脾臓も腫れない、リンパ節も腫れない―「空っぽの骨髄」が奏でる貧血の心雑音
第107回医師国家試験 G問題 第54問
国試問題にチャレンジ
54歳の男性。息切れと皮下の出血斑とを主訴に来院した。生来健康で1年前の会社での健康診断では異常はなかった。4か月前から階段で息切れを自覚するようになり,2か月前に顔色不良を指摘された。1週前に下腿前面に赤紫色の小斑点が多発しているのに気付き受診した。血液所見:赤血球160万,Hb 5.6 g/dL,Ht 17%,網赤血球 0.4%,白血球2,300(桿状核好中球10%,分葉核好中球15%,好塩基球1%,単球6%,リンパ球68%),血小板0.9万。骨髄生検で著明な低形成を認める。 この患者で予想される症候はどれか。
- a.脾腫
- b.心雑音
- c.嚥下障害
- d.両上肢感覚障害
- e.頸部リンパ節腫脹
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
汎血球減少に網赤血球の絶対数減少と骨髄低形成を伴えば再生不良性貧血を考え、相対的リンパ球増加や軽度の大球性貧血もよくみられる所見です。症候は三系統の血球減少から説明でき、貧血症状、出血傾向、易感染性が中心で、高度の貧血では高拍出状態と血液粘稠度の低下により機能性の収縮期心雑音を聴取します。一方、腫瘍性増殖や髄外造血がないため脾腫・肝腫大・リンパ節腫脹は原則として認めず、これが他の汎血球減少症との鑑別点になります。嚥下障害は鉄欠乏性貧血(Plummer-Vinson症候群)、感覚障害はビタミンB12欠乏と結びつけるなど、貧血の種類と随伴所見を対応させて覚えることが重要です。病態から症候を予測する考え方は、診断だけでなく身体診察で何を確認すべきかを判断する力にもつながります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
生来健康な54歳の男性で、1年前の健診では異常がなかった。4か月前から労作時の息切れ、2か月前から顔色不良があり、1週前から下腿前面に赤紫色の小斑点(点状出血)が多発している。つまり貧血症状と皮膚の出血傾向が数か月の経過で進行している。 血液検査では赤血球160万/μL、Hb 5.6 g/dL、白血球2,300/μL、血小板0.9万/μLと三系統すべてが減少した汎血球減少である。赤血球指数を計算すると、MCV(平均赤血球容積)=Ht÷赤血球数×10=17÷160×1000≒106 fL、MCH(平均赤血球ヘモグロビン量)=5.6÷160×1000≒35 pg、MCHC(平均赤血球ヘモグロビン濃度)=5.6÷17×100≒33%であり、軽度の大球性・正色素性貧血となる。網赤血球は0.4%(絶対数は約0.6万/μL)と、Hb 5.6 g/dLという高度の貧血に見合わない低値で、骨髄での赤血球産生が低下していることを示す。白血球分画はリンパ球68%と比率が高いが、これは好中球が著しく減った結果の相対的増加であり、好中球の絶対数は2,300×25%≒580/μLにすぎない。
診断へのプロセス
汎血球減少の鑑別には、骨髄での産生低下(再生不良性貧血、骨髄異形成症候群、急性白血病、骨髄への腫瘍浸潤、巨赤芽球性貧血など)と、末梢での破壊・消費や脾機能亢進(肝硬変、SLEなどの膠原病、発作性夜間ヘモグロビン尿症など)がある。本例は基礎疾患や薬剤歴がなく、骨髄生検で著明な低形成を示している。白血病や骨髄異形成症候群、巨赤芽球性貧血では通常骨髄は正~過形成であり、骨髄が低形成で汎血球減少・網赤血球減少・相対的リンパ球増加を示すことから、再生不良性貧血と診断できる。再生不良性貧血では軽度の大球性貧血を示すことが多い点も合致する。なお、血小板2万/μL未満かつ網赤血球2万/μL未満を満たしており、重症度分類では重症(stage 4)に相当する。
設問の考え方
再生不良性貧血の症候は、造血低下による三系統の血球減少の結果として説明できる。赤血球減少による貧血症状(息切れ、動悸、易疲労感、顔面蒼白)、血小板減少による出血症状(点状出血、紫斑、歯肉出血、鼻出血)、好中球減少による易感染性(発熱)である。一方、腫瘍性の細胞増殖や髄外造血がないため、脾腫・肝腫大・リンパ節腫脹は原則として認めない。高度の貧血では心拍出量が増え血液の粘稠度が下がるため、心臓弁に器質的異常がなくても収縮期に機能性(貧血性)心雑音を聴取する。
選択肢考察
- ×a. 脾腫
再生不良性貧血は造血幹細胞そのものが減少する疾患で、腫瘍細胞の浸潤や髄外造血、溶血に伴う脾での血球処理の亢進といった脾腫の原因がないため、脾腫は認めないのが特徴である。脾腫を伴う汎血球減少であれば、肝硬変などによる脾機能亢進症、白血病・悪性リンパ腫、骨髄線維症などを考える。脾腫がないことは、再生不良性貧血と他の汎血球減少症を区別するうえで重要な所見である。
- ○b. 心雑音
Hb 5.6 g/dLという高度の貧血では、組織への酸素供給を保つために心拍数と1回拍出量が増え、心拍出量が増加する(高拍出状態)。さらに赤血球が減って血液の粘稠度が下がるため、弁口を通る血流が速く乱流を生じやすくなる。その結果、弁膜症などの器質的異常がなくても、胸骨左縁などで収縮期駆出性雑音(機能性心雑音、貧血性心雑音)を聴取する。本例の息切れや顔色不良と同じく貧血による症候であり、この患者で予想される所見である。貧血が改善すれば雑音は消失する。
- ×c. 嚥下障害
貧血に嚥下障害を伴う病態として代表的なのはPlummer-Vinson症候群で、高度の鉄欠乏性貧血に舌炎・口角炎と、下咽頭~食道入口部の食道ウェブ(膜様狭窄)による嚥下障害を合併する。本例は小球性ではなく大球性の貧血で、骨髄低形成による汎血球減少であるから、鉄欠乏は考えにくく、再生不良性貧血自体でも嚥下障害は生じない。
- ×d. 両上肢感覚障害
貧血に四肢の感覚障害を伴うのは、ビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血である。ビタミンB12欠乏では脊髄後索・側索が障害される亜急性連合性脊髄変性症や末梢神経障害をきたし、四肢遠位のしびれや振動覚・位置覚の低下が生じる(下肢から始まることが多い)。本例も大球性貧血であるが、巨赤芽球性貧血では骨髄は無効造血のため過形成を示し、低形成とはならない。再生不良性貧血では神経症状は出現しない。
- ×e. 頸部リンパ節腫脹
再生不良性貧血ではリンパ節腫脹を認めない。汎血球減少にリンパ節腫脹を伴う場合は、悪性リンパ腫の骨髄浸潤、急性リンパ性白血病などの造血器腫瘍、伝染性単核球症などのウイルス感染症、SLEなどを考える。本例は骨髄が低形成で腫瘍細胞の増殖を示す所見がないため、リンパ節腫脹は予想されない。
再生不良性貧血の概要
・定義:骨髄の造血幹細胞が減少し、骨髄低形成と末梢血の汎血球減少をきたす疾患である。 ・病因:大部分は原因不明の特発性で、造血幹細胞に対する自己免疫(主に細胞傷害性T細胞による攻撃)が主な機序と考えられている。二次性として薬剤(クロラムフェニコールなど)、放射線、ベンゼン、肝炎後などがある。先天性ではFanconi貧血が代表的である。 ・症状:貧血症状(息切れ、動悸、易疲労感、顔面蒼白、機能性心雑音)、出血症状(点状出血、紫斑、歯肉・鼻出血)、感染による発熱。脾腫・肝腫大・リンパ節腫脹は認めない。 ・検査:汎血球減少、網赤血球の絶対数減少、軽度の大球性貧血、相対的リンパ球増加、血清エリスロポエチン高値、血清鉄高値・不飽和鉄結合能低下(鉄が赤血球産生に使われないため)。骨髄は低形成で脂肪髄化し、MRIでは脂肪髄を反映した信号変化を示す。 ・関連疾患:発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)との合併・移行や、骨髄異形成症候群・急性骨髄性白血病への移行がありうる。 ・治療:重症度に応じて選択する。若年の重症例ではHLA一致同胞ドナーからの同種造血幹細胞移植、移植の適応とならない例では抗胸腺細胞グロブリン(ATG)+シクロスポリンによる免疫抑制療法を行い、トロンボポエチン受容体作動薬(エルトロンボパグなど)を併用することもある。軽症例ではシクロスポリンやタンパク同化ステロイドを用いる。必要に応じて赤血球・血小板輸血を行う。
重症度の目安
好中球0.5×10³/μL未満、血小板2万/μL未満、網赤血球2万/μL未満のうち2項目以上を満たせば重症であり、さらに好中球0.2×10³/μL未満であれば最重症とされる。
貧血と随伴所見の対応
・鉄欠乏性貧血:さじ状爪(匙状爪)、舌炎、Plummer-Vinson症候群による嚥下障害、異食症 ・ビタミンB12欠乏性貧血:Hunter舌炎、亜急性連合性脊髄変性症による感覚障害・歩行障害 ・溶血性貧血:黄疸、脾腫、胆石 ・再生不良性貧血:貧血症状、出血傾向、易感染性(臓器腫大なし)
POINT
・汎血球減少+網赤血球減少+骨髄低形成=再生不良性貧血。 ・軽度の大球性貧血と相対的リンパ球増加(好中球の絶対数減少)を伴うことが多い。 ・脾腫・肝腫大・リンパ節腫脹を認めないことが特徴である。 ・高度の貧血では高拍出状態と血液粘稠度の低下により機能性の収縮期心雑音を聴取する。 ・嚥下障害は鉄欠乏性貧血(Plummer-Vinson症候群)、感覚障害はビタミンB12欠乏と結びつける。
