「営業計画が立てられない」は何のサイン?―統合失調症を測る2つのものさし
第107回医師国家試験 E問題 第57問
国試問題にチャレンジ
32歳の男性。会社から勧められたため,両親に伴われて来院した。大学を卒業後,現在の会社に営業職として勤務し成績は良好であった。昨年,「同僚が自分の悪口を言っている」,「同僚に嫌がらせをされる」と訴えたため,3か月間の入院治療を受けた。退院後,外来通院していたものの,徐々に口数が減り,服装もだらしなくなり,遅刻が頻繁になった。毎年提出していた営業計画も立てられなくなったため会社に受診を勧められた。 症状の評価に有用なのはどれか。2つ選べ。
- a.状態特性不安検査〈STAI〉
- b.リバーミード行動記憶検査〈RBMT〉
- c.Mini-Mental State Examination〈MMSE〉
- d.ウィスコンシンカードソーティングテスト〈WCST〉
- e.簡易精神症状評価尺度[Brief Psychiatric Rating Scale〈BPRS〉]
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
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ドクターまとめ
統合失調症の症状は、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下や感情鈍麻などの陰性症状、遂行機能や作業記憶の障害などの認知機能障害の3領域に整理できます。精神症状全体の重症度は、検者が面接と観察で18項目を評定するBPRS(ほかにPANSSなど)で評価し、計画を立てられないといった遂行機能障害は、概念形成や構えの転換をみる前頭葉機能検査のWCSTで評価します。STAIは不安を測る自己記入式質問紙、RBMTは日常生活に即した記憶検査、MMSEは認知症のスクリーニング検査であり、本症例の評価の中心にはなりません。認知機能障害は社会復帰や就労の予後と強く関連するため、陽性症状が落ち着いた後も症状を領域ごとに評価し、治療やリハビリテーションにつなげることが重要です。
解答・解説
正解はd, eです
所見の整理
・32歳男性。大学卒業後は営業職として良好な成績をあげており、病前の社会適応は保たれていた。 ・昨年、「同僚が自分の悪口を言っている」「嫌がらせをされる」と訴え、3か月間入院した。根拠なく他者から害を加えられていると確信する被害妄想(関係妄想・迫害妄想)であり、陽性症状にあたる。 ・退院後、口数の減少(思考・会話の貧困)、身だしなみへの無頓着、頻回の遅刻が出現し、毎年作成していた営業計画を立てられなくなった。意欲・自発性の低下(陰性症状)と、計画を立てて段取りよく実行する能力、すなわち遂行機能の低下(認知機能障害)が示唆される。
診断へのプロセス
青年期〜成人早期に被害妄想で発症し、急性期治療後に陰性症状と社会機能の低下が前景に立つ経過は、統合失調症に典型的である。うつ病でも意欲低下はみられるが、先行する明らかな被害妄想での入院歴や、抑うつ気分の記載がないことから、統合失調症の残遺的な経過(陰性症状・認知機能障害の顕在化)と考えるのが自然である。不安が主体の病像でも、物忘れ(記憶障害)が主体の病像でもない。
設問の考え方
統合失調症の症状は、(1)陽性症状(幻覚・妄想など)、(2)陰性症状(感情鈍麻・意欲低下・会話の貧困など)、(3)認知機能障害(注意・作業記憶・遂行機能の障害など)の3領域に整理できる。本例で評価すべきは、精神症状全体の重症度と、「計画を立てられない」に表れた遂行機能障害である。前者には精神症状を包括的に評定する尺度(BPRS)が、後者には前頭葉機能・遂行機能を調べる神経心理検査(WCST)が適する。
選択肢考察
- ×a. 状態特性不安検査〈STAI〉
STAI(State-Trait Anxiety Inventory)は、その時点の不安の強さ(状態不安)と、不安を感じやすい性格傾向(特性不安)をそれぞれ20項目、計40項目で測る自己記入式質問紙である。不安障害などの評価に用いられるが、本例の問題は妄想と意欲低下・遂行機能低下であり、不安は前景に立っていない。また自己記入式のため、病識や自発性が低下した統合失調症患者の評価には向かない。
- ×b. リバーミード行動記憶検査〈RBMT〉
RBMT(Rivermead Behavioural Memory Test)は、人の名前や約束・道順を覚えるなど日常生活に即した課題で記憶障害を評価する検査で、脳外傷や脳血管障害後の記憶障害の把握とリハビリテーション計画の立案に用いられる。本例で目立つのは記憶の障害ではなく、意欲・自発性の低下と計画・実行能力の障害であるため、症状評価の中心とはならない。
- ×c. Mini-Mental State Examination〈MMSE〉
MMSEは見当識・記銘・注意と計算・再生・言語・図形模写などからなる30点満点の簡易認知機能検査で、23点以下で認知症が疑われる。認知症のスクリーニングを目的とした粗い検査であり、統合失調症でみられる遂行機能障害のような前頭葉機能の低下は、全般的な知的機能が保たれていると検出しにくい(天井効果)。また妄想や陰性症状などの精神症状は評価できない。
- ○d. ウィスコンシンカードソーティングテスト〈WCST〉
WCST(Wisconsin Card Sorting Test)は、色・形・数の3つの分類基準のうち検者が暗に決めた基準を、正誤のフィードバックだけを頼りに推測してカードを分類させ、途中で基準が予告なく変わる検査である。概念の形成、構えの転換(セットの切り替え)、保続の有無をみる代表的な前頭葉(背外側前頭前野)機能検査で、達成カテゴリー数の減少や保続性の誤りの増加で異常と判定する。統合失調症では遂行機能障害を反映して成績が低下することがよく知られており、営業計画を立てられなくなった本例の認知機能障害の評価に適している。
- ○e. 簡易精神症状評価尺度[Brief Psychiatric Rating Scale〈BPRS〉]
BPRSはOverallとGorhamが作成した、面接と観察に基づいて検者が評定する精神症状評価尺度である。心気的訴え、不安、感情的引きこもり、概念の統合障害、罪業感、緊張、衒奇症、誇大性、抑うつ気分、敵意、猜疑心、幻覚、運動減退、非協調性、不自然な思考内容、情動鈍麻などの18項目を7段階で評価し、陽性症状と陰性症状の双方を包括的に数値化できる。統合失調症を中心とする精神病症状の重症度評価や治療効果の判定に広く用いられており、本例の被害妄想や意欲低下・感情的引きこもりの評価に有用である。
統合失調症の症状の3領域と主な評価法
・陽性症状(幻覚、妄想、思考の解体、奇異な行動など)と陰性症状(感情の平板化、意欲低下、会話の貧困、社会的引きこもりなど):BPRS、PANSS(Positive and Negative Syndrome Scale:陽性・陰性症状評価尺度、30項目)、SANS(陰性症状評価尺度)など、検者が評定する尺度を用いる。 ・認知機能障害(注意、作業記憶、言語性記憶、遂行機能、処理速度など):WCST、Trail Making Test、語流暢性課題、BACS(統合失調症認知機能簡易評価尺度)などの神経心理検査を用いる。認知機能障害は社会復帰・就労の予後と強く関連するため、評価の意義が大きい。
心理検査の分類
・知能検査:WAIS(成人用ウェクスラー知能検査)、WISC(児童用)、田中ビネー式など ・神経心理学的検査:前頭葉機能(WCST、FAB、Trail Making Test)、記憶(WMS-R、RBMT、三宅式記銘力検査)、認知症スクリーニング(MMSE、改訂長谷川式簡易知能評価スケール)など ・人格検査:質問紙法(MMPI、YG性格検査)、投影法(ロールシャッハテスト、TAT、バウムテスト、SCT) ・症状評価尺度:BPRS、PANSS(統合失調症)、ハミルトンうつ病評価尺度、BDI(うつ)、STAI、ハミルトン不安評価尺度(不安)など ・作業検査:内田クレペリン精神作業検査 心理検査は診断の補助だけでなく、症状の重症度の把握、治療適応の判断、治療効果の判定にも用いられる。
POINT
・統合失調症の経過中に意欲低下・身だしなみの乱れ・計画が立てられないといった陰性症状や遂行機能障害が現れる。 ・精神症状の包括的評価にはBPRS(18項目、検者評定)やPANSSを用いる。 ・遂行機能(前頭葉機能)の評価にはWCSTを用いる。統合失調症では達成カテゴリー数減少・保続が目立つ。 ・STAIは不安、RBMTは日常生活での記憶、MMSEは認知症スクリーニングの検査である。
