体温は時計になる―死後経過時間を刻む「死体現象」の読み方
第107回医師国家試験 G問題 第20問
国試問題にチャレンジ
死後経過時間の推定に用いられるのはどれか。
- a.溢血点
- b.血液凝固
- c.瘢痕収縮
- d.直腸内温度
- e.膀胱内尿量
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
死後経過時間の推定には、死後に時間とともに一定の経過で進む死体現象を用い、その代表が直腸内温度で測る体温低下です。直腸内温度は環境の影響を受けにくい深部体温を反映し、死後およそ10時間までは1時間に約1℃低下するのが目安ですが、気温や着衣、体格などで変動するため、死斑・死後硬直・角膜混濁などと組み合わせて総合的に判断します。溢血点や暗赤色流動性血液は急死や窒息など死因の推定に用いる所見であり、瘢痕収縮は生前の創傷治癒過程、膀胱内尿量は個人差が大きく、いずれも時間の指標にはなりません。「時間の指標」と「死因の指標」を区別して整理しておくことは、法医学の理解だけでなく、医師として死体検案に臨む際の基礎になります。
解答・解説
正解はdです
死後経過時間(死亡してから検案・解剖までの時間)の推定には、死後に時間とともに一定の経過をたどって進む変化、すなわち「死体現象」を利用する。死体現象は、死後早期に現れる早期死体現象と、その後の腐敗などの晩期死体現象に分けられる。
早期死体現象(死後経過時間の推定に用いる主なもの)
・体温の低下(死体冷却):直腸内温度などの深部体温を測る。 ・死斑:血液が重力で低い部位の血管内に沈下して生じる紫赤色の斑。出現時期、融合の程度、指圧で退色するか、体位を変えると移動するかで時間を推定する。 ・死後硬直:顎関節から始まり下方の関節へ進む筋の硬直。発現・完成・緩解の時期で推定する。 ・角膜混濁:時間とともに混濁が強まる。 ・その他、胃内容物の消化の程度も参考にされる。 一方、選択肢の溢血点・血液凝固は死因(窒息死・急死など)の推定に役立つ所見であり、瘢痕収縮は生前の創傷治癒過程、膀胱内尿量は個人差が大きく指標にならない。したがって、死後経過時間の推定に用いられるのは直腸内温度である。
選択肢考察
- ×a. 溢血点
溢血点は眼瞼結膜・眼球結膜、口腔粘膜、顔面皮膚、胸膜・心外膜などの漿膜下にみられる点状の小出血である。窒息などで静脈圧の上昇と低酸素による血管壁の障害が加わって毛細血管が破綻することで生じ、窒息死を含む急死の徴候として死因の推定に用いられる。時間とともに規則的に変化するものではなく、死後経過時間の推定には用いない。
- ×b. 血液凝固
急死した死体では、心臓・大血管内の血液が凝固せず流動性を保つことが多い(線溶系の亢進による)。一方、死戦期(死に至るまでの過程)が長い場合には、鶏脂様凝血などの凝血がみられる。このように血液の凝固状態は死因や死戦期の長さの推定に役立つ所見であり、死後経過時間の推定には用いない。
- ×c. 瘢痕収縮
瘢痕収縮は、生前に負った創傷が治癒する過程で肉芽組織が線維化し、瘢痕が縮む現象である。生体反応の一つであって死後に起こる死体現象ではないため、死後経過時間の推定には用いない。瘢痕の状態は、むしろ受傷してからの経過時間(受傷時期)の推定や個人識別の手がかりとなる。
- ○d. 直腸内温度
死亡すると熱産生が止まり、体温は周囲の環境温へ向かって低下していく(死体冷却)。体表の温度は外気の影響を受けやすいため、深部体温を反映する直腸内温度を測定する。日本の一般的な環境条件では、死後およそ10時間までは1時間に約1℃、その後はより緩やかに低下するとされ、死亡時の体温を37℃前後と仮定して低下幅から死後経過時間を逆算できる。ただし、気温、着衣、体格(皮下脂肪量)、水中か否か、死亡時の発熱や低体温などの影響を受けるため、死斑や死後硬直など他の死体現象と組み合わせて総合的に判断する。
- ×e. 膀胱内尿量
膀胱内の尿量は、最後に排尿した時刻、生前の水分摂取量や腎機能、死亡時の失禁の有無などに左右される。死後は尿が新たに産生されないため、時間とともに規則的に変化する指標ではなく、死後経過時間の推定には用いられない。
主な死体現象と死後経過時間の目安
・直腸内温度:死後約10時間まで1時間に約1℃、その後は約0.5℃ずつ低下する(環境により大きく変動)。 ・死斑:死後30分〜1時間ほどで出現し始め、数時間で明瞭となり融合する。死後早期は指圧で退色し、体位を変えると移動する(転位)。十数時間以上たつと血液が組織内に浸潤して指圧で退色しにくくなり、転位も起こりにくくなる。色調は通常紫赤色で、一酸化炭素中毒・シアン中毒・凍死では鮮紅色となる。 ・死後硬直:死後2〜3時間で顎関節から始まり、頸部、上肢、下肢へと下行性に進む(Nystenの法則)。死後12時間前後で全身に完成し、30時間以降から発現と同じ順序で緩解し始め、数日で消失する。高温環境では進行が早い。 ・角膜混濁:死後数時間で軽度に濁り始め、半日〜1日で中等度、2日程度で瞳孔が透見できない高度の混濁となる。開眼状態では早く進む。 ・晩期死体現象:腐敗(緑変、腐敗網、巨人様観、腐敗水疱)、自家融解、白骨化。特殊な条件下では死蝋化、ミイラ化が起こる。
死因推定に用いる所見の例
・急死の三徴:暗赤色流動性血液、臓器のうっ血、粘膜・漿膜下の溢血点。窒息死などで顕著だが、窒息に特異的ではない。
生活反応
生前に受けた損傷か死後の損傷かを区別する手がかりとなる反応(出血、発赤、腫脹、治癒機転、気道内の煤の吸引など)。瘢痕形成もこれに含まれる。
POINT
・死後経過時間の推定には死体現象(体温低下=直腸内温度、死斑、死後硬直、角膜混濁、胃内容物など)を用いる。 ・直腸内温度は死後約10時間まで毎時約1℃低下する。 ・溢血点、暗赤色流動性血液(血液凝固の有無)は死因(急死・窒息)の推定に用いる所見である。 ・瘢痕収縮は生前の創傷治癒過程であり死体現象ではない。
