麻酔薬より先に「酸素」を―急速導入の第一手が守るもの
第110回医師国家試験 H問題 第19問
国試問題にチャレンジ
成人に対する全身麻酔の急速導入で最初に投与するのはどれか。
- a.純酸素
- b.筋弛緩薬
- c.吸入麻酔薬
- d.静脈麻酔薬
- e.副交感神経刺激薬
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
成人の全身麻酔の急速導入では、モニター装着の後、まず純酸素をマスクで吸わせる前酸素化を行い、続いて静脈麻酔薬とオピオイドで意識を消失させ、マスク換気を確認してから筋弛緩薬を投与して気管挿管します。前酸素化は肺内の窒素を酸素に置き換えて機能的残気量に酸素を蓄え、無呼吸から低酸素化までの時間を延ばす、換気困難・挿管困難への備えです。意識があるうちの筋弛緩薬投与は危険で、吸入麻酔薬による導入は主に小児の緩徐導入、副交感神経刺激薬は導入ではなく筋弛緩拮抗の場面で登場します。フルストマックに対する迅速導入や、肥満・妊婦・小児など低酸素化しやすい患者では前酸素化の意義がさらに大きくなります。手順の一つひとつを「なぜその順番か」という生理学的理由とともに理解することが、安全な麻酔管理の基本です。
解答・解説
正解はaです
全身麻酔の導入には、大きく分けて急速導入と緩徐導入がある。急速導入は、静脈麻酔薬を静注して短時間で意識を消失させる方法で、静脈路を確保できる成人ではこれが標準である。緩徐導入は、マスクから吸入麻酔薬(主にセボフルラン)を吸わせて徐々に眠らせる方法で、静脈路の確保が難しい小児などで用いる。
急速導入の標準的な流れ
1. モニター装着:心電図、パルスオキシメータ、非観血的血圧計など。 2. 酸素化(前酸素化):フェイスマスクを顔に密着させ、100%酸素(純酸素)を数分間、通常の呼吸で吸わせる。時間がないときは深呼吸を何回か繰り返させる。 3. 静脈麻酔薬(プロポフォールなど)とオピオイド(レミフェンタニル、フェンタニルなど)を投与し、意識消失を確認する。 4. マスク換気ができることを確かめる。 5. 筋弛緩薬(ロクロニウムなど)を投与する。 6. 気管挿管(または声門上器具の挿入)を行い、吸入麻酔薬やプロポフォールの持続投与で麻酔を維持する。
なぜ最初に純酸素か
麻酔薬や筋弛緩薬を入れると、自発呼吸は弱まるか止まる。さらに、上気道が閉塞してマスク換気が難しくなることや、挿管に手間取ることもある。この無呼吸の間、体は肺に残ったガスに含まれる酸素だけで持ちこたえる必要がある。空気を吸っている状態では肺内ガスの約 8 割が窒素であり、酸素の蓄えは少ない。そこで、あらかじめ純酸素を吸わせて肺内の窒素を酸素に置き換えておく(脱窒素)。これにより機能的残気量(安静時に息を吐ききった後も肺に残っている空気)に酸素を十分ため込んでおけば、無呼吸になってから SpO2 が下がり始めるまでの時間を大きく延ばせる。こうして、気道確保がうまくいかなかった場合の安全域を確保する。したがって急速導入で最初に投与するのは純酸素である。
選択肢考察
- ○a. 純酸素
純酸素とは濃度 100%の酸素のことである。導入の最初に純酸素をマスクで吸わせ、肺内の窒素を洗い出して酸素に置き換える(前酸素化・脱窒素)。こうして機能的残気量に酸素を蓄えておくと、麻酔薬・筋弛緩薬の投与後に無呼吸となっても低酸素血症に陥るまでの時間をかせげる。換気困難や挿管困難が起きた場合に備えるうえで不可欠な最初の手順である。
- ×b. 筋弛緩薬
筋弛緩薬(ロクロニウムなど)は、静脈麻酔薬で意識が消失し、マスク換気ができると確かめてから投与する。筋弛緩薬そのものには鎮静作用も鎮痛作用もない。意識があるうちに投与すると、患者は意識を保ったまま全身が動かせなくなり、呼吸も止まる。強い恐怖と苦痛を与えるうえ、呼吸停止による低酸素の危険もあるため、最初に投与してはならない。
- ×c. 吸入麻酔薬
吸入麻酔薬で意識を消失させるのは緩徐導入である。緩徐導入では、酸素(または酸素と亜酸化窒素)にセボフルランなどを混ぜてマスクから吸わせ、徐々に麻酔を深くする。主に静脈路の確保が難しい小児で用いる。成人の急速導入では、吸入麻酔薬は気管挿管後の麻酔維持に使われることが多く、最初に投与するものではない。
- ×d. 静脈麻酔薬
静脈麻酔薬(プロポフォール、チオペンタールなど)は急速導入で意識を消失させる中心的な薬剤である。ただし、投与すると呼吸抑制や上気道閉塞が起こりうる。そのため、先に純酸素で十分に酸素化してから投与する。最初に投与するものではない。
- ×e. 副交感神経刺激薬
副交感神経刺激薬は麻酔導入の手順には含まれない。全身麻酔の場面で関連するのは、手術終了時に非脱分極性筋弛緩薬の作用を打ち消す目的で使うネオスチグミンである。ネオスチグミンはコリンエステラーゼ阻害薬で、アセチルコリンを増やすことで副交感神経刺激作用をもつ。徐脈や分泌物の増加を防ぐため、アトロピンと併用する。なお、現在のロクロニウムの拮抗には、ロクロニウムを直接包み込んで不活化するスガマデクスが広く用いられている。導入に関連するのはむしろ逆の作用をもつ副交感神経遮断薬(アトロピン)で、徐脈の予防や治療、分泌物の抑制のために使われることがある。
急速導入と緩徐導入
・急速導入:静脈麻酔薬で導入する。成人の標準的な方法。数十秒で意識が消失し、導入時の興奮期が目立たない。 ・緩徐導入:吸入麻酔薬(気道刺激性の少ないセボフルラン)で導入する。主に小児で用いる。導入中に興奮期を通過するため、喉頭けいれんなどに注意が必要である。
迅速導入(rapid sequence induction:RSI)
緊急手術などで胃内容物が残っている可能性がある(フルストマック)場合に行う特殊な急速導入である。十分な前酸素化の後、静脈麻酔薬と作用発現の速い筋弛緩薬(ロクロニウム高用量やスキサメトニウム)を続けて投与する。誤嚥を防ぐため原則としてマスク換気を行わず、ただちに気管挿管する。マスク換気をしない分、前酸素化の重要性はさらに高い。
前酸素化のポイント
・密着したフェイスマスクで 100%酸素を、通常の呼吸で約 3 分間吸わせる。時間がない場合は深呼吸を繰り返させる。 ・呼気中の酸素濃度が十分に高くなる(目安としておおむね 90%前後以上)まで行う。 ・肥満、妊婦、小児は機能的残気量が小さいか酸素消費量が多いため、無呼吸後に急速に低酸素化しやすく、とくに入念な酸素化が必要である。
主な麻酔関連薬
・静脈麻酔薬:プロポフォール、チオペンタール、ミダゾラム、ケタミン、レミマゾラム ・吸入麻酔薬:セボフルラン、デスフルラン、亜酸化窒素 ・オピオイド:レミフェンタニル、フェンタニル ・筋弛緩薬:ロクロニウム(非脱分極性)、スキサメトニウム(脱分極性) ・筋弛緩の拮抗:スガマデクス(ロクロニウム、ベクロニウムに対して)、ネオスチグミン(アトロピンと併用)
POINT
・急速導入の順序は、モニター装着 → 純酸素で前酸素化 → 静脈麻酔薬(+オピオイド)→ 意識消失・マスク換気の確認 → 筋弛緩薬 → 気管挿管。 ・前酸素化(脱窒素)で機能的残気量に酸素を蓄え、無呼吸時の低酸素化までの時間を延ばす。 ・意識のある患者に筋弛緩薬を先に投与してはならない。 ・吸入麻酔薬による導入は緩徐導入(主に小児)。
