陸上部出身の若い母親が階段で倒れかけた―楔入圧「正常」が語る肺動脈性肺高血圧症
第107回医師国家試験 A問題 第30問
国試問題にチャレンジ
28歳の女性。労作時の息切れと動悸とを主訴に来院した。生来健康で,中学と高校では陸上部に所属していた。1年前に第1子を出産した頃から,自宅の階段を昇る時に息切れと動悸とを感じるようになった。次第に症状が強くなり,1週前に急いで階段を昇った時に眼の前が暗くなったため,心配になり受診した。既往歴と家族歴とに特記すべきことはない。意識は清明。脈拍80/分,整。血圧98/66 mmHg。SpO2 94%(room air)。両側の頸静脈の怒張を認める。呼吸音に異常を認めない。心臓の聴診でⅡ音の亢進を認める。血液所見:赤血球480万,Hb 14.7 g/dL,Ht 46%,白血球8,500,血小板17万。胸部エックス線写真(A)と心電図(B)とを別に示す。 この患者で予想される血行動態はどれか。(編註:選択肢表は下記をご参照ください。) 平均肺動脈楔入圧 平均肺動脈圧 a 高値 高値 b 高値 正常 c 高値 低値 d 正常 高値 e 低値 低値

- a.高値高値
- b.高値正常
- c.高値低値
- d.正常高値
- e.低値低値
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
若年女性の労作時息切れや労作時失神に、頸静脈怒張、II音亢進、胸部エックス線写真の左第2弓突出、心電図の右室肥大・肺性Pが加わり、肺うっ血や肺実質病変がなければ、肺動脈性肺高血圧症(旧称:原発性肺高血圧症)を考えます。本症は肺の細い動脈の狭窄で肺血管抵抗が上がる前毛細血管性の病態であり、平均肺動脈圧は上昇しますが、左房圧を反映する肺動脈楔入圧は正常(15 mmHg以下)に保たれます。左心疾患による後毛細血管性肺高血圧症では楔入圧と肺動脈圧がともに上昇し、肺動脈圧が楔入圧を下回る組み合わせは血流の向きからありえません。肺高血圧症の定義は平均肺動脈圧20 mmHg超へ改訂されており、診断は右心カテーテルで確定し、治療には肺血管拡張薬を用い、妊娠は原則として避けるよう指導します。楔入圧が何を映す値なのかを理解しておくと、肺高血圧の原因が肺血管か左心系かを見分ける判断の土台になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・28歳女性。中学・高校では陸上部に所属し、1年前には出産もしている。もともと心肺機能は十分にあったと考えられ、先天性心疾患などの基礎心疾患はあったとしても考えにくい。 ・出産後から労作時の息切れと動悸が始まり、少しずつ悪化している。1週間前には、急いで階段を昇ったときに目の前が暗くなった。これは労作時の失神前駆症状であり、運動時に心拍出量を増やせず、脳への血流が一時的に不足したことを示す。重症の肺高血圧症などを示唆する重要な症状である。 ・血圧98/66 mmHgとやや低く、SpO2は94%と軽度に低下している。 ・両側頸静脈怒張がある。これは右房圧(中心静脈圧)の上昇、すなわち右心不全の徴候である。 ・呼吸音は正常で、肺実質の病変や肺うっ血を思わせる所見はない。 ・心音ではII音が亢進している。肺動脈弁の閉鎖音(IIp)が強くなっていると考えられ、肺動脈圧の上昇を示す。 ・貧血はない(Hb 14.7 g/dL)。 ・胸部エックス線写真(A):左第2弓(肺動脈)が突出し、肺門部の肺動脈が拡張している。末梢の肺血管影は細く、相対的に目立たない。心陰影は右心系の拡大によって大きく見える。 ・心電図(B):右軸偏位、II・III・aVFで尖ったP波(肺性P、右房負荷)、V1での高いR波と、右側胸部誘導のST-T変化(右室肥大・右室負荷)がある。
診断へのプロセス
肺動脈圧が上昇し、右心負荷・右心不全の所見がある。一方で、肺うっ血を起こす左心疾患を示唆する所見や、肺実質の疾患を示唆する所見はない。背景となる疾患も見当たらない。したがって、原発性肺高血圧症(現在の名称では特発性/遺伝性の肺動脈性肺高血圧症)が最も考えられる。確定診断には、心エコーで肺高血圧を推定したうえで、右心カテーテル検査を行う。さらに、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(肺血流シンチグラフィで評価)、膠原病、門脈圧亢進症、先天性シャント疾患、HIV感染、薬剤などの二次的な原因を除外する必要がある。
設問の考え方
肺動脈性肺高血圧症の本態は、肺の細い動脈の内腔が狭くなり、肺血管抵抗が上昇することである。病変は肺毛細血管より手前(前毛細血管性)にある。 ・右室が高い抵抗に逆らって血液を送り出すので、平均肺動脈圧は上昇する。 ・一方、平均肺動脈楔入圧は、カテーテル先端で肺動脈の枝を塞いだときの圧である。塞いだ先の肺静脈を経由して、左房圧を間接的に反映する。本症では左心系に異常がないため、この圧は正常のままである。 したがって、「平均肺動脈楔入圧:正常、平均肺動脈圧:高値」の組み合わせが予想される。
選択肢考察
- ×a. 高値高値
誤り。平均肺動脈楔入圧と平均肺動脈圧がともに高いのは、後毛細血管性肺高血圧症のパターンである。左心不全、僧帽弁狭窄症・僧帽弁閉鎖不全症、拡張障害などで左房圧が上がると、その圧が肺静脈・肺毛細血管を通って肺動脈へ受動的に伝わり、両方が高値になる。この場合は肺うっ血を伴うことが多い。本例は呼吸音が正常で、胸部エックス線写真でも肺うっ血の所見がなく、左心疾患を示唆する所見もない。
- ×b. 高値正常
誤り。肺動脈楔入圧(左房圧を反映)だけが高く、肺動脈圧が正常という組み合わせは、生理的に考えにくい。肺血流は肺動脈から毛細血管・肺静脈を通って左房へ流れるので、上流にある肺動脈の圧は、下流にある楔入圧より必ず高い(両者の差が肺血管を流れる駆動圧となる)。左房圧が上がれば、肺動脈圧も少なくとも同じだけ上がる。さらに本例では、II音亢進、左第2弓の突出、右室肥大所見など、肺動脈圧が上がっていることを示す所見が多い。
- ×c. 高値低値
誤り。上流の肺動脈圧が下流の楔入圧(左房圧)より低いと、血液は肺動脈から左房へ向かって流れなくなる。したがって、この組み合わせは血行動態として成り立たない。また、本例にはII音亢進や右心負荷所見があり、肺動脈圧が低いことはありえない。
- ○d. 正常高値
正しい。肺動脈性肺高血圧症では、肺の小さな動脈に内膜の増殖・中膜の肥厚・叢状病変などの血管リモデリングが起こり、内腔が狭くなる。その結果、肺血管抵抗が上昇し、平均肺動脈圧が高くなる。病変は毛細血管より上流にあり、左心系には異常がない。そのため、左房圧を反映する平均肺動脈楔入圧は正常(15 mmHg以下)に保たれる。右心カテーテル検査で平均肺動脈圧が上昇し、肺動脈楔入圧が15 mmHg以下で、肺血管抵抗が上昇していることが、前毛細血管性肺高血圧症の診断の根拠となる。
- ×e. 低値低値
誤り。平均肺動脈楔入圧と平均肺動脈圧がともに低くなるのは、脱水・出血などで循環血液量が減っている状態である。本例は頸静脈怒張があり、右心系の圧は上がっている。II音亢進、心電図の右室肥大所見、胸部エックス線写真の肺動脈拡張もあり、肺動脈圧が上昇していることは明らかである。
肺高血圧症の血行動態による定義(右心カテーテル検査)
・肺高血圧症:安静時の平均肺動脈圧が上昇したもの。以前は25 mmHg以上と定義されていたが、2022年の欧州心臓病学会・欧州呼吸器学会(ESC/ERS)ガイドラインで20 mmHgを超えるものに改められた。正常値はおよそ14 mmHg前後である。 ・前毛細血管性肺高血圧症:肺動脈楔入圧が15 mmHg以下で、肺血管抵抗が上昇しているもの(現在の基準では2 Wood単位を超えるもの)。肺動脈性肺高血圧症(第1群)、肺疾患・低酸素に伴う肺高血圧症(第3群)、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(第4群)などが含まれる。 ・後毛細血管性肺高血圧症:肺動脈楔入圧が15 mmHgを超えるもの。左心疾患に伴う肺高血圧症(第2群)が代表である。 ・肺動脈楔入圧の正常値は、およそ6〜12 mmHgである。
肺高血圧症の臨床分類(ニース分類の骨格)
第1群:肺動脈性肺高血圧症(特発性、遺伝性、薬剤・毒物誘発性、膠原病・HIV感染・門脈圧亢進症・先天性心疾患に伴うものなど) 第2群:左心疾患に伴う肺高血圧症 第3群:肺疾患および/または低酸素血症に伴う肺高血圧症 第4群:肺動脈の閉塞による肺高血圧症(慢性血栓塞栓性肺高血圧症など) 第5群:詳細不明な多因子による肺高血圧症
名称の変遷
かつては、原因となる心肺疾患のない肺高血圧症を「原発性肺高血圧症(PPH)」と呼んでいた。その後、BMPR2などの遺伝子変異が関与する家族例が見つかった。また、膠原病などに合併するものにも同じ血管病変がみられることがわかった。こうした経緯から、2008年のダナポイント分類以降は、「特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)」「遺伝性肺動脈性肺高血圧症(HPAH)」を含む「肺動脈性肺高血圧症(PAH)」という枠組みで呼ばれている。
肺動脈性肺高血圧症の特徴
・若年〜中年の女性に多い。妊娠・出産を契機に顕在化・増悪することがある。 ・症状:労作時息切れ、易疲労感、胸痛、労作時失神。進行すると右心不全の症状(浮腫、頸静脈怒張、肝腫大)が加わる。 ・身体所見:II音の肺動脈成分(IIp)の亢進、傍胸骨拍動(右室の拍動を胸骨の左縁で触れるもの)、三尖弁閉鎖不全による収縮期雑音。 ・検査所見:胸部エックス線写真で左第2弓の突出と末梢肺血管影の減少。心電図で右軸偏位、肺性P、右室肥大。心エコーで右室拡大、心室中隔の扁平化、三尖弁逆流の圧較差(推定される右室収縮期圧)の上昇。 ・治療:肺血管拡張薬を用いる。エンドセリン受容体拮抗薬(ボセンタン、マシテンタンなど)、ホスホジエステラーゼ5阻害薬(シルデナフィル、タダラフィル)、可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬(リオシグアト)、プロスタサイクリン製剤(エポプロステノール持続静注など)がある。近年はアクチビンシグナル阻害薬のソタテルセプトも加わった。これらに酸素療法、利尿薬などを組み合わせる。重症例では肺移植も検討される。 ・妊娠は母体死亡率が高いため、原則として避けるよう指導する。
POINT
・肺動脈楔入圧は左房圧を反映する。 ・肺動脈性肺高血圧症(旧:原発性肺高血圧症)は前毛細血管性肺高血圧症であり、肺動脈楔入圧は正常(15 mmHg以下)で、平均肺動脈圧は上昇する。 ・左心疾患による肺高血圧症では、楔入圧と肺動脈圧がともに上昇する。 ・若年女性の労作時息切れ・労作時失神、II音亢進、左第2弓突出、右室肥大の心電図所見があれば肺高血圧症を考える。 ・肺高血圧症の定義は、平均肺動脈圧25 mmHg以上から20 mmHg超へ改訂されている。
