心尖部の汎収縮期雑音―逆流が教える「容量負荷」と「圧負荷」の分かれ道
第107回医師国家試験 A問題 第31問
国試問題にチャレンジ
43歳の女性。1か月前から労作時の息切れを自覚し,心尖部にⅢ/Ⅵ度の汎〈全〉収縮期雑音を聴取する。心エコー図(A)(B)を別に示す。 この疾患について正しいのはどれか。

- a.中心静脈圧が低下する。
- b.右→左シャントを認める。
- c.左室流出路狭窄を認める。
- d.左室の圧負荷が増大する。
- e.左房の容量負荷が増大する。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
心尖部が最強点で左腋窩へ放散する汎収縮期雑音と、心エコーでの収縮期の左室→左房逆流ジェットは、僧帽弁閉鎖不全症を示します。逆流血が肺静脈還流に上乗せされて左房に流れ込み、拡張期にはそれが左室へ戻るため、左房・左室の両方に容量負荷がかかり、遠心性に拡大します。左室は低圧の左房へ血液を逃がせるので圧負荷はむしろ軽くなり、左室の圧負荷は大動脈弁狭窄症や高血圧、左室流出路狭窄は閉塞性肥大型心筋症、右→左シャントはチアノーゼ性先天性心疾患やEisenmenger症候群で問題になります。慢性例では左房拡大による心房細動や肺高血圧・右心不全、急性例では急性肺水腫に注意が必要です。弁膜症を「圧負荷か容量負荷か」「どの心腔か」で整理する習慣は、心エコー所見の解釈や心不全管理を理解する土台になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・43歳女性。1か月前から労作時の息切れがある。心臓のポンプ機能が落ちているか、肺うっ血が起こっていることを示唆する症状である。 ・心尖部でLevine分類III/VI度の汎(全)収縮期雑音が聞こえる。汎収縮期雑音とは、I音の直後からII音まで、収縮期全体を通して続く雑音である。これは、収縮期の間ずっと、高圧の心腔から低圧の心腔へ血液が逆流していることを意味する。聴取部位が心尖部なので、まず僧帽弁逆流を考える。心室中隔欠損症や三尖弁逆流でも汎収縮期雑音は生じるが、その場合は胸骨左縁で最もよく聞こえる。 ・心エコー図(A)(B)では、左房と左室が拡大している。カラードプラでは、収縮期に左室から左房へ向かう逆流ジェットがみられる。
診断へのプロセス
心尖部の汎収縮期雑音と、心エコーで確認された収縮期の左室→左房逆流から、僧帽弁閉鎖不全症(僧帽弁逆流)と診断できる。比較的若い女性であることから、原因としては僧帽弁逸脱症(弁尖が収縮期に左房側へ反り返る変性疾患)が代表的に考えられる。ほかに、リウマチ性、感染性心内膜炎による弁破壊、腱索断裂なども原因となる。また、心筋梗塞・心筋症で左室が拡大し、それに伴って弁の閉鎖が不完全になる二次性(機能性)のものもある。
設問の考え方
本問では、僧帽弁閉鎖不全症の血行動態を理解しているかが問われている。弁膜症の負荷は、次の2種類に分けて考えるとよい。 ・圧負荷:狭い出口に逆らって血液を押し出すために、心腔内の圧が上がる負荷。 ・容量負荷:逆流などによって、心腔に入ってくる血液量が増える負荷。 僧帽弁閉鎖不全症では、収縮期に左室の血液の一部が左房へ逆流する。その結果、左房には肺静脈からの血液に加えて逆流血も流れ込み、左房の容量負荷が増す。拡張期には、この増えた血液がまとめて左室に戻ってくるため、左室にも容量負荷がかかる。つまり、左房・左室の両方に容量負荷がかかる病態である。
選択肢考察
- ×a. 中心静脈圧が低下する。
誤り。中心静脈圧は右房圧を反映する。僧帽弁閉鎖不全症の初期には、右心系に直接の影響はない。病状が進むと、左房圧の上昇が肺静脈圧・肺動脈圧へと伝わり、二次性の肺高血圧症と右心不全を起こす。その場合、中心静脈圧は上昇する。いずれにしても、僧帽弁閉鎖不全症で中心静脈圧が低下する機序はない。
- ×b. 右→左シャントを認める。
誤り。僧帽弁閉鎖不全症は、同じ左心系の中で左室から左房へ血液が逆流する病態である。右心系と左心系の間の短絡(シャント)はない。右→左シャントがみられるのは、Fallot四徴症などのチアノーゼ性先天性心疾患である。また、心房中隔欠損症・心室中隔欠損症・動脈管開存症が進行し、肺高血圧のために短絡の向きが逆転したEisenmenger症候群でもみられる。本例の心エコーでも、心房間・心室間の短絡血流は認めない。
- ×c. 左室流出路狭窄を認める。
誤り。左室流出路狭窄は、閉塞性肥大型心筋症(肥大した心室中隔と、僧帽弁前尖の収縮期前方運動[SAM]によって起こる)や、大動脈弁下狭窄でみられる。これらの雑音は胸骨左縁〜心尖部の駆出性(収縮中期に強くなる)雑音であり、本例の心尖部汎収縮期雑音とは性質が異なる。本例の心エコーでは、中隔の肥厚や流出路の狭窄は認められない。なお、閉塞性肥大型心筋症では、SAMに伴って二次的に僧帽弁逆流を合併することがある。
- ×d. 左室の圧負荷が増大する。
誤り。左室の圧負荷が増大するのは、大動脈弁狭窄症、高血圧、閉塞性肥大型心筋症など、左室から血液を送り出す先の抵抗が高い病態である。圧負荷では、心筋が壁を厚くして対応する(求心性肥大)。僧帽弁閉鎖不全症では、左室は低圧の左房へも血液を逃がすことができるため、駆出のときの抵抗(後負荷)はむしろ下がる。左室にかかるのは、拡張期に戻ってくる血液量が増えることによる容量負荷である。容量負荷に対しては、心腔を大きくして対応する(遠心性肥大)。
- ○e. 左房の容量負荷が増大する。
正しい。収縮期に左室から逆流した血液が、肺静脈からの還流血に上乗せされて左房に入るため、左房の容量負荷が増える。慢性に経過すると左房は拡大し、心房細動を起こしやすくなる。急性の僧帽弁閉鎖不全症(腱索断裂や乳頭筋断裂など)では、左房が拡大して逆流量を受け止める時間がない。そのため左房圧が急上昇し、急性肺水腫を起こしやすい。本例の労作時息切れも、左房圧・肺静脈圧の上昇による肺うっ血を反映していると考えられる。
僧帽弁閉鎖不全症の病態生理
・収縮期に左室の血液の一部が左房へ逆流する。前方(大動脈)へ送り出される血液量が減るため、左室は拡張期に多くの血液を受け入れ、一回拍出量の総量を増やして代償する(Frank-Starling機序)。 ・慢性の場合は左房・左室が拡大して代償するため、長い間症状が出ないことがある。代償が破綻すると左室収縮能が低下し、左心不全に進行する。 ・左房圧の上昇は肺うっ血(労作時呼吸困難、起坐呼吸)の原因となる。進行すると肺高血圧、右心不全に至る。 ・左房拡大に伴って心房細動が起こりやすくなり、塞栓症の危険が高まる。
聴診所見
・心尖部の汎収縮期雑音。左腋窩へ放散する。 ・I音の減弱。 ・III音。左房から左室へ大量の血液が急速に流入することで生じる。 ・僧帽弁逸脱症では、収縮中期クリックと収縮後期雑音が特徴的である。
原因
・一次性(器質性):僧帽弁逸脱症(粘液腫様変性。Marfan症候群などに伴うこともある)、リウマチ性、感染性心内膜炎、腱索断裂、乳頭筋断裂(急性心筋梗塞後)。 ・二次性(機能性):拡張型心筋症や虚血性心疾患で左室が拡大・変形し、弁輪が拡大したり弁尖が左室側へ引っ張られたり(テザリング)して、弁が閉じなくなるもの。
治療
・心不全症状には、利尿薬や、血管拡張薬などの後負荷軽減療法を行う。心房細動を合併すれば抗凝固療法を行う。 ・高度の一次性僧帽弁閉鎖不全症で、症状があるもの、または左室機能低下・左室拡大が進んでいるものには手術を行う。可能であれば、人工弁置換術よりも弁形成術を優先する。 ・手術リスクが高い例では、経カテーテル僧帽弁接合不全修復術(クリップを用いるもの)が選択肢となる。
負荷様式の整理
・左室の圧負荷:大動脈弁狭窄症、高血圧、大動脈縮窄症。 ・左室の容量負荷:僧帽弁閉鎖不全症、大動脈弁閉鎖不全症、心室中隔欠損症、動脈管開存症。 ・左房の容量負荷:僧帽弁閉鎖不全症(心室中隔欠損症や動脈管開存症でも、肺血流が増えて左房への還流が増える)。 ・左房の圧負荷:僧帽弁狭窄症。 ・右室の容量負荷:心房中隔欠損症、三尖弁閉鎖不全症、肺動脈弁閉鎖不全症。
POINT
・心尖部の汎収縮期雑音(左腋窩へ放散)は僧帽弁閉鎖不全症を示す。 ・僧帽弁閉鎖不全症では、左房と左室の両方に容量負荷がかかる(圧負荷ではない)。 ・左室の圧負荷を起こす代表は大動脈弁狭窄症、左室流出路狭窄は閉塞性肥大型心筋症、右→左シャントはチアノーゼ性先天性心疾患やEisenmenger症候群である。 ・僧帽弁閉鎖不全症の合併症には、左房拡大による心房細動、肺うっ血、進行例での肺高血圧・右心不全がある。
