「動かない」は「眠っている」ではない―全身麻酔の4要素から意識を落とす薬を選ぶ
第107回医師国家試験 G問題 第29問
国試問題にチャレンジ
全身麻酔で意識レベルを下げるために使用するのはどれか。
- a.アトロピン
- b.リドカイン
- c.ベクロニウム
- d.チオペンタール
- e.ネオスチグミン
対話形式の解説
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ドクターまとめ
全身麻酔は、意識の消失、鎮痛、筋弛緩、有害な自律神経反射の抑制という4要素を複数の薬の組み合わせで実現しており、意識を下げるのはチオペンタールやプロポフォールなどの静脈麻酔薬や吸入麻酔薬です。チオペンタールはGABA-A受容体を介して中枢神経を抑制するバルビツール酸系薬で、再分布により単回投与では短時間で覚醒しますが、鎮痛作用はなく、気管支喘息と急性間欠性ポルフィリン症には禁忌です。ベクロニウムなどの筋弛緩薬には鎮静・鎮痛作用がなく、単独投与は術中覚醒という重大な事態を招くため、「動かない=眠っている」ではないことを理解しておく必要があります。ネオスチグミンは筋弛緩の拮抗薬でアトロピンを併用し、リドカインは局所麻酔薬・抗不整脈薬であり、いずれも意識を落とす薬ではありません。各薬を4要素のどれを担うかで整理することは、麻酔の安全な理解と周術期管理の基礎になります。
解答・解説
正解はdです
全身麻酔は、単一の薬で成り立つものではなく、目的の異なる複数の薬を組み合わせて作り出す状態である。一般に全身麻酔の要素は、(1)意識の消失(鎮静・健忘)、(2)鎮痛、(3)筋弛緩(不動化)、(4)有害な自律神経反射の抑制、の4つに整理される。本問はそのうち「意識レベルを下げる」役割を担う薬、すなわち静脈麻酔薬(または吸入麻酔薬)を選ばせる問題である。 選択肢に並ぶ薬は、いずれも手術室で日常的に使われるが、役割はそれぞれ異なる。抗コリン薬(アトロピン)は自律神経反射の調整、局所麻酔薬(リドカイン)は末梢神経の伝導遮断、筋弛緩薬(ベクロニウム)は骨格筋の弛緩、コリンエステラーゼ阻害薬(ネオスチグミン)は筋弛緩作用の拮抗(リバース)に使う。これらはいずれも中枢神経に作用して意識を消失させる薬ではない。意識を落とす目的で使うのは、バルビツール酸系の静脈麻酔薬であるチオペンタールである。 特に注意したいのは筋弛緩薬である。筋弛緩薬は患者を動かなくするが、意識も痛覚も残す。鎮静薬を併用せずに筋弛緩薬だけを投与すると、患者は意識があるのに体を動かせず、呼吸もできないという極めて危険で苦痛な状態(術中覚醒)に陥る。したがって、「動かない=眠っている」ではないことを理解しておく必要がある。
選択肢考察
- ×a. アトロピン
アトロピンはムスカリン受容体を競合的に遮断する抗コリン薬(副交感神経遮断薬)である。心拍数の増加、唾液・気道分泌の抑制、消化管運動の抑制などをもたらす。麻酔領域では、術中の徐脈や迷走神経反射(腹膜牽引や眼球圧迫などで起こる急な徐脈)への対処に用いるほか、かつては分泌抑制を目的に麻酔前投薬としてルーチンに使われていた(現在は前投薬を省略する施設が多い)。また、ネオスチグミンで筋弛緩を拮抗する際に、そのムスカリン様副作用を打ち消す目的で併用する。中枢神経を抑制して意識を消失させる作用はなく、誤りである。
- ×b. リドカイン
リドカインはアミド型の局所麻酔薬で、神経細胞膜の電位依存性Naチャネルを遮断して活動電位の発生・伝導を抑える。浸潤麻酔、伝達麻酔(神経ブロック)、硬膜外麻酔などに用いられ、投与部位の痛覚を取り除くが意識は保たれる。また、Ib群の抗不整脈薬として心室性期外収縮や心室頻拍の治療にも使われる。成分は同じでも、局所麻酔用と静注(不整脈治療)用では製剤・濃度が異なるため、取り違えに注意する。全身麻酔の導入時に挿管刺激による反応を和らげる目的で静注することはあるが、意識を消失させる目的の薬ではなく、誤りである。なお、血中濃度が過剰になると局所麻酔薬中毒として口周囲のしびれ、痙攣、意識障害、不整脈などを来すが、これは副作用であり治療目的の作用ではない。
- ×c. ベクロニウム
ベクロニウムはステロイド骨格をもつ非脱分極性筋弛緩薬である。神経筋接合部のニコチン性アセチルコリン受容体(NM受容体)でアセチルコリンと競合し、骨格筋を弛緩させる。気管挿管を容易にし、手術中の体動を防ぐ目的で使うが、鎮静作用も鎮痛作用もない。そのため、筋弛緩薬は必ず十分な鎮静薬・鎮痛薬と併用しなければならない。現在の臨床では、作用発現がより速いロクロニウムが主に使われている。なお、スキサメトニウム(サクシニルコリン)は受容体を持続的に脱分極させて弛緩を起こす脱分極性筋弛緩薬であり、作用機序が異なる。意識レベルを下げる薬ではなく、誤りである。
- ○d. チオペンタール
チオペンタールは超短時間作用型のバルビツール酸系静脈麻酔薬である。GABA-A受容体に作用してClチャネルの開口を増強し、中枢神経を広く抑制する。脂溶性が高いため静注後すみやかに脳へ移行し、数十秒で意識が消失する。その後、薬が筋肉や脂肪組織へ再分布して脳内濃度が下がるため、単回投与では数分〜十数分で覚醒する。この性質から、全身麻酔の導入や短時間の処置に用いられてきた。したがって、意識レベルを下げるために使う薬として正しい。ただし鎮痛作用はなく(低用量ではむしろ痛覚過敏を起こしうる)、鎮痛にはオピオイドなどを併用する。副作用・注意点として、呼吸抑制、血管拡張と心筋抑制による血圧低下、ヒスタミン遊離による気管支攣縮があり、気管支喘息患者には禁忌である。また、急性間欠性ポルフィリン症を増悪させるため同疾患にも禁忌である。強アルカリ性のため血管外漏出や動脈内誤注で組織障害を起こす。現在は、覚醒の質がよく蓄積しにくいプロポフォールが導入薬の主流になっている。
- ×e. ネオスチグミン
ネオスチグミンはコリンエステラーゼ阻害薬(抗コリンエステラーゼ薬)である。アセチルコリンの分解を妨げて神経筋接合部のアセチルコリン濃度を高め、非脱分極性筋弛緩薬と競合させることで筋弛緩作用を拮抗する。手術終了時の筋弛緩の回復(リバース)に使われる。ムスカリン受容体も刺激してしまうため、徐脈、気道分泌の増加、腸管蠕動の亢進などの副作用があり、アトロピンを併用して投与する。また、ネオスチグミンの効果が切れた後に筋弛緩薬の作用が残っていると、再び筋力が低下する「再クラーレ化」のおそれがある。近年は、ロクロニウムやベクロニウムを直接包み込んで不活化するスガマデックスが拮抗薬として広く使われている。意識を下げる作用はなく、誤りである。
全身麻酔の4要素と代表的な薬
・鎮静(意識消失・健忘):静脈麻酔薬(プロポフォール、チオペンタール、ミダゾラム、ケタミン、レミマゾラムなど)、吸入麻酔薬(セボフルラン、デスフルラン、亜酸化窒素) ・鎮痛:オピオイド(フェンタニル、レミフェンタニル、モルヒネ)、局所麻酔薬による区域麻酔の併用 ・筋弛緩:非脱分極性筋弛緩薬(ロクロニウム、ベクロニウム)、脱分極性筋弛緩薬(スキサメトニウム) ・有害反射の抑制:オピオイド、抗コリン薬(アトロピン)など
主な静脈麻酔薬の特徴
・プロポフォール:現在の導入・維持の主流。覚醒が速やかで制吐作用がある。血圧低下、注入時痛がある。鎮痛作用なし。 ・チオペンタール:バルビツール酸系。再分布により単回投与では短時間で覚醒。喘息・ポルフィリン症に禁忌。鎮痛作用なし。 ・ケタミン:NMDA受容体拮抗薬。鎮痛作用をもち、交感神経刺激により血圧・心拍数が上がりやすい。気管支拡張作用がある。悪夢などの覚醒時反応が問題となる。 ・ミダゾラム:ベンゾジアゼピン系。鎮静・健忘作用。フルマゼニルで拮抗できる。
筋弛緩薬とその拮抗
・非脱分極性筋弛緩薬 → ネオスチグミン(+アトロピン)またはスガマデックス(ロクロニウム・ベクロニウムに有効)で拮抗する。 ・脱分極性筋弛緩薬(スキサメトニウム)→ 拮抗薬はなく、血漿コリンエステラーゼで速やかに分解される。高カリウム血症や悪性高熱症の誘因となる。
POINT
・全身麻酔は「鎮静(意識消失)・鎮痛・筋弛緩・有害反射の抑制」を複数の薬の組み合わせで実現する。 ・意識を下げるのは静脈麻酔薬(チオペンタール、プロポフォールなど)や吸入麻酔薬である。 ・筋弛緩薬(ベクロニウム、ロクロニウム)には鎮静・鎮痛作用がない。単独投与では術中覚醒の危険がある。 ・ネオスチグミンは非脱分極性筋弛緩薬の拮抗薬で、ムスカリン様副作用対策にアトロピンを併用する。 ・チオペンタールは鎮痛作用がなく、気管支喘息と急性ポルフィリン症に禁忌である。
