
- ×e. 妄想着想
妄想着想は、知覚などの外的なきっかけなしに、ある考えが突然ひらめき、それを根拠もなく直ちに確信してしまうもので、一次妄想(了解不能で、心理的に導き出せない妄想)の一型である。統合失調症でみられる。確信を伴う点で、不合理だと自覚している本例とは異なる。
強迫症(強迫性障害)
強迫観念と強迫行為の一方または両方を特徴とする疾患である。 ・強迫観念の例:汚染への恐怖(不潔恐怖)、加害恐怖(誰かを傷つけたのではないか)、確認への不安(鍵やガス栓を閉めたか)、対称性・正確さへのこだわり、不道徳・冒涜的な考え ・強迫行為の例:過剰な手洗い、繰り返しの確認、数を数える、決まった手順に従う 強迫行為は強迫観念による不安を一時的に和らげるが、行うほど強迫観念が強化される悪循環となる。ICD-10では、強迫観念を自分自身の思考と認識しており、不合理と感じて抵抗を試みるが成功しないものとして記載している。一方、DSM-5では病識の程度に幅があることが認められ、「病識が十分または概ね十分」「病識が不十分」「病識が欠如・妄想的な信念を伴う」を特定するようになっている。治療は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やクロミプラミンによる薬物療法と、曝露反応妨害法を中心とする認知行動療法である。
妄想の分類
・一次妄想(真正妄想):心理的に了解できない形で生じる妄想。統合失調症に特徴的。 妄想気分:周囲が何となく不気味で、何か起こりそうだと感じる。 妄想知覚:実際の知覚に、直感的に特別な意味づけがなされる(例:犬が吠えたのは自分が狙われている合図だ)。 妄想着想:きっかけなしに突然思いつき、確信する(例:自分は王家の血を引いている)。 ・二次妄想:気分や状況から心理的に了解できる妄想。うつ病の微小妄想(罪業・貧困・心気妄想)、躁病の誇大妄想など。
思考障害の整理
・思考内容の障害:妄想、強迫観念、支配観念 ・思考過程(思路)の障害:連合弛緩、滅裂思考(統合失調症)、観念奔逸(躁病)、思考制止(うつ病)、迂遠(てんかん・認知症)、保続 ・自我意識の障害:作為体験、思考吹入、思考奪取、思考伝播(統合失調症)
POINT
・強迫観念=本人の意思に反して繰り返し浮かぶ考えで、不合理と自覚しつつも振り払えず苦痛を伴う。 ・「分かっているけれど気になる」という訴えが強迫観念の鍵であり、確信して訂正できない妄想との違いである。 ・加害恐怖(人をはねたのでは)は強迫観念の代表例で、確認行為を伴いやすい。 ・罪業妄想はうつ病、作為体験・滅裂思考・妄想着想は統合失調症でみられる。
