消えたのはカプノグラムだけ―術中モニターの「突然のゼロ」は誰のSOSか
第118回医師国家試験 F問題 第48問
国試問題にチャレンジ
70歳の男性。大腸癌に対し全身麻酔・人工呼吸管理下で結腸切除術を施行中である。既往歴に特記すべきことはない。生体機能を監視するモニター画面を示す。上段から心電図,血圧,SpO2,呼気終末二酸化炭素濃度〈ETCO2〉,体温が表示されている。モニター画面がAから突然Bとなった。 このとき発生した事象で最も考えられるのはどれか。

- a.心停止
- b.ショック
- c.自発呼吸の発現
- d.心電図のリードのはずれ
- e.人工呼吸回路の接続はずれ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
全身麻酔中に心電図・血圧・SpO2脈波・体温が不変のまま、ETCO2の波形だけが突然基線で平坦になった場合は、人工呼吸回路の接続はずれなどの機械的トラブルをまず疑います。ETCO2は回路の接続部付近で呼気ガスを採取して測定しており、肺血流がある限り呼気にはCO2が含まれるため、突然の消失は呼気が測定部位を通らなくなったことを意味します。心停止やショックでは心電図・血圧・脈波も連動して変化し、ETCO2は肺血流に応じて低下するのが典型であり、自発呼吸の出現ではプラトーに切れ込みが入ってもCO2は検出され続けます。「複数のモニターが連動して変われば患者の病態、単一のモニターが突然途絶すれば機器・回路の問題」という原則を押さえつつ、回路はずれは数分で低酸素に至る緊急事態として直ちに回路確認と用手換気で対応する必要があります。モニターの変化を組み合わせて読み解く力は、手術室や集中治療室で患者の安全を守る基本技術です。
解答・解説
正解はeです
モニター所見の整理
全身麻酔・人工呼吸管理下で結腸切除術を受けている70歳男性である。既往歴に特記事項はなく、画面Aでは心電図の心拍数62/分、血圧96/54(平均68)mmHg、SpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)99%、ETCO2(呼気終末二酸化炭素濃度)36mmHg、体温36.0℃と、いずれも安定している。ETCO2の波形(カプノグラム)は呼気ごとに上昇してプラトーを形成し、吸気で0に戻るという規則的な矩形波を描いている。 画面Bでは、心電図波形・心拍数、血圧、SpO2の脈波と値、体温は画面Aとまったく同じである。変化しているのはETCO2だけで、2回分の正常な呼気波形のあと、波形が基線(0)に張りついたまま平坦になっている。表示されている数値36はまだ直前の呼吸の値が残っているだけで、波形は「突然」消失している。
何が起こったかを考えるプロセス
1. 循環は保たれているか:心電図リズム・心拍数、血圧、SpO2の脈波(末梢に拍動流があることを示す)が全く変化していないため、心停止やショックのような循環の破綻は否定的である。 2. 心電図や他モニターの装着トラブルか:心電図は正常に表示されており、リードはずれではない。 3. ETCO2だけが急に0になる原因は何か:ETCO2は気管チューブと麻酔回路の接続部付近(Yピース近傍)から呼気ガスを持続的に吸引してCO2濃度を測定している。肺に血流がある限り、肺胞から排出される呼気には必ずCO2が含まれる。それにもかかわらず前兆なく突然0になったということは、「測定部位を呼気が通過しなくなった」ことを意味する。すなわち、人工呼吸回路の接続はずれ、気管チューブの事故抜管(気管からの逸脱)や食道への迷入、回路やチューブの完全閉塞、サンプリングチューブの外れ・閉塞などが考えられ、選択肢の中では人工呼吸回路の接続はずれが最も合致する。
設問へのアプローチ
生体モニターの異常は、「どのモニターが」「どのように(突然か、徐々にか)」変化したかを組み合わせて解釈する。患者自身の病態変化(心停止、ショック、肺塞栓など)であれば、複数のパラメータが連動して変化することが多く、また多くは前兆を伴う。一方、単一のパラメータだけが突然途絶する場合は、機器・回路側の機械的トラブルをまず疑うのが原則である。本例ではETCO2だけが突然消失しているので、換気回路の問題と判断できる。なお、回路はずれを放置すれば換気が途絶し、数分のうちにSpO2が低下してくるため、直ちに回路の確認と用手換気などの対応が必要である。
選択肢考察
- ×a. 心停止
心停止であれば心電図は心室細動や心静止などに変化し、血圧の拍動やSpO2の脈波も消失する。本例では心電図・血圧・SpO2の脈波がいずれも画面Aと同一で、循環は保たれている。また、心停止では肺血流が激減するためETCO2は急速に低下するが、多くは徐脈や不整脈、血圧低下などの前兆を伴い、他のモニターも同時に変化する。ETCO2だけが孤立して突然0になる所見とは合わない。
- ×b. ショック
ショックでは血圧低下、心拍数の増加(または徐脈)、末梢循環不全によるSpO2脈波の振幅低下などが生じる。本例の血圧96/54mmHg、心拍数62/分は画面Aから変化しておらず、ショックの所見はない。さらに、ショックで心拍出量が低下した場合のETCO2は、肺血流の減少に応じて徐々に低下するのが典型であり、波形が突然完全に消失することはない。
- ×c. 自発呼吸の発現
筋弛緩薬の効果が切れて自発呼吸が出現すると、人工呼吸のリズムと患者の呼吸がずれる(ファイティング)ため、カプノグラムのプラトー部分に切れ込み(いわゆるcurare cleft)が入ったり、波形の形や周期が不規則になったりする。しかし自発呼吸であっても人工呼吸であっても、呼気が回路を通る限りCO2は検出される。したがって自発呼吸の発現でETCO2の波形が平坦化(0)することはない。
- ×d. 心電図のリードのはずれ
心電図のリードがはずれれば、心電図の波形が平坦になったり、「リードオフ」などのアラームが表示されたりする。本例の画面Bでは心電図波形・心拍数とも正常に表示されており、リードはずれは起きていない。なお、リードはずれによる心電図の平坦化は、SpO2の脈波や動脈圧波形が保たれていることで心停止と区別できる。
- ○e. 人工呼吸回路の接続はずれ
ETCO2は気管チューブと麻酔回路の接続部付近で呼気ガスをサンプリングして測定している。回路の接続がはずれると、患者への送気が途絶えるとともに、呼気もサンプリング部位を通過しなくなるため、CO2が検出されずカプノグラムは突然基線(0)で平坦になる。この時点では換気停止から間もないため、心電図・血圧・SpO2にはまだ変化が現れない。ETCO2だけが前兆なく突然消失した本例の所見に最もよく合致する。
カプノグラフィ(ETCO2モニタリング)の基本
・呼気中のCO2分圧を連続的に測定し、波形(カプノグラム)として表示する。呼気終末の値(ETCO2)は肺胞気CO2分圧を反映し、健常な肺では動脈血CO2分圧(PaCO2)よりおおむね数mmHg低い値となる。正常値はおよそ35〜45mmHgである。 ・正常波形は、吸気時は0(基線)、呼気開始とともに急峻に上昇し、肺胞気によるプラトーを形成したのち、次の吸気で急速に0へ戻る形をとる。 ・ETCO2は「代謝(CO2産生)」「循環(肺血流によるCO2の肺への運搬)」「換気(CO2の排出)」の3要素の影響を受けるため、呼吸だけでなく循環の指標にもなる。
ETCO2の変化パターンと主な原因
・突然0になる:人工呼吸回路の接続はずれ、事故抜管、食道挿管(挿管直後に数回でCO2が検出されなくなる)、気管チューブや回路の完全閉塞、人工呼吸器の停止、サンプリングラインの外れ・閉塞など。 ・急激に低下するが0にはならない:肺塞栓症(血栓・空気塞栓)、急激な心拍出量の低下、心停止(胸骨圧迫中は肺血流に応じた低値となる)。 ・徐々に低下:過換気、低体温、心拍出量の緩徐な低下。 ・徐々に上昇:低換気、悪性高熱症(代謝亢進によりCO2産生が増加)、腹腔鏡手術での気腹に用いたCO2の吸収、ソーダライムの劣化によるCO2再呼吸(この場合は吸気時の基線も上昇する)。 ・波形の形の変化:プラトーの右上がり(閉塞性換気障害・気管支攣縮)、プラトーの切れ込み(自発呼吸の出現)など。
心肺蘇生におけるETCO2
気管挿管後の胸骨圧迫中、ETCO2は肺血流(すなわち胸骨圧迫の質)を反映し、急上昇は自己心拍再開(ROSC)の手がかりとなる。また、気管チューブが正しく気管内にあることの確認にもカプノグラフィが推奨されている。
モニター異常の読み方の原則
複数のモニターが連動して変化していれば患者側の病態変化を、単一のモニターだけが突然途絶していればそのモニターの装着・回路のトラブルを、まず考える。電気メスのノイズなどによるアーチファクトも、他のモニターとの照合で見分ける。
POINT
・ETCO2は呼気回路の接続部付近で呼気ガスを採取して測定する。肺血流がある限り呼気にはCO2が含まれる。 ・他のバイタルサインが不変のままETCO2波形だけが突然0になったら、人工呼吸回路の接続はずれ・事故抜管・回路閉塞などの機械的トラブルをまず疑う。 ・心停止やショックでは心電図・血圧・SpO2脈波も同時に変化し、ETCO2は肺血流低下に応じて低下する。 ・自発呼吸の出現ではカプノグラムのプラトーに切れ込みが入るが、CO2は検出され続ける。 ・心電図リードはずれは、SpO2脈波や血圧波形が保たれていることで心停止と区別できる。
